海老沢譲司 3
「周防さん」
サッカー部部室。
その密閉空間で、蛍光灯もつけずに、海老沢は尋ねた。
闇の中で、スマートフォンの灯りだけが頼りである。
閉じこもっていた先客の女子生徒によびかけた。
「海老沢くん………?」
「周防さん、同じクラスの周防恵さんだよね」
隣の席になったこともあるので記憶だけはしていた。
大人しそうな普通の女子生徒だという印象で、今はいつも以上に、黙り込んでいた。
それでも声を上げようとしていた。
「ええ―――あの、『あの人たち』は来ないの?」
彼女は震えながら言う。
あの人たち。
この高校の生徒。男子生徒、女子生徒、先生たち。
「みんな、来ないの?もう」
あの人たち。
みんな―――だった、もの。
みんなだった者。
「来ないよ。鍵も―――閉めたから」
このサッカー部部室のドアは一つしかない。
底のドアは閉めたはずだが、もう一度、ドアノブを握る。
鍵を指でなぞり―――、確認する。
外からこじ開けようとするものは―――今は、いない。
どこかに行ったのだろうか。
どこかの誰かを襲いに行ったのだろう。
「もう大丈夫だ。周防さんは大丈夫?怪我はない―――?」
気遣うようなことを、会話の流れで言ってから、ひやりとする海老沢。
怪我をしていないか、聞いた。
もし彼女が―――周防 恵が、怪我をしていたら。
その場合は―――?
いや、今はそんな様子に見えなかった。
『この事態』が、どうして広まっているのか。
どうしてこの騒ぎが大きくなっていったのか、彼は、うっすらとだが、理解していた。
だが信じたくはなかった。
どうやって広まっていったのか。
僕はさっきまで走りながら、不可解な光景を見た。
あいつらが人に、集まって―――生徒に集まって、群がって。
生徒が噛みつかれる。
複数人に噛みつかれた生徒は叫びながら助けを求めるが、覆いかぶされている。
覆いかぶさっていた数人が、剝がれて―――離れて。
しばらくしてから被害者が立ち上がるのである。
それは―――あれは。
生まれ変わったのか、別の生き物になったかのように叫ぶことを知らず、呻きながらゆっくりと歩きだす。
あいつらの仲間入りを果たすのだ。