明日みなさんは確実に死にます。
ある一行が最後の町、イゴールの町を訪れた。この町が『最後の』と言われる所以は無論、ラストダンジョン最寄りの町だからである。町の鼻先三寸には魔王城に続く洞窟が口を開けており、冒険者たちを今か今かと待ちわびているかのようだった。
そのある一行の長は勇者アルテというもの。アルテは故郷を魔王軍に蹂躙され幾つもの苦悩や苦戦を強いられながらも復讐の念を絶えず燃やし続け遥々この最後の町まで旅路を這わせていた。
そんなアルテに続くは、アルテの剣術師匠にして大陸一の剣の使い手として名高いハオであった。ハオは弟子であったアルテの何事にも挫けぬ意思に見要らされ、助力を惜しまぬと誓いこれまでアルテ一行に尽くしてきた。
辺りをキョロキョロと見渡して、目の当たりにするもの全てを物珍しそうにしているのがデルミーである。彼女は褐色の肌ゆえマテリナ大陸の奥地に迫害されていたところ、アルテにその類いまれなる魔力の才能を見出だされ、仲間として遥々この地までやって来た。
その一行の最後尾には聖職者としての衣類を身に纏った僧侶淑女がいた。その名をナナと呼び、彼女は天啓からアルテに遣えよという神の言葉のままにそこにいた。パーティの重要な回復役といったところか。
一行はたどり着くまでに疲れた体を癒すべく、宿に立ち寄った。幸い部屋は確保したものの、繁盛嬉しく掃除が終わるまではその辺りでブラブラ時間を潰していて欲しいと宿の主人は言う。
それならば食事を先にと、酒場に向かう一行。明日は魔王城に攻め入るとなっては、少しでも情報収集したいところである。やや綻びた酒場の門をくぐると、そこは存外賑わっているようだった。四人テーブルに座ると注文より先に魔王城についてアルテが店員に聞いた。
すると店員は小さく頭を振った後、飲み物の注文だけを聞いてしばらく待つように言った。デルミーがメニューにかぶりつきで品定めをしているのを余所に、ナナは喧騒とした酒場に眉を潜めている。ハオは空いた時間を無駄にしまいと剣の手入れを始めた。
そんな中アルテはふと、これまでの長い旅路を思い出していた。故郷からの辛い旅立ち、師としてハオに出会ったこと、魔法使いの最高なパートナーとしてデルミーを旅に誘った日、神官の国にてやっとの思いでナナを仲間に引き入れることができた出来事。
アルテは卓上を見回して心の中で「みんな、今までついてきてくれてありがとう。」と感慨に耽っていた。
「お待たせいたしました。」
店員が飲み物を運んで来た。地酒である蜂蜜酒、ナナは今日で最後かもしれませんとミルクにロイヤルビーの蜂蜜を垂らした少し贅沢したものを頼んでいたようだ。清貧を重んじる身分と言えども飲みたい日はあるのだろうか。
「魔王討伐ご一行様、遠路遥々イゴールの酒場にようこそ。そしてこちらが皆様お待ちかね、魔王城案内人のイルという者でございます。」
そう店員が飲み物と共に運んできたのは、ボロの布切れと奴隷用であろう首輪を身に付けた貧相な栗毛の亜人であった。
亜人といえども連れてきた者は人間寄りの風体をしていて、しかしながら頭にうねった角が主張している様は正しく人で非ずといったところか。
旅の道中に何人もの亜人を見てきたが、人間とは敵対するか奴隷として服従した者ばかりであった。イルと呼ばれたものは首輪や身なりから一見奴隷とも思えたが、蜂蜜酒が前に置かれたことから何か特別な扱いを受けているのだろうか。
イルは席につき、軽く会釈したあとにこう言った。
「はじめまして、みなさん。ボクはイルと申します。ラストダンジョンの案内人として早速で何なのですが、言わせていただきます。明日みなさんは確実に死にます。」