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3話:そして5年後。

モーベン地方唯一の高速鉄道スーパーエクスプレス駅は、新学期にあわせて移動する学生や旅行客でごった返していた。

いつもは閑散としているこの駅も学生の長期休暇の時期のみは例外で、特に8月の最終日、新年度を明日に控えた今日はシーズン一番の混雑具合である。


首都の名門私立学校パブリックスクールの制服を着た3人が、混み合うホームの人ごみを縫うようにして超高速列車スーパーエクスプレスに乗り込んだのは、列車の発車する直前だった。


「家を出る直前まで荷物つめてるから、こんなことになったんだよね? エマ。こういう時間にルーズなの嫌いなんだけど」


3人のなかで一番長身の輝くような金髪をした青年が額に薄くにじんだ汗を拭きながら、隣の背の高い少女に言った。


「だってカレンに家のブドウ食べてもらいたかったんだもん。やっぱり採れたてがいいでしょ? 採ってたら遅くなっちゃって」


「はぁ? そんなの後から送ってもらったらよかったじゃん。少しはさぁ……」


「イビス、そのくらいにしておいて。席へいこう」


何か言いたげな金髪の青年を、こちらは夜のような黒髪と切れ長の黒い瞳の青年が制し移動を促した。


この学生3人組、前世もちのエマ・アイビン、金髪の青年はエマの兄イビス・アイビン、そして同郷の幼馴染・テオフィルス・ソーンである


10歳の前世覚醒事件……家族からは「エマの精霊憑依案件」と呼ばれている……から5年がすぎた。


エマは15歳、イビスは17歳、テオフィルスは16歳になった。

彼らは中等教育の名門私立学校パブリックスクールグレンロセス王立学園の生徒である。

デイアラ王国では中学・高校にあたる中等教育が7年間あり、11歳から18歳までを一つの学校で過ごす。中等教育は義務教育であるので、公立から私立まで数ある学校から経済力や学力で選択し進学する。

 イビスとテオフィルスは大きな問題もなく、その才覚と人格がグレンロセス王立学園にふさわしいと地元の幼年学校から太鼓判を押され入学を決めた。

 

 問題はエマだった。

 

 人格はまぁ問題はない。だが肝心な勉強が嫌いで学力的に大きく届かなかった。グレンロセス王立学園はトップクラスの学校だ。勉強のレベルも高ければ、学費も高額。

 諸所の事情を省みて、地元の公立学校への進学が勧められていたのであるが……

 

 件の「エマの精霊憑依案件」の後、


 「私、イビスお兄様とおなじ学校で勉強したいの」と言い出したのである。

  

 もちろん、


 首都の方が人も多いし、出会いも多いよね!! エリートとの恋愛とか憧れる~!


 と29歳独身女子・前世ゆうなの下心からである。


 前世は一応進学校だったから、受験テクニックはある!


 根拠のない自信と下心は人も変える。エマはそれまでの怠惰など微塵もない”中身がそっくり入れ替わった”かのように勉強に家業にと励んだ。


 「男爵家といえど農家だ。家は余裕なんぞない! そんな高い学費、二人分もだせんわ!」ということでなかなか父親の許可が下りなかった学園への入学だが、涙ぐましい努力の結果、晴れて入学許可をもぎ取ったのが5年前だ。


 『首都グレンロセス到着時間は15時25分の予定です。次の停車駅は……』

 車内の電光掲示板にテロップが流れる。


 予約していた席までやっとたどり着くと、エマはうんざりしたように兄・イビスを見た。


 「グレンロセスまで超高速スーパーエクスプレスでも6時間だって!!! お父様、飛行機使わせてくれたらいいのになぁ。モーベン空港からなら50分でつくのに」


 イビスは、3人分にしては多すぎる荷物を網棚に乗せながら、


 「夜行バスじゃなかったことだけでも感謝しろ。僕1人の時は電車つかわせてもらえなかったんだよ? 節約だとか言われて許されなかったのにさ。親父はエマに甘い。マジ甘すぎるわ」


 妹を一瞥もせず無表情で毒ついた。人ごみが嫌いなうえに、周囲からの不躾な視線にさらされた兄は不機嫌の塊のようである。

 長身とバランスの取れた体躯、光の当たり具合では白金プラチナにすら見える金髪。それだけでも目を引くのに、憂いを帯びた深い碧眼に整いすぎて怖いくらいの高すぎる顔面偏差値……。神の寵愛を一身に受けたの如きの美しさを持つイビスは、そこに存在するだけで目立つ。目立ちすぎる。

 乗客のつぶやいた「眼福……」という声が微かに聞こえると、さらに不機嫌になり舌打ちをした。


 「クソ妹がクズだったせいで課題が終わんなかったんだよね? 終わってたらもうちょっと混んでない時期に寮に帰れてたんだよ。毎年毎年……いい加減学習してくんないかな?」


 「はい、ごめんなさい」


 反論しようがなかった。


 さらっと兄にディスられたエマは特に気にする様子もなく。不貞寝を決めた兄をちらっと見ると、向かい側の窓際の席に腰を下ろした。

 横からカフェオレの入った紙パックが差し出される。


 「わぁテオ、ありがとう。飲みたかったんだよね」


 「どういたしまして。ほんとアイビン家は兄弟仲いいよね」


 「どこがよ? 今の聞いてたよね? めっちゃディスられてたし。テオ、もしかしてバカにしてる?」


 「いや、してない。……うらやましいだけ」


 テオフィルスはちょっと寂しそうに言う。


 「お兄さんと連絡とれないの?」

 

 「うん、まぁね」


 2男3女・子沢山のエマ兄弟とは違い、ソーン家はテオフィルスと兄の二人兄弟だ。その兄が7年前に突然出奔したのである。不定期で連絡が来ていたのだが、ここ2年は何の音沙汰もないらしい。


「どこかで生きていてくれたらね、いいんだけど」


 テオフィルスの黒瞳が揺れた。

 モーベン男爵家と同じ男爵位をもつソーン家ではあるが、経済的に逼迫しており、その切実さはモーベン男爵家を上回る。

 

 産業が農業しかない地域で、一族をあげて何とか家業を立て直そうとしてはいるが未だ結果が出ずにいた。ソーン男爵・テオフィルスの父親は長男の代わりに次男にソーン家のすべてを託して、学費が高額だが王国一の名門学校に入れたのだ。

 テオフィルスもその辺は重々承知している。

 なのでもともと秀才であったが入学後も努力を欠かさなかった。貴族階級では珍しく成績と人格が評価され、特待生待遇と奨学金を得ている。


 「それよりさ、エマ、5年生は学園生活で一番楽しい学年だよ。5年生だけのイベントもあるよ」


 5年は前世での高校1年にあたる。


 「イベント!! 増えるの?! うれしい! うれしいけど……私、成績やばい……」


 デイアラの教育レベルははっきりいって日本より高い……。さらにデイアラの最高峰の学校だ。ついていくので精一杯、が正直なところだ。


 「授業についてくのにやっとなんだもん。今年も補習指名されたらどうしようかって思ってる。最悪イベント参加させてもらえないかも。テオは優秀だからさぁ、うらやましいよ」


 「買いかぶりすぎ。言うほど優秀でもないよ。まぁエマがいないのも寂しいから、分からないとこあったら教えてあげるよ。補習受けなくてすむようにするくらいは協力できると思う。安心して?」


 「さすが! テオ! ありがと!! 大好き!!」


 テオフィルスは照れと困惑が混じったような顔をして笑った。


 あれ?この笑い方どこかで見た覚えがある。どこでだろう?


 「あ、エマ、この列車カフェあるみたいだよ。行ってみない?」


 「ケーキ食べたい! いく!」

 

 エマの興味はカフェに移り、首都につくころには、笑顔の記憶すら忘れてしまったのだった。


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