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A-to-Zombie!  作者: 時流話説
25/50

部室棟へ 3


頭上に、開けた口がある。

仰向けに倒れている僕に向かってくる赤黒い口腔内、それでも歯は白い。

動物の牙ではない―――それよりも今、この人間の、前歯!


がちん!


と、奴の噛み合わせの音。

次いで、嗅ぐだけで眩暈がするような、臭い

奴の生前の名前はいまだにわからない―――左胸の名札があるべき場所は、ちぎれた形跡がある。

僕は身をよじって、何とか避ける。

人間だった者の前歯をよける。

奴の顔面や前歯が、地面にぶつかった。

ここで、首を、つかみ取る。


首を、右手で持つことに成功した。

僕はこの『男子生徒だった者』の首を、力いっぱい押し返す。

押し返す―――。

奴が苦しんでいる様子はない、僕は左手も、奴の首を掴み、両手で押し返す。

この野郎、こんなになってしまっても―――何でもやってくるわけじゃあ、無い。

自分の首に食い込んでいる指には、噛みつけないようだ。


奴は両手を使ってきた。

絞まっている首を外すのかと思ったが、お構いなしに僕の頭部を掴んできた。


「ぐっ………!」


両頬に指が食い込んでいく。

痛い―――が、激痛というほどではない。

しかし腐食した奴の指からは、現在も血がにじみ出ていて、僕の頬に垂れ流れ始めた。

なんて奴だ、指が壊れかけている。


マウントを取られた体勢で、状況は膠着(こうちゃく)し始めたが、僕はその維持だけで精いっぱいだった。

ただ首を絞め続けていればいいという話だと思った。

そう思ったが―――不味い、出血量が多い。

僕ではない、奴の出血が―――多い。

首が特に、血でぬるぬるして―――。

絞める指がずれ落ちる。

熟したバナナを握っているような感触だ。

離すわけにはいかない、逆の手で締め直す。

奴の口元から血液が落ちて、地面にはねた。

僕の耳に跳ね付く。


それを何度か繰り返しているうちに、変化が起こった。


奴が横から殴られた。

頭を、木の棒で殴られた。

奴の後方、背中側に立っている人間を、よく見えなかったが、制服のスカートの裾が一瞬、見える。


「―――周防さん!」


もう一度周防さんは奴を殴り、奴は勢いよく地面に倒れた。

部室棟のドアは空いている―――出て来たのか。


「閉めろって、中に入って!」


思わず僕は悲鳴を上げる。

ここでもしもあんたが噛まれたら、僕は何のために水を持ってきたんだ―――。


「早く海老沢くん!」


彼女は僕を起こそうとする。

嬉しさと、それはいらない勇気だ、という気持ちがごちゃ混ぜになった。

彼女は僕の腕を掴んだ。

それはいいが手のひらとなると、血まみれだった。

なんとか立ち上がるが、奴も体勢を立て直そうと、起き上がろうとしているところだった。


僕はなんとか起き上がり、周防さんの背後に恐ろしいものを見た。

二体、いる。

二体、シャツを血でべっとりにした奴らが走ってこちらへやってくる。

数メートル先だ、どこから―――来た?

いやそれどころじゃない。

増えたら―――厳し過ぎる、気づいていない周防さん。


僕は周防さんの身体を突き飛ばし、サッカー部室の中へ吹っ飛ばした。

僕も部室内に滑り込む―――、暗闇の中へ。

そしてドアを閉めるつもりだった。

だが勢い余ったのか、左足一本を、ドアに挟んでしまった。


僕は左足だけを外に出してバランスを崩し、部室内に倒れる。

妙な倒れ方をしてしまった、全身を打つ、痛み。

しかしドアの方は向かないといけない―――向いて、足を引き入れようとする。

挟まっている。


ドアは向こう側に、開く。

もう少し開かなければ、足を入れられない。


「はやく!」


「足が―――挟まって―――」


誰かが押している、ドアを。

誰か―――決まってる、あいつらのうちのどれかだ。

誰だよ、結局。


「くそ………おっ………押してる!」


その時、足首に激痛が走った。


「あっ、ああああああ………!」


足の肉に刺さっている感触がある。

痛みがじんわりと続く。

足首を―――噛まれた。


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