15話 衝突
スマホを変えました!!
上等なやつです!!
『今の女……誰?』
茜のその声には先程までとは別人のような、不思議な迫力があった。
陽一は電話を介して感じるその雰囲気にほんの少しだけ気圧されながら対応する。
「誰って……友達だって、病院で知り合ってさ」
『仲いいの?その女可愛いの?』
「いやお前に関係ないだろ」
茜の突拍子もない質問に陽一もさすがに困惑してしまう。
なぜ電話口でちょっと声が聞こえただけの相手にそれほどまでに興味を持つのか。
『だって!陽君が入院してからまだ三日も経ってないでしょ!?そんな短い間に男の子と仲良くなる女なんて信用出来ないよ!!』
「お前なぁ……それは疑り深すぎるぞ」
『でも!!……分かった、じゃあ一回その人と話をさせて』
「はぁ?なんでそうなるんだよ、陽華はマジでそんなんじゃないって、ツボ売りも宗教勧誘もしてないから」
『陽華……名前で呼んでるんだ……!!陽君、やっぱり代わって!!』
「お前そろそろしつこ」
「陽一」
『電話を代われ』の一点張りの茜に対して若干対応が面倒臭くなってきたその時、陽一に話しかけてきたのは今まさに話題にあがっている陽華だった。
両腕を後ろに回し、体を斜めに傾けて陽一の方を見上げている。
もっと正確に言うなら見上げているのは陽一が耳に当てているスマートフォンであり、電話が長引いているのが気になっているのかと陽一は少し申し訳なくなった。
「あー悪い陽華、もうちょいで終わるから」
「いやそれはいいんだけど、今しがた電話の向こうから私と話をさせろという要求が聞こえたのが気になってね」
「え、もしかしてスピーカーになってたか?」
もちろんスピーカーになどなってはいないのだが、陽華の超人的な聴覚であれば意識を集中させることで数メートル離れた電話の音声を聞き取ることなど容易い。
陽一はその異常なまでの耳の良さに改めて驚きつつも、掻い摘んで事情を説明する。
「いやそれが……あぁ、電話かけてきたのはさっき話した元カノなんだが、お前のことが信用出来ないだとか電話を代われだとか、よく分からんことを言っててな」
「へぇ……」
「テキトーにあしらっとくから気にしないでいいぞ」
スマホからは今も茜が何事かを一生懸命に主張している声が届くが、この件に関しては陽一もあまり真面目に応対する気もないので、もうこのまま切ってしまってもいいのではないかとすら思っている。
しかし当の本人である陽華がそれに待ったをかける。
「いや、代わろう」
「……マジで?」
「マジ」
「かなり面倒臭いと思うぞ」
「大丈夫だよ、私コミュニケーション能力高いから」
「そういう問題じゃない気がするんだが……まぁいいか」
陽一と出会うまでは、いろいろな要因が重なったせいで友達と呼べる存在などただの一度も居たことはなかったのでコミュニケーション能力が高いもクソもないのだが、なぜか乗り気な陽華に押されて陽一は持っているスマートフォンを渡す。
「変なこと言われても真に受けるなよ?」
「うん、ありがとう」
「じゃあ俺、部屋戻っとくから」
そう言って踵を返す陽一の後ろ姿を見て、陽華は密かに安堵していた。
陽一の元カノである夏目茜はどうやら自分に対して警戒心をもっているらしい。
直接話せば恐らく言い争いになるだろう。
そしてそうなれば絶対に言い負かされない自信があった。
唯一の懸念点がその内容を陽一に聞かれてしまうことだったが、陽一が部屋に戻ると言うのなら存分に語り合うことが出来る。
「もしもし、お電話代わりました一式です」
『……!!あなたっ!陽君とどういう関係なの!?』
電話に向けて陽華が声を発した途端、茜はすぐさま食いかかってくる。
だがこの反応を予想していた陽華に動揺は見られない。
「自己紹介も無しにいきなり怒鳴るなんて礼儀がなってないよね」
初対面の相手にいきなりそのような無様を晒すなど程度が知れる、と言わんばかりの返しである。
勢いだけで押しても心を乱すような相手ではないことを悟った茜は、最低限の礼儀として自己紹介だけはすることにした。
『……夏目茜、陽君の″彼女″です』
「おや?彼女″でした″の間違いでは?」
出鼻をくじかれた茜は負けじと挨拶代わりの牽制を繰り出すが、陽華には通じない。
考える、この女は自分と陽一の関係についてどこまで知っているのか。
するとその数秒の沈黙から即座に茜の思考を読み取った陽華が親切に教えてくれる。
「君と陽一の事情ならだいたい知ってるよ、少々強引に聞き出したけどね」
『っっ!陽君の傷を無理やり抉ったんだ……なんて酷い女!!』
「あっはっはっ、君がそれを言うんだ?陽一を捨てて他の男に乗り換えた君が」
『なっ……私そんなことしてない!!』
「へぇ、それなら後で陽一ともう一度事実確認をしてみるよ」
陽華に痛いところを突かれた茜は動揺して否定することしか出来ない。
茜としてはそのような思惑は全く無かったが、事実だけを陳列していけば陽華の言っていることは何も間違ってはいない。
茜は今更ながらに自分のしたことがどれだけ人聞きの悪いことなのかを自覚した。
もしかしたら陽一は自分が思っている以上に深く傷付いていたのかもしれない。
そんな思考が頭を駆け巡ってじわじわと危機感が強くなってくる。
茜は込み上げてくる焦燥感を必死に振り払うように話題を変えようとする。
『う、うるさい!あなたには関係ないでしょ!?そもそもあなたは陽君のなんなのよ!?』
「陽一とは友達だよ、今はまだね」
陽華のその返答を聞いて、会話開始からずっと劣勢気味だった茜に初めて余裕の色が見え始める。
『ふーん、ただの友達なんだ?なら恋人同士のちょっとしたトラブルに口挟まないでもらえますか?私達にしか分からないこともあるので』
その言葉には若干の棘が含まれていた。
確かに陽一と過ごした期間の長さだけで言えば茜に軍配が上がるだろう。
しかし立場の優位性で言えば茜は別に陽華に勝っているわけではない。
「友達がタチの悪い″元″恋人にしつこく粘着されてたら心配するのは当然だと思うけど」
『くっ……』
茜は言葉を返せない。
陽一に諭されて、陽華に叩きつけられた自らの行いを思い返す。
考えれば考えるほどに気分が悪くなって泣きそうになる。
そもそも陽華と話をさせろと言い出したのは茜だ。
自分から口を挟ませておいて『口を挟むな』というのは自分勝手すぎる。
「君と話している陽一は呆れているように見えたよ」
『よ、陽君だってちゃんと理由を説明すれば分かってくれるもん……』
「というか君にはもう既に新しい恋人がいるんだろう?陽一のことは忘れて愛しい彼と幸せに過ごせばいいじゃないか。なぜわざわざ、今更、理由を説明する気になったんだい?」
『私だって好きでアイツと付き合ったんじゃない!!全部全部、陽君の為に』
「陽一の為……だって?」
『な、何よ』
茜の言葉に強い不快感を覚えた陽華の声が冷たくなる。
そして茜の喉元に容赦なく言葉の刃を突きつける。
「君は『陽一の為』と言って、自分のしたことを『陽一のせい』にしたいだけなんだろう?」
『……ちがう』
「理由も言わずに離れていったクセに『あれは貴方の為だったの、仕方なかったの』なんて言い訳でノコノコと戻ってくるわけだ、君って本当に卑怯だね」
『……ちがう』
「残念だけど、陽一はもう君とヨリを戻したいなんて思ってないよ」
『っっお前なんかに何が!!』
ピッ
言いたいことを言い終えた陽華は電話を切る。
恐らくここから先は通話を続けていても『話し合い』ではなくなるだろう。
相手の話に耳を貸さずただただ自分の感情をぶつけ合う、それはもはや会話とは呼べない。
強い敵意を抱いた相手に好き放題言われた茜は今頃行き場を失った感情が爆発して大変なことになっているかもしれない。
一方で陽華は、″誰かとの言い争い″という生まれて初めての経験に満足気な表情を浮かべながら、陽一の待つ病室へと軽やかな足取りで戻って行くのだった。
陽華お嬢様が同年代の方と口喧嘩をなさるとは……爺は嬉しいですぞ……!!
そういえば昨日は父の日だったのに結局父とはあまり話せませんでした(泣)。
次話は明後日の6/23(水)に投稿予定です。