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A-to-Zombie!  作者: 時流話説
31/50

ドラッグストア 1

俺は最寄りのコンビニに行こうと思っていたし、コンビニ周辺の道ならば知っていた。

全く知らないような町でも通る道の周辺は慣れていたのだが、結果としては、そこを避けた。

何度か、避けた。

町に不特定に沸いている『あいつら』を避ける過程で、どんどん回り道になってしまったのだ。

自分で判断して、衝突を避けた。

出会ってしまったら―――マズい。

服は重ね着しても本当に頑丈だという確信はない、何かもっとしっかりした服が欲しい―――何ならSAT(サット)SWAT(スワット)の着ているような、それこそ軍隊、軍事用の何かでいい。


軍事というか戦力というか。

それくらいでようやっと、『あいつら』の前に出ていく勇気が持てる。

ああ、自衛隊は何をやっているんだ、日本には自衛隊がいるだろう。

自衛隊は何かをやっていて、行動して、それでも世界はこの状態なのだろうか。

まさかこの騒ぎに気付いていないなんて言うことはあるまいが。

―――などと、考えているうちに。

平常時なら、五分程度でたどり着けるはずの駅近くのコンビニを背に歩く羽目になってからは、流石に焦り始めた。


頭に血がのぼる、ではないが、思うように結果が出ない時の考え方。

思考回路が―――出る。

様々な考えをめぐらしながら、様変わりした道を歩く。

道には死体と、その周辺にはもう黒く固まった血液などが、張り付いていた。


歩く、歩く。

しかし目的地に向かっているわけではなかった。

遠ざかっているというわけでも―――無いと思うが。

いや、遠ざかっているのか?

流石に焦りもする。

まさか目的地まで行くどころか、逆方向に歩くことになるとは、歩かなければならないとは―――。

知らない道に来た。

どこかに向かっているのかすらも―――わからなくなった。


どうする―――別のところに行くか。参ったな。

時間が随分立っている。

雀荘『四風』を出てから時間が随分立っている。

そもそも目的のコンビニに行けるという保証はどこにもなかったはずだが、これはあんまりだ。

別の場所を当たれ。

知らない、だからこの辺りはそれほど歩いたことがないんだ。

檜垣死ね、あいつが行け。

俺はそれほど道に迷うタイプの人間ではないぞ、慌てるな。

開拓だ、新しい道を進め。

その新しい道も、進めない可能性がある―――あいつらがいたら。

せめて道がわかれば。

わかっているかもしれない人間、帯金、竹部、檜垣とは今は相談できない。

竹部、助けてくれ、おい笑うな殺すぞ。

ああ、教えてもらえばよかったか、この辺りを。

いや―――口頭(こうとう)で説明を受けたら、むしろ迷う。

おい、遠ざかっているぞ。

わかっている。

コンビニからも遠ざかっているし、雀荘からも遠ざかっている。

わかっている!

帯金、俺の敗因を丁寧に解説するのをやめろ、その癖だけは直せ、お願いだから直せ、自慢げに語るな、雀荘でなら百歩譲って許すが、お前そういうところあるから、だから彼女できねえんだよお前は―――と、俺はそう思うがね、そう思います。それでもやめないのかお前は、このチビが!

ああ、知らない道だ、知らない道に出てしまった、さっきからそうだ。

くそう、どうすればいい―――どうすればいい。



少しずつ―――これはそう―――パニックというのか。

これがパニックというのだろうか。

俺は左右に首を振っても、あの脱衣麻雀野郎たちから気の利いたリアクションをもらうこともできない。

孤独だ。


………。

道路を曲がる―――それだけのたびに、それごとに、一時停止するのは………その先に『あいつら』がいるかもしれないからだ。

曲がって、出会ったらどうしよう。

曲がって、『あいつら』と目が合ったら―――。


「目が合ったら恋に落ちるしかないな………!」


そんなことを言った、言ってしまったもう自分のテンションがわからない。

おかしくなりそうだ。

おかしくなっているのか。

命懸けの、賭けに。

ここまで来たら百パーセントの安全など、どのみち皆無なのだから、賭けで行くしかない。

そして賭けは、あの雀荘でさんざんやっている。


「くく………く………!」


なんだかんだで勝負事が好きなのは、だから、俺が生き残っているのかもしれない。

麻雀だと思えばいい。

かなり打った。

まだ若造だが、それでも明らかに危険な牌を切り続けたことはある。

それとなにも変わらない。 


前例があると思えば、いい―――。

ギャンブルをしない男ではない、自分は。


「例えば自分以外が三人ともリーチをかけてきたときに………それでも自分の手も崩さず、攻めていく………みたいな感じだと思えば」


いい意味で頭に血が上って来た気がする。

血液が巡ってきた。

色々と死にそうだが、生きている自覚もある。

楽しくはないが、これに楽しさを覚えていくしかない。


とか何とか、自分に酔いつつ―――なんだか自分が主役になった気がするぞ。

麻雀雑誌での主人公だが。

と、そんなことを考えている間に、大きな通り、道路に入り、見えてきた場所があった。


それはコンビニではない。

ドラッグストアだった。






しばらく見知らぬ(ほとんど知らない)町をうろうろと彷徨っていた俺だが、『あいつら』を避けるために、右折、左折とを繰り返した。

紆余曲折あった。

まああいつらと色々関わったら命懸けになるだけなので、出会わないように避けていただけなんだけれど。


この、荒廃した町で四面楚歌状態だったのだが、それでも、歩いていればたどり着ける。

その時は必ず来る。

家があるのだから、町なのだから集落なのだから、店がまったくないはずがない―――それだけを望みに、彷徨った。


ここに来てチャンスが巡って来た僥倖というか、良い展開が訪れた。

最初は、青色の看板にエウルシアと書かれてある店があった。

ドラッグストアである。

チェーン展開しているドラッグストアである。


本当に、初めて目にした瞬間は、ちいぃ―――探しているのはコンビニなんだよ!

なんだコンビニじゃあないのかよ、やっぱり随分迷ってしまったな―――と、思ったのだが。

周囲への警戒に余念なく、気が休まらなかった俺は。

つい悪態から入りそうになった、はじまりそうになった俺は、少々頭が疲れていた。


いや………ドラッグストアか。

まてよ?ドラッグストアと―――コンビニだったら。

ドラッグストアも悪くない、のか?


エウルシアは近年増加の一途をたどる、飲料、食料も大量に置いてあるタイプのドラッグストアである。

敷地もコンビニより広く、商品のストックは多いだろう。


コンビニと同様、随分増えてしまった店だなと思っている。

コンビニエンスストアの中でも、かなり大手の『エイト・トゥエルブ』など、俺の地元にも気が付いたら二店、三店と増えていた。

雨後(うご)(たけのこ)のように増えている―――とはこういう時に使うのだろうか。

コンビニなどよりも、それを増やすよりも雀荘の全自動卓を新しくしろとか、そんな感情と共に過ごしてきた俺であったが。


ドラッグストア。

待てよ、俺は―――ついている。

ついているぞ、これは………!

状況を理解し始めた俺は心の中に希望を持った。

むしろ気づくのが遅い―――マズいな、相当疲れている。

今の今まで気が抜けなかったからな。

何しろ三人リーチをしているところに降りずに切り続ける―――くらいの神経が必要とされていた。

卓上の駆け引きでは何度かやったことがあったが、今日はそれ以上に疲れる。


俺は周囲に注意を払いつつ、そのお店に近付くことにする。

だが、近づいただけで、店内に入ることは、踏みとどまった。

先客がいたようだ。


物音がする。

引きずるような、はいずるような、あとは―――何かを叩く鈍い音。

不気味な音。


ドラッグストア近くの、電柱にそれは動いていた。

あいつらだ。

昨日も見たあいつら―――。

電柱に、変色した肌の、暴れる人間が―――人間だった者が、二体、拘束され、それでも暴れていた。


動いていたのは二体………いや、二匹だった。

蛍光イエローのバンドのようなもので、電柱と繋がれていた。

胸と腕のあたりが完全に拘束されていて、暴れているのは手首付近や、むき出しにした歯だったが。

その二匹の真下のあたりには、道路には赤い染みが垂れ落ちていた。


俺は、背筋に寒いものが走った。

マズい―――その可能性は、あった。

たしかにあった―――そのリスクを考える必要はあった。


だが信じたくなかった。

店内がすでに―――入られている可能性。

あいつらに、侵入されている可能性。

こういう、ドラッグストアでもコンビニでもショッピングモールでも………。


藁にもすがる気持ちで、小さく走り出していた。

マズいぞ、軽率に動きすぎだと思い始めたが、自分でも止められなかった。

店内がどんな有り様かを予想すれば、もはや軽率とかリスクとか、すべて吹っ飛んで、終わりである。

食糧、飲料の、生きるためのものが完全に途絶える。


直ぐには死なない。

だが明日、明後日、数週間どうやる―――?

冷や汗を流しながら、俺は駐車場を横切り、死体のそばを駆け抜け、ガラス製自動ドアは空きっぱなしで、置いてある死体の腹が邪魔でドアが閉まらないようだ。

だからそのまま、駆け足で侵入する。


そこに入り込む。

店内は暗い―――照明はない。

閉店時間が過ぎているのかと思った。


やはり商品を買ってレジでお会計をするという世界観ではなくなったようである。

大体感づいてはいたが、ここで確信する。

こうなったら慎重さよりもスピード、行動力勝負だ。

水、食料だけをひったくって行くしかない。

食糧を得て、すぐに出るだけなら、あいつらに見つかっても―――。


そう思った時だった。

背後で、何かが高速で動いた。

ドアの陰にいたのだろう―――おそらく。

俺だって無警戒ではない、しかし予想よりも気配が薄かった。


「えっ………?」


と、言う間もなく、俺の後ろで黒い大柄な男が動いた。

関節技だと思う。

何かをかけられて―――技術をかけられて、地面に押し付けられる。

しゅるり―――と、黄色いものがうめいた。

蛍光イエローのバンドのようなものだった。


「動かないで頂戴―――!」


違う方向から、女の声がした。


俺は動けない―――状況が非常に―――悪いという事は気づいた。

拘束された?

俺は―――警察官のような黒い制服を着た誰かに、抑えられている。

それは制服というよりは、装備だった。

なんだ―――防弾チョッキのように、見えるが―――いや、抑えられているからよく見えないが。


だが気づいた。

店内を支配するのはあいつらの腐った呻き声ではない―――

ということに、僅かながら、笑みが出た。


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