16話 いったい誰の指示なんだ……
『6月も後半に差し掛かり日に日に気温が増していくこの頃……皆さんはどこかで涼しい~体験をしたいと思いませんか?』
『はい、ということで今日は海に!やって来ました~!!リポーターの海野さやかです!!』
スマホを陽華に渡して一足先に病室へと戻っていた陽一は、特にやることもなかったのでとりあえずテレビを付けてぼーっとそれを眺めていた。
画面の向こうでは、強い日差しに照らし出された海がキラキラと光を反射しており、最近売れ始めた若手のアイドルが楽しげな声でビーチにある施設を紹介している。
「海かぁ……」
陽一はその光景を見て自分が最後に海に行ったときのことを思い出す。
「確か小五の時に親父に連れていってもらったのが最後だっけな」
基本的にいつも忙しくしている陽一の父親は休みを取れることも少なく、夏休みの間も陽一は一人で過ごすことが多かった。
一週間ほどは祖父母の家に滞在するためずっと家に引きこもっているわけではないのだが、いかんせんかなりの田舎なのでレジャー施設に遊びに行く機会などほとんどなかった。
陽一が思い出した小五の時の海に行ったという経験は、息子に夏休みの思い出を作って欲しかった父親がなんとか時間を空けて連れていった時のものである。
ちなみに去年の夏休みは奏にいろいろな所に連れ回されたのだが、町の市民プールに一度だけ行ったっきりで結局海には行かなかった。
『きゃあ~冷た~い!!』
カメラの中では可愛らしい水着に身を包んだアイドルが海水浴を楽しんでいる。
白い砂浜に青い海、さんさんと照りつける太陽に、弾ける笑顔の美女。
なんとも映える画面である。
「……プールより海の方が開放感あって良いかもな」
男とは単純な生き物で、可愛い女の子が居ればそこがベストプレイスなのだ。
なお、その理屈でいくと現在の陽一にとってのベストプレイスは陽華と一緒にいられるこの病室ということになる。
(……ん?)
と そこで陽一は画面に違和感を感じる。
テレビの取材ということで海にはリポーターのアイドル以外は誰もいないことになっているはずなのだが、カメラのアングルが切り替わるたびにちょいちょい写り込む人影があるのだ。
何をするわけでもなくただ砂浜に立っているだけなので正直言ってかなり気味が悪い。
にも関わらず、アイドルの女の子もワイプに映るタレント達もまるで見えていないかのように誰もそれを気にも留めない。
「はは……まさかな」
『いやー!″誰もいない″、まさに貸し切り状態ですね!プライベートビーチってこんな感じなんですかね?』
「やっぱ海よりプールだよな、うん」
ある年の調査によれば『水難による死亡、及び行方不明事故の発生場所の比率』は海が53%でプールは1%というデータが出ている。
つまりものすごく簡単に考えれば、海水浴はプールで遊ぶ場合の53倍危険だということだ。
プールであれば完全に安心ということではないのだが、少なくとも海よりは怖い思いをしなくて済むだろう。
「陽一、入るよ」
今年の夏の予定が一つ決まったところで、茜との話し合い、もとい牽制合戦を終えた陽華が戻ってくる。
「おー大丈夫だったか?」
「うん、少し興奮していたようだけど後半は穏便に話し合うことが出来たよ」
あの会話のどの辺りが穏便だったのか小一時間ほど問い詰めたくなるが、二人のやり取りを直接聴いていない陽一は胸を撫で下ろす。
「よかったよ、なんかテンションがおかしかったから失礼なこと言わないか心配だったんだ」
「あはは、確かに凄い勢いだったね」
そう言って笑いながら陽華はスマホを返してくる。
(あ、そういえば親父に連絡するんだった)
バッグから取り出した瞬間に茜から電話がかかって来たためすっかり忘れていたが、当初の目的は父親への連絡である。
『骨折の件なんだけど、実は結構軽症だったらしくて早めに退院出来るらしい』
「これでよしっと」
あまり驚かせないように慎重に文面を考えた上で送信ボタンを押す。
するとその数秒後、どこか焦ったようなノックの後に病室のドアが開かれる。
「陽一!退院が早まるって本当になのか!?」
入ってきたのは陽一の父親である一和利であった。
「親父!?早くね!?」
「ん、どういうことだ?いやそれよりも怪我が軽症だったっていうのは本当なのか!?」
「お義父様、とりあえず少し落ち着きましょう」
「……ああ一式さんか、そうだね、まずは落ち着こう」
陽一と自分だけではないことに気付いた和利は深呼吸をしてひとまず落ち着きを取り戻す。
それから改めて陽一の方を向いて確認を行う。
「それで……本当なのか?」
「んーよく分かんねぇけど、そうらしい」
「そうか……よかった……」
胸をおさえて心の底から喜ぶ父親に気恥ずかしくなった陽一は、話題を変えるように話を振る。
「そ、それで親父はなんでここに?俺が連絡したの今さっきなんだけど」
「連絡?いや父さんは病院から電話が掛かってきてな」
「電話?」
「ああ、このあとすぐお前の再検査をすることになったそうだ」
「このあとすぐ!?」
「父さんも急には休みを取れないと言ったんだがな、会社側からなぜか許しが出てな」
「どうなってんだそれ……」
「分からんが、ともかくお前はすぐ再検査だぞ」
「え、もう行くの!?」
「そうだ、ベテランの先生が診てくれるらしい」
「俺なにも聞かされてないよ!?患者なのに!!」
そうして半ば無理矢理連行されていった陽一を、陽華はなぜか満面の笑みで見送る。
誰が病院に再検査の指示を出したのか、なぜ和利の会社から急な休みが取れたのか。
どこか大きな力の動きを感じる一連の流れは、その後に行われた再検査の結果から陽一に即日退院の許可が出るという異例の事態で幕を閉じた。
上野動物園で双子のパンダの赤ちゃんが産まれたそうなんですが、パンダの赤ちゃんって……なんていうか……凄いですね。
あれ本当に野生で育てられるんですかね。
いやマジで鳥に拐われやすそうなフォルムしてるんですよ。
動物って不思議だなぁ。
次話は明後日の6/25(金)に投稿予定です。