14話 元カノ……?
今日の2話目です。
「えー……じゃあ本当に見えるようになっちゃったってこと?」
「そう、私と同じだよ」
陽華は心底嬉しそうに微笑む。
しかし朝ごはんを食べながら大まかな説明を受けている陽一は逆に微妙な顔をする。
「俺、怖いのとか苦手っていうか得意じゃないっていうか好きじゃないんだけど」
「その内慣れるよ」
「慣れたくない……」
白米に味付け海苔を巻きながら溜息をこぼす陽一。
病院の窓から眺められる範囲でもそれらしき存在が伺えるのが嫌になってくる。
慣れたくないとは言ったが慣れるしかないなら早いに越したことはないのだろう。
「悪いことばかりじゃないよ、足は今どんな感じ?」
そう言われて骨折した個所に意識を向けてみる。
「あれ?痛くないな」
実は麻酔が切れてきて少し痛み始めていたのだが、今はなぜか非常に楽になっている。
陽華が言うには、もう手術も必要なくそれどころか退院が出来るレベルまで回復しているだろうとのことだ。
「霊感があると体も強くなるのか……?」
「それよりも陽一」
小さな疑問が芽生えた陽一だったが陽華に呼びかけられたことで思考を中断する。
「ん?」
「私達はそろそろ次のステップへ進むべきだと思うんだ」
「それ一昨日やらなかったっけ」
「ふふっ、そんなこと言わずにさ、あだ名なんてどうかな?」
「あだ名ねぇ……」
「ほら『陽君』なんてかなり親しい感じがしないかい?」
『ごめんね陽君……私と、別れてください』
「あはは……それはちょっとな」
仲を深めようとして『陽君』という呼び方を考案した陽華だったが、あまり良い印象のない元カノである茜と同じ呼び方であったため陽一は苦笑いしてしまった。
「あんまり気に入らないかい……?」
陽一の反応が芳しくなかったため、少し不安そうな顔で見つめてくる陽華。
今は冗談などではなく本気で陽一との距離を縮めたいと思っているため、本当に落ち込んでしまったらしい。
陽一としてもそんな顔をさせるつもりは無かったわけで、慌てて弁解を始める。
「あーいや、気に入らなかったとかじゃなくてな?元カノにそう呼ばれてたもんでちょっと気不味いっていうか……」
ピシッ!
と、陽一の発言を聞いた陽華の動きが固まる。
「も、元カノ……?カノ……ジョ……?」
「だ、大丈夫か?」
壊れたロボットのように"元カノ"という部分を反芻する陽華。
指先は震え、目は泳ぎまくっている。
しかしあることに気づいて正気を取り戻す。
「ハッ、元!"元"っていうことは今は付き合ってないんだよね!?」
「あぁ、2週間くらい前にこっぴどく振られちゃってな、情けない話だが」
「……陽一、良ければ聞かせてくれないか?その元カノの話を」
それは陽一としても好き好んで語りたいような内容ではなかったのだが、陽華のあまりにも真剣な顔を見て陽一は渋々といった様子で語りだした。
「ていうことがあって今ここにいるわけだ」
「なるほど……それは辛かったね」
『涙の失恋編』から『めっちゃ痛かった交通事故編』まで語り終えた陽一。
まるで自分が体験したことのように辛そうな顔をする陽華を見て、陽一は少しだけ心が和らぐのだった。
「でもまぁ、もう吹っ切れてるから」
「ところで、その元カノとクソ野郎に闇討ちはしなかったのかい?」
「してねーよ!つーか俺、事故のシーンまでちゃんと説明したよね!?」
「じゃあ今頃松川君が実行してるのかな」
「"じゃあ"ってなに!?どんだけ闇討ちしたいんだよお前ら」
「でも陽一、落ち込むことはないよ破れた恋というのは実った恋以上に自分を成長させてくれるものだってママも言ってたからね」
「それこの前聞いたわ」
「この発言の元となったミレンちゃんのママも昔悲しい恋を経験していてね……その相手の男ってのがまた」
「だから掘り下げなくていい」
そんな既視感を覚えるやりとりをしつつ、陽一はカバンに入っているスマホを取り出そうとする。
手術の必要がないことや退院が早まることが本当だとすれば、父親には連絡しておかなければならないだろう。
かなりテキトーに突っ込んだため探すのに苦労したがようやくそれらしき感触を得る。
と、そこで陽一は自分のスマホが小さく振動していることに気づいた。
どうやら誰かから電話がかかってきているようだ。
(噂をすれば……って感じだな)
画面に映る連絡先を確認して苦笑した陽一は、陽華に一言告げて病室を出る。
そして一つ深呼吸をして通話ボタンを押した。
「もしもし」
『っっ!!も、もしもし!!陽君!?』
「おー……なんつーか、久しぶり」
電話をかけてきたのは茜だった。
陽一としては正直先程思い出すまですっかり忘れていたのだが、そういえばイライラしてしまい突き放すような態度を取った記憶がある。
今となってはもうそのイライラも無い。
あれから失恋よりも大きな変化があり過ぎたため、茜とのことなど遠い過去のように思えるのだ。
故に陽一は茜に対して、付き合う前のようなフラットな対応を取ることが出来た。
『陽君怪我は大丈夫……?』
「大丈夫大丈夫、本当に重体とかじゃないから」
『ごめんね……私のせいで……』
「気にすんな、ってのは無理かもしれないけど事故はお前のせいじゃないぞ」
『うん、ありがとう……やっぱり陽君は優しいね』
電話の向こうの茜の声からは僅かに安堵と喜色が滲み出ていた。
文字の上では素っ気なかった陽一が意外と怒っていなかったのが嬉しかったのだろう。
『怒っていない』というよりも『あまり興味がない』と言った方が正しいのだが。
『そ、それでね?私、陽君に話さなきゃいけないことがあるの……!』
「へぇー、なんだろ」
陽一はまるでテレビでやっているクイズ番組を観ている時のような軽いノリで相槌を打つ。
言葉の裏にある思惑を読み取ることなどしない。
単純に内容が気になっているだけなのだ。
『私が陽君を……ふ、振らなくちゃいけなかった理由』
「あー……」
あちらはなんだか重大発表のように扱っているが、本音を言えばどうでもよかった。
確かに振られた当初は夜も眠れないほど気になったし、それで茜のことが分からなくなりもした。
しかし先程も述べたように陽一にとって、それはもう遠い過去のことなのだ。
気になるといえば気になるが、どうでもいいといえばどうでもいい。
その程度の認識でしかなかった。
「いや別にいいわ」
『……え?よ、陽君、気にならないの……?』
「今更知ったところでな、それにお前今はアイツと付き合ってるんだろ?」
『っっ!!……知ってたんだ……』
「意外だったけどなぁ……まぁアイツはお前のこと大好きだったし多分大切にしてくれるんじゃ」
『やめてっ!!』
「うぉっ、どうした……?」
陽一が茜と左衛門三郎の仲を受け入れるような発言をした途端、茜がそれを拒絶する。
『やめて……陽君にそんなこと、言われたくないよ……』
「なに?どういうこと?」
『私が好きなのは……ずっと陽君だけなのに!!』
「……はぁ」
陽一としては意味がわからない。
あまり興味も無いのだが、ここまで言動が意味不明だと逆に気になってくる。
「お前好きなのに俺のこと振ったの?」
『そうするしかなかったの……!!』
「俺のこと好きなのにアイツと付き合ったの?」
『だって……そ、それも全部説明するから!!』
「はぁ……説明するのはいいけどさ、お前もっと自分の行動客観的に見てみろよ」
『客観的……?』
「そう、例えばお前が大好きだっていう俺がなんの説明も無しにお前のこと振ったあと、お前が一番大嫌いな女と付き合うんだぞ?もう意味分かんないだろ?」
『そ、それは……』
「その説明ってやつも退院したら学校で聞くからさ」
『ま、待って!』
陽一がそう言って電話を切ろうとしたとき、向こうから陽一を呼ぶ声が聞こえた。
「おーーい、陽一!少し話しておきたいことがあって……ってまだ電話中か、ごめんね」
何か用事があるらしく陽一を呼びに来た陽華だったが、陽一がまだ電話をしている様子を見ると謝罪のジェスチャーをしながら小声で謝る。
「いやもう終わるとこだ……てことで茜、また学校で」
『陽君』
改めて電話を切ろうとした陽一は、茜の声色が明らかに変わっていることに気付く。
「……茜?」
数秒黙ったあと、茜は小さく、しかしゾッとするような迫力を秘めた声で呟いた。
『今の女……誰?』
次話は6/21(月)に投稿予定です。
もう6月も終わっちゃいますね……。