ワルサーP-38
ラジオのDJが喋っている。
〈女性がゴールドのプレゼントをもらうとき、混ざりものの金より純金のアクセサリーの方がいいでしょうね。その金にまつわる話なんですけど、ドイツの都市伝説に『黄金のワルサーP-38』というのがあります。ワルサーP-38というのはピストルでワルサー社が黄金のP-38をヒトラーに献上したんです。これが本当にドイツ人らしい造りなんです。金は鉄の約3倍重いんです。でも柔らかく加工しやすいから昔から重厚感のある装飾品として使われてきました。でも純金は柔らかすぎてピストルには不向きで弾を撃てません。しかしそこはドイツ人ですね。18金や14金を多用して数発は撃てる。そういう伝説があるんです。〉
妙高と周治は得意先に行く途中の車の中で放送を聴いていた。
「お前が昨日の昼、俺に送ったのは『泥棒と学者』だったよな。」
「あらすじは昨日のお昼休みに電話で喋った通りだ。」
「それにしてもあのDJ、やけに自信たっぷりにドイツで都市伝説を聞いたみたいな喋り方をするな。」
「聞いてはいないけど見てるんじゃないか。俺たちの携帯の中を。」
妙高は笑いながら喋った。
妙高が書き始めたミステリーはドイツの都市伝説を元にしている。とは言っても本当にドイツの都市伝説かどうかは判らない。誰かが面白がってドイツにはこんな都市伝説があるんだよと言っているだけなのかもしれないからである。そんなことはさておいて妙高が執筆を始めたので、周治は張り切って公正と校閲をやるつもりでいた。
「やっぱりな。俺たちの会話とか通信記録が漏れてるのか。最初から書かずに途中を抜粋して書いたのは正解だ。」
「確かに被りすぎてる。」
「泥棒の愛人が黄金のP-38を分解する場面からだからな。」
〈女は男が寝ている間に銃のコレクション・ボックスから黄金のワルサー P-38を取り出した。このワルサーP-38はいわくつきである。ワルサー社がアドルフ・ヒトラーに献上したと言われているからだ。ソ連軍がベルリンに侵攻してヒットラーが自害した時、ソ連軍の将校が密かに入手したと言われている。このP-38は第二次世界大戦後行方が分からなくなった。そのP-38が今ここにある。女は銃を分解した。分解してがっかりした。「何よこれ。金は金でも14金と18金、それに鉄の部品を使ってる。確かに実用性はあるけど純金じゃないからつまらないわ。」〉
同じような内容をラジオのDJが喋っただけでは済まなかった。翌日の新聞に〈警察の武器保管庫で分解掃除中の拳銃が暴発した〉という記事が載っていた。
『泥棒と学者』はレプリカの黄金のワルサーP-38が暴発する場面から始まる。
「おい、これは偶然か。」
ここまで自分の文章に酷似した放送がされたり事故が起きるととは、妙高はおかしいくらいに呆れてしまった
「なんだよ、俺たちの携帯を警察も覗いているのか。警察もマスコミも同じ穴の狢ってことかい。」
周治は興奮気味の笑い声でしゃべっている。
「警察の場合は覗きじゃなくてサイバー・パトロールだろうぜ。オレがオマエの言葉を校閲してどうするんだよ。」
妙高は周治の言葉を訂正した。
「しかしこの展開、笑うしかないな。」
周治が言う。
「そうだな、生コメディだ。」
妙高も言った。