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閑話:イビスの特別な日(1)

閑話です。

エピローグの後日譚になります。


改稿しました。

R3.3.1

12月。

雪に囲まれたモーベン男爵家マナーハウスの厨房は活気付いていた。


いつもであればささやかに煮炊きが行われるレンジの上に寸胴鍋がいくつも並び、牛テール肉がいい塩梅で煮えている。


好きなご飯はなに? と聞かれたら、エマは必ずこう応える。



――牛のテールシチュー!



「お母さまの牛尾オックステールのシチュー。お祝い事とかでしか食べれないんだけど、めっちゃおいしいんだもん!」



エマのテンションは爆上がりである。

好物といこともあるが、この料理が作られているということは、特別な日であるということだから。




アイビン家は爵位タイトルもちではある。

が、絶対王政から立憲君主制へと移行した現代において、貴族としての恩恵はうの昔に失われていた。


広い領地を活用した農業と畜産で何とか息をつないでいる状況である。


昨今の一次産業の零落で経済的には厳しい。


もちろん広い農園を維持するための農作業専属の従業員は雇ってはいる。

ただ従業員だけでは手が足りない。


この時代、優先されるべきは経済活動である。


言わずもがなアイビン家当主家族も農作業に従事せざるをえず、朝から晩まで農園で働いていた。


よって日常の食事は簡単に用意できるものになり、手の込んだ料理は家族の誕生日や何かしらの祝い事の時に出されるくらいであった。

 


そうテールシチューが用意されるということ。

つまりアイビン家の特別な日なのだ。



それもただのハレの日というわけではない。

明日は一生に一度。


モーベン男爵の末息子イビスが18歳になる誕生日なのだ。

つまり成人の祝いだ。


成人の祝いは10歳の誕生日ほどではないが親戚・恩人・友人を招待し食事会を行うのが常である。

近しい人でもそれなりの人数は集まることになる。



本来なら臨時の台所キッチンメイドかシェフを雇うのが道理であろうが、アイビン家の経済はモーベン地方の中では恵まれた方ではあっても、贅沢は出来るほどではなかった。


デリバリーを依頼するのも難しい……ということで、今回の祝いは母・兄嫁・姉二人・母の実家の姉妹まで呼んで料理をこしらえているのだ。



猫の手も……という手が全く足りていない状況に、料理が不得手のエマも戦力として参加させられていた。



前世といっしょで成人のお祝いは大事!

なのはいいけど……。



学園から帰省して早々に台所の手伝いを言いつけられたのには、閉口した。



6時間列車に乗って、休憩もさせてもらえないまま台所仕事なんて!

うちの家族、鬼じゃない?!



帰省して早々に手伝いを命じられ乗る気じゃない様子に、準備で忙殺され若干殺気立つ母は、「主役のイビスでさえ牛舎の作業に行ってるんだけど」と、拒否を許さない笑顔を浮かべた。


農家にとって身内はタダで使える労働力だ。

特に家畜の世話は毎日の必須作業。

祝い事の主役だろうが何だろうが関係ない。



「あなたがやりたくないとかそういうのは無いわよね? 大事なお兄さまのハレの日の協力をしないとか家族として有り得ないわよねぇ? 厨房がいやなら、お兄さまの代わりに牛舎にいってくれてもいいわよ」



牛舎の掃除はかなりの重労働だ。

雪の降り積もる中、牛舎と納屋の往復はきつい。



牛の世話か……。

台所仕事か……。



明日のお祝いの下ごしらえは、それらに比べたら楽なほうだ。



「あ、料理の手伝いやります。やらせていただきます」


「よろしい。あなたに自覚が芽生えてうれしいわ。グレンロセスの教育の賜物ね」




それから数時間。



エマは鍋を覗き込んで、肉の煮える香りを吸い込んだ。



「おいしそう!」



長兄嫁のメグが慣れた手つきで野菜を刻みながら笑った。



「でしょ? お義母さんがおとといから張り切って仕込んでるんだから、不味いはずはないわ。早く食べたいわ。明日が楽しみね、エマちゃん」



2年前、長兄の嫁に来たメグは、持ち前の度胸とその明るくスッキリとした気持ちのいい性格で、あっという間にアイビン家に馴染んでいた。

労働者階級出身ではあるが、地元大学の同級生であった長兄が惚れこみ頼み込んで結婚してもらったという逸話は語り草だ。


父似で前世のプロレスラーを彷彿とさせるゴリマッチョの長兄は、今では完全に尻に敷かれていた。



「メグ姉さま、ジャガイモ茹で上がったら潰したらいいかな?」


「そうね、パイに使うから裏ごしまでお願いね。」



メグが手際よく野菜をボールに移し、エマに指示を出す。



「お祝いなんだもの、恥ずかしくない料理を出さなきゃね」



明日の下ごしらえが終わったのは、日が暮れ夜の7時になろうかという頃であった。


くたくたに疲れきったエマにヴァーノン兄妹の到着が執事バトラーによって告げられたのは、ちょうど簡単な夕食を終わらせたタイミングであった。



「エマ! 来たよ!」



明るい声がエントランスホールへ響く。



「カレン!」



エマは駆け寄ると、上質なダウンジャケットの上からカレンを抱きしめた。


 

「いらっしゃい!」


「遠かったでしょ?」


「そうでもなかったよ。自家用飛行機プライベートジェットで来たから。1時間くらい?」



さすが超富裕層。

公共交通機関で6時間かけて帰ったエマたちとは違う。



「ヴァーノン家すごいね」


「時は金なり、よ。セキュリティの面でも安心だから自家用飛行機プライベートジェットも悪くないの。それよりも招待してくれてありがとう」



成人のお祝いには親しい友人も招待されるのが常だ。

今回の慶事には、イビスの親友であるカレンの兄ライオネルも招かれていた。


イビスの友人であるライオネルだけの招待であったが、父親の束縛を受けたくないカレンは反対する周りを説き伏せ、強引にモーベンへの旅行の許可を取り付けたのだ。



「愚妹ともどもお世話になるよ。こんばんは、エマちゃん」



ライオネルが左手を差し出した。

エマは軽く握り返す。



「レオさん、ようこそ!」


「ところでエマちゃん。イビスはどこいったの?」


「納屋じゃないかな? 牛の世話してたと思うんだけど……ビニールハウスの補修とかしてるかも?」



エマはスマホを取り出して、イビスの番号をタップする。

スマホを耳に当てたとたんに、軽快な着信音がエントランスホールに響き渡った。



「……エマ、ちょっと勘弁してもらえるかな。そろそろ休ませてくれてもいいんじゃないの?」



声と共に、シャワーを浴びていたらしいイビスが、濡れた髪のままホールに現れた。

ぽたぽたとプラチナの髪をつたい雫が落ちる。


前世のギリシャ彫刻のように神々しいのはどうしたことか。

ファストファッションのTシャツにスウェットズボンも、高級ブランドの最新コレクションに見えてしまうのは不思議だ。



「神様ってほんと不公平よね。兄妹なのに」



エマの心の声が漏れる。

イビスは心底面倒くさそうに、



「世の中、公平フェアじゃないのは分かりきってることだろう? エマ」


「左様でございますね、お兄さま。ところでお客さまが到着されたわよ?」



恭しくライオネルとカレンは礼をする。



「あぁレオにカレン嬢。来てくれてありがとう。二人とも飯食った?」



ブルネットの兄弟は申し訳なさそうに微笑んだ。



「まだなんだ。何かごちそうしてもらっても?」


「もちろん、用意してある。ここ寒いし食事室ダイニングへ行こう」



楽しい夜の始まりだ。

読んでいただきありがとうございます。


本編は終わりましたが、閑話を三話程度続けようと思っています。

学園ではなくモーベンが舞台となります。

モーベンは雪深くイメージは北海道ですw


もうちょっとだけお付き合いくださいね。


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