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気まぐれな七夕と幼女  作者: たもたも
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謎の家出少女

 七月一日、日曜日、水上天斗(みずかみあまと)は幼女を拾った。


 春から一人暮らしを始めた激安アパートから徒歩十分の地下鉄。そこで大学行きの電車に乗り込む。休日だからだろうか、電車の中はそれほど混んではいなかった。


 平日は学生や社会人ですし詰め状態なのだが、休日はうって変わって家族連れやカップルが多く見受けられる。未だ大学で親しい友達がいない天斗は、吊革に体重を預けながらスマホで芸能ニュースを流し見ていた。

 

 地下鉄は平常通り運行し、ものの数分で目的地に到着。行き交う人々の流れに身を任せていると、勝手に改札口にたどり着いた。定期をかざしてそこを抜けると、幾分か人の数は減る。地上への出口は八か所あり、皆それぞれ目的地が違うからだ。

 

 天斗は改札口から一番近い階段を目指して歩く。


「ちょっと、いつまで無視するのよ!」


 人と目を合わせないように下を向いて歩いていると、何者かにガシッと肩を掴まれた。周囲の喧騒をものともしない、なかなかの声量だ。天斗は聞き覚えのあるそのかん高い声の主の方を向く。


「……別に無視してない。関わると面倒だと思って声をかけなかっただけだ」

「それを無視って言うのよ!」


 長い茶髪を振り乱しながら怒る彼女の名前は神楽沙織(かぐらさおり)。一六四cmと女性の中では割と高身長であり、すらりと伸びた足によく似合う紺のスキニーパンツを履いている。上は黒のフリル付きの肩出しブラウス。スレンダーな彼女によく映えた服装だ。


「俺に何か用か?」

「特にないわ」

「無いのか。じゃあな」


 天斗はスタスタと歩調を速める。


「待ちなさいよ!」


 先ほどと同じく、肩を力強く掴まれた。


「どうした、用事は無いんじゃないのか」

「えぇ、特にないわ。でも、あなたと私は目的地が同じ。一緒に行くのはおかしなことじゃないわ」


 少しばかり乱れた髪を手櫛(てぐし)で整えると、沙織は早口でまくし立てた。


「問題大有りだな。俺にメリットが何一つとして無い」

「な……っ! この私の誘いを断るっていうの!?」

「そうだ」

「は~あ、そんなんじゃいつまでたっても彼女出来ないわよ」


 これ見よがしにため息をつき、沙織は肩を落とした。


「それで結構だ。僕の大学生活に恋人など必要ない」


 日焼けしていない色白な沙織の腕を払いのけ、天斗は先を急ごうと話に区切りをつける。

 しかし、天斗の行く手を阻む第二の刺客は、その直後に現れた。


「パパ!!」


 朝早いこの時間帯には珍しい、キャンパス直通の階段を下る一人の女の子。沙織と同じブラウンの長い髪。頭には顔全体が日陰になるほどの大きな麦わら帽子が乗っている。純白のワンピースが、地上から降り注ぐ太陽の光でまばゆく輝いていた。


 天斗と目が合った瞬間、大きな声を上げるや否や、凄まじい勢いで残り数段の階段を駆け下り、目にもとまらぬ速さで天斗の足に抱きついた。


 再度、幼女と言っても差し支えがないほどのあどけない顔立ちの女の子は、宝石のようにキラキラと瞳を輝かせて天斗のことをそう呼んだ。


「パパ!!」

「人違いだ」

「うそ! 絶対にパパだもん!」

「絶対に人違いだ」


 そんな誰もが甘やかしてしまいそうになるほどの可愛い幼女に対しても、天斗は取り付く島もない態度をとった。


「ぱ、ぱぱ……ぱ……ぱ?」


 一方、沙織の方はというと、魂が抜け落ちたような顔で、力なく「ぱ」の音を繰り返し発音していた。


「おい、変な勘違いをするなよ」

「そうよね……」

「こういう時に物分かりがいいのだけはお前の長所だな」

「これは勘違いじゃなくて事実、目の前で起きていることに目を背けてはいけないわ……あはははハ」


 天斗が感心したのもつかの間、沙織はまたもや現実逃避を行った。目は焦点が合っておらず、完全に手おくれな状態。


 天斗はこのまま二人を置き去りにして大学に向かおうかと考えたが、すぐにその考えを振り払った。


 それは天斗が二人のことを心配したからではない。周囲の視線が痛かったからだ。幼女は未だに天斗の足にへばりつきながら、大声で「パパ!」を連呼し、沙織は完全にもぬけの殻。ここで天斗が幼女を振り払ってどこかに行ってしまった時には、今後二度とこの地下鉄は利用できないだろうと天斗は思った。


 「場所を変えるぞ……おい!」


 いつまでたっても上の空な沙織を持っていたカバンで軽くどついた後、天斗は小さく舌打ちをした。

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