表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ELEMENT2018春  作者: ELEMENTメンバー
想像の翼
9/11

夢寐にも忘れない(作:SIN)


 重たい足取りで駅前に向かう。

 厳しい寒さが和らぎ、景色は桜色。花見の時期は雨の日が多い気がするが今日は晴天の休日。

 周りにはこれから花見にでも行くのか、家族連れやカップルが笑顔で俺の横を通り過ぎて行った。

 裏山は隠れた名花見スポットとして雑誌に紹介されたらしく、通り過ぎた人間の半数以上の目的地は裏山だろう。

 鬼が宴を開いていた場所ではあるが、能力者でもない一般人が鬼に近付いた所で何の危険もない。それに、俺の耳に何の声も聞こえて来ないんだから不可思議な事件は起こらない筈だ。

 「こっちこっちー」

 目的地のベンチが見えて来た所で、既にそこに立っていたシュウが俺に気付いて声を上げながら大きく手を振ってきた。

 元気そうで何より。

 運命共同体としてコンビを組んでからと言うもの、休日の度に待ち合わせ、俺が知る限りの能力や道具についての説明をしている。

 シュウの能力は戦闘向きではないから、好戦的な敵に出会ってしまった時の対処法も教え込まなければならない。

 まぁ、俺の能力も全く戦闘向きではないのだが、ナイフと言う便利な武器を持ってるからなんとかする自信はある。そうなると、シュウにも何か道具を持たせた方が?とは言っても肝心の貴重品店が出て来ないからどうしようもない。

 寿命を知る事が出来る道具を予約した筈なのにそっちの連絡もないし……忘れられたか?それとも現在仕入れ中なのか。

 「なぁ、タケシの道具ってどんな特殊能力があるん?」

 ベンチに座った俺の前に立ったシュウが、答える事が出来ない質問をしてくる。幾度となく聞かれて、その度適当に答えているというのに、会う度に聞いて来る。

 嘘だと見抜かれているんだろうな。

 「これはただの護身用ナイフやから、なんもない」

 だからって俺の答えは変わらない。

 言い続ければそのうち騙されてくれるかも知れないしな。

 「あっそ。じゃあ俺の道具買いに貴重品店行こ」

 春の景色に背を向けて進んでいくと、晴天の昼間だというのに外灯がチカチカと点る薄暗い場所に出る。その奥に、貴重品店が現れる空き地がある。

 しかし……今日も見事な空き地だな。

 「じゃ、今日も逃げる練習な」

 こうして俺は敵役となり、逃げるシュウを追いかけて捕まえる。大事な事なので一応説明しておくが、断じて鬼ごっこではない。訓練だ!

 「俺もちゃんと戦いたいんやけど?」

 まだ自分の能力の使い所さえ分かっていない癖に何を言うか。

 「お前は息してるだけでえぇわ」

 本当にそれだけで良い。

 「なにそれ」

 「はいはい、10分後に追いかけ始めるからな」

 鬼ごっこならば10秒位だろうが、訓練だから10分。それでも俺にとっては少な過ぎるハンデではある。

 「今日逃げ切れたらナイフの事教えてや!」

 聴力特化の俺から逃げられると思ってるのか?喋らなければ良いとか思っているなら、それは大間違いだ。俺の能力は、ターゲットの発する音を全て聞き取る事。足音はもちろん、僅かな呼吸音でさえ。

 要するに、俺から逃げ切る事は不可能!さぁ逃げろ、すぐに捕まえて……

 「ニャハ☆」

 聞き間違いだろうか?なんだか聞き覚えのある笑い声が後ろから聞こえた気がする。それに、前に立っているシュウが嬉しそうに俺の後方を指差していて、そんな後ろにはさっきまでにはなかった何かの気配を感じる。

 出たか貴重品店……少しばかりタイミングは悪いが、出て来ただけでもよしとするしかない。

 「久しぶりやな」

 振り返るとそこには貴重品店と、ニッコリ笑顔の店主と、看板猫。

 「お兄ぃさん達、良い所に来たね!」

 良い所にって、売り物がある時にしか出て来ないのは何処の誰だよ。とは言え、どんな賞品なのかは気になる。もしかしたら寿命を見る道具が……いや、呪いの道具があるならどんな物であろうとも買って破壊しなければならない。

 店の中に入って見渡してみればそこはまるで……骨董屋?古い皿とかお猪口とか壷がズラリと陳列されている。

 いつの間にこんな渋い店作りになったんだ?にしても、これが全て呪いの道具なんて事はない、よな?

 「武器に使えそうなんあるかなぁ」

 武器に使えそうなものって、そこは普通に武器で良いだろ。使えそうなもので良いなら壷やら皿でも相手に向かってブン投げれば立派な飛び道具。煙幕があれば最高!

 「どうですかこの枕!外の生地も、内の綿もこだわり抜いた当店自慢の一品」

 お、おぅ。

 どうもこの店主の道具説明のテンションの高さには慣れないな。

 今回熱心に勧められているのは夢見乃枕と言う道具で、なんでも疲れた頭と首を適切な角度でしっかり支え、肩への負担も少なく寝返りをうつのも楽々なんだとか。

 触り心地も良いし、結構普通に欲しい。

 枕の能力は、目が覚めても絶対に忘れない夢を見る事。注意事項は、こまめに天日干しする事と、何日も連続で使用しない事。最後に、自分が望んだ夢を見るためのものではありません。と。

 連続で使用しなければ普通の枕だ。

 「道具はこの枕しかないん?」

 シュウの質問に店主は枕の売り文句を熱く語るばかり。こういう時はもう何を言っても無駄で……ついでに枕のお買い上げも決定事項。

 あ、そうだ。

 「値段交渉するから、外で待ってて」

 シュウの目の前で寿命交渉するわけにも行かず、少々手荒いが背中を押して外に追い出した。すると店主が何か操作したのだろう、店のドアを開けようとするシュウの姿がパッと消え、外には暗闇が広がった。

 普段貴重品店はここにあるんだな。って、完全に異次元だし!

 「お兄ぃさん、値段交渉しないの?」

 そ、そうだ。異次元如きでパニックになっている場合じゃない。

 「眼鏡買った時の事、覚えてる?」

 運命の赤い糸が見える眼鏡を買った時、ナイフの柄には2枚の紙が入っていた。店主の名前が書かれた紙と、シュウの名前を書いた紙。それは今でもナイフの柄の中に入ったままだ。

 「覚えてるよ。1年分の命をさっきのお兄ぃさんと分けた時でしょ?」

 1年分の命を2人にだから、てっきり2年分で買ったと思ってたけど、1年は1年だったんだな。で、半年ずつ。

 半年!?

 「その枕、1年分……いや、2年分の寿命で買うわ。今すぐ」

 柄に2人分の名前を入れたナイフをカウンターに置き、服を脱いで腕を差し出すと、店主は少し考え込み、結構容赦なく二の腕を切りつけてきた。

 軽い脱力感に襲われている俺を他所に、店主は機嫌良さそうに枕を可愛らしい黒猫マークの袋に詰めている。そんな姿をボンヤリと眺めながら止血して、看板猫が咥えて持ってきた救急箱の中から勝手にガーゼと包帯を拝借して手当てしながら次の質問文なんかを頭に思い浮かべてはみるが……無駄になるんだろうな、なんて思ったり。

 「寿命を見る道具、売ってや。それか、俺とアイツの残った寿命教えて」

 それでも口に出しながら服を着る。

 「お兄ぃさんは1000年位あるし、あっちのお兄ぃさんは1年はあるよ」

 ほらな。

 寿命が見えていても人に教えたら駄目とか、そんな決まりでもあるのだろうか?

 まぁ、道具の事には一切触れられなかったから、少なくともおすすめ商品ではないのだろう。それにだ、脱力感が物凄い今、新しいおすすめ商品を出されたとしても対処に困る。

 「帰るわ。入り口開けて」

 真っ暗だったドアの向こう側にパッと景色が見えた瞬間、勢い良くシュウが来店した。

 「お前ふっざけんなよ!?急に消えるとか可笑しいやろ!」

 あー、元気そうで何より。

 「はいはい。枕買ったし帰るで」

 店の外に出てから、枕の使用について決めよう。

 連日使うなと注意がされているのだから1日交代が良いのだろうし、夢を忘れないと言うのだからどんな夢を見たのか報告し合った方が……。

 「公平に、ジャンケンで勝った方が初日権な」

 待て待て。

 得体の知れない道具を最初に使うのに勝った方で良いのかよ!それより、買ったのは俺なんだから公平も何も初日権は俺のものだ!後、初日権って言い草が、何かもう如何わしいわ!

 「今日は購入者の俺が使う。連続使用はアカンから明日はお前な。じゃあまた明日駅前で。時間はー……何時がえぇ?」

 購入者である。と聞いた途端、シュウは前回の眼鏡を購入した時の事でも思い出したのだろう、俺の服の袖を捲り上げて両腕をくまなく確認してきた。

 傷を探しているのだろうが、こうなるだろうと思って傷は袖を捲っただけでは見えない二の腕にある。

 「あれ?」

 傷がある事が当たり前、みたいな反応だな。もしかしたらある程度ナイフの使い方を知っているのかも……あ、ナイフと言えば切るモンだわ。

 「で、何時がえぇの?」

 「えっと、21時頃?バイト終わったら電話するわ」

 はいはいと手を振って別れ、家に帰るなり早速枕を取り出して寝転んでみた。

 確かに肌触りが良いし、寝心地も良い。しかし、眠気を誘発するような効果はないらしく、1時間ばかりゴロゴロしてようやく眠気がやって来た。

 どんな夢を見せてくれるんだ?

 「ニャン☆」

 スッっと視界ガ暗転し、目を開けてみれば目の前に聞き覚えのある声で鳴く黒猫が座っていた。

 周りを見渡してみれば、見覚えのある狭い空間。

 ここは大晦日に黒猫を追って迷い込んだ異次元?の路地だ。

 あの時は黒猫を追いかけなければならない状況だったが、今はただの夢の中。ジックリとこの路地を見て回っても良い筈。とは言えここは俺の夢の中なんだから新しい発見なんてものはないかも知れない。

 いや、脳ってのは1度見た景色や経験した事は全て記憶として入ってるって言うし、それを夢の中で引き出せれば、俺がうっかり見落としている何かを発見出来るかも。

 例えば……。

 んー。

 なんだろう?

 まぁ、歩いてみれば何かはあるだろう。

 歩き出して思ったのは、意外と人がいたんだなって事。ちゃんとした人型をしているのもあるし、影だけのもあるし、明らかにバランスが可笑しいのも。俺を興味深そうに見ている人がいたかと思えば、全く気にも留めていない人もいたり。

 路地には非常階段やドアもあって、行き止まりも多くて迷路のようになっていたが、良く見れば何処かに必ず矢印が描かれている。大きさも色もデザインもバラバラではあるが、似たような矢印を辿れば出口と思しき光の差し込む場所に行き着く。

 「ニャー」

 出口まで来ては引き返し、また来ては引き返して行く俺に付き合っている黒猫は心底暇だったのだろう、終に“もう止めろ”と言わんばかりに足元にやってくると光の方に向かって誘導し始めた。

 夢の中だというのに、これに逆らったら駄目なんだろうなって何となく思った俺はそのまま光に包まれて……。

 ホーホケキョ☆

 重たい瞼を押し上げ、ウグイスの着信音を鳴らしている携帯を手にして、特に何も考えないまま通話。

 「おはよ!どう?夢見た?どんなん見た?」

 一気に色々聞き過ぎ。

 それにしても、どんな夢かって聞かれても説明が難しい。路地を探索する夢と言ったらそれで終わりなのだが、1度行った事のある異次元……なんて言ったら変に心配かけそうだし。

 「んー……めっちゃ歩いた夢?かな」

 嘘は言ってない。

 「なにそれ。な、今出てこれる?枕、今受け取るわ」

 二度寝防止とかそんな感じなのだろうが、急過ぎやしないか?

 急いで身支度を整え、軽く枕を払ってから鞄に詰め込んでいつもの駅前のベンチに向かった。

 「こっちこっちー」

 目的地のベンチが見えて来た所で、既にそこに立っていたシュウが俺に気付いて声を上げながら大きく手を振ってくる。

 こうして枕をシュウに渡し、一応貴重品店が現れる空き地の前に向かってみたが何もなく、そのまま解散となった。

 翌日。

 朝の6時頃にウグイスの着信音で起こされ、再び駅前のベンチに呼び出された。

 確か、都合の良い時間はバイトが終わった21時頃だったんじゃないのか?朝の7時に待ち合わせって、健康的過ぎるわ!

 「どんな夢見た?」

 「空飛ぶ夢?かなぁ……」

 なんだそれ。いや、害のない楽しそうな夢で何よりじゃないか。

 枕を受け取り、その夜。目を閉じるとスグにやってきた眠気と、

 「ニャン☆」

 黒猫の鳴き声。

 目を開けてみれば、またあの路地裏の景色が広がっていた。

 枕の説明に、見たい夢が見られる訳ではない。とあったが、まさか同じ夢を見る事になるとはな……それとも何か見落としている事があって、それを見せようと?いや、見たい物が見られる訳じゃないんだから、運か?

 折角だから前とは違った場所を見て回ってみたが、特に何もなく、前回同様黒猫により強引に光の外に出されて夢は終わった。

 ホーホケキョ☆

 「もしもし……」

 「おはよ!枕持って、30分後な!」

 はいはい。

 枕を購入してから4日目の朝、シュウから電話が来ないので少し迷ったが電話してみる事にした。

 しばらく待って、やっと出た。

 「おはよぉー」

 どうやら今起きたようだ。なるほど、起きたばかりの声をこうして聞いてみれば言いたくもなるか。

 「おはよう。枕持って30分後な」

 って。

 俺より少し遅れてやってきたシュウは、無言のまま隣に座ってくると枕を俺の膝の上に置いた。

 何か、嫌な夢でも見たのだろうか?本当なら聞かない方が良いのだろうが、呪いの道具が関係しているんだから聞かない訳にはいかない。

 「……なんか、お前探す夢やったわ」

 あれ、悪夢って訳ではないのか。

 「見付かった?」

 「いや……。小指のロープで繋がってる筈やん?それやのに俺の小指に何もなくてさ。なんか、めっちゃ焦る夢やったわ」

 言いながら小指辺りを引っ張ってロープを結んだシュウは、その輪の中にいる俺に向かって微笑んだ。どうやら、こんな俺の顔でも見えなくなると不安らしい。

 しかし、いつまでこんな夢を見れば良いんだ?そろそろなにか……呪いの道具らしい事が起きたって良い頃じゃないか?それとも、連日使うなって約束を破らなければならないとか?

 いや待て。そもそも、呪いの道具って分かってるのにどうして全うに使ってんだ!?俺は真面目か!

 取り敢えず、何か嫌な夢を見たシュウにこれ以上枕を使わせるのは危険だから、枕の検証は俺がしよう。連日使うなって注意事項も破らなきゃならないし、丁度良い。だったら少しルール変更。

 「1日交代じゃ埒が明かんし、2日交代にしよか。2日位なら連日使用にはならんやろ」

 適当な事を言って納得させ、枕を持ち帰った後はそのまま就寝。

 出て来たのはやはり路地。だけど、今回は黒猫の変わりに良く知る3人の高校生が立っていた。

 弟と、弟の友達2人。

 普段からは想像も出来ないが、弟は俺の前に黙って立っているだけで嫌味も悪態も吐かないし、睨んでも来ない。無表情の人形のようだが、時々辺りを気にする様子が見られるから人形ではない。

 「何か来る」

 突然弟が上を見上げ、

 「大きな犬だ」

 と、弟の友達の1人が宙を指差す。するともう1人が指差された方に向かって飛び上がり、両手を前に伸ばして……なにをしてるのだろう?空気に噛み付いてる?いや、何かがそこにある?

 「グルルルルルル」

 低い唸り声が……。

 ホーホケキョ☆

 ここからがきっと肝心だっただろう所で、いつものモーニングコールで起こされた。

 「おはよ!どんな感じ?」

 どんな感じって聞かれても……物凄く嫌な感じだったとしか答えようがない。

 夢の中の弟は、俺でも感知出来なかった何かを察知して「何か来る」と言ったんだ。そしてその何かに対して「大きい犬」と答えた友達と、多分その犬に噛み付いたもう1人の友達。俺はその後犬が唸り声を上げて始めて存在を感じた。

 夢の中であの3人は……能力者だった?

 え?いや、ただの夢だ。そう、ただの夢……でも夢ってのは脳の中にある記憶が作用してるんじゃないのか?

 あ、でもショウは夢で空を飛んでたんだっけ。

 道具を使って見ている夢とは言え、必ずしも重要な内容を見る訳ではないんだな、きっと。

 「昨日2日交代って言うたやろ?」

 「あ、そうやった」

 通話を切り、そのまま二度寝しようとして止めて、廊下に出て弟の部屋の前に立つ。

 なんて言って入ろうか?

 まさかそのまま能力者?と聞く訳にもいかないだろうし……もし能力者じゃなかった場合「能力者?」とイタズラに興味を持たせてしまう事にもなりうる。じゃあ呪いの道具を所持しているか聞く?

 それこそどうやって?いや、それなら簡単かも知れない。

 コンコン。

 意を決して弟の部屋のドアをノックすると、少しして物凄く鬱陶しそうな顔をした弟が出て来た。

 「なに」

 殺意さえ感じられる声だな。

 「道具、持ってるか?」

 素直にストレート。

 「は?何の?」

 うん、弟からは能力者特有の雰囲気はないし、道具の事も知らないようだ。それが分かっただけでよしとしよう。なら後は誤魔化して退散するだけだ。

 「棚の螺子緩んでんねん。道具、プラスドライバー。持ってるか?」

 完璧。

 「持ってへんし。ドライバーなら工具やし」

 パタンと閉まったドア。なんだろうな、物凄く馬鹿にされたような?言われてみれば確かにドライバーは工具か……。

 やっぱり所詮夢は夢なのか?だとしたら、こうして枕を使い続ける意味って何だ?貴重品店の店主は、何故枕を俺達に売りに出て来た?

 そう言えば、俺の夢の舞台は毎回あの路地だ。もしかして黒猫に着いて行けば何かがあるとか?

 夕方を過ぎ、ベッドに潜り込んで少し早めの就寝時間。

 「ニャン☆」

 目の前には黒猫。

 少しばかり遠回りしちまったけど、案内頼んだ。

 俺が着いて来ている事を確認しつつ黒猫は歩き、俺も見失わないように歩いていたというのに、黒猫は煙のように消えてしまった。

 角を曲がって姿が見えなくなった訳でも、見失った訳でもなくて、本当に煙みたいに消えたのだ。そして代わりに現れたのは……白い犬?オオカミ?いや、もっと大きい。そしてその白くて大きな獣の横には、1人の青年が立っている。

 こいつは、見た事がある……呪いの道具肯定派の能力者だ。って事は……このデカイのがあの時の獣……確か名前はナツメ。

 「お前、道具売りの少女から枕を買ったか?」

 思いがけず青年に話しかけられた。

 「……買ったけど?」

 にしても、道具売りの少女て!つか、あの店主こいつにも売ったのか?待て待て、ここは夢の中だ。

 「お前の寿命は1000年を軽く超えてた。お前は人間なんか?」

 枕の話は何処に行ったんだ!って、え?ちょっと、今俺の寿命の話してないか?

 「俺は人間やけど……寿命、見えるん?」

 店主から俺の寿命は1000年ばかりあるって話を聞いてるから、脳がそれを見せているだけか?それとも、こいつは俺と同じように枕を使ってこの路地の夢を見ているのか?もしそうだとしたら寿命を見る能力者って事か?

 「いや、今は見えへん。でも、見えるようになる道具を持ってる」

 見えるようになる道具があるんだな?

 「それ、俺に貸して!1日……1時間でもえぇから!」

 30分でも、10分でも。シュウの寿命が見られれば、ただの一瞬だけでも良い。

 「断る。あのお猪口は呪い集めに丁度えぇから、破壊されたら困る」

 道具はお猪口の形をしてるのか。

 あれ……枕を買う為に入った貴重品店の中って、皿とか壷とか、お猪口が並んでなかったか?まさか、その中のどれかが……いや、その道具はこの青年が所持してるんだった。でも、もし枕のように2つ……いや、この青年自体俺の脳が勝手に生み出した登場人物の可能性があるんだから、ここで深く考えたって無駄。

 だったら、確かめれば良い。

 「この夢から覚めたら、駅前にあるベンチまで来て」

 「……分かった」

 手を振り合って起きてみれば、都合の良い事に夜中の3時。こんな時間、偶然でも駅前のベンチで出会う事なんかないだろう。

 そこに青年がいたら?同じ夢を見ていた証拠になる。

 焦る気持ちを押さえつつ夜道を歩く。道中、青年の仲間が隠れていないか注意しながら逃げ道の確認をするが、何の問題もなく誰もいない。

 ベンチにすら、誰も座っていなかったのだから。けど、俺は確信したんだ。あの青年は俺と同じ夢の中にいたんだと。

 誰もいないように見えるベンチ付近から微かに感じる空気の振動。俺の目には見えない大きな獣……ナツメがいるのだ。

 「……やっぱり夢やったんやなー」

 わざとらしく呟き、少し大袈裟に肩を落とし、10分程ベンチに座って時間を潰してから帰宅して早速ベッドに潜り込む。

 やって来た睡魔と、目の前に広がる路地の世界。そこには青年とナツメが既にいて、手にお猪口を持っていた。

 あれが、寿命を見る為の道具か……何で持ってきたんだ?

 「お前の道具は?」

 何を考えてるのかは分からないが、友好的な雰囲気ではなさそうだな。ここで大人しくナイフを出して良いのだろうか?あのお猪口だって本物かどうか怪しいし……待ち合わせ場所にナツメだけを来させるってズルまでする相手だ、手の内は出来るだけ見せないのが得策か?

 こいつがどんな能力を持っているのかも分からないし、それより厄介なのはナツメ……走って逃げるのは現実的ではない。まぁ、夢なんだけど。

 ん?夢なんだからなんでもアリなんじゃないか?実際にシュウは枕を使って見た夢で空を飛んでいたらしいし……能力を失った夢も見たって言うじゃないか。

 ここが俺の夢の中なら、あいつはただの登場人物で、あいつの夢の中なら俺だって夢の登場人物。

 現実では見えないナツメの姿がこうして目視出来るんだから、能力値は多少なりとも違っている筈だ。問題はどちらにとって有利に変動しているのか……。

 「俺の道具は……スノードーム」

 言いながら、大晦日に買ったサバトラ猫が小首傾げた何とも言えない雰囲気の、縁結びの呪いがかけられていたスノードームを思い浮かべると、手の中にズシリとした確かな手応えが現れた。

 「え?それ?」

 青年は、俺が出した道具があまりにも戦闘向けではない事に驚いている風で、何度もナツメと顔を見合わせている。道具の能力説明もしていないのに、だ。

 ある程度の使用方法が分かる能力者?それとも道具の強さを見る能力?まさか道具職人か?いや、それだとナツメの説明がつかない。2つの能力を持っている?

 あ、違った。

 あいつの持つお猪口は呪いを集めるのに丁度良いらしいが、実際には寿命を見る道具だ。だとしたらどうやって呪いを集める?あいつは、呪いを集める能力者なんだな。それならナツメの説明だってつく。

 呪いを具現化した存在……だから術者である青年にしかナツメの姿が見えない。

 だからなんだよ。俺はあのお猪口が欲しい……だったらやる事なんか1つ、奪い取るまで!

 夢の基本は経験した事の有無。自分が死んだ経験なんか誰にだってないんだから、どんな攻撃を受けようとも死ぬ事だけはない。そしてここは俺と、あいつの夢の中。どんなに俺達が激しく戦おうとも安全だ!知らんけど。

 「そのお猪口をかけて勝負しようや。なぁ」

 言いながら、スノードームの能力について考える。

 本来これは道具ではなく、店主が縁結びの呪いを込めただけのもの。戦いに使える物ではない。それを2対1の戦いでも勝てるような凄い道具に仕立て上げなければならない。

 どうするかな。

 青年はそんなに体力がありそうには見えないから、1対1の肉弾戦なら道具がなくても勝てるだろう。なら問題はナツメ。

 こちらも1人仲間を呼べば良いんじゃないか?

 丁度スノードームの中にはサバトラ猫がいるんだから、これをナツメと同じ位に巨大化させた感じのを召還すれば……よし、それでいこう。

 出て来い猫、猫……。

 「ニャン☆」

 お前じゃないわ!

 いや、まぁ、貴重品店に縁があるんだから、ただ“猫”とだけ思っても看板猫の黒猫しか出てこないな。

 もっと明確にちゃんと戦えるような……化け猫みたいな?それだ、それでいこう!

 出て来い、猫、化け猫……。

 「ニャン☆」

 ですよね!

 途中から薄々感付いてたわ。そもそも猫ってのが駄目な気がしてきた。じゃあなんだろう?もう、ナツメと戦えそうなモノならなんだって良い。

 何か出て来い!

 ザバァー。

 急に霧が立ち込めたように視界が悪くなり、何処からともなく聞こえたのは水から何かがあがって来たような音と、ポタポタと水の滴る音と、水からあがって来たばかりとは思えない程の落ち着いた呼吸音。

 呼吸音がすると言う事は、エラ呼吸の何かが出てきた訳ではなさそうなのだが……霧が晴れないから出て来たナニカ所か、青年の姿もナツメの姿も見えない。

 「おい……急になんや?」

 姿は見えないが、青年も急に出て来た霧に困惑しているようだ。だったら耳が利く分俺の方が有利か?鼻が利くだろうナツメを従えている青年が有利か……いや、霧と暗闇に気を取られている隙に攻撃を開始させた方が有利だ!

 「ナイフの所有者か?」

 飛びかかろうとした矢先、霧と共に現れたナニカが声をかけてきたから、俺はその正体が分かった……んだけど、どうして今ここにいるんだ?それに言ってる事が可笑しい。

 そうか、夢の中の登場人物なだけで、本人じゃないのか。

 ザブ ザブ。

 前に見えていた人影がユラリと回れ右してきて、俺に何かを差し出している。特に気にも留めずに受け取ってみると、それはメモ帳とペン。

 「え?」

 ナイフの事を聞いた後にメモ帳とペンを出してくるなんて、そんなのナイフの使用方法を詳しく知ってる証拠じゃないか。もしかして、全て知られているのか?

 前にいる人影を、もっとちゃんと見てやろうと顔を上げた瞬間、物凄い勢いで風が吹き抜けて霧を全て流し、青年もナツメも、路地裏と言う場所さえも押し流して、後に残ったのは、立派な桜の木と、その下に流れる小川。

 小川の中程には、スーツの裾が濡れている事もお構いなく立っている男が1人、俺の方を見ながら何処か……悲しそうな表情をしている。

 桜の花弁が舞う美しい景色の中、違和感なく立つサラリーマンもまた人間とは思えないほど美しい。

 いや、実際人間じゃないだろ。あいつからありえない程の寿命を受け継がされたし、それにあいつは鬼の宴に出席してたじゃないか。

 「ナイフを出せ!!」

 急に飛び掛ってきたサラリーマンは、倒れた拍子に飛び散った俺の私物の中からナイフを見つけて手に取ると、中に入っていた2枚の紙を取り出し、代わりに俺の名前を書いた紙を入れた。

 このままじゃ同じだ。

 「待て!」

 助けたい。その一心で叫んだのに、サラリーマンはナイフを自分の首に向け、一瞬のためらいもなく小川の底に沈んでいく。

 慌てて小川に入って腕を掴み、強引に引き上げてみても、サラリーマンの体からは生気を感じないし、呼吸の音も、脈の音も聞こえて来ない。

 駄目だった?助けられなかった?同じなのか?繰り返すだけなのか?

 助けたいんだ。

 「ナイフの所有者か?」

 ブワッと舞った桜の花弁が俺から視界を奪い、風が止んで見えた景色の中には小川の中程に立つサラリーマンの姿。

 「え?」

 どう言う事だ?さっきまで……。

 「ナイフを出せ!!」

 急に飛び掛ってきたサラリーマンは、倒れた拍子に飛び散った俺の私物の中からナイフを見つけて手に取ると、中に入っていた2枚の紙を取り出し、代わりに俺の名前を書いた紙を……

 「まっ、待て!」

 ついさっき見た惨劇が、再び目の前に広がる。

 小川に沈んでいくサラリーマン。そして再び舞い上がる風。目の前には、小川の中程に立っているサラリーマンがいて、俺にナイフを出せと催促してくる。

 飛び掛られる事も、どんな動きをするのかも全部分かるのに、体が動かなくて、同じ事を繰り返すしかない。

 助けられないのか……繰り返すんだな。

 そっか……そうなんだな……。

 「ナイフを出せ!!」

 だけど、1つだけ言いたい。

 「俺、お前に、息してるだけでえぇって言うたやん……」

 本当にそれだけで良かったんだ。

 なぁ、息しててや……。

 サラリーマンの横に倒れ込むと、一緒に体が沈み始めた。

 そうか、初めから沈んでいればこんな何度も見なくて済んだのか。

 なんだ、一緒に沈めば良かったのか。

 川底から見上げる空はユラユラと輝き、やがて暗闇へ。

 俺は今、目を閉じているのだろうか?

 沈み続けているのだろうか?

 隣にあいつは居るのだろうか?

 俺は、今……

 「お兄さん大丈夫ですか!?」

 急に、大きな声が耳元で聞こえて、その衝撃で思わず目が開いた。

 「……ん?え!?あれ……?」

 ズゥンと重たい頭を無理矢理に枕から引き離して起き上がると、物凄く機嫌の悪そうな顔をした弟と、弟の友達が居た。

 何故こんな状況に?

 「やっと起きたんか。ズット鳴っててうっさいねんけど」

 そう言って弟が指差す方向には俺の携帯があって、ウグイスの囀りが延々と。こんな耳元で鳴ってるのに気が付かなかったなんて可笑しい……それに、疲れた頭と首を適切な角度でしっかり支え、肩への負担も少なく寝返りをうつのも楽々とか言う枕の売り文句が嘘みたいに頭が重い。

 携帯が鳴っている事に気が付かない程の深い眠りと、見ていた悪夢の内容を考えれば枕の連続使用によるペナルティーと考えるのが妥当か。

 もしかすると、弟の友達が起こしてくれなければ夢から出られなくなっていた可能性まである。

 恐ろしい道具だ……後で破棄しとこう。

 ホーホケキョ☆

 恩人と弟に手を振って退室願い、呼吸を整えてから通話。

 「もしもし……」

 「やーっと出たし!なんなん?2日交代ちゃうの!?何日延滞するん!?」

 全力で元気だな。

 「ごめん」

 「なに笑ろてんの?あれやで、延滞料5万やからな」

 寝起き1番でこんな元気そうな声が聞けたんだから、そりゃ笑いもするわ。さっきまでえげつない程の悪夢を見てたんだ。だから5万とか言う極悪非道な延滞料だって気持ち良く支払う……訳あるか!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ