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A-to-Zombie!  作者: 時流話説
29/50

逢野 将史 1



車が路上で、白線を跨いで放置されているのが目立っていた。

運転手はいない。

ぶらりと半端な開け方をされているドアの窓は、割れている。

車の下に上半身を突っ込んで誰かが、倒れている―――。

上着が乱れていた。

争った跡がある。


その荒らされた車を通り過ぎて、俺は背後を一度、振り返る。

雀荘『四風』はまだ見える距離にある。

四風、とあるがそれの読み方を、実は知らない。

まだ短い距離だ―――短い距離しか歩けていないが、既にかなり消耗した気になる。

今も背後に誰か立っていないかが、気になって仕方がない。


背後もそうだが、背後も気になるが――背中もだ。

背中が、痒い。

俺は(わけ)あって着慣れない服を着ている状況で、―――というか着て慣れている服と聞慣れない服を一緒くたに着ている。

着なければならない。

はたから見ればふざけているような格好だが、下手をすればこれは生死を左右しうる、防護服である。


時期は九月末。

秋ではあるがまだ夏の暑さを引きずっている悪趣味な気候だ。

背中を掻く―――腕の可動範囲は、まあこれだけあれば十分か。

普段の倍疲れる。

いや通常の三倍かもしれない―――下手をすれば。



とにもかくにも、俺は慣れた道を駅に向かって歩き続ける、歩いている。

それ自体はいいのだが、『目的地』を探す。

目的地は、水とできれば食料である。

いや、それは目的か、とにかくコンビニに行こう。

スーパーマーケットでもいい。

スーパーマーケットの方が安い―――と考えかけた俺はまだ平和な脳をしている。

会計を担当してくれる店員さんがいると、当たり前のように思ってしまったが、果たして―――。

まあ行ってみるまではわからない。

だが道を歩いている限り、あまりいい未来を予想できない。


それから、―――警察や消防は。

警察や消防の関係者の誰かと出会えれば御の字である。

駅近くなら交番は、あったと思うが。

………望みはあるだろうか。

彼らが生き残っていないのならば、それほど、今起こっている何か―――そう、事件がヤバいのなら、もうお手上げだろう。


俺は道に落ちている死体から一定の距離を保ち、迂回する。

ぴくりとも動かないが―――死んでいるのだろうか。

本当に、死んでいるのだろうか?


死体、か―――。

昨日の今日だし、動き出す可能性がある。

うかつに触って確認するべきか迷いながら、赤い自動販売機の横を通り過ぎる。

でかい機械だ、俺の背よりも高い―――。

『カコ・コーラ』のロゴは元々赤いから、血が付着しても目立たなそうだ。

そう思いつつ、立ち止まる。


俺はその赤い自動販売機のケース内にならべてある、缶やペットボトルを眺める。


―――水!

水だ。

いやお茶やジュースや清涼飲料水だ。

カコ・コーラもある!


「ぉお………!」


巡り合った運命、状況を飲み込むと、思わず声が出た。

砂漠でオアシスを見つけたときの浮浪者はこんな気持ちなのだろう。


やや細かい汚れはついているが、ちゃんと飲み物の自動販売機だった。

喉から手が出るほど欲しかったものだ、喉は乾いているぞ、ちなみに。

まさか、こんな簡単に見つかるとは。

―――そうかお店に行かなくても飲み物というものは手に入るのだ、この国は。




壊れているという可能性もあり得たが、どうやら稼働しているようだ。

俺は財布から小銭を取り出し、それらを投入した。

とりあえずどれから買うか―――。


販売機のランプが色濃くなるまでの時間は、長く感じた。

自分の神経が鋭敏になっている。

背後を何度もチェックする―――誰もいない。

だが今は誰もいない、とでも言いたげな不気味さは纏わりついている。


町の、風の臭いが違う。

今日は違う、何とも言い難い、不愉快な臭いがする。

音もだ。

町の音―――どこからともなく聞こえてくる、明瞭でない、不快な物音。

今も町のどこかで、視界の外で―――蠢いているような気配がある。

何を言っているか聞き取れない程度まで音量を下げたラジオのようだ。


周囲に誰もいないことを確認し、とにもかくにも、飲み物を買おうとする。

自動販売機の前で、普段なら迷うこともある俺だが、時間に余裕もないのでカコ・コーラのボタンを押す。

ボタンを押して---飲み物が出てくるのを待つ。


音がしない。

出てこなった。

もう二度、三度、ボタンを押す。

おい―――おい、壊れたか!

やっぱり壊れているのか?

病気にかかった『あいつら』のせいで壊されたのか―――そりゃあないぞ、頼む。

ここまで来て―――


とはいうものの、これほどあっさりこの外出が終わると思っていた俺が甘かったのかもしれない、ミッションクリアがせいぜい五分で出来るなんて甘い考えか―――と思い、顔を近づけてボタンをよく見る。


ランプは点灯していて、やはり機械は稼働しているようだった。

しかし赤く点灯したランプが、問題だった。

赤いランプで、売切れ、の文字が示されている。


俺は今更、その日本語の意味を理解し、その―――売切れ、が、隣も、その隣にも光っていることに気が付く。

ざっと目を通す。

とりあえずペットボトルはすべて売り切れ、全滅していた。


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