しくじり天使エルちゃん~やってはいけない異世界転移
「あん? てめえ何処の組のもんだコノヤロー!」
出会い頭これである。
神をも恐れぬその度胸、その圧、その気迫は天使すらちびって逃げ出しそうなほど。
エルちゃんと向かい合って座るは、向井。
いや、座ってなんかいない。
今すぐにでもエルちゃんに使いかかりそうな勢いでテーブルから身を乗り出している。
下から上へ、そして上から下へと何度もジロジロとにらみ付けてくる。
エルちゃんはGカップの巨乳に加えて、天使の正装として露出の多い服を着ているせいか、男からいやらしい目線を送られる事は多々ある。
だが、向井の視線から感じるのはいやらしさなんかではない、殺意だ。
まさか本当に殴り掛かってくることはないだろうが、その殺意だけは本物で、もうヤバい。何がって何もかもがヤバい。それならいっそエッチな目で見てほしい。それも困るけど。
真っ白なスーツに中は真っ黒なワイシャツでモノトーンでまとめたかと思いきや、どこで売ってるのかとつい聞きたくなるほどド派手なネクタイに、80点の恐怖を100点まで押し上げるのはサングラスと輝く黄金のブレスレット。
向井は、アレである。
ヤのつく人である。
違う言い方するならば、○に暴である。
天界では『ある世界』の人材を『別の世界』に転移させる、一言で言うと『異世界転移』が流行りに流行っている。
硬直化した組織、グループにおいて1番効果の高いテコ入れ策は「外部からの人材を招く」こと。
時には劇薬となる事もあるが、破壊的イノベーションは往々にして外部人材がもたらすものである。
世界についてだってそれは変わらない。
そして、エルちゃんが担当する世界、《レアラ》はこれまでの異世界転移実績が最も多く、かつ優秀な人材を輩出する事ですこぶる評判が良い。
「どうせなら実績のあるところにお願いしたい」と考えるのは人間も天使も一緒で、エルちゃんは各方面の天使から「人材を寄越せ」と要求されてきた。
最初は仕事への情熱から必死に対応してきたが、最近は要求が過剰気味で《レアラ》ではトラック事故の発生件数が異常値をたたき出している。
今回もよくある『剣と魔法の世界』担当の天使からの依頼であったが、「できれば義理硬い漢」という無茶振りに最初エルちゃんはキレそうであった。
エルちゃんがアホみたいに異世界転生を繰り返したせいで《レアラ》ではモラルハザードが起きているのだ。
「現実では頑張れないけど異世界行ったら本気出す」と嘯くオタクが近年急増しているのである。
そして、そういうオタクに限って実際に異世界に転移させてやるとコミュ障がクールキャラを気取りだしたり、現実で虐げられてきた腹いせに異世界の住人をいじめたり、妙に死生観が軽くなったりして手に負えない。
「お前らのせいで《レアラ》にはもうまともな人材なんかいません」
なんて言ったところで周りの天使は「またまたぁ、そんな事いっちゃってぇ。本当はまだいるんでしょ? はい、今度はうちの世界にも頂戴ね♪」と言われてしまう始末。
♪をつけるな殺すぞバカヤロー!
と、いうわけで要求通り『義理堅い漢』を見繕ってみたのだが……
「だ、だからですね、あなたには異世界に行ってですね、そこを救っていただきたく」
「伊勢会? 聞いたことねえぞ。適当な話でっち上げてんじゃねえぞバカヤロー! 第一なんで俺がよその組のケツ持たなきゃいけねぇんだよコノヤロー! てめんとこのケツはてめえで持ちやがれよバカヤロー!」
ダメだ、この向井、まったく話が通じていない。
エルちゃんも初めて会うタイプの男、まるで対処法がわからない。
どうやら"異世界"を"伊勢会"と勘違いなさっている様子。
「違うんです! 伊勢会じゃなくて異世界!」
ちょっと"せ"を強調して伝える。
「だから伊勢会だろうが! てめえ、よその組の喧嘩に俺を巻き込むからには覚悟できてんだろうなコノヤロー!」
ああ、もういいや。伊勢会でいいや。
多分、向井にとっては異世界も伊勢会も変わらない。
カチコミに行ってテッペンとる。それだけだろうし。
「覚悟ですか? ええできてますよ」
もう行ってくれるなら何でもやろうじゃないか。
とにかくアタシはこの向井とは一刻も早くおさらばしたい。
そして金曜ロードショーを見るんだ。
だが、エルちゃんは少々勉強不足であった。
「そうか……なら……指詰めろやバカヤロー! おい誰か道具持って来い!」
指を詰めるというのは、この場では説明しにくい。ググっていただきたい。
ちなみに道具とは包丁の事である。
頭のいい読者はもうわかるね?
「指詰めるの!? ウソ!? アタシが!? なんで!?」
「テメエの指一本でテメエんとこの伊勢会を助けてやるっつってんだから安いもんだろうがコノヤロー!」
そして無駄に便利な天界システム。
向井の要求に応じてテーブルの上にボンッと包丁が煙とともにあらわれる!
やめてやめて! その便利さいらない!
正直、天使は天使なので、ちょっとやそっとの外傷で死ぬ事はない。
それに指一本くらいなら数秒で再生できるだろう。
でも痛いものは痛い。
痛いのは好きくない。
「さっさと詰めろやコノヤロー!」
ドンッ、拳をテーブルに振り下ろす向井。
もうさっきからこの人何なの!?
語尾にバカヤローかコノヤローが必ずついてくるの、本当になんなの?
「やり方わかんねえなら教えてやんよバカヤロー!」
向井がブルブル震えるエルちゃんの右手をつかみ、テーブルに押し付けた!
エルちゃんピンチ!
「いくぞコノヤロー!」
いやあああああぁぁぁぁぁ!!!!!
直後、向井はほかの天使に取り押さえられたため、エルちゃんの指は無事でした。
↑本編に書いたら個人的に『どっちらけ』なのでここに結末書いておきます。