9話:文化祭(1)
本編もどります。学校なので定番イベントはじまります!
登場人物の紹介を!
エマ・アイビン 主人公です。前世もち。容姿が十人並みなのが悩み。
イビス・アイビン エマの兄です。神がかった超絶イケメン。
テオフィルス・ソーン エマとイビスの幼馴染。
カレン・ヴァーノン エマの親友。大富豪のお嬢様。
デイアラの首都グレンロセスは温暖な土地である。
四季はもちろんあるが、エマの出身モーベン地方に比べてその移ろいも緩やかに進む。
11月も終盤に差し掛かって、ようやく季節が移り変わろうとしていた。
もうすぐ冬が来る。
モーベン地方はエシルディアを縦断する大山脈に接しているため山から吹き降ろす風が冷たく雪は深くつもる。なので晩秋は冬迎えの準備に一族総出で忙殺されるのが常であった。
家畜のための敷き藁をあつめ、傷みやすい果樹のビニールハウスには補強をし、納屋には雪囲いを設置する。
充分な人数の使用人を雇う余裕のないモーベン男爵家では跡取りの子供達でさえも労働力だった。エマも学校から帰ってクタクタになるまで手伝わされた楽しくない思い出だ。
初めてグレンロセスで冬を迎えた5年前は、雪はたまに降る程度の寒くない冬に驚愕したものだ。
慣れって怖い。今ではしっかり寒いもの……。
エマは手に持った荷物を足元に下ろし、首元にマフラーを結びなおした。
いつもは静謐な雰囲気な学園だが、今の時期はどこか落ち着かない。
学園の一大イベント“文化祭”が3週間後に迫っているのだ。
王族・貴族・富裕層など国の根幹に関係する生徒の割合が8割を超えるグレンロセス王立学園にとって生徒の安全は最重要項目であり、その為セキュリティは厳しく管理されている。
普段であれば関係者以外は敷地に立ち入ることすら出来ないが、この文化祭だけは唯一例外で、
地域に開かれ多くの市民が訪れるのである。
グレンロセスの真のエリートが集まるセレブリティな雰囲気は、一般庶民憧れの的だ。
さらに卒業生や企業からの寄付による潤沢な資金を基に、屋台や舞台はプロレベルが提供される。中等学校とは思えないレベルのそれらが無料もしくは安価で楽しめるとあっては人気が出ないわけがない。
年に一度のこのためだけに毎年地方から遠征してくるグレンロセス王立学園ファンの存在も知られている。
ここ数年はグレンロセスのタウン情報誌にイベントの一つとして紹介されているらしく入場制限がかかるほどの混雑ぶりであった。
「エマ、それ持つよ。実行委員会が忙しいってのは分かるけど、わざわざ委員でもないエマを使い走りに使わなくてもいいのにね」
後ろから聞き覚えのある声がする。
「イビス兄さま」
イビスはエマの手から“文化祭実行委員”と記された荷物を強引に受け取った。
「これ、結構重いじゃん。誰に頼まれた?」
「テオ。生徒会と委員会の仕事が重なって、手が空かないからってお願いされたの」
文化祭はかなりの大規模の行事だが、自主自立をモットーにしているため教職員が関わることはほとんどなく、各学年から選出された生徒と生徒会合わせた凡そ100人で運営される。
大規模に行われる文化祭は一年前から計画的に運営され、外部との交渉事項も多い。そのために各方面に通じた(つまり実家を通して強力なルートを持つ)優秀な生徒のみが選ばれていた。
有効な背景のないテオフィルスは?というと、生徒会執行部の一員として実行委員会に参加しているのだ。
ちなみにエマの兄、イビス・アイビンも委員会の一員である。
基本イベント事には熱心ではないが「実行委員は表にでなくていいでしょ? 注目されなくて楽」というエマからするとよく分からない理由で、7年連続実行委員に立候補している。
モーベン男爵家は辺境住まいで貧乏なのにどこにツテがあるのかと思うのだが、この学園で独自のルートを自らの手で開拓したらしい。
「そういえば定期考査、快心の出来だったんだって?」
「そうなの!! 毎回赤点すれっすれだったのに、今回余裕だった! 幾何で平均とれたんだよ!」
エマは興奮気味に言う。
学期に一度行われる定期考査は10日ほど前に終わっていた。エマはかつてない好成績に大きく安堵した。なんと10教科のほとんどが平均点に達したのである。
平均点なんて夢だとおもってたのに!
すべての教科の解答用紙が帰ってきたとき、嬉しさのあまり寮の自室で小躍りしたほどだ。
ほんと、テオのおかげ。テオは神!!
これで文化祭の参加も問題ないだろう。実家にも定期考査の成績は知らされるので、今回はお小言もないはずだ。むしろお褒めの言葉をいくつかいただけるはず。
その様子を見てイビスはちょっと呆れ顔だ。
「平均とれたくらいでこんなに喜ぶ人、初めてみたかも」
「うっ……学年上位組みのお兄さまにとっちゃたいしたこと無いんだろうけどね、私には難易度高いの」
でもなんか口にするとめっちゃ頭悪い感じがするじゃん。もぉ落ち込む……。
「今までのやり方じゃダメだったのが、わずか2ヶ月かそこらでここまで上がったってことはさ、テオフィルスが如何に優秀かって証明したわけだ。あいつはほんっとに有能だね」
「ちょっと兄さま、テオがすごいのは、うん、わかってるけども。頑張ったの私だからね? 少しくらい褒められても良いと思うの」
「分かった。エマ、もっとがんばれ。……あとテオフィルスに礼をいっておく」
減らず口をたたくイビスは、しかしまぶしい。何をしても美しく絵になるとはこういう人を言うのだろう。
なんなのチートイケメンはっ……うらやましいけど!
「だからといって」
イビスは足を止める。
「今回の件は納得できないけどな。いい? エマ。テオフィルスに言われるまま実行委員を手伝うことはないよ? あいつが忙しいことには同情するけど、振り回されることはない。お前は部活なり友達なりを優先していい」
「うーん。強制されたわけではないよ。自分でも楽しんでやってるから」
確かにテオから手伝って欲しいとは言われた。自主勉のお礼をしたいと思う気持ちもある。が、もちろんそれだけではない。
ほら、委員会って優秀な人材あつまってるじゃん? かっこいい人もいるかもしれない! その人がだめでも紹介してもらえるかも!
下心も打算もたっぷりだ。
15歳のエマの中にはしたたかな前世がいる。前世の執着は強い。自由に恋愛しようと努力は欠かさないのだ。
なにか不穏なものを感じたのか、イビスはあからさまにいやそうな顔をした。
「お前、なにか企んでない?」
「なにを企む事があるの? あ、すてきな出会いは求めてるかも? 王族とか侯爵さまとかは身分が違いすぎて無理だけど、イケメンでそこそこお金もある人なら貴族でな……」
イビスの視線が刺さる。
美丈夫の冷酷な目線は、いつまでも眺められるよね?
ただしイビス兄以外……。
身内はフィルターかかんないから軽く死ねる……。
「あ、なんでもない。心の声が漏れてたかもしれないけど、漏れてただけだからっ!」
言い訳にもならない。
「はぁぁぁ、お前は……。やっぱり、あの“妖精”に脳みそ持って行かれただろ。軽薄極まるってのはこういうことだな、おい」
相変わらずの考えなしだ。15歳になっても健在のようであった。




