それは言えません。
「明日みなさんは確実に死にます。」
それを聞いて声を発するのはナナが早かったが、先に手が出たのはハオであった。手入れをしていた剣をイルの喉元にあてがい、一転殺気を持って睨みを効かしている。
イルは両手を上げてこう言った。
「・・・そうならないためにも私が案内するのです。今のは軽いジョークなのでどうぞ気になさらずに。」
その後はアルテがジョークを真に受けた二人を窘め場は収まった。こちらとしては打倒魔王として長く旅をしているので、それを無下にあしらう冗談というのも好きになれなかったが、大抵こう言った意味深な言葉を吐く人物は何かしら重要な情報を持っていることをアルテは直感で気付いていた。勇者特性というものだろうか。
デルミーは肉料理を注文し終えたところでイルに尋ねる。
「キミは魔族の差し金かい?そうやって嘘の情報をボクらに教えて、まんま餌にするつもりとか?」
その言葉にはイルは否定を示す。
「とんでもないです。私は幾度となく魔王城に挑んでは散っていく勇者様達を憂いて、微力ながらお供し自分の知る道筋まで案内する者です。」
ナナが喰い気味に問いかけた。
「魔王城に続く洞窟は一度入ると出口が消え失せ、後に戻ることは死して朽ちるまで不可能と噂があります。あなたはどうやってその道中の事を知っているのでしょうか?」
ハオは袂に置いた剣を握り直しイルの言葉を注意深く聞いた。
「はい、神官様の仰る通り魔王城を含めたそれに伝わる手前の洞窟は一度入ると戻ることは不可能です。しかし私は幸か不幸かそのルールから逃れることができた一人です。」
一同がハッとする中、イルは淡々と話を続ける。
「私も初めは別の勇者様と共に魔王討伐を志してはいたものの、命からがら偶然手に入れたアイテムを使いこの町に単身戻ることができました次第です。しかし、魔王に目をつけられたのか、魔王城周辺地域から出ることができない呪いをかけられる結果となってしまいました。」
アルテは聞き返した。
「帰還魔法も封じられている場所からアイテムで帰還できるのか?」
イルは蜂蜜酒を飲んで首を軽く振った。
「正確に言うとアイテムを使用したことによって発動した効果は、アイテム使用者がダンジョン内で死ぬと最後に立ち寄った町に戻されるといったものです。いわゆる『死に戻り』ですね。また、そのアイテムの出現率はレジェンド級に極めて低いため、それを当てにラストダンジョンを攻略するのはおすすめできたものではありません。」
一同は静かになる。これまでの困難な道のりも終末間近となり、最終決戦を前にしてそのラストダンジョンの攻略法を知る案内人に出会えた。ハオは酒を飲み干すと質問を投げ掛けた。
「それほど言うならば答えられるだろう。魔王城に続く洞窟に入ってまず最初に出会う魔物は何だ?」
イルは小さく息を吸ってこう答えた。
「それは言えません。」
それを聞いた一行は目を丸くした。イルはこう続ける。
「確かに私であればその問いの答えは存じております。しかし、魔王の呪いは私の言動をも制限しているのです。特にこの町でダンジョンの攻略に関わる言動は重いペナルティが課せられます。なので・・・」
アルテは云わんとすることに気がついた。
「つまり、イルが魔王城までの道のりについて話せるのは、その道のりに入ってからということか?」
イルは頷く。
「その通りです。そのため残念ながら準備段階では私から何も口出しすることができません。また先ほどの『死に戻り』に関するアイテムについても、あれ以上詳しくはお教えすることができません。」
申し訳なさそうな顔をしたイルを尻目に、ハオは急に興味が無くなったような素振りを見せて椅子に寄りかかって天井を仰いだ。
「きっと連れていって貰えれば、お役に立つと思います。どうか私もご一緒させてはもらえないでしょうか。」