最終話 今日も、また一人。
「---悪いね、海老沢くん、全部押し付けるような形になっちまって」
車の運転手の逢野さんは言う。
彼は言いながら、路面から目を離しはしない―――今を生きている人たちの努力によって、町の道路状況、インフラ関係は改善しつつあるが、それでも乗り捨てられた車が時折、存在する。
道路自体も、穴だらけであり整備されているとは言い難い。
全部押し付けられているというほどではない、僕は確かに最前線で感染者の相手をすることがあるが―――例えば車の運転は免許がない。
免許を取ったとしても車の運転はあの事件以来、危険度が増している。
危険を冒しているのは僕だけ、というわけではない―――。
「………いえ」
僕にしかできないこともある。
とはいえ今の世の中で皆、誰もかれもが必至だ。
逢野さんは避難している人用の救護車の運転を任され、僕の移動をサポートする係である。
車を降りて、二人で歩く。
僕の高校に向かって。
「今度は、ペットボトルだけでなく、食料も持っていくんです」
「はあ?今度はって―――?おい、学校はこっちみたいだけど」
僕の歩く方向が、彼の予想とは少し違っていたらしく、呼んできた。
「いえ、こちらに行かせてください」
「そうだな―――君の高校だものな」
逢野さんは僕の歩く方向に、合わせてくれた。
僕の通っていた高校は、あの日から変わらず廃墟としてそこにあった。
ここもいずれは、感染者を排除するために人が入るだろう。
しかし、今日は少し、別の問題で来た。
ここを訪れた―――ここは、僕の方が勝手は知っている。
というよりも、生存者を、知っている。
僕はいくつかあるドアの中から、サッカー部部室の前で足を止める。
倉庫のような古めかしい建物だ。
僕はそのドアをノックした。
そして、声をかける。
ドアはキズが細かくついてはいたものの、壊されていなくてよかった。
いつ壊れてもおかしくなかったボロボロのドアはゆっくりと開き、女子生徒が顔をのぞかせた。
「え………で、でもどうやって」
困惑しながらも、しかし徐々に笑顔になった女子生徒。
僕の腕を掴んで握ってくる彼女。
目の端に涙が浮かんでいた。
「ごめんなさい、私、あなたに色々、ひどいことを言って―――」
周防さんはよくわからないことを言った。
ひどいことを言った―――そうだったっけ?
ああ、そういえば色々、気分が滅入っていてあの時は色々と言ってしまったかもしれない、僕が言ってしまったかもしれない―――。
そういえばそんな事あったなあ。
周防さんと別れた後、色々あったからもう記憶の彼方だ。
記憶が飛んでいてもおかしくないほどの滅茶苦茶なことがあったが。
なんだ、しかし、僕は僕で、ペットボトルを蹴って渡したことを謝ろうかと思っていたところだが。
「でも、生きていたのね………よかった」
「ああ―――噛まれても平気だったんだ。それに関しては色々と―――話は長くなるんだけど」
僕は、世界中を救えるほどのスーパーヒーローではない。
今日も、小さな積み重ねの一つ、という風に見えるだろう、事情を知らない人から見れば。
生存者を一名発見した。
今日も、また一人。
今日もまた一人、見つけた。
生存者を発見しただけである。
彼女は水を飲ませて、もう口答にも障害はない。
救護車のある位置まで戻ってくるまでは、気が抜けなかったが。
荒廃して様変わりした町を、僕等は歩いていく。
帰るべき場所へと。
「―――ところで周防さん、血液型は?」
「ええっ、なに急に―――『O型』だけど………えっ、なんで聞くの?」
僕と逢野さんは顔を見合わせる。
―――危なかったな、と彼は呟いた。




