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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第三話 「俳優の選択」 VS俳優/夏目誠士郎
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解決編・俳優の選択



 終演後、誠士郎は劇団のスタッフから二宮という少年が会って話をしたいといっている、という話を聞かされた。


 こんなに早く決定的な証拠を見つけてしまったのかと誠士郎は驚いた。だが、こうなったら徹底的に反論するまでだ。もし生半可な根拠で犯人だと告発しようものなら、名誉毀損で訴えることも考えなければならない。


 とにかく、これが最後の対決になるだろう。他のスタッフたちが全員撤収した後、誠士郎は二宮に指定された劇場の舞台へ行き、そして自分一人しか居ないステージの上に立ち周囲を見回して二宮の姿を探っていると、どこからか彼の声が聞こえてきた。


「お待ちしていました」


 二宮が観客席と舞台を繋いでいる階段を、小気味良い足どりで駆け上がった。


「お疲れのところ申し訳ありません。どうしてもお話ししなければならない大事な話がございまして」


「大事な話、か」


 舞台上を歩く二宮たちの足音が、静かな劇場じゅうに響き渡った。


「二宮くん、さっき俺はこういった。俺がやったと告発できる決定的な証拠を用意できたら、また会おうと」


「はい、覚えています」


「なら、その決定的な証拠がなんなのか教えてもらおうじゃないか。それで俺が納得できたら、その時は大人しく自供しようじゃないか。だけど、もしそうならなかったとしたら、こちらも君にそれなりの手段を使わなきゃいけなくなるぜ。さあ、どうする?」


 これは誠士郎なりの二宮に対する牽制だった。もっとも、その程度で彼が簡単に自分の意見を曲げるとは思えなかったが。


「あるんだな、証拠が」


 すると二宮は静かに首を横に振った。


「いいえ、証拠は見つかりませんでした」


 二宮の反応は予想外のものだった。


「どういうことだ。じゃあ、どうして俺を呼び出したりなんかしたんだ」


「夏目さん。僕はあなたに謝らなければならないことがあるんです」


「……謝らなければならないこと?」


「別の容疑者が現れたんです。つまり、これまで僕があなたを疑っていたのは全くの見当違いだったと判ったわけです」


 すいませんでした、といって二宮は頭を下げたが、それを誠士郎は訝しんだ。散々自分のことを疑っておいて急にそれを撤回するなんて、あまりにも不自然に思えた。


「それで……その容疑者というのは誰なんだ」


「すいません、それを僕の口からいうのは、ちょっと」


 二宮は躊躇ったが、誠士郎としてはとても気になることだった。自分の代わりに誰かが殺人の罪を着せられるというのは、あまり歓迎すべき事態ではない。


「教えてくれ。君が本当に申し訳ないと思っているなら、そのくらい俺に教えてくれたっていいじゃないか」


 誠士郎が問い詰めると、二宮は少しの間「ううん」と唸った。


「そうですね、夏目さんなら知っておいたほうがいいでしょう」


「俺の知り合いなのか」


「はい。知り合いどころか、かなり親しい人物です。名前はですね……矢島香奈江さんです」


 矢島香奈江、その名前を聞いた瞬間、誠士郎の心臓が大きく高鳴り、激しく動揺した。


「矢島香奈江さん。以前あなたのマネージメントをされていた方だそうですね」


「……なぜだ。なぜ君がその名前を知っている」


 激しく動揺を露わにする誠士郎を前にして、二宮は毅然とした態度で佇んでいた。


「今日のお昼、テレビ局でサインを頂いた時のことです。あの時あなたは近くにいたマネージャーの方にサインペンを出すようにいいました。しかし彼はあろうことか、いつも持ち歩くようにとあなたに言われているサインペンを持っていませんでした。

 それを見て妙だと思いました。夏目さん、あなたは今回の舞台を機に、これまでのアイドル路線から脱却しようと試みているそうですね。いわばこれからが正念場といったところです。しかし、そんな俳優の付き人が頼りない、まだまだ経験の浅い若者というのもおかしな話です。ここは切れ物のマネージャーが俳優をサポートするはずです。

 それでこう考えました。あなたはつい最近マネージャーを変えさせられたのだと。気になったので警察に事務所の人間関係を調べてもらったところ、あなた、実際に二ヶ月前に社長の笹渡さんの命令でマネージャーを変えさせられていましたね。そしてその前任のマネージャーの名前が……矢島香奈江さんです」


 誠士郎にとって、最も恐れていた事態が起こってしまった。何があろうと、彼女だけは守り通さなければならないというのに。


「矢島さんとはあなたがデビューした時からの付き合いだったそうで」


「……正確に言えば、十九の時に事務所の入所オーディションで、俺のことを推薦してくれた時からの付き合いだ」


「そうなんですか。とりあえず、矢島さんはそれからずっとあなたのことを手塩にかけて育ててきたわけです。そして見事人気俳優として成長し、新しいステップに踏み出そうといったところで、彼女の存在を邪魔だと感じる人物がいました」


「笹渡だ」


「はい、あなたに安定してこれまでのアイドル路線を続けさせたい笹渡さんと、将来のために方向転換をさせたい矢島さんはかなり揉めたそうです。そして今回の舞台にあなたを出演させるところまでは何とか漕ぎつけましたが、とうとう彼女はあなたの担当を外されてしまった。これが、矢島さんが笹渡さんを殺害するに至った動機といったところでしょうか」


 ここまで二宮が語ってきたことは殆ど真実だった。雇い主である笹渡敏三の逆鱗に触れた香奈江はこれまで事務所に多くの貢献をしてきたのにも関わらず、左遷されてしまったのだ。


 だが、香奈江は敏三を殺してなどいない。誠士郎は二宮に反論した。


「それが香奈江さんを疑う理由か? いっておくが昨日彼女がこの劇場に来て、笹渡を殺害することなんてできない。できるわけがないんだ」


「それはなぜでしょう」


「前に彼女から聞いたんだが、昨日は地方のテレビ局で打ち合わせが入っていたらしい。おそらく、舞台の初日に観に行けないようにするために笹渡が仕組んだ嫌がらせだろう。彼女のスケジュールを決めたのはあの男らしいからな。だが、それが逆に香奈江さんが殺したはずがないという証明になるんじゃないか。劇場には来なかったんだから」


「いいえ。矢島さん、昨日はテレビ局での打ち合わせを午前中に終わらせて、午後から大急ぎで新幹線に乗ってここまで来たそうです。やはり、長年育ててきた身としてあなたが新しい一歩を踏み出すところを観たかったのでしょう」


「嘘だ。もし彼女が観に来ていたとしたら、そのことを電話なりなんなりで俺に教えてくれたはずだ」


「もちろん普通ならそうしたでしょう。しかし昨晩は状況が違いました。自分が勤める事務所の社長が急死したんです。当然、関係各所をあちこち走り回る大騒動になりました。あなたに連絡を入れる暇もなかったのでしょう。そして、あなたがそれを知ることもなかった」


「だけど、昨日の公演中に彼女が笹渡のいた部屋に忍び込めるわけがない。近くには警備員もいたんだぞ」


「誰でも忍び込むことができるといったのは、夏目さんではありませんか。大川さんが騒ぎを起こして警備の人たちに連行され、現場は誰でも入ろうと思えば入ることが出来たわけです」


「俺は笹渡を舞台に招待した話を彼女に伝えなかった。だから笹渡があの部屋にいたことなんて、知っていたはずがないんだ」


「こう考えてみてください。劇の休憩時間中、矢島さんは楽屋にいるあなたを労おうと訪ねようとしました。そんな折に関係者以外立ち入り禁止エリアの奥へと入っていった彼女は、廊下であなたと笹渡さんが部屋の中で言い争う声を聞いてしまった。そして自分を失脚させた憎き男がすぐ近くにいることを知った彼女は、彼を殺害した」


「笹渡を絞め殺した縄はどこから用意したっていうんだ。まさか香奈江さんがそんなもの持ち歩いていたわけがないだろう」


「資材置き場でしたっけ。あなたが教えてくれました。そこからいい具合の縄を持ってきたのでしょう」


 ここまで誠士郎の発言が、すべて裏目に出る羽目になってしまった。


 香奈江にこれまでの恩を報いる為に敏三を殺害したというのに、彼女が濡れ衣を着せてしまってはすべてが無駄となってしまう。それならいっそ、自分が逮捕される方が──


 その時、誠士郎は気がついた。これは二宮の企てた卑劣な計画なのではないかと。


「とにかく、今頃矢島さんは署に連行されて事情聴取を受けている頃でしょうかね。自白は時間の問題といったところでしょうか……」


「待った」


 誠士郎が張り詰めた声でいった。


「判ったぞ、そういうことか」


「どうされました?」


「とぼけないでくれ。二宮くん、これは作戦なんだろう。俺の恩人である香奈江さんを犯人に仕仕立て上げて、それを止めようとする俺に自白させようっていう作戦なんだろう?」


 二宮は何も答えなかった。


「やっぱり、そうだったんだな。危うく君の作戦に乗せられるところだったよ」


 となるとどうするべきか。とにかく、まずは香奈江が犯人ではないという根拠が必要だ。誠士郎は加熱した頭を冷やして思考を巡らせた。


「いいかい二宮くん、そもそも香奈江さんに笹渡を殺せたはずがないんだ」


「と、申しますと?」


「考えてみなよ、彼女は女性だ。やや小柄ではあるけど、大の男である笹渡を殺すには力が足りない。逆にやられ返される」


「知っていますか、女性の殺人犯が一番よく使う殺害方法は絞殺らしいですよ。あんまり力を使わないで済むので、よく使われるそうです」


「いいや、香奈江さんが笹渡を殺せなかった理由はもうひとつある。死体の偽装だよ。奴の死を自殺に見せかけるために笹渡の死体をドアまで運んで、そして死体の首を絞めている縄ごとドアノブに括り付けるなんて、どうやったらそんな大掛かりなことが彼女にできるっていうんだ。不可能だ」


 二宮は何も反論せず、ただ静かに誠士郎を見つめていた。


「二宮くん、これでも君はまだ香奈江さんが犯人だといえるのか」


 すると二宮はこつこつと足音を響かせながら、誠士郎のもとに歩み寄った。


「あなたのいう通りです。矢島さんには笹渡さんを殺すことは出来ませんでした。ただ──」


 二宮は人差し指をゆっくりと誠士郎に向けて、そして口を開いた。


「夏目さん。あなた、犯行を自白されました」


「えっ……」


 どういうことだ。誠士郎は混乱するほかなかった。自白とはどういうことだ。一体、どんな失言をしてしまったというのか。


「確かに笹渡さんの遺体は首をドアノブから吊らされて、自殺に偽装されていました。しかし、あなた、どうしてそんなこと知っているんですか?」


 誠士郎はごくり、と息を呑んで手を震わせた。


「……決まっているじゃないか。君たちに教えられたからだよ」


「いいえ、僕たちは一度もそんなことあなたに言っていません。それにあなたを現場にお呼びしたとき、遺体は既に鑑識が運んでいきました。あの遺体の状態を知っていたのは第一発見者の用務員のおばちゃんと、近くにいた数名のスタッフ、そして警察関係者だけです。つまりあなたが知っていたはずがないんです。実を言うとですね、僕はこのことをあなたに言うのを、あえてずっと伏せていたんです」


「どうしてそんな事を」


「昨日あなたからお話を伺った時、あなたは笹渡さんは自殺したということだけを聞かされたとおっしゃった。そして、彼の死因は縄で首を絞められたことによる窒息死だと僕がいった時、あなたはちっとも疑問も持たなかった。

 よろしいですか、普通首吊りといったら、天井から垂らした縄に人間が首を括る絵面を想像します。しかし現場となったあの部屋の天井に、縄をひっかけられるフックなどはありませんでした。そんな状況でどうやって首吊りができたのか不思議に思うはずです。まさかドアノブから吊るされていたなんて、すぐには思いつかないでしょう。

 ですがあなたはそのことを指摘しなかった。だから僕、いつあなたが質問してくれるのか待っていたんですよ。しかしあなたはいつまで経っても尋ねてこなかった。だからこう思ったわけです。

 夏目さんは笹渡さんが死んだ当時の状況を知っている。なぜなら笹渡さんを殺害し、遺体に偽装工作をしたのは……あなただからだと。

 それとも、知っていた理由が他にあるというのなら、ぜひとも教えていただきたいのですが」


 完全にやられた。二宮は最初から自分が口を滑らせる機会を狙っていたのだ。そのために香奈江の話題を持ち出して、自分を着実に追い詰めてきたのだ。


 誠士郎は目の前の高校生の恐るべき企てに、ただ恐れをなすしかなかった。そしてこれ以上の悪あがきはもはや無意味だと悟った。


「……降参だよ」


「自供していただけますね?」


「ああ」


 罪を認めたとき、誠士郎はずっと自分に重くのしかかっていたものからようやく開放されたような気がした。


「すいませんでした、こんな卑怯な手を使ってしまって。それと、先ほどの矢島さんを署に連行したという話は全部嘘です。本当にすいませんでした」


「いいんだ。どうせ、そんな事だろうと思っていたよ。それにしても、そうか、ドアノブか。あんまり時間がなかったんで、それしか自殺に見せかける方法がなかったのだけれど……そこにさえ気をつけてれば、こんなことには」


「いいえ。僕、最初からあなたのこと疑っていたんですよ」


「最初から?」


「大川さんが劇の休憩時間に騒ぎを起こした時です。あの時、あなたの姿がちらっと見えたのですが、あなた、白い手袋を付けていらっしゃった。それをみて、僕はてっきり舞台での衣装のひとつなのかと思いました。

 ですが第二幕が始まって驚きました。だって、今度は手袋を付けていなかったんですから。そして事件が起こって、もしかしたらと思ってずっと目をつけていたわけです。あの手袋はやはり、指紋をつけないようにするためのものだったんですね?」


「ああ、そうだよ……それにしても、手袋がきっかけか。君たちに遭遇した瞬間、俺にがもう勝ち目はなかったというわけだったんだな。全く、ついてない」


 そういって誠士郎は自嘲した。


「動機はやはり、矢島さんを自分の担当から外された事ですか」


「笹渡のやつ、ゆくゆくは香奈江さんを事務所どころか、芸能界から追い出すつもりだったみたいだ。前にもいっただろう、笹渡はこの業界の病巣だ。そんな奴が彼女みたいな素晴らしい人を追放しようとするなんて、間違っている。だから殺したんだ」


「それほど、大事な方だったのですね」


 二宮が哀しげな目で誠士郎を見つめた。


「あの人がこのことを知ったら、めちゃくちゃに怒るだろうね。余計なお世話だとか、どうしてファンを傷つけるようなことをしたんだとか……だけど、それでも俺はあの人を救うためにやらなきゃいけなかった」


「それが、あなたの選択だったというわけですね」


「これが俺なりのあの人に対する恩義だ。後悔はしていないよ」


 もはやここは自分に相応しい場所ではない。誠士郎は舞台を見回すと階段に足を向けて、舞台から降りようとした。


 舞台から降りる前に、誠士郎は一旦足を止めた。


「二宮くん」


「はい」


「俺はこれまでたくさんのドラマや映画に出てきた。だけど、その中のどんなものよりも、いま目の前にいる君の存在の方がよっぽど現実離れしていたよ」


 誠士郎の言葉に、二宮は照れ臭そうに笑った。


 第三話 「俳優の選択」 完



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