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閑話:イビスの特別な日(5)

閑話です!


改稿しました。

R3.3.1

「お久しゅうございます。ウィンダム殿下」



 カレンは一寸の隙のないカーテシーでデイアラ第二王子を迎えた。

 ウィンダムも人好きのする笑顔を浮かべる。



「変わらず美しいな。カレン・ヴァーノン。兄よりも聡いとの噂もあながちウソじゃないようだ。ヴァーノン家は次代も安泰だな」


「お褒め頂き光栄ですわ」



 さすがはヴァーノン家の跡取り候補である。

 完璧なマナーで対応するカレンは、どれほど評価の低い相手にもその心中を察せさせない。



 直前までボロクソにいってたのに。

 さすがカレン……!

 未来の社交界の華だ!



 魔物の跋扈する社交界を渡りきる能力は充分備わっているようだ。

 成人後はあの華やかな世界の主役として君臨するのであろう。



「お前もだ、エマ。とても綺麗だ」



 晩餐会のドレスと違い、昼のパーティだ。

 ドレスコードはデイドレスだが、動きやすさ重視のキトゥンヒールと膝下丈の淡いベージュのワンピース姿である。


 晩餐会の時は自分でも良くできていたと思う。

 しかし今日は裏方を兼ねており、化粧もヘアメイクも適当だ。

 優美さなぞ見当たらない。



 白々とした気持ちでエマはウィンダムに応えた。



「あ、社交辞令でもそういうのいりませんから。間に合ってます」



 もう敬語など必要ないだろう。

 ウィンダムには猫を被ってもばれてしまうだけだ。



「今日も口悪いな、おい。そう警戒するな、傷つくじゃないか。安心しろ、なびかない女を如何こうするのは趣味じゃないんだ。なぁソーン」



 テオフィルスはエマの隣でにこやかな……社交用の上面笑顔で、軽く頭を下げた。

 黒い瞳が冷たく揺れる。



「ご配慮いただき感謝いたします。殿下」



 わずか数週間前の宵待月の下。

 テオフィルスは思いのままにデイアラ王国第二王子を罵った。


 持つ者と持たざる者、幸運の星の下に生まれた者と、努力によって引き寄せる者。

 恵まれた者はその幸せにも気づかない……地を這いずり回る者の渇望を知らぬ、と。


 身分の低い男爵家出身のテオフィルスから最上級のウィンダムへの痛烈な苦言。

 本来なら処分があってもよいほどの無礼な振る舞いである。


 その場にいた護衛官からも王室に報告があがっているはずだ。

 何の沙汰もないということは、ウィンダムが自身の持つ権限により収拾させたということだろう。



 テオフィルスはウィンダムの瞳に、以前とは違う強く明るい光がともっているのに気がついた。


 今までは上品なベールで隠されていたが、淫靡でどこか投げやりな感情が宿っていた。

 それが危ういほどの不安定さとなり、ウィンダムの魅力カリスマに影を指していたのだ。


 驚くほどに失われている。



「何かございましたか? ずいぶんと晴れ晴れとした御顔をなさっておいでです」



 かもし出す雰囲気が、どこかすがすがしい。

 退廃的で怠惰な風は微塵も感じなかった。


 ウィンダムはエマとテオフィルスを交互に見くらべた。



「ソーン、お前のおかげだ。ああも真っ直ぐに感情をぶつけられることは今まで無かったのでね。おかげで今までの行いを省みることができたよ。……二人には感謝する。完全ではないが行く道に光明がみえた。無為に人生を送らずにすみそうだ」


「……それはようございました。殿下のご決断は必ず光となることでしょう。心よりお祈り申し上げます」



 テオフィルスは、この赤毛の王子は現存の王族という枠を飛び越えて新しい王族を開拓していくに違いないと思う。

 それが幸か不幸かは与り知らぬことであるが。



「あぁそれとエマ」



 薄茶色ヘーゼルの瞳がエマの淡い碧眼を捉えた。



「ソーンとうまく行かなくなったら、俺のところへ来い。もらってやる」



 またこういうこと言い出す……。

 結局のところは女好きかっ!



 根底は変わらないということか。

 あの夜に強く握られた手首にはうっすらとアザができていた。

 やっと心の痛みもアザの跡もなくなってきたところだというのに。



 エマはうんざりしたように、



「結構です! テオと上手く行かないとか有り得ないですし、なにより殿下は好みではないので」



 とテオフィルスに寄り添いしっかりと腕を組んだ。



「即断かよ。つれないなぁ、エマ。……そう睨むな。冗談だ」


「まったく殿下、冗談になっておりませんよ」



 イビスが空になったワイングラスをウィンダムから受け取り、モーベン産の林檎酒シードルを差し出した。

 軽い口当たりの発泡酒である。



「イビスか」



 壁際にウィンダムが移動したのを確認したイビスとライオネルは、この不埒な王族に気付かれぬように側に控えていたようだ。



「テオフィルスはバカがつくほど妹一筋ですからね? 殿下といえど妨げになると思えば本気で排除にかかりますよ。後々面倒なのでお控えください」


「もしかして殿下、一人寝がお寂しくなられました? 後腐れの無い相手なら御紹介しましょうか? すぐにでもお目通しすることができますよ」



 ライオネルがスマホのロックを外す。



「お前らは……」



 ウィンダムは苦笑した。



「ところで殿下、そろそろ席にお戻りください。あちらに食事のご用意ができております。田舎の家庭料理ですので、お口に合うかどうかは分かりかねますが」


「何を言うか、イビス。モーベンは素材がいい。美味いに決まってるだろう?」


「直接言ってやってください。家の者もよろこびます。さぁ参りましょう」



 やたらと目を引く三人は、肩を組み騒ぎ立てながら食事の席に向った。



 数年後、この三人はグレンロセスいやデイアラ全土にその名を轟かす実業ビジネス界の風雲児となる。

 グレンロセス王立学園で出会い階級を越えた友情を育み奇跡といわれた偉業を、三人は未だ知らない。



 カレンは三人を見送りくすりと不敵に微笑んだ。



「お腹すいたわ。私たちも行きましょ。料理楽しみね」





 次の公務に向うためウィンダムが退室したのは日の入り直前であった。




 冬のモーベンは午後3時には日が暮れ始める。

 降雪することは多い冬場には珍しく快晴だった空も、夕焼けで赤く染まり、あっという間に夜の帳が下りた。


 遠方から訪れた招待客も次々と帰路に着き、大広間も閑散とし始めた。


 そこかしこで親戚の女衆が飲んだくれ、くだを巻く年寄り連中をいさめる声がする。


 近い間柄の歳若の者たちは、主役のイビスを真ん中にヴァーノン兄妹を交えて盛り上がっていた。


 時おりどっと笑い声があふれた。

 宴はまだまだ続くようだ。




 喧騒を背に、エマとテオフィルスがそっと部屋を出たことを誰も気に留めなかった。


おはようございます。

いつも読んでいただきありがとうございます。


長くなりました閑話も次回で終わります。

甘い甘い感じになる予定です(未だ書けていません(汗))


ブックマーク、たくさんのPVありがとうございます。

ここまで来れたのも皆様のおかげです。

次回でピリオドを打つつもりですが、ぜひ次回も読みに来てくださいませ。


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