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プロローグ:恥の多い人生でしたっ!

 「恥の多い生涯を送ってきました」といったのは誰だった?! あぁ思い出せない。


 唐突に浮かんだ台詞に、私は気味悪さを感じながらも妙に冷静だった。

なんだったかなぁ。そうだ、本だよ。小説。高校生の頃読んだんだ。


あれは蝉時雨のうるさい夏だった。


「斉藤」


呼び止める声に私は振り向いた。


「あれ? 吉井くん、部活じゃないの?」


 隣のクラスの吉井くん。

 我が母校創立以来、初インターハイ出場を決めたバレー部のレギュラーメンバーの1人。選択科目でいっしょになって、ちょこちょこ話すようになった。

 体育館からここまで走ってきたんだろう。額に汗がにじんでいる。


「斉藤の姿みえたから、ちょっと抜けてきた」


背が高くて大柄なのに、体に似合わない小さな声で言った。相変わらずすこし垂れた目がかわいいなぁ。

吉井くんは出版社の夏フェアの帯のついた単行本を差し出しながら、


「これ渡したくて」


 単行本のタイトルは『人間失格』とあった。


「斉藤はきっと好きだと思う。重い話だけどさ、こないだの補習で現国の山田先生が言ってたやつ」


 差し出された吉井くんの指は長くて男の人の指なのにとても繊細に見えて、ドキドキして仕方なかった。


「え、貸してくれるの?」


 私はわざとそっけなく言った。この胸の高鳴り、すこし指が震えてるのも、どうか悟られませんように。


「いや、もらって。誕生日もうすぐだよね?」


「あ……ありがとう」


吉井君は顔を真っ赤にして笑った。その瞬間、私は気づいた。この人が好きなんだと。


結局ね、結局。


吉井君とは何にもなく終わったんだよね。

今思えば告っとけばよかったじゃん! もったいない。でも17歳の私にはハードル高かったんだよ。高すぎてエベレストかってくらい。


 はぁ、それから?


 ……もう後悔しかない。

 

 恋愛絶頂期はこなかった。

 付き合った人がいないわけではなかったんだけどね。


 初めて付き合った男は大学生の時、バイト先の居酒屋の常連さんだった。年上ですごく優しくて、私はすぐに好きになった。初体験も彼でしたよ?


 でも初めての後に既婚者って分かった。


 実は奥さんが妊娠中で……とか目も合わさず言いやがった。この恋はわずか2ヶ月で終了。


 そして次の恋はしばらく訪れず。


 でもそれは来た! 

 やっと来た!! 


 7年ぶりの恋!!!


 ……も先週終わったよね。

 相手は新卒で入社した今の会社の人だった。

 大阪支社から異動して来たノリのいい男だった。いいよね、言葉のキャッチボールが余裕でできちゃうって。

 同じ営業、仲良くなるのに時間はかからなかった。


 今度は既婚者……ではなかったけど、大阪に婚約者持ちだったんだよね。


 つまり二股かけられてた。そのことに気づいたのは体の関係になってからっていう……。

 現地妻かよっ!恋愛偏差値低すぎない?!

 なんだよ、私。浮気男を呼び寄せるエキスでも出てるのっ!?


 ふぅ。


 今さら……なんでこんなに思い出すんだろう。

 忘れてた、いや忘れようとしていたのに。


 斉藤優奈。

 29歳独身、三十路が目前。恋愛運ゴミカス。


 もう恋愛に、感情に振り回されるのはこりごりだ。

人生、恋愛がすべてじゃないよね!!

 出世がんばるよ!!! 仕事だ!! 仕事ダイジネ!!


って決めたじゃん。


それなのに次の週に死ぬなんて。


 取引先の打ち合わせに行く途中だったんだよね。

 大きめの取引だったんだ。1年以上粘り強く交渉して、ようやくこぎつけた案件。


 約束は14時だから、余裕をもって13時に社を出て、いつもは社用車使うけど、あの道よく渋滞するし、混んでて間に合わなかったらまずい。うん電車で行こうと決めた。


 それが間違いだった。


 駅前の交差点、横断歩道の手前で信号が変わるのをまってた私に、アクセル全開で突っ込んだミニワゴン。

運転席に座ったおじいさんの驚愕した顔。


 しっかり覚えてる。


 ミニワゴンは私を撥ね飛ばした。


 そして浮遊感と痛みと……いや、痛みは感じなかったな。

 代わりに、走馬灯?!っていうの? 過去の自分のいろいろが頭をめぐるやつ。

 あれで心の痛みを思い出した。


 好きになった人に大事にされたかった。

 愛されたかった。


 もしも……もう一度人生を送れるならば。

 2番手ではない「まっとうな」恋愛をしてみたい。

 結婚もできたらしてみたい。

 あきらめた夢に挑戦してみたい……。


 だんだん体が冷えてきた。なんだろう、冷え症とかそんなのじゃなく、体の根本が絶望的に寒い。


 思い出すのもしんどくなってきたな。

 あぁ、そういえば、


 恥の多い生涯を送ってきました。


 あれは誰の台詞だったかな……。


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