四・死者の約束
事件が起こった翌日、誠士郎はテレビ局のスタジオにて毎週日曜日の昼に生放送されている情報番組『サンデーリビングルーム』の収録に参加していた。
「それでは夏目さん。番組の最後に告知をお願いします」
番組の終わる間際、司会者の中年女性タレントが誠士郎に話を振った。
「はい。僕の出演している劇団ミッドナイトピープルの劇、『ウィルソン一族』が現在公演中です。名家の繁栄から存亡を描いたこの劇に、一家の跡取りアンソニー・ウィルソン役として出演しております。皆さん、ぜひご覧になってください」
「ゲストの夏目誠士郎さん、本日はありがとうございました。ではまた来週お会いしましょう、いい週末を」
番組が終わり、スタジオの観覧席から大きな拍手が鳴った。
出演者たちに向かって拍手をする観覧席にいる殆どの観客は女性だったが、そのなかにひとりだけ少年が席に座っていた。二宮だった。二宮は昨日ホールで着ていたのと全く同じ服装をしていた。
「いやどうも、お疲れ様です。これから劇場のほうへ行かれるんですか」
収録を終えて他の出演者が撤収すると、二宮が誠士郎のもとへ歩み寄って話しかけてきた。周囲では次に行われるテレビドラマの撮影のための新しいセットをスタッフが組んでいた。
「まあね。それで二宮くんはわざわざここまで来て、俺に何の用かな」
「夏目さんにひとつ頼みたいことがございまして」
そういって二宮は自分のトートバックからA4のサイズの冊子を取り出した。
「それは?」
「昨日劇場の売店で買ってきた劇のパンフレットです。この表紙にサインを書いて頂けないでしょうか。姉から夏目さんのサインを貰ってくるように頼まれまして。お願いします」
「そういったことなら喜んで」
秋山さん、と誠士郎はスタジオの片隅にいたマネージャーの秋山也人を呼び寄せた。
「サインペンを出してもらえないかな。彼にサインを頼まれてね」
「ああ、はいっ」
也人が手持ちの鞄をがざごそと漁っていると、次第に彼の顔が曇っていった。
「まさか、忘れたとでもいわないだろうね」
「……すいません、忘れてしまいました」
「困るな、サインペンはいつも持っておいてくれって頼んでいるだろう」
「すいませんでした」
也人が誠士郎に向かって情けなく頭を下げた。
「気をつけてくれよ。もういいから、先に駐車場に行って車を出しといて」
はい、と也人はすごすごとスタジオから出て行った。
「すまないね、二宮くん。ここのスタッフの誰かがペンを持っていればいいんだけど……」
「お気になさらないでください。名前ペン持ってきたので、これでお願いします」
二宮が誠士郎にペンとパンフレットを渡した。
「横に”まもるさんへ”って一緒に書いてください。うかんむりに寸法の寸の守です」
「守さんね」
ペンのキャップを外して、誠士郎は二宮から渡されたパンフレットに自分のサインを慣れた手つきで書き入れた。
「『バディポリス』拝見してました。あの時は熱血漢の新米刑事をやっていらした」
「懐かしいなあ。放送してたの何年前だったっけ」
「四年ほど前のドラマです。それ以来姉弟揃ってファンでして」
「ありがとうございますってお姉さんに伝えてくれ」
「はい、伝えておきます。それともうひとつですね、必ず訊いてこいと姉から言われていたことがありまして」
「なんだい」
「『君のために誰かがいる』のサードシーズンはいつやるんでしょうか。前のシーズンをやってたのが確か二年前でしたから、もうそろそろやってくれるんじゃないかとずっと待ちわびているんですが」
「ああ、あのドラマか。君たちには残念だけど、いまのところやる予定は無いんだよ」
「あれっ、そうなんですか」
「局のほうから何度も話は来ているんだけど、断っているんだよ。いつまでも同じことを繰り返しているだけじゃ進歩がないからね。今は良くても、五年後十年後には……いや、もしかしたら半年後にはみんなが俺という存在に飽きて、忘れてしまうかもしれない。今回の舞台もこれまで染み付いていたイメージ脱却のために出たようなもんなんだよ」
「確かにあのアンソニー・ウィルソンっていうのは、これまで夏目さんが演じていらした爽やかな好青年とは全然違う役柄をしてましたね」
「劇のほうはどうだったかな。二宮くんの率直な感想を聞いてみたいんだけど」
「素晴らしかったです」
「それを聞いて安心したよ。お世辞じゃないだろうね」
「とんでもない。特に妹殺しの罪を認めたところなんか最高でした。まるで本当に人を殺していたかのような臨場感がありました」
二宮がそういったとき、誠士郎は周囲の時間がぴたりと一瞬止まったような気がした。
「どうされました」
「いや、なんでもない。さてと、お望みのサインだ」
「どうもありがとうございます」
二宮は誠士郎からペンとパンフレットを受け取ると、手に入れたサインをしげしげと眺めた。
「わざわざどうもすいませんでした。家宝にします。それでは」
そういって二宮はパンフレットをバックにしまうと、スタジオの出口に足を向けた。
「そうでした、大事なことお伝えするのを忘れていました」
出口の数歩手前で二宮は足を戻すと、上着のポケットから写真を一枚出してそれを誠士郎に見せた。そこには二十代前半くらいの若い女性の顔が写っていた。
「この写真の女性に心当たりはございませんか」
「どうだろう、知らないな。誰なんだ」
「三輪まりねさんという方です。いちおう夏目さんと同じ事務所に所属している女優さんなんだそうですが」
「……言われてみれば顔は見たことがあるような気がする。話したことは一度もないけど」
「でしょうね。無名中の無名らしいですから」
「それでこの三輪って子が事件になにか関係が?」
「三輪さんですね、笹渡社長の愛人だったそうでして。いわゆる枕営業ってやつでしょうか。昨晩、中心街のホテルで彼と会う約束をしていたそうです。夏目さん、これ、妙だと思いませんか」
「二宮くんはこう言いたいのか? これから愛人と会う約束をしていた人間が自殺をするかと」
「流石です、理解がお早い」
「だけどこうは考えられないか。彼女との約束自体は前からしていて、そして昨日俺と言い争いをしたあと、落ち込んでしまった時には愛人と会う約束なんか頭から吹き飛んでしまったとか」
「僕も最初はそう思いました。しかしですね、笹渡さん、亡くなる直前に三輪さんと電話をしていたそうでして。通話の時間を調べたら時間は午後四時半過ぎ、ちょうど劇の休憩時間の間でした」
誠士郎は敏三を殺害したときのことを思い出した。ソファーに座る敏三の首を絞める直前、彼は誰かに電話をしていた。その相手が三輪まりねだったということだろうか。
「あなたが笹渡さんの部屋を訪ねた時、彼、電話をしていましたか」
「……してたな」
下手に誤魔化したところで意味はないので、誠士郎は正直に答えた。
「その電話の時に改めてホテルで会う約束をしたそうです。おかしな話です。愛人と電話をしてうきうき気分の男が直後にあなたの退所宣言を聞かされたからといって、そんなすぐに自殺をするものなのでしょうか」
細かいところをねちねちと攻めてくる二宮に誠士郎は少々辟易していた。どうして二宮はわざわざ自分にこんな話を聞かせてくるのだろうか。まさか自分を疑っているとでもいうのか。
まさか。確かに敏三と死の直前に会っていたことは疑いを持つ理由にはなるだろう。だからといって、ここまであからさまな真似をするものなのだろうか。
「判らないね。人間心理っていうのは複雑なもんだから、そういうこともあるんだろう。とにかく、俺はこれから劇場のほうに行かなきゃならないんだ。実を言うと、二宮くんのおかげでかなり時間が押している」
「ああ、そうでしたか。ご迷惑をおかけしてすいませんでした。それでは退散します。劇のほう、頑張ってください」
「ありがとう。じゃあまた」
意味深な笑みを浮かべる二宮の眼差しを背に受けながら、誠士郎は足早にスタジオから去った。




