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A-to-Zombie!  作者: 時流話説
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海老沢譲司 1

―――最初は、傘だった。


最初というのはつまり『被害者』が最初に僕に襲い掛かってきたときだった。

とっさにそれを、傘を手に取って、つかみ掛かって来た両手を防いだ。

防いでその後、殴った。

本来武器でも自衛手段でもない傘は、一回『被害者』を殴っただけで容易く骨が折れた。

逃げて走らなければならない、そうしないといけない。


傘の骨、その一本一本は、ひどく細い。

二ミリか三ミリか。

ちゃんと正確に測ったことはないけれど、こうやって見ると指の骨よりも細いのだなと知る。



『被害者』の方は、骨は無事らしいが皮膚がズタズタであった。

古着のようだ、とも思った。

べっとりと、廃油のように着ている、黒い血の古着。

その瞳は妙に大きく、ぱっちりと見開かれているが、ぱっちりと見開かれ過ぎている。

力加減がわからないのだろうか………(まぶた)の。

瞳の奥が白い。

僕をちゃんと見ているようには見えない。


最初に『被害者』が走って襲ってきたときには、それが本当に人間かどうか疑わしかったくらいだ。

人間をやめているのかと思った。

彼ら彼女らは、全身から血がにじんで見ているだけで痛々しいいで立ちだというのに、それらを手当てする気など毛頭ないといった態度であった。


態度というよりも、礼儀も何もすっとばして、彼らは襲い掛かってきた。

もろ手を上げて。

襲われることに恐怖を感じたことも確かだが、理解が追い付かなかった。

僕は何故『被害者』が襲い掛かってくるのか理解できなかったし、しかし追われては走らなければならないのは事実だった。


何とかその異形(いぎょう)の化け物に抗われながらも、戦いを挑まれながらも、切り抜けた。

戦い―――というほどの―――ものなのか。

戦いを目的としているのだろうか、彼ら彼女らは。

今日の、彼ら彼女らは。

戦い以外の何かを求めて人を襲っているように思える。

よくわからないが両手でつかみ掛かってくるという行動においては、被害者全員、ほぼ全員が共通していた。


僕は逃げた。

身を守るために持っていた傘は、使い物にならないくらいに折れ曲がり、被害者の血も付着していたので捨てて、花壇の陰に落ちていた木の枝にした。

モップやバットが欲しかった。

最初は傘だったがモップやバットが欲しかった。

理想は金属製の―――もっと、ゴルフのドライバーとか、その辺の部活の金属バットだが。


結局今、悲鳴や、怒声や―――普段聞かない、いろんな何かが(にぶ)く衝突する音を聞きながら、走っている。

木の枝をもって走っている。

走っている場合でもない―――走っているだけでは、いずれはやられる。

『被害者』になる。

何しろ相手が多いし、どうやら―――『だんだん増えている』。


段々増えている、徐々に増えているような、状況に思える。

彼ら彼女らが増えている。

流れる血が増えている。

その横を全力で走っていくしかない。


誰かに教えてもらったわけではない、教師が学校で教えてくれることではないようだったし、体育教師が生徒に襲い掛かっていた。

それを何とかする余裕はない―――止まれば囲まれる。


体育の授業でもここまで必死になったことはない。

何しろ、立ち止まったら必ず死ぬ。

倒れている人間の横を過ぎ去り、僕はひたすら走る。


こんなことならばもっと走るのが速ければ、と言う気持ちと。

自分だけ走り抜けて、今まさに襲われている生徒を見過ごし、見捨てている自分への罪悪感と。

そういうものを()い交ぜにしながら、なりながら。

僕は走る。


校舎から出て、内履きのまま外出しアスファルトの上を走り続けると、そこすらも悲鳴や怒号のなかだった。

僕の通う高校のグラウンドの端を通り、横切り。

頬に血なまぐさい風を感じながら。

部室棟の扉を開けて、僕はその、暗い室内に飛び込んだ。



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