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A-to-Zombie!  作者: 時流話説
15/50

コンビニ 2

コンビニのお菓子コーナーでは、三十代ぐらいの男性が、棚に頭部を乗せたまま、停止していた。

頭部だけではなく、腕もチョコ菓子の段にさしこむような形で、乗せてあった。

身体が商品棚にめり込んだようなかたちである。

子供向けのチョコ菓子が床に散乱している。


その表情はこちらを向いてはいない。

首か、耳のあたりには血がにじんでいた。

あいつらに噛まれたのだろう。


「………」


僕は近づかないように、また、音を立てないように歩いていく。

死体はその男性だけではない。

多くは床に崩れ落ちているような体勢で、停止していた。


絶えず左右を見なければならない。

その行動よりも、しなければならない―――生き残れない、というプレッシャーで、心臓の音が激しくなった。

胸が、痛い。


恐ろしい。

恐怖。

それは当然のこと―――だが僕は、この時から何か、違和感を感じていた。

光景に違和感。

いや、ここまでの道中でもだが。


しかし今は水。

水である―――とにもかくにも。

水、生きる。

これだけ。

これである。



飲料水コーナーは入り口から入って、一番奥にあった―――この時ばかりは、今日ばかりは、何故そんな奥まったところに、そのスペースにペットボトル飲料を陳列しているのだと、恨んだ。

入ってから何秒、何十秒かはわからないが、とにかく心臓に悪い。

虎穴に入らずんば虎子を得ずだけれど、入る危険地帯が、浅い方がいいことは確かだ。

水くらい、入り口近くに置けよ、人間の生命維持に一番必要なものだろ、畜生。


たどり着いた飲料水コーナーは、そこにあった。

破壊されていたとか損傷している、とか―――おもったほどのことはなくて。

確かに存在していた。


また、死体もその近くにはなく、僕は透明なドアを開けてはやく用事をすまそうとする。


冷蔵庫内に手を入れると、冷気を感じた。

いつも飲んでいる炭酸飲料に手を伸ばしている自分がいた。

習慣。

いつもの癖―――という奴だが。


「………いつもの」


いつもの。

いや―――他がいいか。

水や、お茶の方が、水分補給にいいのか。

水分補給には―――適しているのか。

炭酸は無駄に喉に刺激を与えるだけ?


思えば、水分補給のために飲み物を買おうと、本気で思っていたことはあっただろうか。

飲み物は、美味しいから飲む―――美味しい、自分に合ったもの、自分好みの味―――だから金を払って買う。

そんな日々が続いていた。

そしてそんな日々では、無いらしい。

今は。


「じゃあ―――、これか」


水分補給を(うた)ったパッケージを手に取る。

スポーツ飲料だった。

まあ味も嫌いではない。

掌に五百ミリリットルのそれを掴み、少し考える。

これをいくつか―――周防さんにも、彼女の分も。

そういえば彼女の好みを、あの場所で聞いておけばよかっただろうか―――とか、そんな時間ないのに、何故こんなことばかり考えてしまうのか。

ええい、選択肢が………


まてよ、味よりも種類よりも、考えるべきものは―――と僕は首を動かして、それを探す。

味よりも、量。

質より量。


見つけたのは値札だけだった。

その二リットルのペットボトルは、値札だけが虚しく残っていて、一つもなかった。

冷蔵庫の奥まで見えていて、その先は暗闇だった。


大きなペットボトルが、一つもない―――平常時ではありえない。

買った人がいるのか。

いや、持っていった、のか。

『あいつら』―――はそういうことをするとは思えないが―――ああなってしまっては水を飲もうという思考回路は吹っ飛んでいるだろう。

脳が死んでいる。

あれは。


僕はとにかく、スポーツ飲料と天然水を二つずつ、計四本を脇に抱え、この場を出ることにした。

とりあえずはこれでなんとかする。

しのぐ。


僕はそのほかに必要なものは、と考え店内を歩いた。

うつぶせで床に倒れている人の前の棚には、色んな種類のパンがある。

向かいにはサンドイッチ。

例によって騒ぎがあったのだろう、床にもかなり落ちているようだ―――。

いつもと違い、店内が暗いので見えにくいが。


食料。

もちろん食べ物ももっていきたい、けれど。


ペットボトルを、床に一度置く。

それからパンのコーナーからクロワッサンを手に取り、その袋ごと、制服のポケットに入れようとする。

………はみ出てしまった。

軽く足を動かすと、簡単に床に落ちそうになった。


「難しいか」


あまり大量に持って帰ろうとして、走る速度が落ちたら、命に係わる。

というかこのコンビニも、長居するのは危険だろう。

()かされた気になってしまう。

開きっぱなしの自動ドアから、今―――今来てもおかしくない。

僕は、お菓子コーナーでチョコレートをすばやく二袋つかんで、ポケットに入れた。


レジに店員はいない。

いや、レジどころか店内、そして周囲の民家にも―――いないのか。

もしかすると。


僕は来た道を戻り、壁にもたれかかっている男性を横目に、ドアに転がっている二対の死体も、乗り越えた。

彼らが動き出したりしなかったことに安堵しながら、僕は歩道を早歩きで戻る。

コンビニという、目的地にはたどり着いた。

水も手に入れた。

後は戻るだけだ。

家に帰るまでが遠足である。

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