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37話:星降る夜。

 「まぁ口に出してもらえて嬉しいけどね?」


 テオフィルスは照れたように微笑んだ。凍えるエマを自分の隣に導くと、コートの上から軽くハグをした。やさしくエマの頬に触れる指先が微かに震えている。


 「無事でよかった。ほんと、気が気じゃなかったよ」


 「心配かけてごめんね」


 このままウィンダムに詰められていたら避けようが無かっただろう。身分差に性差。どうしようもない現実に逃げおおせる可能性は少なかった。絶妙のタイミングで現れてくれたのだ。


 私テオにいつも助けてもらってるなぁ。


 「迎えに来てくれて、ありがとう」


 エマはテオフィルスの掌を両手で包み込んだ。外気に冷やされ氷のように冷たい。長時間、外気に触れていたというのが分かる。エマが会場を離れて程なくして、エマを追ってここに来たのだろう。


 「すごく冷たいよ? コート借りちゃってるけど、寒くない?」


 「ん、大丈夫。俺、寒いのはわりと平気だしね? エマはドレスだから着ておいて」


 ほんのりとした暖かさが伝わってくる。

 手を触れるだけで、エマから不安が消えていくのを感じた。



 「見せつけるね? ソーン」


 テオフィルスは添えられた手を握り締め、ウィンダムの方へ向いた。


 「殿下」


 ウィンダムは忌々し気にテオフィルスに視線を動かした。

 夜の闇のような暗い瞳は身動きもせず、赤毛の王子を捕らえている。


 全て聞かれてたということは、英明なテオフィルスのことだ。ウィンダムが何を考えていたかということも、エマに何をしたかも理解しているだろう。


 お見通しというやつか。本当に嫌になるな。


 「……私に対するくだらぬ嫉妬で、御身を貶めるなどなされないでください」


 「はっ、心にも無いことをよく言うな」


 生徒でありながら学識たかく、父王にも姉にも面識を持ち重用されているソーン。将来はどの道に進んでも認められるだろう。将来の名誉と富を確約された身だ。


 誇るべきものは家柄しかない自分を遥か高みから憐れみをかけるのか?


 「全てを持つものが何も持たぬ王子の俺にそれをいうのか? どんな気分だ? ソーン」


 低く差すような声で応えた。

 怒りを湛えたその姿は天から注がれる月の淡い光をうけ、王族の証たる赤い髪と薄茶ヘーゼルの瞳が妖しいほどに美しい。

 エマは息をのんだ。


 なんてきれいなの。


 この自らの不遇を嘆く第二王子から滲み出る魅力カリスマ。真の王族、最も貴き者というのはこの人しかいないと思わせるほど典雅で魅惑的である。間違いなく古来より紡がれた血と意志の成せる唯一無二の存在だ。


 「殿下は勘違いなさっておられます。私は殿下の思うような者ではありません。このデイアラで富と権力すべてを兼ね備え尚且つ思うままに選択できる立場、その資格がある者はただ1人です。もちろん陛下でも財界の権威ヴァーノン家の当主でもありません」


 一呼吸置くと、テオフィルスは再び正面からウィンダムを見据えた。


 「ウィンダム殿下。貴方だけです」


 薄茶色の眸がわずかに揺れた。


 「王にもなれれば、乞食にもなれる。富豪にも、隠遁者にもなれる。そのような自由と地位は誰もが持てるものではないのです。……デイアラではウィンダム殿下、貴方しかいない」


 自由とはすべてを持ち富める者しか望むことが出来ないある種の才能なのです、とテオフィルスは落ち着き払い顔色一つ変えずに言った。


 ウィンダムはデイアラの王族の中で最も縛られず、それでいて王位継承権は上位にある。奔放な言動すら覆い隠してしまう並外れた魅力は王太子でさえも凌ぐ。


 財力。魅力。地位。恵まれた者は自らを正しく知ることができない。


 テオフィルスはやるせなさを感じる。


 努力しても手に出来ない。テオフィルスがいくら望んでも手に入らない物をもっているのに、その存在すらに気づかないというのは愚かというべきか。


 「貧しさに身を置く民草は自由という言葉を知りつつも、それを手に入れることは出来ません。足掻き苦しんでも抜け出せない。そんな者はこの世には多くいるのです。ウィンダム殿下、貴方が望むならば希望になれる。私なぞに構わず、御身の思うままに行かれたらよいのです」


 「……お前は俺をそう評価するか。まったく底知れぬ奴だよ。……頃合だ」


 ちらりと周囲の建物の影に視線を動かした。近くに待機していたであろう王室護衛官が素早くウィンダムに駆け寄る。

 周囲のざわめきから晩餐会は閉会し、来賓の退場が始まろうとしていた。


 「見くびるなよ、ソーン。お前の思うようにはならんぞ」


 「期待しております」


 慇懃に礼をし、護衛官を連れ立って体育館へ戻っていくウィンダムを二人は見送った。




 赤い嵐が去り、小さな中庭に沈黙が戻って来た。

 静かになるとエマは大きく白い息を吐いた。安堵とともに寒さが身に染みる。冷え冷えとした深夜に屋外にいるのも、そろそろ限界だった。

 

 「冷えてきたね。近いうちに雪がふりそう」


 エマは夜空を見上げた。

 澄んだ空にはモーベンのようにこぼれるくらいの星の瞬きはないが、それでも無数の星がきらめいていた。


 「今年は積もるかな?」


 そっと横を向いた。目線の位置が今日は二人同じである。目が合い微笑みあった。


 「どうかな?」


 明るい月明かりでくっきりと浮かび上がるテオフィルスの姿態にエマは見惚れた。

 きちんとセットされた髪型も平素の無造作な感じと違う清潔感があり、胸のポケットに差し込まれたクラッシュドスタイルで折られたチーフも粋だった。

 テオフィルスもエマのドレス姿を眺め微妙な表情をする。


 「あぁやっぱりエマと並ぶとバランス悪いな。俺、もう少し身長ほしかった。その方がエマが引き立ったのになぁ」


 「ええ? そう? ぜんぜん気にならないけどな」


 テオならどんなテオでもいい。こうして隣で笑っくれるなら。

 エマは心から思う。


 うん、決めてたよね。前世のように後悔しないでいいように。


 愛しさがあふれ出した。

 ためらいがちにエマは一歩前に出ると、テオフィルスの体に手を回しギュッと抱きついた。


 「エマ?? どした?」


 「……テオ、いつも側にいてくれてありがとう。迎えに来てくれてありがとう」


 エマはテオフィルスの肩に顔をうずめた。心臓が早打ちする。


 「私、テオが好きだよ。ほんとに好き」


 あぁ落ち着いて。がんばれ私。


おはようございます。

いつも読んでいただきありがとうございます。


昨日は更新予告をしておきながら、更新できずすみませんっ。

翌日に上げる分は前日に書き上げるという脅威の自転車操業なのですが、体調もイマイチで筆もすすまず……でとうとう更新できませんでした。

大反省です(´;Д;`)


こんな感じですが、これからもよろしくお願いします。


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