閑話:イビスの特別な日(2)
閑話です。
改稿しました。
R3.3.1
一同は家族用の台所に移動した。
イビスは慣れた手つきで薪ストーブの口を開け、薪を補充する。
赤い火が一瞬強くもえあがった。
冬が厳しいモーベン地方では、現代ではセントラルヒーティングで家全体の気温のコントロールするのが一般的だ。
暖炉や薪ストーブはインテリア的な意味で置いている家庭も多いが、アイビン家は“現役”である。
古い時代に建てられたマナーハウスのアイビン家はエアコンだけでは寒さを凌げないのだ。
エマはストーブの上に置いていたスープ鍋の蓋を開け、中身を注ぐと、
「カレンとレオさんの口に合うかどうかはわかんないけど。モーベンの郷土料理だよ」
とカレンとレオの前に置いた。
スープ皿からは熱い湯気があがり食欲をそそるやさしい香りがただよう。
“ブロス”と呼ばれている季節の野菜と牛肉煮込んだスープである。
澄んだ牛肉コンソメにたくさんのの根菜とハト麦入りで腹持ちもいい。
寒さの厳しいモーベンの庶民の味だ。
宴席用料理の下ごしらえで残った材料を煮ただけだが、シンプルな料理だけに収穫されたばかりの素材のよさは際立つ。
「わあ、野菜がすごく美味しい」
1匙口にしたカレンが、嘆声をあげた。
「でしょ! グレンロセスとは野菜の味が違うんだよ。モーベンは土地がいいし、丹精こめて作り上げてるからね!」
「エマ、何えらそうにいってるんだよ。お前、何にもしてないだろ?」
イビスが濡れた頭を拭きながら、グラスに注いだエールを流し込む。
「あぁマジ疲れた。列車の中で妹が彼氏といちゃついてるのを強制的に見せられた挙句に、家に着けばすぐに肉体労働とか……どうよ、レオ。精神的にも肉体的にも削られるって、なかなかないだろ?」
「そりゃ災難だったな」
ライオネルはあっという間に平らげると、エマに申し訳なさそうにお替りを頼む。
すぐに新しいスープが注がれ、二皿目もするすると口におさまっていった。
もりもり食べる人って気持ちいいなぁ。
前世でもよく食べる人がタイプとか言う人いたけど、わかるわ……!
エマは頼もしそうにひとり納得しつつ眺めた。
ライオネルはふと手を止めて、
「そいえばエマちゃん、ソーンは? あいつもモーベン地方の男爵家の人間だろ?」
「うん。今はソーン男爵領にいるよ。明日の祝賀会が始まるまでにはくると思う。領の仕事を少し片付けたいって言ってた」
テオフィルスの実家ソーン領は、高速列車を降りて、さらに普通電車で30分かかる場所にある。
アイビン家と同様に、農業と畜産業が家業であるソーン家では、テオフィルスも大切な労働力だ。
ソーン領は雪深い地域に在るのでエマの家よりもやらねばならない事が多くある。
それに加えて当主である父親の具合も良くないらしい。
最近では寝込むことも多く、学園に居る時も留守を任せた執事からは頻繁に連絡が入っていた。
モーベン駅につき、テオフィルスは『帰ってみないと詳しくは分からないけれど、デスクワークもかなり残ってるんじゃないかな』と深くため息をついた。
「ごめんね、もっと早く行きたいんだけど。たぶん仕事がめちゃくちゃたまってるはず」
がっかりした様に首をふると、
「明日まで頑張れるように補給させて」
と甘く囁いて軽く頬に口づけをしたのだった。
エマはつい数時間前のことを思い出し、1人赤面する。
「エマよ。そうやって思い出すの止めてくれるかなぁ? お前ら、そろそろ節操っていう言葉を学んだほうがいいぞ」
イビスは心底うんざりした顔をした。
「ぶはっ」
ライオネルが噴出す。
「お前が言うか。老若男女、わけへだてない“博愛主義”なイビスが」
「……あら、レオ兄さまも人の事いえないんじゃないかしら?」
カレンは優美な笑みを浮かべた口元とは対照的に、ゴミでも見るかのように軽蔑した視線を向けた。
ライオネルの“悪名”も周知の事実である。
「妹よ、勘違いするなよ? 俺は女性に慈悲深いだけさ」
ライオネルはグラスを掲げ、エールを一気に呷った。
腹が満たされると次はアルコール注入が始まるのがこの二人である。
イビスが棚にしまいこんでいたワインやら蒸留酒・エールをテーブルに並べる。
食事を終えたカレンがエマに礼をいうと、
「この二人底なしに飲むから付き合ってたら、朝になっちゃうわ。エマ、お部屋に案内してもらってもいい?」
「うん、いこ!」
年少組みの二人は台所を出た。
廊下の突き当たりの古風なオークの扉からうっすらと光が漏れている。
家族用の居間からのようだ。
他の家族は久しぶりの団欒を愉しんでいるようだった。
時々爆笑する声が聞こえる。
モーベン男爵家は少子化が叫ばれる現代社会において、異例の子沢山の大家族である。
現当主ジャック・アイビンは妻との間に二男三女をもうけた。
エマとイビス以外の子供達は成人・独立しているが、それぞれに配偶者と家族があり、祝い事や休暇になると全員が集まるのだ。
カレンはしばらく立ち止まり、廊下を照らす淡い光を眩しそうに見つめていた。
「エマの家ってうらやましい」
両親・兄弟が揃い笑って食事をする。
些細なことで笑い、言い合い……また笑う。
カレンの家では全く無いことだった。
両親は実業で世界を飛び回り、子供の待つ本宅に帰ってこれることは稀だった。
ヴァーノン家の顔色を伺い媚を売る人間しか知らなかったカレンに、裏表無く本音を叩きつけてくるエマ。
唯一の友を作り上げた環境はこれなのか。
「そう? 貧乏子沢山の普通の農家だよ」
エマは振り返った。
「そうだ、カレン。明日出す予定のクッキーこっそり持ってきちゃった。義姉さまが作ったの。もうめちゃくちゃ美味しいんだよ! ばれたら怒られちゃうけど、部屋で食べよ?」
内緒ね、と唇に人差し指をあてる。
エマと初めて出会った時も確かこうだったと思い出し、カレンは微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます!!
このお話、なんだか食べてるシーンが多いかもと書きながら思いましたw
語彙力とバリエーション増やさなきゃ!!と切実ですね(汗
ブックマーク、PVも沢山ありがとうございます。
本当に泣きたいくらい嬉しいです。
お話はもう少し続きますが、よろしければまた読みにきてくださいませ。




