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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第一話 「警部の計画」 VSエリート刑事/霧崎洋介
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九・身代金の謎



「それでは、再生します」


 会議室の机に置かれたICレコーダーを刑事たちが見守るなか、愛美がレコーダーの再生ボタンを押した。するとスピーカーから、あの機械的に加工された声が聞こえてきた。


『警察の諸君、聞こえているか。金が用意できたとの報告、感謝する。では早速身代金の受け渡しについて説明しよう。まず現金二千万円をひとつの鞄に詰めて、今夜二十二時に中薗町三丁目のわんぱく公園まで持ってくること。そして公園にあるベンチの下に鞄を置き、そのまま公園から出て行ってくれ。

 当然、途中で邪魔が入った場合取引は即刻中止。惨めな同僚の命はないと思え。それと鞄にGPSを付けようなんて小賢しい真似をしても無駄だ。こちらも電波を遮断できる機器をきちんと用意してある。

 以上だ。いい取引ができることを祈っている』


 録音された音声が途切れると、辺りはしんと静まり返った。


「いま何時だ」


 その場にいる誰かがいった。洋介が自分の腕時計をみると、時計の針は二十時十五分を指していた。


「あと一時間四十五分か」


 当然、このまま時間になるまでのんびりと待って過ごすわけではない。誘拐犯追跡のための捜査配備の検討など、やらなければいけないことは多くある。


「この音声の環境音から誘拐犯の所在地を絞り込むことはできるか」


 捜査の指揮者である郷家警視が愛美に訊いた。


「科研に音声データを渡して調べてもらっていますが、難しいとのことです。なにせ後ろで千尋がずっとモゴモゴと騒いでましたから。音がぜんぜん拾えないみたいです」


「まったく、あいつは……」


 郷家警視は眉間に皺を寄せ、顔を顰めた。


「警視、身代金は誰が運びます?」


「そうだな、あまり大人数で行っても犯人の心証を損ねるだけだ。ひとりかふたりで行くべきだろうな」


「それなら藤野がいいでしょう」


 部屋にいる大勢の刑事たちの中から洋介がいった。


「万が一誘拐犯と接触があった場合、向こうは藤野の声を知っているので何かと都合がいいはずです。ただ女ひとりで行かせるのも少し不安だ。堂本を同行させましょう」


「俺ですか」


 洋介の隣で立っていた渡が自分で自分を指差した。


「やってくれるか」


「わ、判りました」


「藤野もそれでいいか」


「問題ありません。しっかり守ってね、堂本くん」


「はいっ、了解です」


「警視、金の運搬役はこれで構いませんね」


「ああ、異存はない。決まりだな」


 刑事たちが話を交わしている中に「あの」と、いつの間にか会議室にいた二宮が割って入ってきた。


「すいません、少しよろしいですか」


「君か。まだ帰っていなかったのか」


 郷家警視が呆れるようにいった。


「次から次へと色々なことが起こるもんですから、帰るタイミング逃しちゃって」


「まあいい、それで聞きたいことってなんだ」


「大したことじゃないです。身代金、二千万円でしたっけ? 今の電話の内容からして、当然現金での取引なんでしょうが、警察にそれだけの大金が置いてあるもんですか?」


「会計課の金庫に一億円ほど保管されてある。そこから捻出したんだ」


 郷家警視の代わりに、洋介が二宮に説明した。


「ふうん、そうですか。それにしても、二千万円か……」


「なんだ、また何か気になることがあるのか」


 上を見上げて考え込むような様子をみせた二宮に洋介が訊いた。


「気になるというかですね、どうして誘拐犯は身代金に二千万円という金額を要求したのか。これがどうもよく判らなくて」


「判らないって、どういうことです?」


 渡が二宮の方を向いていった。


「先ほど霧崎警部は僕に、誘拐犯の人物像についてこんなことをを教えてくれました。誘拐犯はわざわざ危険を犯してまで警察を脅しているのだから、警察に恨みがある人間、もしくは警察組織に挑戦しようとしている人間のどちらかなのだろうと」


「確かにいったな。それがそうしたんだ」


「彼らが身代金を要求するのは判ります。脅迫するための建前が必要なんですから。しかしですよ、犯人が警察に恨みを持っている場合、それと警察に挑もうとしている場合のどちらも、誘拐犯の本来の目的は警察を出し抜いて恥をかかせることにあるはずです」


「そりゃ、順当に考えればそうだろうな」


 郷家警視が腕を組んでいった。


「だとすると、犯人の要求する二千万円という額は非常に不自然に思えるんです」


「不自然って、どういうこと?」


 愛美がテーブルに手をついて身を乗り出した。


「何度もいいますが、霧崎警部の推測が正しいとすれば、警察に恥をかかせることが犯人の目的なんです。だからこの際犯人の要求する金額はいくらだっていいわけです。だとしたら普通はもっとキリのいい数字、例えば五百万円とか一千万円、それでも足りないというならいっそのこと三千万円とか五千万円といった金額を要求するはずだと思うんです。

 しかし犯人の要求額は二千万円。ひじょうに中途半端な数字です。誘拐犯がわざわざこの要求額に抑えた理由はなんなのでしょうか。これが不思議なんです」


「確かに、いわれてみたらしっくり来ませんね。なんだか気持ち悪くなるような中途半端さだなあ」


 そういった渡と同じように、他の刑事たちも首を傾げた。そんな中で洋介がひとり、溜息を吐いた。


「誘拐犯には誘拐犯なりの事情があるんだろう。いま我々が考えたって仕方がないことじゃないか。それに、そんなことは犯人を逮捕すれば自ずと明らかになる。二宮君もそれは判るだろう」


「まあ、それをいったらそうなんですがね」


 しかしそういう二宮の目には、まだ幾ばくか疑念が残っているようにみえた。


「なあ二宮君、君はこのあともここに居座り続けるつもりなのか?」


「出来ればそうしたいのですが」


「正直にいうなあ。一体なにが君をそこまで突き動かすんだ? もしかして、相棒である大川を誘拐した犯人を捕らえようという執念か?」


 洋介は二宮の方を向いて、挑発するような口ぶりでいった。だが、洋介の言葉を受けた彼はきょとんとした表情を浮かべていた。


「大川さんが相棒? 違いますよ。僕はただ、ずっと前から楽しみにしていたケーキバイキングを邪魔した輩の正体を暴きたいだけです。いけませんか?」


 二宮は真顔でいった。それをみた洋介は思わず笑い声を出してしまった。


「ハハハ……面白い事をいうね」


「冗談でいっているんじゃありませんよ。僕は真剣です。食べ物の恨みは恐ろしいということを判ってもらわきゃ」


 二宮は真剣な眼差しで洋介を見つめた。


「やれやれ。この調子じゃ、何をいっても聞かなさそうだな」


 洋介が笑いながらそういうと、渡たちの方を向いた。


「堂本、それと藤野。おまえたちに頼みたいことがあるんだが」


「なんですか」


「取引の時に二宮君を車で連れていってくれないか」


「えっ……」


 洋介の突然の提案に渡をはじめ、刑事たちから困惑の声があがった。


「何をいっているんだ、霧崎。いくらお前の意見でも俺は賛同しないぞ。一般人、それも高校生が危険な犯罪者に接触する危険に曝させるわけにはいかない」


 郷家刑事が洋介の横に立っていった。


「それは判っています。なので、彼には堂本たちと車で取引現場の近くまで行くことは許可させるんです。ですがその後は車の中でひとりで待機。堂本と藤野が戻ってくるまで彼には大人しく待ってもらいます。これならどうでしょう」


「だけどなあ」


「警視、このまま二宮君を無理に押さえつけようとするより、ある程度こちらも妥協した方が我々にとっても都合が良いはずです。変に邪魔されてしまうより、ずっといい」


「……まあ、お前がそこまで言うのなら」


 半ば押し切られるような形で、郷家警視は洋介の提案を受け入れた。


「ということで二宮君、君もこれでいいだろうか。もしこの提案を受け入れるのなら、君もこれ以上我々に余計な口出しや行動は慎むように。いいね?」


「……判りました。ありがとうございます」


 そういって二宮は洋介に軽く頭を下げた。



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