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A-to-Zombie!  作者: 時流話説
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病院 1

国立T病院は、避難所として確かに機能していた。

受付前、待合室だろうか、待ちあいホールだろうか―――には見渡す限り人がいた。

青年が、少女が、老人が、幼い子供が、抱えられた赤ん坊が、妊婦が、毛布にくるまり、荷物の中で震えている、見えないが―――人が、たくさんいた。

避難所として機能している場所が、公共施設があることは安心できたが、それは万全ではないように思えた。

これが現状の精いっぱいだったとしても、これから事態が好転するかどうかはわからない。

むしろ好転する要素があるのだろうか。


「ここで待っていてください、申し訳ありませんが、検査を受けるまでは、あの中には入ってはいけません」


「あの中へ―――って」


聞き返しはしたが、これで失礼します、と言い。

その看護婦も小走りに、駆けて行った―――。


「なあ、俺たち助かったんだな」


「そのようだが、検査を受けろってことは身体に怪我がないかって、治療?」


「いや、おそらくウイルスに感染していないか---だ、調べるのは当然だ」


「感染していたらどうなる?」


「………」


と、言うような会話もほどほどに―――気が付くと全員が黙って、病院内の様子を見ていた。黙っていたのは喋る気力が尽きたからか。

色んなものが消耗した―――そう、神経が、だからか。


あとは取りとめもない会話を、スローモーにしていた。

その隣にやって来たのは、高校生の少年、海老沢と名乗る子だった。

今は上半身のカッターシャツを脱いで、上半身裸だっだ。


「ああ、これですか―――あのう、僕もみっともないのですけれど、あの血まみれのシャツだとまずいので―――脱ぎました」


看護師さんに言われて―――と、彼は聞いてないのに話し出す―――俺はそろそろ眠くなっていた。

それと少年を見て、既視感を覚えた。

それは自分の高校生時代を懐かしむ気持ちではなく、つい昨日おとといである。

最近見たというか――ああ、俺たちか。

何だっけ―――なんだか脱いでばかりだなあ俺たちは、と思っている俺。


とにかく、看護師に呼び出されて、診療室に通される運びとなった。


「きみィ、名前は?」


さっきの、責任者と思しき男だった。

診療室で座っていると、白衣こそ羽織っていないものの、しっかりと医者の雰囲気があった。

肌には皺があるが、ある程度、年を取っているだけで健康そうな『大丈夫な人間』といったところだ。

そして背後には二人の健康な人間が立っていた。

やや体格のいい男だった。

二人はやや警戒した表情で―――俺の方を見ている。



「―――逢野将史(おうのまさし)といいます」


「うん、名前わかるのねきみィ―――ああ、念のため、『1+1』は―――?」


「はい?」


少し、何事かと思い、困る。


「―――いちたすいちは?」


「………2だと………思いますけれど?」


答えを言ってから不安になって来た。

計算問題など、いやそもそも、テストはここ数年やっていない。

そもそも計算問題なのか?

異様にレベルが低いから何か別の意味があるのではと、疑う。

2。

トゥー。


「正解。正解ね」


「………」


「正解なのだよ―――しかし」


ぐぃっ―――と椅子から身を前に乗り出して、先生は言う。

その名札には上田、と書かれていた。


「噛みつかれて感染すると―――答えられなくなる」


と彼は言う。

簡単な問題にも答えられなくなる。


「知能も下がる―――と、推測している」


「………そもそも自分の名前も言ってはきませんからね、あいつらは」


「ああそうだ、わかってるってことは、それを知っているっていうことは、大変だっただろう―――」


白い長所にさらさらと書き込み、彼は血液検査をする、と言った。

血を少し取られて、素早くガーゼを貼られた。

俺が蝿を叩くときのような動作だった。


「………患者に噛まれたかい?」


「えっ―――いいえ、噛まれていません」


「何かあったらすぐ近くの看護師に言うこと。だが君はそうだな―――」


俺をじろじろと見分する、上田医師。


「まあ健康と言っていい、『仕事組』だな。手伝ってもらうよ―――バリケードを組んだことはあるかい」


「バリケード………」


あまり聞きなれない、日常生活で耳にする機会が少ない言葉だ。

そして、仕事組とは―――。

俺は記憶を辿る。

雀荘『四風』で普段は対局に使う卓を、椅子を、窓のあたりに積み上げた。

そうしてあいつらの侵入を対策したのだ。

あれがバリケードだ。

なんだ、もうやっているじゃないか、やらなければいけないじゃないか。


「この病院ではやることが色々ある―――出来ない、私は出来ない。診療があるやることがある―――だから頼まれてくれるかい?」


もう作り始めている、というか出来ている。

仕事組に合流してくれと、言う。

俺は断るほど大きな理由もなかったし、どちらにせよこの広い病院内が本当に安全なのかたしかめたかったので、仕事を引き受けることにした。


そうして俺の番は、終わる。

俺の番の診察が。


「次の方、どうぞ―――」


檜垣が入れ違いに入っていった。

少し会話した。


「検査とかどうするの、上半身裸になったりするか?」


「いや………それはなかったが」


わからない、俺はしなかったが人によってはするのだろうか。


そうして俺たち雀荘の四人は、順番に診察を受けた。

もちろん一人も噛まれていないので―――奇跡的にではあるが、今思えば。

とにかく俺は健康であると医師からお墨付きをいただいた。

海老沢少年の検査がどうなったのかは、知らなかった。


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