13話:ヴァーノン兄妹。
テオフィルスからの返事にあたふたするエマを見て、カレンはそれはもう可笑しそうに笑った。
「それって言葉のままで、かわいい以外の意味ないでしょ? エマはとてもかわいいんだから。ソーン先輩も素直にそう思ったんじゃない?」
「テオも幼馴染だから気を利かせただけかもしれないよ? ていうか今さカレン、かわいいって2回も言ったよ~~?? もーー勘違いしちゃうじゃん??」
鈍いというか自己評価低すぎるのね、とカレンはやれやれな気分である。
「もぉ、エマはイビス・アイビンの妹なんだから、ブスなは……」
言いかけたところに侍女が足音をたてずに入室し、カレンに何か耳打ちをした。カレンは頷き、侍女に指示を出すとエマの方を向いた。
「エマ、今日は夕食も食べていかない? デザートはモーベン産リンゴのカスタードタルトだって」
「モーベンのリンゴつかってくれてるんだ! うれしいなぁ。うん、お言葉に甘えようかな!」
ヴァーノン家のお抱えシェフ……有名な料理店審査本で最高評価五つ星を取った店から引き抜かれた……の料理は文句なしで美味しい。
何もかもが素晴らしいが特にスウィーツは絶品だ。
モーベン産リンゴのスウィーツなんて! めっちゃうれしい!
カレン専用の個人的居間に通されると、すでにテーブルセッティングが終わり、従者がフラワーアレンジメントのセンターピースを整えているところであった。
しわ一つ無い淡い青色のデーブルクロスの上には三人分のセッティングが用意されている。
あれ?三人分?
エマが怪訝な顔をすると、
「ごめんね、エマ。うちの兄も同席したいって言っててね。いいかな?」
「それはぜんぜん構わないよ。私が急にお邪魔したんだもの」
「ほんとごめん。今日に限って早く帰ってくるとかありえない。空気読んで欲しいわ、あのバカ兄貴」
カレンは少し面倒くさそうに言いながら、従者が引いたイスに腰掛けた。エマもそれに倣うが、慣れない動作に居心地の悪さを感じる。
最下層とはいえモーベン男爵家は貴族、もちろん一通りの教育は受けている。
実践経験ぜんぜん足りん……。まぁ男爵には将来も必要なさそうだけど。
モーベン男爵家は経済的な問題で家内の作業を担う使用人を雇えない。
常用の使用人は祖父の時代から勤めてくれている通いの老執事が1人居るだけだ。何かしら行事のあるときや繁忙期には臨時でメイドを雇うこともあるが、「出来ることは自分達で」が基本なのだ。
部屋のドアを開ける音がすると、エマの向かい側にカレンと同じ濃茶色の髪の青年が座った。
「空気読めないバカ兄貴で申し訳ないね。残念だけど、一生耐えてくれるかな? カレン」
嫌味をこめて言うこの青年、面差しがカレンと共通するところがある。つまりカレンの兄ということになるのだろう。
ぱっと見でもカレンと兄弟とわかる程似ている。そして当然かなりなイケメンだ。
「初めまして、ライオネル・ヴァーノンです。レオとでも呼んでくれれば」
ライオネルはエマの手をとり、甲に口付けた。
「あ、エマ・アイビンです」
「俺はイビスとは親しくしててね。君の事も時々聞いていたんだ。会えてうれしいよ」
「お兄さまの……」
イビス兄はその容姿と社交性をフルに使って、恐ろしいほどの人脈を持っていた。貴族間の常識では話すことも難しい上流貴族や王族とも交流をしていると噂で聞いたことがある。
とくに王族とは親交が深いとも。
学園に所属している王族は現在3人。
隣国から留学してきている4年生の双子の王子と王女。そして7年に在学中の、
デイアラ王国第二王子にして第二代リーランド公爵ウィンダム・マカダム閣下
だけである。
イビス兄とライオネルはウィンダム殿下の学友であり、もしかしたらその他大勢よりも前に進んだ「友人」としても親しく付き合っているのかもしれない。
お友達のこととかはあんまり話してこなかったけど、イビス兄さますごい人なのかも。
見た目や言動からは想像もできないが、意外と苦労人だったりするのだろうか。
話の途切れたタイミングで従者が三人の前に前菜を並べた。何種類かのアミューズが絶妙なバランスで配置されている。
女性でも食べやすいサイズで色彩も華やかな見ているだけでも楽しくなる前菜だ。
エマはヒラメのマリネを口にした。
おいしい。幸せ……さすがヴァーノン家。一流ってすごい!!
思わず笑顔をこぼしながら、次々と口に入れる。
その様子を見てカレンは満足したように微笑むと隣に座る兄に顔を向けた。
「で、お兄さまは何で急に一緒に食事をしようと思ったの? 私と食事なんて何ヶ月ぶりかしら」
カレンは小さな舟形のキッシュを優雅な手つきで切り分け口に運んだ。ライオネルは頬杖をついたまま何一つ見逃さないよう妹を見つめている。
「カレンの友達が来ているって聞いてね、会ってみたくなったんだ。カレンが対等に付き合えるなんて人、そういないからね」
カレンはフォークを置き、軽くレモンが搾られたミネラルウォーター入りグラスを手に取り口に含んだ。
「そう。……エマはとてもいい子よ。1年の頃からの大事な友達なの。ちょっかい出さないでね」
傷つけたら許さないから、と言葉とは裏腹な清楚な笑顔で言った。
「……なるほどね」
妹のその様子を確認し、ライオネルはなぜか1人納得した様子で食事を始めたのだった。
その後、ライオネルはさすがというべき話術で食事の場を盛り上げてくれ、格式のある食事に慣れていないエマも楽しく過ごす事ができた。さすがヴァーノン家惣領の跡取りである。社交力の高さに感服させられた夕食であった。
帰りも寮まで付き添うというカレンを固辞し、車に1人乗り込んだ時にはすでに時計は8時を回っていた。
エマは車のシートに座るなり、スマホを取り出しテオフィルスからのメールを何度も見直した。
『すごくかわいい』
そう思ってくれたのが、例えそれが社交辞令だとしても素直に嬉しい。家族以外の異性で言ってくれた人などいなかった。
すぐにでもテオフィルスに会いたかった。直接会ったときに、またかわいいと言ってくれるだろうか。
言ってくれたらいいなとエマは心の底から願った。
つたない作品ですけども読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマークつけてくださっている方、ほんとうに感謝です!嬉しいです!
自分で書いておきながらとても恥ずかしいですが、ものすごく誤字・脱字が多くて……ちょこちょこ更新しています。
内容は変わることはありません。
ぜひ引き続き読んでいただけたら幸いです。




