雀荘にて 1
雀荘の店内の壁には、煙草の煙の臭いが染みついていた。
非常用ライトが机の上に置かれ、蝋燭のようなほのかな灯りを生み出していた。
カーテンを閉め切った部屋の中で、卓を叩く音が聞こえる。
牌が卓を叩き、その音が部屋に響いた。
牌は八萬だった。
対面の男が、ぴくりと反応するのに、さらに言葉を付け足す大柄な男。
「『ロン』で―――2600だ。ほれ、ほれ」
「あぁ~」
「まぁ、そうくるか」
「うん、うん………」
部屋では、四人の人間が深緑色の机を囲んでいた。
麻雀。
麻雀である。
四人はその盤上遊戯の最中だが、和了を決めた竹部の声色に、覇気がない。
その理由は和了で入った点数が低いからではなかった。
「裏が乗ってないか!乗ってないな、なら三着だわ、俺三位ぃ~」
「竹部ぇ………お前、負けるってわかってるならその点数で上がるなよ」
檜垣がぼやく。
「いやぁ、点差を見ろよこれを、つまり裏が乗っていたとしたらだ―――、二着になってたんだよ………二位二位」
「もう一回、もう一回だ………」
じゃら、と手で牌を掻き始める檜垣。
「だから―――三人麻雀にしようって言ったじゃないか、それならお前を飛ばせる」
「馬鹿。三人麻雀なんてもんは、馬鹿………。麻雀じゃない、アレは邪道………ババ抜きと七並べくらい、違うもんだ」
「………どっちが、どっち」
陰鬱に言ったのが帯金。
この中では一番小柄な男だが、決して声まで小さくないはずだ―――本来ならば。
今は、状況のため、声量抑えているが。
状況―――異常になってしまった、状況。
「さぁてね―――それより」
言いながら、立ち上がる逢野。
身体は軽快に、卓が積み重ねられて山になっている、部屋の隅に向かう。
麻雀卓が、積み上げられていた―――暗くて見えにくいが、五つくらい集めれば、それをすべて窓のあたりに積み重ねれば―――とりあえず『持つ』だろう。
持つというよりも耐える、と言った方がいいだろうか。
この雀荘の出入り口は厳重であった。
窓も、ちゃんと、それぞれ、施錠して塞いである。
積み上げた机、麻雀の卓………それらの付近には、牌が転がっていた。
取りこぼしだ………拾い上げる。
赤い文字の「中」だ。
窓の隙間は、カーテンで仕切られているのでわずかだった―――だいたいの隙間は塞いであるが、まったく見えないのはいただけない。
外の様子をこれからも知らなければならない、それと同時に、外の様子を見に行くのも禁物だった。
外出は出来ない。
カーテンを少しずらすと、そこから道路が見えた。
道路と、こびり付いた血痕が見えた。
見えている範囲は狭かった―――しかし。
町全体の状況が変わったことも、推測できた。
何かそう、『事件』が起きていると。
「それよりも――――で、どうするよ。『あいつら』はもう行ったみたいだがな」
逢野のつぶやきに、すぐに答える者は、いなかった。