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6話:カフェにて。

  学園のカフェテリアのスイーツは本当においしい。

  季節のフルーツのタルトに、チョコレートのムース……。地元にはここまでのレベルのパティシエはいない。

  さすが首都である。

  エマは本日のおすすめの木苺のパイを口に入れ、あまりの美味しさに1人舞い上がった。


「おいしすぎる!」


  しかもお安い!富裕層が集まる学校なのに良心的な価格なんて、貴族の矜持すら感じる。


  広大な敷地には学生と教職員専用のカフェテリアがいくつかあるが、エマのお気に入りは敷地の端にある職員宿舎裏手の小さなカフェである。

  人通りの少ない場所であるために、いつ来ても空いていて自習をするにはもってこいなのだ。


「よし、気力補給した」


  ぐっと右手で握りこぶしをつくる。

  エマはカバンから幾何学の教科書と×マークで埋まったテスト解答用紙を取り出した。

  新学期最初の小テストは、壊滅的だった。焼け野原とはこういう光景なのか……と一瞬幻を見た。


  赤点だけは免れたけど、平均の6割じゃあ赤点と同じ……。学年最初で補習リーチですよ……。


  あまり勉強のできる方ではないが、さすがに自分の頭の残念さに頭を抱えた。

  唯一平均を上回っていたのは、10科目中一科目・現代国語だけだった。

  悲惨すぎて親友のカレンにも幼馴染のテオにも言えず、ましてやイビス兄には絶対に言えなかった。


  イビス兄さまに知られたら、きっと一生いびられる。


  恐怖しかない。

  もう、自分で何とかするしかない。……が、自分で何とかできてたらこんな結果にはならないのだ。お手上げである。


  前世ではもう少し勉強できてた記憶があるんだけどな。前世ゆうなと私は違うってことかなぁ。実体はエルシディアだから、こっちのできに引きずられるってことか。記憶はくっきりあるのになぁ。


  チートにはならなかった。残念!


  「うーーん、さっぱりだ……来週再テストなのに……」


  まず幾何という科目すら前世ではなかった。高校数学のどこかにあったはずだが、思い出せもしない。


  言い訳だよね~。前世は前世。エマはエマだもん。


  深く低く長い魂が抜けたかのようなため息をついた。


  「わぁ、すごいの持ってる。赤点にはならないだろうけど、際どいの取って来たね。これ再テスト対象じゃないの?」


  いつの間にかコーヒーをのせたトレイを持ったテオフィルスが、テーブルの上の解答用紙を覗きこんでいた。


  「うぅ、テオなんでここにいるの……」


  テオフィルスがここにいるとは思わず、エマは顔を真っ赤にした。

  学園には立派な図書館や自習室も完備されている。

  けれど他人に見られる恥ずかしさから、わざわざ学生寮から一番遠く生徒がほとんど利用しないカフェを選んで来ているというのに。この状況は何なのだ。


  テオフィルスはエマの向かい側に座り、エマが必死に教科書の下に隠そうとした解答用紙を奪い取った。

  無言で解答用紙を凝視する。

  エマは背中に汗が流れるのを感じた。

  本来なら貴族階級ではなれないはずが特例で特待生となった秀才が、正解が数えるほどしかない解答用紙を持っている。


  なんなの、羞恥プレイか何か??


  「……ひどすぎるよね。ひいた?」


  「そこまでは。まぁ驚いたけどね。5年の幾何はドワイト先生でしょ? あの先生のテスト異様に難しいんだよね。エマにしては健闘してるんじゃないかな」


  「テオ優しい……」


  変わらず優しい。さすが優等生、さすが幼馴染だ。テオからキラキラと後光が見える気すらする。


  よく見るとかっこよくない? 黒い瞳がめっちゃイケメンにみえない?!


  「ただ、ダメだよね? これは。4年までの復習でしょ? 全然理解できてないんだね。学園に入学して4年間何してたの? ってことだよね。現時点でコレじゃ定期考査は赤点必至だよ」


  テオの後光がひっこんだ。

  素敵に見えた黒い瞳は冷え切っていて、鋭い。瞳で殺されることがあったのなら、エマはきっと死んでいるなと思った。


  「幾何だけ? 他もあるんでしょ。出して」


  「はい……」


  静かだが絶対的な強制力のある命令にエマは逆らえなかった。

  カバンから残りの教科の解答用紙を出した。焼け野原がカフェのテーブルの上に広がった。


  あぁいたたまれない……逃げたい……。


  テオフィルスが解答用紙をチェックしている間、エマは残りの木苺のパイを口に含む。が、味がしない。あれほど美味しかったのに。


  「エマ、俺の想像以上にやばいかもしれない」


  おもわずフォークを落とす。


  「修学旅行とかキャンプとか行けないかな??」

 

  「それだけじゃなくて全ての行事が厳しいかな。5年以上は文化祭とかもあまりに成績酷いと補習になっちゃうんだよ。……行事は将来のために参加しとかないときつい」


  グレンロセス王立学園は優秀な人材を育てるための学校である。

  国内外の王族・貴族の子息、富裕層、そして法曹界の重鎮の跡取り等等……現在国を動かしている層の子息・子女が集まる。

  つまり何のツテもない労働者階級や下級貴族にとっては自分の将来の為のコネを作るのに絶好の場所が学園ここなのだ。

  ただ学年を跨いで交流というのは普段の生活ではそれほどない。よって寄宿舎(グレンロセスの寄宿舎は性別・学年は縦割りである)と年間行事・部活は新しい関係を作る大きなチャンスである。


  「エマは自立しなくちゃなんだろ? じゃあ、どこの業界にもグレンロセスの卒業生はいる。つながりは学生時代に作っておいたほうが有利だよ」


  「だよねえええ……テオ、どおしよぉ」


  エマはうなだれた。

  地頭は限界だし、勉強のレベルが前世のレベルを超えてくると、優奈チートの力も使えない。


  「再テストの教科は何? いつから?」


  「古典、第二外国語と数学、社会、理科が2科目ずつ……来週の月曜から2教科ずつ5日間」


  「……なんか正直すごい。ちょっとひいた。とりあえず再々テストになんないように、放課後と昼休みに教えてあげるよ。期間短いけど最善を尽くそう」


  「ありがとうございますぅぅ」


  希望の兆しを感じる。


  やっぱりテオは神だ! 生き残れる気がしてきた!


  死にそうな表情であったエマは、破顔した。テオフィルスは一瞬目を見開き、何かに動揺したように見えたが、すぐにいつも通りの落ち着いた様子で教科書を開いた。


  頬がわずかに色づいているのはエマの気のせいだろうか?


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