閑話:イビスの特別な日(3)
閑話です!
改稿しました。
R3.3.1
前世も現世もガールズトークが盛り上がるのは共通だ。
気の合う女子同士というのはいつまでも話題が尽きない。
勉強に家族、芸能界、社交界……。
年頃の女の子なら“恋愛”だろう。
エマとカレンも二人になると自然と出てくるのは恋愛話である。
「お休みの間に、キースさんとは会うの?」
エマは厨房からくすねてきたクッキーをトレイの上に広げた。
カレンはクッキーを手に取り一口かじる。
濃厚なバターと程よい甘さ、首都の一流パティシエとはまた違う素朴な美味しさだ。
「うーん、会うのは難しいかなぁ。冬季休暇は短いし、新年はヴァーノンの行事も多いの。スマホは死守したから連絡はとれるけど」
カレンはスマホを手に取り、前世の印籠のように掲げた。
夏季休暇と同じ轍を踏む事はしない。
父親の機嫌を損ねスマホを取り上げられた挙句、リゾート地の別荘に隔離されるなどごめんだった。
「私、学生の間は好きに恋愛するつもり! キースともね、今はお互いに気持ちがあるけど、その先は考えてないからね。納得して付き合ってるの」
デイアラの成人は18歳。
結婚も許される年になる。
成人とともに婚約を発表するのがステータスと考えている富裕層や上流貴族階級が、この現代においてもそれなりに居る。
前時代的な思考だと先進的な貴族層や労働者階級からは忌避されてはいるが、未だに慣習として残っていた。
といってもほぼ庶民と変わらないアイビン家には無縁の慣わしだが。
「誰かと婚約するの? キースさんも公爵家の跡取りでしょ?」
「成人迎えてすぐ婚約しないよ。するとしても大学出てちゃんと家業を継いでからだから、まだまだ先だけどね。……キースの家は公爵家だけど、政治家を輩出する家系でしょ? 悪くは無いんだけど、きっと最善ではないってパパは考えていると思う」
ヴァーノン商会は財界の巨頭だ。
デイアラを拠点にしてはいるが、その影響力は周辺各国に及ぶ。
カレンはそのヴァーノン本家のたった一人の娘である。
好いた惚れたで配偶者は選ぶことはできない。
ある意味、現デイアラ王族よりも不自由な身であった。
「私はね、きっと結婚は政略的なお見合いになると思ってる。今の時代にないわって思うけど、ヴァーノン家の娘で生まれた以上、仕方ないよね。相手には実業の実力とヴァーノン家にとって有益になる背景が求められてるから……そんな相手なかなかいないし」
「……めっちゃ大変だね。ヴァーノンに生まれただけで振り回されちゃうんだね」
エマはカレンの頭を抱きしめた。
こんなにふわふわして可憐でかわいらしい女子なのに。
頭の中はエマのように能天気ではない。
ヴァーノン家の娘として、これまでも節制と責任を第一にヴァーノン商会の跡取り候補として厳しく教育されてきたのだろう。
これからも色々な物に縛られながら、生きていかなければならないのかもしれない。
「でも10年以上先のことよ。それまでは自由に恋愛を楽しむの。お見合いまでにパパの期待以上の人を見つければいいだけだし。超楽しみだよ!」
「何かカレンっぽくていいね。お父さんのお眼鏡にあう男の人と出会えたらいいねぇ」
カレンは抱きしめられたままエマを見上げて、
「エマはどうなの?」
「え? 私? 先のことはわかんないけど、うーん、まだ付き合ったばっかりだし、舞い上がっているのは分かってるんだけど……」
エマは心のうちをゆっくり見つめ、言葉を選びながら口に出す。
前世で欠けた心。
転生したいと望むほど欲した思い。
――けれどすでに見つけてしまった。
一度嵌ったピースは外れることないだろう。
「テオを嫌いになる事も、別れる事も無いんだろうなぁっていう気はしてる。これってなんだろう……なんていえばいいのかな」
カレンはニヤニヤして、
「十代にして見つけちゃった?」
運命の相手。
デイアラの女子が幼い頃かならず夢見る騎士物語のお姫様と王子様。
夢物語だがデイアラの女子は大人になっても心のどこかで期待しているものだ。
「そうなのかなぁ。よくわかんない」
「エマはいろいろな人と遊べなくて残念ね?」
「いいんです。別に」
前世で色々経験したからね!
嫌な気持ちになるのなら、このままで充分!
失いたくないものは大切に、手放してはならない。
後悔と懺悔を生むだけだ。
前世での失敗は繰り返さない。
「カレンがうらやましく思うくらいのカップル目指すからね!」
「ふふふ、期待してるわ」
その夜は日付けが変わるまで、エマとカレンは語り倒したのだった。
カレンが眠りについて4時間後。
覚めきれない目をこすりながら、エマは勝手口のドアを開けた。
日の昇る直前の冷え切った空気が頬を刺す。
「うー、やっぱりモーベン寒い……」
まだ夜明け前だ。
大事な行事がある日でも、農作業と家畜の世話は欠かせない。
納屋に着くと、明らかに二日酔いで酷い顔色のイビスがスコップを振るって除雪をしていた。
除雪機が入れない場所も容赦なく雪は積もる。
納屋の出入り口は滑りやすいため、手作業で除雪するほか無い。
「おはよう。イビス兄さま、すごい顔してるけど、ちゃんと寝た?」
イビスはその優雅な見た目からは想像も出来ない慣れた手つきで、ささっと片付ける。
ほんの子どものころから手伝ってきている作業だ。
体調が悪くとも体が覚えている。
「2時間くらいは寝たかな。汗かいて祝賀会までには復活するからほっといてもらえる? それよりエマは大丈夫なのか?」
「お兄さまよりはましよ?」
「ん、そうじゃない。聞いてないのか? 今日ウィンダム殿下がお忍びでいらっしゃるんだ。急に決まったんだけど」
「は??」
エマは雪かき用のラッセルを取り落とした。
「個人的に親しくしているからね。招待しないわけに行かないだろ? 殿下も公務があるし、モーベンは首都から遠い。来るのは無理だろうなぁて考えてたんだけど……日帰りでいらっしゃるらしい」
後夜祭の晩餐会でのあれこれは、イビスの耳にも入っていた。
エマに害無く、さらにウィンダム自身を貶めることなく穏便に終わったらしいと。
その後、エマとウィンダムの接触もなく平和に過ごしていたのだが……。
「テオフィルスもいるし、エマは裏方手伝うから何事も起こらないと思うけどね。念のため頭に入れておいてよ」
「イビス兄さま、そういうことは早めに言ってよ……」
面倒くさい人と顔を合わせるなんて。
勘弁して欲しい。
エマはラッセルに雪を載せ、思い切り投げ捨てた。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク、PVも多謝です!!!
いやもうひれ伏せさせていただきたいくらいですっ。
閑話も三話目になりました。
予定より長くなりつつありますが……。
わー、うん、反省ですねっ。
何とかいい感じに持って行きたいと思っています。
また見にきてくださいませ。
この先もよろしくお願いします。




