四・高校生からの電話
電話相手が二宮浩太郎と名乗ったとき、洋介は「ああ」と声を漏らした。
「聞いてるよ。君が噂の二宮浩太郎君か」
『ええ、そうですが。あっ、もしかして、僕のことご存知でしたか』
「もちろんだ。この署で君の名前を知らない奴はいない」
二宮浩太郎。市内に住む高校生である彼は一年前に市内のターミナル駅で発生した殺人事件を瞬く間に解決して以来、最初の事件の現場で偶然彼と居合わせた大川千尋とタッグを組んで、数々の殺人事件を解決に導いてきたという。その頃洋介は本庁で研修をしていたが、二宮の評判は彼の耳にも届いていた。
『いやあ、そういわれると照れちゃうなあ。ええと、何の話でしたっけ』
とぼけた口調で話す二宮に洋介は苦笑した。
「おいおい、君は大川が待ち合わせに来ないからってここに電話をかけたんじゃなかったのか」
『ああそうでした。今晩はあの人とケーキバイキングに行くことになっていて、予約の六時になる前に店の前に集合するはずだったんです。ですが六時を過ぎても大川さんは来なくて、そのうえ電話をかけても出てくれないもんですから、もしかしたらと思ってそちらにかけてみたんです』
「なるほど」
正直なところ、知り合いとはいえどうして大の大人が高校生と一緒に飯を食べに行くことになっていたのかが洋介には全く理解できなかったが、自分がそんなことを考えても仕方がないと気にしないことにした。
『とりあえず、あなたが大川さんを駅ビルのほうまで送っていったということですね』
「そうだ。ちょうどこっちも買い出しに行くところだったからね」
『どこで大川さんを下ろしましたか?』
「駅ビルの路地裏だよ」
『あの細くて暗い道ですね?』
「ビルの前だと人が多くて車を停めにくいし、邪魔になるだろう」
『なるほど。ちなみにそれはいつ頃のことです? 大川さんを車から下ろした時刻は』
「だいたい十五分か二十分前ってところだ」
『そうですか』
そういって二宮は『うーん』と唸った。
『そんな近くまで送ってもらったんだったら、もうとっくに来てくれてもいいはずなんですがねえ。あの人のことだから、どっかで道草食っているのかもしれませんが』
「それなら、いったん君は帰ったほうがいいかもしれないな。大川なら大丈夫だ」
『……そうですかね』
「こっちでも連絡を取ってみる。そっちに連絡が来たらまたこちらに電話してくれ」
すると二宮は少しの間沈黙した。そして洋介が電話を切ろうとしたところで『ちょっと待ってください』と二宮は洋介にいった。
『僕、今から署のほうへ向かいます』
「はあ?」
二宮の突拍子のない話を聞いた洋介は、思わず声が出てしまった。
「ちょっと待ってくれ、一体どういうことなんだ」
『いえ、僕も皆さんと一緒に大川さんからの連絡を待ってみようかと思ったんですが、駄目ですかね』
「駄目という訳ではないが」
洋介としては、これからの計画に余計な部外者を入れたくはなかった。それも、何度も難事件を解決したという経験を持つ人間なら尚更のことだ。
「警察としては、あまり未成年を夜遅くまで外に出すわけにはいかないからな。君も早く帰ったほうがいい」
『ううん、それを考えると僕をケーキバイキングに誘った大川さんはかなりの大問題ということになりますねえ』
二宮はそういってけらけらと笑った。
『あっ、いま駅の前のロータリーでタクシーに乗りました。これからそちらへ向かいますので、それじゃ』
「おい、二宮君、待ちたまえ、おいっ」
洋介は動揺を露わにして二宮に呼びかけるが、傍若無人との噂の高校生は一方的に電話を切ってしまった。
「二宮君、なんていってました?」
先ほど洋介に受話器を渡した藤野愛美が彼に訊いた。洋介は受話器を机に戻すと、深い溜息を吐いた。
「……いまからここに来るとのことだ」
愛美に向かってそういうと、洋介は自分のデスクに戻り、手に持っていたコンビニのレジ袋を机の上へガサッと音をたてて置いた。近くに来た渡が洋介に話しかけてくる。
「二宮君、ここに来るんですか。噂には聞いてましたけど、俺、今まで彼と会ったこと無かったんですよね。霧崎警部は二宮君のこと、ご存知でした?」
「ああ。俺も彼には会ったことはなかったが、女子校の事件はその時研修していた本庁でも大騒ぎになった。そうか、二宮浩太郎か……」
「どうしました?」
「いや、何でもない」
厄介なことになったな、という言葉を洋介は呑み込んだ。そして、そんな焦りを感じていることに自嘲した。
何を不安に思うことがあるんだ。これから始まる計画は、たとえ妙な高校生探偵が現れたとしても、簡単に崩れ去るようなものではないのだから──