騒々しい夜明け
携帯のアラームが部屋中に鳴り響く。聞きなれたその嫌な音は、平日の朝七時であることを天斗に教えるものだ。
二度寝をすると、間違いなく一限目に間に合わないため、無理やり布団から体を起こす。すると、腰辺りに何かが触れた感触がした。
「そういや、そうだったな」
ゆっくりと布団をめくると、中から猫のように丸まった幼女が姿を現した。
「おい、起きろ」
天斗がゆさゆさと肩を揺らしてその幼女、笹葉を起こす。
「んむぅ……」
笹葉はもそもそと、その場で起きることに抵抗していたが、やがてゆっくりと体を起こし始めた。眠い目をこすっている。
肩甲骨辺りまで伸びた長い髪。朱に染まった頬。目はまだ虚ろで、口はまだ寝ていたかったのか、小さなへの字型になっていた。
天斗は「起きたら人がいる」という、一人暮らしを始めてから初の体験に違和感を覚えていた。昨夜は、一応熟考したとはいえ、その場の雰囲気に流されてしまった感じが強い。ただ、引き取ると言ったからには一週間だけはちゃんと面倒を見ようと決意していた。
「パパはどこかに行くんですか？」
「あぁ、大学だ。一限目から授業がある」
「そうなんですか！じゃあ私もお出かけの準備しなきゃ」
笹葉は目を輝かせて立ち上がった。
「は？」
歯ブラシをくわえたまま、天斗は笹葉の方を向く。
「笹葉は家で留守番だぞ」
「えぇ！？」
「あんまり大きな声出すなよ。近所から苦情来たら困るだろ」
「笹葉も大学行きたい！」
「わがまま言うな。部屋の掃除でもしていてくれ」
「パパと大学行きたい！」
「駄目だ。他の人たちに迷惑がかかる」
その時、天斗の携帯から着信音がなった。画面には、沙織の名前が映し出されている。天斗は着信を取ってスピーカーにした。
「何の用だ」
「朝から不躾な物言いね……。用件は笹葉ちゃんが何かアレルギーを持っているかってことなんだけど」
「だ、そうだ。なんかアレルギー持ってるか？」
天斗は顔を笹葉の方に向けて返事を促す。
「パパと大学に行きたい！」
「会話になってねぇ」
「何よ。朝からけんかしてるの？」
「喧嘩じゃない。笹葉が駄々をこねてるだけだ。大学についてくるだとｋ……」
「はあ！？ あなた、まさか笹葉ちゃんを部屋に留守番させようとしてるんじゃないでしょうね！？」
スマホからつんざくような沙織の声が放たれる。電話をスピーカーにしたのは、この声から自分の鼓膜を守るために他ならない。
「そうだ。何か悪いか」
「悪いわよ！笹葉ちゃんも連れて行きなさいよ！」
「授業中はどうすんだ」
「隣に座らせなさいよ。あなたの隣なんていつも空いてるじゃない」
「余計なお世話だ。切るぞ」
「待ちなさいよ！アレルギーは？」
「後で聞いとく」
「今じゃなきゃこまｒ」
ツー、ツー。
天斗は沙織が話している途中で電話を切った。天斗は沙織がスマホに向かって怒り狂っているのが容易に想像できた。
スマホを机の上に置く。その時、視界の隅に爛々と目を輝かせている笹葉が映った
天斗は小さくため息をつく。
「笹葉、出かける準備をしろ」
「やったぁ！」
その後、二人は朝食としてヨーグルトとレーズンパンを取り、身支度を進めた。天斗は黒のチノパンに灰色のパーカーを、笹葉は替えがないので昨日と同じ服を着た。昨夜に洗濯して干してあったため、何とか乾いていたのが幸いだ。
