04 遺産?
「向こうの世界に、戻れるのか?」
一番気になってる事だった。
「そうねぇ~。戻れるには戻れる。」
その答えに、安堵するが、次の言葉にショックを受ける事となる。
「ただ向こうとこっちでは、時間の流れが10倍くらいの違いがあるの、昨日勇者召喚されて1日、24時間経ってるでしょ、それでも、向こうの世界では約2時間半位しか経っていないわ。」
「そっ、それって………。」
「そう、戻るなら、早く戻らなければ問題が出て来るわ。だけど、戻るには大量の魔力が必要になってくる。大勢の勇者召喚を行ったばかりで、この世界には、勇者全員を帰還させる魔力が足りない。」
「それって、どのくらいの期間必要なんだ。」
「個人個人の器によって差異が出るけど、普通の異世界転移では1人当たり5~10年位、掛かるかしら。」
「母さん達は異世界転移したんじゃないのか?」
「正くん達も一緒にしたのよ。小さかったあなたは山奥から引っ越したぐらいの感覚でしょうけども。あれは裏ワザみたいなものよ。もう出来ないわ。」
「その時の事、詳しく教えてほしい。」
「長くなるから、その話は明日にしましょう。保有魔力が足りなくなりそうだから……。」
そう言うと、窓の方を見る。だいぶ日が傾いてきてるようだ。
それから、この世界の基本的なことを聞いて今日は終わりにすることにした。
まとめると、この世界は基本的に、地球と同じ周期で、1日24時間、光、闇、火、水、風、土、精霊の日があり、1週間7日間として繰り返し、4週で1月、13ヵ月で1年、年間365日となるそうだ。
お金の単位はペロ、銅貨1枚100ペロ、また、鉄貨も存在し1枚1ペロ、大鉄貨1枚10ペロ、今俺達は21万4500ペロ、残っている事になる。基本的に、単位で計算できる人は一部の商人くらいだから、あまり使われないそうだ。
重要項目として、魔素について話してもらった。この世界には魔素と言うものが存在し、日本で言う所の気、霊、オーラ、等の不確定なものと同質の存在らしい。こっちは、地球と比べると100倍くらい魔素が濃く、生活品等に魔素の塊である、魔石をエネルギーとして使っている。
魔素を体内に取り込み制御下に置いた魔素の事を魔力と呼び、魔力を行使することを魔術と呼ぶらしい。魔術を使うには、幾らか方法があり、魔法陣もその一つだそうだ。
日本で覚えた武術は、魔道脈を開き大量の魔力を行使するための、効率化を行うものだったらしい。
要は高速道路を作っていた様なもの、魔術を慣れない人が行使すると魔力口渇で死に至る事もあるそうだ。
それと、ロストニア王国は、中世ヨーロッパに魔術的要素が加わった感じで、生きて行く上では非常に不便だったらしい(主に食文化)。日本人特有の黒髪黒目は特に珍しくは無いらしく、この国の勇者召喚頻度が高いせいで勇者の子孫も多く存在するとの事だ。
ギルドも魔術師ギルド、商業ギルド、冒険者ギルド等が有名であるが裏ギルドも存在し、暗殺者や奴隷ギルドもあるらしい。ギルドは仕事の斡旋や商取引などでよく使われるとの事で、国とは別の機関として各、国や街に存在する。
最後に、現在の世界情勢と前回の勇者召喚の情報入手と冒険者ギルドへの登録を行うように言われ、魔石に消えて行った。さっきの形態を維持するには、結構魔力が要るらしく、魔石に戻ると勝手に回復してくれるとの事だ。
ちなみに指輪の収納には、服等の装備品や武器なども入っている、言葉に出さなくても使えるから勝手に使え、ただし、私が作ったものだから、全てアーティファクトになる、使い方間違うと軽く町が吹っ飛ぶからから注意して使うように、との事。大量破壊兵器を手渡されたようだ。
明日は、午前中に冒険者ギルドへの登録と情報入手、橘先輩との情報交換、午後から、話の続きも気になるが、すぐにどうこう出来る事でないのは分かったから、状況に応じてギルドのクエストでも受けてみるかぁ~。
町の外に出て、自分の力量も試してみたい。封印も解いてみないと分からないし、うちの親が作った物なんだから、誰にも被害が出ない場所でも探さないと怖くて何も出来ない。色々と実験と検証をする必要がありそうだ。問題山積みだな。
魔石灯に火が灯り、そんなことを、考えながら食堂へ向かう。ちょうど18時過ぎくらいで宿屋の食堂は人であふれていた。ここも人気店らしいが………。
ここでも、昼と同じで、おススメを頼むことにする。注文を取りに来たのは、赤髪黒目の130cm位の可愛らしい12歳の少女だった。宿屋の娘でファナと言うそうだ。母はカレンで女将さん、父はサク、料理長をしているが、昼は隣にいるそうで、隣は夜になると酒場になるらしく、夜は従業員に任せて、宿のお客さんを相手にするみたいだ。
同じ人が作るって事は………。等と思ってると料理が運ばれてきた………。
やはり、昼と同じ料理が目の前に置かれている。不味くはないが味気ないのだ。
琴音、鈴音も同じことを考えてる様にも見える。
美食勇者の指輪の中に、調味料一式が入ってるのは確認済みである。これもアーティファクト級なのだが、さすがに食事で危険は無いと思う。
目立たないように偽装用に持って来ていたバッグに手を入れ指輪の収納から、マヨネーズに焼肉のたれ、ブイヨンの素のようなものが入ったタッパー、ジャムなどを出しサラダ、肉、スープ、パンに味を付けて行く。琴音、鈴音も同じことをして食べ始めている。
やっぱり、味付けは大事である。
その光景を不思議そうな顔で眺めている少女が横にいるのを気にせず食事をしていると、ファナから声がかかってきた。
「その………。料理に掛けている物って何ですか?いい香りがするんですけど。」
これは、やってしまったかもしれない。我慢出来ずに出してしまった調味料による、料理改革を起こしてしまった瞬間である。頭を抱えている俺を他所に鈴音が言う。
「食べてみる?」
「えぇっ!いいんですか?」
「スプーンか、小皿持ってきて。」
ファナがキッチンヘ走っていく。
「お前ら、今、改革を起こそうとしてるんだぞ。いいのか?」
「「可愛いから、問題ない。」」
そんなやり取りをしていると、ファナが小皿とスプーンで持ってやって来た。
「「はい、どうぞ。」」
小皿に調味料を取り分けて行く。一口、舐めるファナ。
「んっ~~~~~!。」
ちょっと痙攣して、目を充血させ、興奮しているようだ。肌が赤みを帯びてきている。
そして、次の調味料に口を付けて行く。また、同じように、反応して全て味見が終わると床に座ってしまった。腰が抜けてしまったようだ。
「ちょっと、女将さん呼んできてくれ、琴音。」
今後の対応を考える事にして、鈴音にファナを介抱させる。
「ちょっと、あなた達ファナに何したのっ!」
琴音が女将さんを連れてきたようだ。ファナが椅子に座ってぐったりしてる様子を見て、少々お怒りのようだ。
「まあ、女将さん言葉で説明するより、まずは、こちらを味見していただけると分かります。」
そう言い、調味料を乗せている小皿を差し出す。
「まあいいわ!、ただしファナになんかしてたら、ただじゃおかなおわよっ!」
そう言い放ち、調味料を一口含む。
「んっ~~~~~!。」
ちょっと痙攣して、目を充血させ、興奮して肌が赤みを帯びてきている。親子で同じ反応と言うのも面白い。
荒くなった呼吸を整え俺達に、質問する。
「こっ、これって?」
「まあ、言いたい事は、分かります。ただ、この場で話すことは混乱を招き兼ねませんので、食堂がひと段落したら呼んでください。旦那さんにも、味見して貰う事になると思います。」
そうして、自分たちの食事を終わし部屋でくつろぐことにする。
お湯を貰い、部屋で体を拭こうとしたが、すでに妹ではなく婚約者となった事で問題が出てきた。
「「にぃ、婚約したんだから。」」
などと言い放ち、身体をくねらせながら、前から迫ってくる琴音、後ろからは手をワキワキさせながら鈴音が迫っている。これは「前門の虎、後門の狼」と言う奴か。二匹の獣が俺の服を剥ぎ取りに襲い掛かってくる。
「い~やぁぁぁっ~~~。」
「良いではないか。」
「良いではないか。」
そんなこんなで、婚約者同士らしくない感じに、3人とも遊んでいる。ムードを作ることに関しては3人とも鈍感な様だ。親父達に会えたことで、テンションが上がっているのだろう。
「トン、トン。」
ノックの音と共に遊戯の時間は終わりを告げた。
「ハーイ!どうぞ。」
ファナが呼びに来たようだ。
「食堂の方、終わりましたので、厨房まで来てもらえますか?」
「分かった。今、行く。」
そう言って、ファナの後について厨房ヘ向かった。
「よう、あんた達かい、さっきの騒ぎは。」
「ええ、お騒がせしたようで、すいませんでした。」
「まあいい。俺はこの宿と隣の食堂の料理長をしている、サクだ。よろしく頼む。」
「よろしくお願いします。そう言えば私達も名乗っていませんでした。私は正臣と言います。で、こっちが琴音と鈴音、双子です。」
「婚約者の琴音です。」
「婚約者の鈴音です。」
まあ、自己紹介にそれはどうかと思うが、名字の方は名乗らない方が、色々とフラグは立たないと思う。
「ところで、カレンとファナにさっきの騒ぎの事を聞いてもニマニマしてばかりでさっぱり教えてくれん。いい加減に教えてほしいんだが。いいか。」
女将さんもファナも、楽しそうにサクさんの方を眺めている。自分達が体験したことを外から見たいのだろう。
「まあ、口で説明するよりは、体験してもらった方が早いですね。女将さん小皿とスプーンいただけますか。」
女将さんに小皿とスプーンを貰い、調味料を小分けして行く。
「さあ、どうぞ。」
「いいのか。………なんだこの香りは?………では、いただこう。」
そう言うと、焼肉のたれを口に運ぶ。
「んっ~~~、はっっ!」
目を見開いて、小皿から目を離せないでいる。それを、ハイタッチをして楽しそうにはしゃいで、カレンさんとファナが見ている。ドッキリ大成功!的な感じかな。
「こっ、これを何処で手に入れた。」
「知っているんですか。」
「20年位前に、料理人の見習いをしていた時に、クロスティール諸国連合へ連れていって貰ったことがあったんだが。旅の途中で雇った冒険者の中に、これと似た味の調味料を肉にかけて食べている奴がいた。1日しか一緒に居られなかったが、味見をさせて貰った事があった。その味と似ている気がする。」
この味を、知っていることには驚いたが、母さんこと、美食勇者が居たことがある世界だ、この調味料を作っていた可能性もある。美食勇者の遺産とか言ってたんじゃないだろうか。
「作り方、教わらなかったんですか?」
「秘伝のたれだから教えられない、味を覚えて盗めって言われたなぁ。」
その人も改革を恐れたのかもしれない。
「分かりました。私達も、その冒険者の意思を汲みたいと思います。」
「おっ、教えてくれないのか?」
あからさまに、残念がっているサクさんとカレンさん、それと今にも泣きそうになっているファナが、口を開く。
「えぇ~。おにいちゃん、教えてくれないの?」
「う~~~ん。教えてもいいんだけど。たぶん、この国では、作ることは不可能かもしれない。」
俺は母さんの言ってたこと思い出していた。『調味料が壊滅的に無い。』
砂糖、塩、酢、醤油、味噌、この辺であるのは塩だけかも知れない。とりあえず、調味料と食材を一通り見せて貰おう。
「サクさん、とりあえず、調味料と食材を一通り見せてくれませんか。教える、教えないにしろ、何が作れるか判断できません。」
マヨネーズも厳しいか、ジャム、とブイヨンの作り方なら何とかなりそうだが…。
「分かった。その前に、他のも味見させてくれ。」
そして、次々と味見してゆく。
先程より、びっくり感は無かったが、それでも、目を丸くして驚いていた。
「それでは、一通り見させていただきます。まず、調味料はどこですか。」
「魔道コンロの隣にある。」
そう言って、見せてはくれたが。塩、動物性のラード、それと数種類の香草類が置いているだけであった。
「肉、魚、野菜、果物はありますか。」
何か、ダメそうな気がしてきた。
「そっちの倉庫に入っている。が、果物は贅沢品だから町の食堂には置いて無いぞ、それと魚なんだが、この街に来るまでにすべてダメになってしまうから魚もない。あるのは、獣の肉と野菜、パンを作るための穀物だな。」
「分かりました。一応、見せて貰ってもいいですか。」
魚醤もすぐには無理か、アルコール関係はどうだろう、何か種類があるかも。果物関係のジャムはこの国ではだめだな。
キャベツ、タマネギ、ニンジン、大根、ごぼう?名前あってるのかなぁ。
「んっ?ちょっと、琴音、鈴音、来てくれ。……これなんだと思う。」
そう言って、根菜類の一角に、生姜と似た生姜じゃないもの、
「ターメリックじゃない?」
「ウコン?。」
「琴音、鈴音、香草もう一回見てきてくれるか?クミンとかあるかもしれん。」
「分かった。カレーね。」
二人に香草を見てきてもらい。俺は肉を見てくる。
たぶんイノシシとかの肉かな。何種類かあるようだが、鳥らしき肉もある。
調味料は、この国では厳しそうだが、訳を言って香草のレシピを教えてみよう。すり鉢あると良いだが?
「おーい。琴音、鈴音どうだ?」
「ノープロブレム 。」
「問題ない。」
「クミン、コリアンダー、シナモン、 ショウズク、丁字、 ナツメグ、唐辛子、」
「香草は豊富みたい。」
不思議そうな顔で眺めている面々を他所に、俺達は話を進めて行く。
「それだけあれば充分だな。後は、どうやって処理するかだな……。サクさん、すり鉢ありますか?」
「いったい何をしようとしてるんだ?すり鉢って、昔の勇者が広めた料理道具だよな、一応、あるにはあるが使った事なんてないぞ。」
失敗したカレーでテンションが上がってしまっていた様だ。
「えっーとですね。実は、今この厨房にある食材では、先程の調味料を作ることが出来ません。」
がっかりする、サクさん、カレンさん、ファナの3人。
「聞いての通り先程の調味料は作れませんが、他のものなら作ることが可能です。」
「それはどんなものでしょう。すり鉢で作るものなのですか?勇者の料理道具で作る料理は100数年前に失伝してしまったはずです。」
「まぁ、私達も素材から始めるのは初めてですから、成功するかは半々と言ったところですかね。もちろん、3人にも手伝って貰いますよ。」
そう言い下準備に取り掛かる。
まずは、生姜、ウコン、コリアンダー、クミン、シナモン、 ショウズク、丁字、 ナツメグ、唐辛子、を粉上にすっていく……準備完了である。
後は、野菜を切って、鳥っぽい肉切って、フライパンにスパイス入れて炒めて、野菜入れて炒めて鍋に突っ込み、肉炒めて鍋突っ込み、水入れて塩で味付け煮込んで終了。
ほとんど、琴音、鈴音が料理してしまった。料理スキルの補正が効いているようで、すごい速度で調理していく。俺はと言うと調理の説明をしていくだけだった。
お待ちかねの試食会です。
「1時間程経ちました。そろそろ出来上がってると思います。」
少し深みのある皿にドンドン盛りつけられていく。
「それでは、皆さんに行き渡ったという事で試食したいと思います。それでは、」
「「「「「いただきます。」」」」」
各々が口にカレーを運んで行く。
サクさん、カレンさん、ファナの三人は、調味料の時と同じように、驚きを隠せないでいる。
俺達は、久しぶりのまともな味付けに、微笑んでいる。
あっという間に皆、完食してしまったようだ。
「この料理は、なんていう料理なんだ?何とも甘辛い感じが食欲をそそる、パンと一緒に食べると辛さも気にならなさそうだ。」
「これは、カレーと言います。たぶん、香草が多く、調味料の未発達なこの国に満足のいかなかった、勇者が残したかった料理かも知れないですね。」
「いや~。ありがとう。こんな、素晴らしい料理を教えてくれて。お礼を考えなければいけないな。ん~、ファナを嫁にってのはどうだろう。」
「それはいいわね、あなた。店は兄のアレクが継ぐだろうし、今の内にかわいがってもらいなさい。ファナも問題ないでしょう。」
「じゅるる~~。お兄ちゃん、不束者ですがよろしくお願いします。」
若干、よだれが垂れたであろう口元を拭い、頭を下げてくる。
ファナを餌付けしてしまった様だ。
唖然とする俺に対し、後ろから琴音と鈴音が脇腹をつついてくる。
「正臣さん、どうするのかな?」
「正臣さん、順番ありますよね?」
「まさか、先にあの娘となんてこと無いですよね?」
「私達に手を出してからにして下さい。」
「今晩は寝かせませんからね。」
「彩ねぇも、次にいるんですからね。」
「まぁ、ファナちゃんも可愛いですから。」
「正臣さんなら、幾人も抱える甲斐性はあると思いますよ。」
「「ですが、順番は守って下さい!」」
「………はい。」
つい返事をしてしまったが、饒舌になった二人を止めるすべを俺は持っていない。斯くして俺は、婚約者がまた一人増えたのであった。
重婚オッケーとはいえ、このペースで増えるのは予想外だ。また悩みの種が増えて行く、この分だと、明日、会う予定でいる橘先輩も意図せず俺の毒牙にかける事となるのだろう。
そして、今晩は……………長い夜になりそうだ………。