閑話:イビスの特別な日(4)
引き続き閑話です!
改稿しました。
R3.3.1
イビスの祝賀会は正午に始まった。
今日は晩餐会のように盛装の必要はなく、男性はスーツ、女性はデイドレスでいささかカジュアルな雰囲気である。
深酒でやられていたはずのイビスは、アルコールの影響など全く感じさせない神々しいばかりの完璧な笑顔で、招待客を迎えていた。
客はごくごく親しい間柄ばかりだが、パーティの主役はこうあるべきという見本のような接客である。
大広間の壁際にひっそりと控えているエマ、カレンそしてテオフィルスの三人は、その洗練されたイビスの姿態をほれぼれと眺めていた。
爵位を持たない最下級貴族と誰が信じるだろうか。
「さすがね、イビスさん」
将来の社交界の女主人カレンは感嘆した。
エマもカレンの意見に完全に同意する。
「今朝は二日酔いで死にそうな顔してたのよ? 信じられない。有言実行すぎるよ。イビス兄さまと一緒だったレオさんも平気そうだし。あの人たちの肝臓ってどうなっているんだろう?」
カーストも上位層になるとアルコール分解能力も高いのか、カレンの兄ライオネルもイビスと同じ軽やかな笑顔で談笑していた。
こちらの世界の人たちはアルコールに対して強い耐性があるらしい。
前世日本人のエマからしたら奇跡としかいうようがない。
「寒さが厳しいからかな、モーベン人は酒豪が多いんだよ。特にアイビン家の男子は異様に強い。みんなザルだよ」
テオフィルスが忌々しそうに言う。
エマは隣のテオフィルスを見上げた。
「テオも?」
「俺はそうでもない。弱いほうではないけど……二度とイビスやライオネルさんとは飲みたくないかな」
テオフィルスは苦々しく笑った。
そういえば金曜の夜にイビスたちと外出した後、土日まるごと寝込んでいたことがあったっけとエマは思い出した。
あれはこの二人組の仕業だったのか。
「エマはイビスを見習わなくてもいいよ? あの人は規格外だからね」
そっとテオフィルスはエマの頬を撫でた。
テオフィルスは祝賀会の始まる直前にモーベン邸にやってきた。
やはり領の仕事が多くあり、優秀なテオフィルスをしても処理に手間取ったようだった。
ソーン男爵家も多くの問題を抱えているのだろう。
「テオ、忙しいのに来てくれてありがとう。おじ様の具合どう?」
「うーん、あまり良くないかな」
黒い瞳に疲れがみえる。
うっすらと隈も出来ていた。
これテオ寝てないんじゃない?
エマは優しくテオフィルスの掌に触れた。
暖房の効いた室内にしては、ひんやりとしている。
文化祭準備の終盤でも、こんな風に冷たい手をしていた時があった。
その時も多忙すぎて食事の時間すら惜しんで作業し続けていたのだ。
「テオ、またご飯も食べないでぶっ通しで仕事してたでしょ? 倒れちゃうよ。出来るからって無茶しちゃだめだよ」
「多少の無理は許して? 今回は飯食べる時間すらもったいなかったし……」
テオフィルスはぐっと距離を詰めた。
そしてエマの耳元で、
「どうしてもエマに会いたかったからね。頑張ったんだ。ご褒美くれる?」
と囁くとそっと頬とこめかみに唇を寄せた。
そのまま抱き寄せようとするのを、エマは全力で押しとどまらせる。
スキンシップにも若干!
若干慣れてきた!!
けど、これはやりすぎ!
寝不足と疲れで、テオフィルスのタガが外れてるのかもしれない。
カレンがこれ見よがしにため息をついた。
「おーい。ちょっと、そこのお二人さんたち? モーベン男爵がすっごい見てるわよ」
主役の隣から熊の如くの大男が渋い顔をしてこちらを凝視している。
怒りを宿らせた空色の瞳と淡い茶色の髪の主はジャック・アイビン、エマとイビスの父親である。
末娘が幼馴染と恋仲というのはジャックの耳にも入っていた。
テオフィルスは相手としては申し分ないし、娘が望むならばそれでいいが……。
時!と場所!!
という無言の圧が飛んできている。
テオフィルスはあっさりとエマからはなれ、ジャックに向けさわやかな体で軽く会釈をした。
「後でね?」
こんな人前でエマからご褒美は欲しくないし、とエマだけに聞こえるように言うと再びイビスに視線を移した。
からかわれてない??
前世の経験値を加算したエマよりもテオフィルスの方が上手だったようだ。
一つしか年は変わらないはずなのに恋愛偏差値の違いはどこから生まれたのだろう。
テオフィルスにはいつも振り回されっぱなしだった。
まぁテオならいいや。
結局のところ総てを許してしまうエマであった。
突然、和やかな雰囲気に歓声が響いた。
どうやらメインゲストがグレンロセスより到着したようである。
赤毛の王族が護衛官を引きつれ、大広間の中心に歩みを進めた。
イビスはウィンダムの足元に跪き、丁寧に礼を述べた。
「ウィンダム殿下。ご臨席いただき感謝申し上げます」
「親友のためだ。大したことは無い。イビス成人おめでとう」
ウィンダムは学友であり親友のイビスに身を起こすよう指示し、握手を交わした。
相変わらず横柄だが、それでも憎めない魅力がある。
王族に接することが無い招待客は皆、ウィンダムに魅せられ圧倒されていた。
立憲君主制に近い制度を布くデイアラにおいて、王族の実権はほぼ失われてはいる。
だが辺境の地においては未だ尊敬と絶対的な力を持つものなのである。
モーベン在住の土豪やアイビン家の年配の親戚衆がウィンダムを囲う。
年寄り連中を上手くあしらい写真撮影にも快く応じる様は、いかにも好青年で親しみやすい王子様である。
「わぁ初見殺しよねぇ。ウィンダム殿下」
老執事が配るソフトドリンクを取ると、エマはグラスを口に運んだ。
「ほんと才能の無駄遣いよね。巧く使えばもっと色々できるのに。残念な方だわ」
カレンは心底がっかりしたように言う。
デイアラ王国第二王子とて巨大財閥ヴァーノン商会の経営陣からすればただの駒なのかもしれない。
上等な人材を使い切れないのは経営者としては大失態なのだろう。
「近くで控えているお兄さまも役に立たないわね。7年も一緒にいながら何してたのかしら」
「レオは有能じゃないか。こき下ろすなんてヴァーノン家の当主にしか出来んぞ」
心地よいイケボがする。
いつの間にここにやってきたのだろうか。
「久しいな、エマ・アイビン。カレン・ヴァーノン」
一通り年寄りの相手を終えた赤毛の王子が、呆れた表情で眼前に立っていた。
読んでいただきありがとうございます。
閑話4話目をアップさせていただきました。
うーん、閑話といいつつも長くなり外伝的に切った方がいいんでしょうか?
悩みます。
ブクマ、沢山のPV本当にありがとうございます。
最初の頃からすれば信じられない!!
こんなに読んでくださる方がいるなんて。とても幸せです。
次回更新は月曜日が目標です。
よろしければまた読みに来てくださいませ。




