Straight right in Darkness.
私はこの世に疑問を持ちます
世の中が全て平等だというのは
嘘ではないでしょうか?
不幸な人はとことん不幸で
幸福な人は、例え悩みがあったとしても
不幸な人からしてみれば
“贅沢な悩み”としか感じられないのです
嗚呼この疑問は
いつか解決されるのでしょうか――……?
「湖虹!早く!!」
私を急かす声がする。……そういえば此処は学校だったけ。
「ちょっと待ってて、直ぐする、からぁ………。」
敢えて“寝ていた”とは言わない。
昨日かなり遅くまで仕事をしていたから、『寝不足』の四文字が頭の中で踊る。
それがだんだんぼやけてきたら、私は夢の世界へと旅立つ。
まぁ、旅立っても何の問題も無いけれど。寝てたって私は注意されないし――――………。
「昨日の夜殺人事件があったから今日は早く帰れって言われたでしょ?
しかも手口がすんごく綺麗だったって。そのテの人じゃないかって先生言ってたよ?」
「…………。言われた様な気がするんだけど、其処まで怖くない………」
「何でよぅ?」
「あ、じゃあ、私此処だから。バイバイ?」
ふんわりと微笑んで友達に一方的に別れを告げながら、私の家、マンションに駆け込む。
明日に引き摺っていないことを祈りつつ。
私は学校から徒歩五分のところにある、高級マンションの最上階―――つまり一番値段が高い―――四十五階に住んでいる。普段は至って普通の中学三年生だ。
勉強は人並み以上に出来るし、顔も整っているらしい――親友によると。
唯一の欠点は身長が並よりも少しだけ低いこと。
両親を早くに亡くしたけれど、今の仕事―――金持ちを対象とした雇われの殺し屋―――になってからはお金に困った覚えは無い。
元々私には剣に対する潜在能力みたいなのがあったらしく、使い方を誰にも習わなかったのに達人のように使える。
そんな私の愛剣の名は、『華鏡』。
持ち手は先が少し広がり丸みを帯びていて、其処には本物のダイヤとプラチナブルーで花弁を模った花が咲いている。
日本刀で言う鍔の部分は先に行くに連れて白から蒼くなる綺麗なグラデーションの、羽の形をしている。
兎に角とても美しい洋刀だ。
乾いた機械音が広いベッドルームに木霊する。
「メール………。」
ふっと小さくため息を吐き、服を着替える。
仕事に来ていく服は白いレースの膝上ワンピースの上にそれより少し短くなっている黒のワンピースを着る。
黒のほうは長袖で、それでも春夏秋冬問わず仕事のときは絶対に着る。
何故なら、両方とも死んでしまった両親が大きくなったときに着れるようにと買ってくれた服だからだ。
時計を見るとそろそろ待ち合わせの時刻を指そうとしていた。
私は愛剣をケースに仕舞いながらいつものように祈る。
死んでしまった両親に、自分の手を他人の血で汚すことを詫びながらも、守ってくれるようにと―――――祈る。
「よし………。」
私は弱々しくも言葉を紡ぎ集中力を高める。
これが運命なんだろうと、私は思う。
両親が死んだことも、私がこんなことをしているのも、総て偶然じゃなくて必然、運命なんだろうと。
ね、神様…………?
「君も、殺し屋?」
依頼された場所には既に一人の少年というには大人びている、でも青年というには子供染みた男の子が立っていた。
その人は―――人に興味の無い私が見ても―――凄く美少年で思わず見惚れた。
「聞いてるの?」
むすっとした声にはっと我に返る。
「き、君もって事は………貴方、も?」
「雇われのね。同い年の殺し屋に逢ったの、初めて。」
“宜しくね”と手を差し出されたので私がおずおずと握り返したらその人はにっこりと笑ってもう一度、宜しくと呟いき手を離した。
しかしその顔も長くは続かず、呟いた直後に背筋が凍りついてしまいそうなくらいに冷たい笑顔になった。
「目標は……………俺、なのかな?」
私はその顔に怯みながらも一生懸命に首を横に振る。
「ううん、此処の、会社の、社長と社長秘書。それと………資料は全部。」
言った後で後悔したが、怯んでいた所為もあってか依頼の内容を全て話してしまった。
そうしたらその人はまた人懐こい笑顔に戻って私の手をさっと掴み直して歩き出した。
その手はさっきも感じたけれど、とても温かかった。
「俺も同じなんだ。如何せだから二人で分担して殺ろうぜ。
殺める人数は出来るだけ少ないほうが良いだろ?
あ、俺は日向晴。晴れっつうより雨だけど。
名前負けしてるんだ。ホラ、殺し屋って闇の仕事でしょ?」
“情けねぇよな”と、曖昧な笑顔で空を仰いだ。一緒に私も空を仰ぐ。
星の綺麗な夜だった。
「お前は?」
「か、神楽湖虹………。」
「ココ?……そっか、湖虹って、読むのか。」
嬉しそうに呟いた言葉の意味がわからなくて、私が小首を傾げたら“こっちの話”と悪戯っぽく笑われた。
ころころ変わる晴の表情が羨ましかった。
「湖虹ってさ、綺麗な名前だよな。」
「え?ほ、本当……?」
「うん。湖の虹って、綺麗じゃない?」
――なぜ漢字を知っているのか。その疑問よりも嬉しさが勝った。
「有難う!私の宝物なの!」
「宝?名前が?」
「うん、だって………
“この名前は両親からの数少ないプレゼント………”
大好きなお父さんとお母さんがつけてくれた名前だもの。」
言った瞬間に頬を熱いものが伝う。それに気づいた晴が私の頭に優しく手を載せた。
「俺も一緒、おれも死んじまってんだ、両方とも。」
その言葉に驚いて顔を上げると優しい笑顔があった。
そして私の頭を載せていた手でクシャリと撫でた。
「さて、と。じゃ仕事すっか。俺社長のほう殺りてぇな。良い?」
「うん。」
「資料は二人で壊そうな。」
「うんっ」
先程までのしんみりした空気が嘘かのように晴は軽くヘラリと笑い武器に手をかけた。
「これが、俺の愛剣“双緋”、骨董屋で見つけたんだ。二刀一対ってのがかっこよくて。」
それはスラリとした短刀で、確かに同じようなのが二本あった。
「私のは華鏡。私が付けたから、日本名だけど、洋刀だよ。」
「へぇ……かっこいいのな。っと、着いた着いた。じゃ、一発でな。」
「はぁい。」
二人はドアの前に立って笑いあう。
晴が勢い良くドアを開けると、中にいた二人は驚き叫んだ。
私たちはそれぞれの前に立ち、一言だけ言葉をかけて剣を奔らせた。
その後は結構楽しみながらフロッピーを磁石に近づけたり、踏んだり、重要書類はシュレッターにかけたり水に濡らしたりと、派手に資料の抹殺を行った。
「さて、と。あぁ楽しかった!」
「は、晴………。」
諮問が付かないようにとはめていた裏のルートから仕入れた特殊な手袋をはずしながら晴は言った。
「もう、逢えないね………」
気づいたことを言ったら晴は何も反応を示さなかった。
今日の偶然がこれからも重なることはありえないし、それに、もう―――………。
「よっと。んじゃ、また明日、学校でな!」
「え?」
「またなぁ!!」
「は、晴?ちょっと、待って――……。」
晴は持ち前の身体能力か、風のように去っていった。
一人取り残された私は“また明日”という言葉に疑問を持ちながらも家路に着いた。
―――晴のお蔭で今日は笑えたな、と微笑みながら。
「湖虹オハヨ。」
「おはよぉ。」
「なにだれてんの?んもぅ、先行くよ?委員会の集まりあるから。」
「ん」
話しかけてきた友人の態度から、如何やら昨日のことは引き摺ってはいないようだ。
「お早う、湖虹。」
ようやっと靴箱に靴を仕舞い終え、上履きに履き替えたとき突如聞こえてきた聞き覚えのある声に勢いよく振り返った。
「晴………?」
「お早う。昨日言っただろ?明日、学校でなって。実は同じ学校なんだよ?」
「言ってたけど、でも、私一度も春のこと見てない……。」
この学校には飛び級制度があり、中学校三年間で成績優秀な生徒は喩え一年生でも最高クラスのSクラスに所属できる。
因みにSの下はアルファベット順にFまで存在する。
「俺さ、去年の始めぐらい、丁度湖虹がSに入ったときからAなんだ。」
「そっか………だから………。」
「因みに、湖虹は人気あるし、史上最年少でSに入ったから校内で知らない人はいないんだよ?」
そっか。頷いた瞬間人がぶつかってきた。
ぶつかられたところが悪かったのだろう、目の前が真っ白になってそのままその場に倒れてしまった。
『精々(せいぜい)で十五年か…それより短いでしょう………。』
『そんな、何故?如何にもならないんですか!?』
『今の我々医学会には、何とも………』
『そんな、何で………何で湖虹じゃないといけないの……?』
懐かしい声が頭の中に響き渡った。
『俺たちを置いて行かないでくれ………っ』
フラッシュバック。あぁ、もう長くはないんだなと悟った。
『おとうさん、あかあさん、なんでなくの?どこかいたいの?
ここがなおしてあげようか………?』
『あぁ、御免な、違うんだ。どこも悪くないんだよ?』
『湖虹は、いつまでも笑っていてね?』
それが最後だった。私を庇って死んでしまった私の大事な人。
いつまでも生きていてほしかったのに………。
涙が頬を伝ったのがわかった。
「湖虹?」
目が覚めると私は保健室のベットの上に寝ていて、如何やら先生はいないようだった。
私が涙を流したからか、覗き込んでいた晴の顔があまりにも優しくて、一筋だった涙が止まらなくなった。
そして私は、勢い良く晴に抱きついた。
「どした………?」
「逢ったばっかりで、変かもだけど、私、晴のことが好きだよ………?
でも、ねぇ、晴は私の事行かない?晴、私を置いてどっかに行っちゃったりしない?
ねぇ、晴……っ」
「行かないよ、だって俺も湖虹が好きだもの。ねぇ、如何したの?」
ふわりと抱きしめ返してくれて、頭を優しく撫でる晴。
私はもっと涙が止まらなくなって、晴に総てをぶちまけた。
「私、もうすぐ死んじゃうの………。」
だから好きなことをしていたかった。
“死”という存在を一秒でも長く忘れていたかった。
治ることの無い病気だと宣告されたのは私がまだ八歳の頃。
まだ両親は生きていて、宣告されてからもまだ良くわかっていなかったからか幸せだった。
ようやっと状況が飲み込めてきた十歳のときそれは起こった。
車に撥ねられそうになった私を庇って一瞬のうちに二人ともが、私の目の前でこの世を去ったのだ。
「先に逝かないでって、言ったのにぃ………。」
晴は何も言わなかったけれど、話を聞く間中ずっと抱きしめてくれていた。
それからはしばらく沈黙が続いたけれど、その沈黙を破ったのは晴のほうだった。
「俺、ずっと湖虹の傍にいるよ。」
「ほん、とぅ………?」
「うん。ずっと辛かったろ?辛いの一言じゃ表せないぐらいに。
でもな、人生辛いことばっかりじゃないんだ。
辛いことがあった分だけ、倖もあるはずなんだよ。
だから、な?これからは辛い思いはさせないから。」
「晴………、あのね?
私ね、多分、晴に逢えて、晴とこうして一緒にいられるのが一番の倖だと思うの。
だって、ね?」
私は言おうか、言うまいか迷った。
でも、言っておかないとこれからもう言えないような気がしたから、勇気を振り絞って、言った。
「多分、誰よりも、晴が好きだから……。」
“私、私ね、逝くときは誰にもわからないようにひっそりと独りで、自分の部屋で逝こうと思ってたの。
でもね、晴には一緒にいて欲しいな。
あ、勿論仕事とか、実生活とか、これからもずっとだけど。
それでね、惨いかもだけど、ずっと、楽になるまでお話していたいの。
手を握って、ね?そしたら怖くないし、寧ろ倖だよ?
私、晴の手があったかくって、優しくて、大好きなの!”
そういった彼女はもう傍にいなくて。
「残酷だね。」
“私の分まで長く生きてね?”
「それは、言う人よりか、言われた人のほうが辛いんだよ?」
何故ならその言葉が重荷になるから。
「でも、湖虹の願いだから叶えるよ。」
俺の大好きな君の、生き甲斐だった仕事をしながら、きっと長く生きて見せるよ。
「だから、地獄で、待ってて?」
人の命を奪っていた俺たちは天国には逝けないだろうから。
「どれだけ年をとってそっちへ逝くことになったとしても」
一筋の涙がほほを伝った。
「君といたそのときの姿のままで君の元へ行くからね。」
だから、どうか………君も僕のことを決して忘れず、
「君も、美しいままで………」
“わたしね、きっと地獄にしかいけないと思う。多分、晴も。
天国地獄があるとしたらの話だけど、でも、人の命を奪ってたから。
だけどね、晴が来るまではわたし、絶対にひとつの場所から動かないよ?
きっとね、きっと長い間になると思うの。でもね、待ってる。
だって、天国に逝くなら晴と一緒に逝きたいもの。
だから、見晴らしの良い高台にいるから。出逢ったらまた、手をつないでね?
…ねぇ、地獄にも、綺麗なところってあるのかな?
地獄って怖いイメージがあるけど、そうじゃないところもあるのかなぁ………?”
「俺のこと、待っててね―――………?」
晴は私の
闇の中の一筋の光だから――――………
湖虹は俺の
それは、見晴らしのいい高台にありました。
誰が埋葬したのかは今となっては誰にもわかりません。
それでも、それは確かにそこに存在しました。
白く綺麗な墓石に二つの名前が記してありました。
名前しか書いていない墓なのに、そこを通る人は何のためらいもなく、花を供え、手を合わせました。
ある日二人の少年少女が其処を訪れました。
二人とも、倖そうに笑った後、花を供え、手を合わせ、声をそろえて言いました。
「闇は光になりました。いま、私たちは倖です」
そして二人は硬く手を繋ぎ、其処を去りました。
そしてその何年か後、其処に建てられた教会で二人の結婚式が行われました。
二人の名前は―――………
作:春弥胡夜