傍らのローズ
テラスから赤、ピンク、オレンジ、白に紫が咲き誇る薔薇の庭園を眺めながら飲む紅茶は絶品、と現在ひとりでほくそ笑んでいる怪しさ満点な私です。ああ、わかってますよ、現実逃避だってことは。
「ああ、良い天気。・・・ところで何をされているのですか、殿下」
視線を庭から180度向きを変えれば、そこにある人物が目に入る。現実逃避していたときから長ったらしい口上を全て虚空の彼方へと追いやっていたが、やっと本命へと到達したらしい。さあ、何を言い出すやらと思っていたら、私は淑女として教育されていたはずの壮大な猫をかなぐり捨て、胡乱げな目になることを抑えることができなかった。
「クリスに会えなかった日々は、まるで身を裂くようだったよ。だから、僕のモノになってね」
たとえ、目の前に神の祝福と巷の少女から未亡人までが絶賛し、最早人離れしすぎて人形ではと個人的に思う美貌を煌かせる青を基調とした色彩を持つ立派な青年が、片膝を床につき、こちらに青い一輪の薔薇を差し出しながら鼻血を出していようと、私は知らねえんだからな!
目覚めたら異世界でしたっていうテンプレートと、生まれ変わってましたというデフォルトに苛まれた人生に転換してしまった、わたくし前世橘樹瑠唯こと、クリスティーナ・ローズと申します。
生まれ変わったのが、『貴女に薔薇の一輪を』というテーマのもと作成された乙ゲーである『フラワーズガーデン~傍らのローズ~』という世界なわけです、はい。
このゲームというのが、それぞれの国は国花に因んで設定があり、私がいる国はタイトル通り、薔薇を主軸としている。国名もローズスフィアだし、王城以外にも街の至るところに薔薇だらけです。むしろ、他の花がありやしねえ。日本人が大好きな桜もないわけですよ、くっ・・・。
さて、乙ゲーということで、攻略対象者がいるわけです。
説明を、いやもう面倒だから、箇条書きで。
・赤薔薇ことアレックス第3王子は、定番ヒロイン同い年の熱血系。花言葉に因んで【情熱、熱烈、私を射止 めて】に相応しく、ルートに入ればガンガンに攻めてくる輩です。基本、あちらから好意を寄せてくるの で、何もしなければこの猪ルートに突っ込むこと間違いなし。普段はムードメーカーだけど、目的があれ ば頭が回るタイプ。
・ピンク薔薇のヨハン6王子は、ショタ系癒しポジション。花言葉は【あたたかい心、幸福、感謝】で、年下 独特の姉を慕うような感じに恋に発展していくパターンである。性格は穏やかでドジッ子属性持ち。私が 支えねばという姉気質の持ち主や世話焼きが陥りやすいルートである。つまり、前世の私だ。
・オレンジ薔薇、ジュード第5王子。花言葉は【愛嬌、信頼、健やか】で元気おバカ。以上。
・白薔薇であるグラミス第2王子。純朴好青年と思いきやお腹真っ黒、眼鏡キャラ。【心からの尊敬、さわや か、素朴】という花言葉に疑問を持つほどの腹黒。外面は白そうだけど、中身は毒舌、ドSまっしぐら で、いっそ黒薔薇に改名しろよなお人。周囲の貴婦人よ、騙されるな。奴の目は笑っていないぞ。たぶ ん、こいつのルートが一番めんどい。
・紫薔薇こと、アーザム第1王子。花言葉の【誇り、気品、王座】に相応しく、民に対して愛情深く、しかし 鼻にかけない人である。このルートは、ヒロインのパラメーター上げが最高難易度であるが、その分、ほ かの攻略対象者の友情も得られるというおいしいポジションなため、一番人気であった。
まあ、あと青薔薇がいるんだけど、それは隠しルートでして。奴の説明は一端保留としよう。え、説明に差があると? 愛故ですよ。ただし、今は愛は愛でも家族愛ですけどね。
そんなこんなで、私はクリスティーナ、通称クリスとして王家に転生しました。攻略対象者は全員義兄弟ですよ。何故義理が付くのかは後で説明するとして、なんつうおいしいポジションとか思ってたわけですが、正直小さい頃から一緒にいると、二次元とか萌えとかどっか行っちゃうんですよね。相手なま物ですし。今では兄弟以外の何物でもないです。
王族として生を受けて育ったせいか、政略結婚バッチコイ(古っ)。結婚相手も見るに堪えない相手じゃなければもういいやって感じです。
ヒロインやら攻略対象者が集う貴族御用達の学園を避けて、他国に高跳びしました。正直、傍観してみたくもあったけど、嫌がらせとか嫉妬渦巻くストーリーに自分から近づくとか、よほどキャラに入れ込んでいるか、強者くらいしかできないって。避けるなら避けて通るのが私の前世からの信条だし、ヒロインには黄薔薇こと親友ポジがいるから、私は必要ないし、というか登場人物に私のキャラいなかったから、問題なし。
ということで、両親に涙ながら見送られつつ、国花が桜である隣国にいって、懐かしの日本文化にウハウハしていたよ。日本食、スバラシイ。
そうして、日本食やら日本文化に感涙してたらいつの間にか隣国の学園を卒業。泣く泣く日本食を持ち帰りつつ帰国したわけ。・・・また、絶対帰ってやるんだな、我が心の故郷へ。
現在の年齢は18歳。結婚適齢期です。そして、どうやら隣国に行ってる最中にヒロインことメリル嬢は、見事紫薔薇ルートに突入したようで、テラスから眺める庭の一角に生える紫薔薇が見事に満開を迎えている。この薔薇は蕾から満開までをルートの進行度と共にする不思議な薔薇達である。現に一部を除いて他の色の薔薇は二部咲きから八部咲きまでで、満開には至っていない。
ついでに、この不思議な薔薇達は円を描くように生えており、すでにエンディングを迎えている証しとして、中央にある女神の像は紫色の薔薇に彩られていた。少ししたら正式に婚約発表があると思う。それを見て、安堵するとともに、一部の方角に目を通すして、目が死んでしまうのを禁じ得なかった。
乙ゲームのこれまた定番の隠しルートである青薔薇。これがまた面倒で、ここにある青以外の薔薇を全て萎れさせないと発生しない、要は、王子様たちに嫌われないと入れないルートである。なぜ嫌われないといけないかは、この青薔薇である王子は正式に認められなかったからである。
この世界の王位継承権は、血縁ではなく象徴花持ちである。昔、花の女神が争いを憂い、なら自分が神眼で王位継承者を選べば良いと考えたらしい。貴族の血脈の中で王位継承者は象徴花を握りしめて誕生し、同時に王城の裏庭に芽吹きが起こることで、王位継承者の誕生を知らせる。すると、その代の王様は義務として城へと王位継承者を招いて教育するとともに、実家にはそれ相応の位が約束させる。
芽は成長して蕾になり、円形の庭園が花で埋められたら神官を筆頭に託宣を行う。そこで女神が選んだ乙女は透明な花を授かり、その乙女に選ばれた王位継承者が第一王位継承者として次代の王となる。
この乙女がゲームの主人公である。そして、王座が次世代に譲られると同時に庭は花が散り、何もない芝生へと一掃される。あとは、これの繰り返し。
ついでにこの誕生の際に持っている象徴花だが、王位継承者が生きている限りは不干渉のものであり、握りしめても花弁を千切ろうとしても破損しない恐ろしい仕様である。ついでに、だれが継承者かわかるように象徴花は携帯が義務付けられている。
まあ、そんなファンタジーな世界観なのだが、どういうわけか、円満ルートであれば萎れていなければおかしい青薔薇達が生き生きと満開なわけなんですが、どういうわけですか。大事なことなので2回言いました。
隠しルートに入らない限り、青薔薇は萎れたままだ。理由は青薔薇は10歳まで王城へ招かれず、王位継承者として十分な教育されていないと判断されているからである。なんでも、この王子は貴族傍流の庶子であり、実母が亡くなり、引き取られるも義母に疎まれて王位継承権を隠蔽され、10歳まで軟禁状態であった。神託を受けた神官に助けられてたが、ずいぶん捻くれていて、しかも、通常は赤子から教育を受けているはずの王位継承者が10際からのスタートである。そんなものだから、周りからは相応しくないと非難されるいるわけである。
まあ、私にとってはたとえ出来が悪かろうが、捻くれていようが可愛い弟なわけです。両親や次代王位継承者である義兄弟から遠巻きにされていようが、構わず突っ込んでいって、無理やりお茶会につき合わせたり、当初態度が悪すぎて匙を投げだす家庭教師に変わり、一般常識を教えたりしたのも私である。
・・・これか。これがフラグだったのか。
回想やら説明やらで思考を飛ばしていたわけですが、いい加減現実に戻りましょう。
鼻血により白磁の床には深紅の水たまりが己を主張するように赤を湛えている。この片膝をつく姿勢であれば普通は薔薇の意匠が美しい服を赤に染めるようなものの、絶妙な角度でそれを避けていることがある意味凄いな。
ついでに鼻血が出ているのは、すぐ上の兄である白薔薇ことグラミスのせいだろう。あれで兄弟愛が強いから、義妹である私も溺愛してくれている。
「とりあえず、鼻血をどうにかしてください」
「ああ、ごめんね。君のもとに行こうとしたら眼鏡をかけた白い悪魔に殴り掛かられてね」
グラミスの愛情はバイオレンスである。よく問題を起こす赤薔薇ことアレックスとの取っ組み合いは日常茶飯事だ。インテリ腹黒眼鏡と思いきや、男性相手だと口より先に拳が出るため、文官でありながら武闘派と言われている。
卓上に置いてあったナフキンを無言で差し出すと、凄く感動したという面持ちで震える手でナフキンを手に取る。血を拭くと思いきや、どこからかハンカチを取り出してそのナフキンを丁寧に梱包しだした。・・・頭痛がしてきた。
「いや、拭きましょうよ。というか、拭けよ。しかも、布に布を重ねても意味ないですって、贈り物じゃあるまいし。あと、最初からハンカチ持っていたならその血の処理に使ってくださいませ」
「いや、君から渡されたもの一つ一つが宝物なんだから大事にしないと」
「私の所持物でもなんでもない、城の備品に何をのたまっているんですか。それともなんですか、私が触れたなら例えその辺の木屑やら埃であっても宝物だと言い張るのですか」
「当たり前だよ。既に僕の宝物は既に1995個もあるんだから」
「・・・二千の大台に乗る前に城の一室に不審火を起こさないと」
そんな遣り取りをしつつ、事故を装いながら一部のものを燃やすにはどうすればよいか頭を悩ましていると、早い足音とともにテラスの扉が大きく開かれた。その姿を見た瞬間、思考を切り替えた。
「無事か、クリス」
「あら、グラミス義兄上、お急ぎでいかがなされました」
「ああ、そこのへんた。いや、ハインの姿が見えなくてな。アーザム義兄上が呼んでいたから、探していたのだが」
これはマジだな。証拠に後ろでアーザムの執事が丁寧な所作でこちらにお辞儀をしている。ついでにこれは建前で、私の目の前からハインを退けようとしていることが本音だろうが。
「御早いお付きで」
「・・・ああ、青い食虫花が放った虫に気を取られていてね。根絶していたら時間がかかってしまった。ああ、大丈夫。ちゃんと処理をして掃除したから、周りに被害はなかった」
「そうですか。白は汚れが目立つので虫が寄ってくるんですよ。城内にこれ以上虫が湧かないように掃除を徹底しないといけませんね」
寒々しい空気が両者に漂っているようだが、我関せず私はお茶を口にする。身に染みるわ。そして、青と白はお互い譲らないとわかったのか、鼻息を荒くして双方そっぽを向く。
おいおい、上流階級の嗜みはどこへ消えた。一応、私たちは王族だぞ。まあ、どこぞの最高権力者は下町どころか路地裏の飲み屋のおっさんと酒を酌み交わすほどフレンドリーだけどな。この前は酔い潰れたから母と私が直々に馬車でお迎えに上がりましたよ。そして、母の高笑いと城内に響いた父と思わしき野太い悲鳴に「ああ、またか」と家臣が溜息を吐く日常茶飯事だ。
「おい青の。アーザム義兄上が憂いの余り、周囲の従者をおとす前に急ぐぞ」
「はいはい、わかりましたよ」
「『はい』は一回だ」
「はい、わかりました」
なんだかんだで仲が良い義兄弟である。あからさまにゲームとは違うが。
「では、クリス、少し席を外すぞ」
「ああ、またクリスと離れなければならないのですか。距離が愛を育むとは言いますがそれは大きな間違いで目を離した隙に害獣やら害虫やらピンクの小悪魔に攫われでもしたらいてもたってもいられな」
「さっさと行くぞ」
白に引きずられていく青を見送って、そっと溜息を吐く。別にゲームと齟齬があるからって焦りはしないし、キャラ崩壊も原作と違うからって癇癪を起すわけでもない。ただ、漠然とした不安があるのは事実。
ゲーム後の世界を舞台として、なんか魔王を倒す系のロールプレイングゲームが発売されるとかそんな情報がネットに流れたのを見たとか、確か、またゲーム主人公が頑張る系だとか、このまま行くとゲーム主人公の義姉である私も必然的に巻き込まれるとかそんなことあってたまるか。
どうせなら、真っ当な乙女ゲームに行きたかったよ、神さまっっ!
どうでもよい後付け設定。
・フラワーズガーデン~傍らのローズ~
乙女ゲーム。攻略対象者は男性6人。裏で百合も可能な計7人。王子の婚約者兼次期王を決めるため、舞踏会を開催。とある透明な花または花びらの持ち主と婚約した王子を次期王子にするというもの。ついでにこれは、この世界の決まり事で、次期王が生まれると王城の庭に生死を共にする国家が咲く。ついでに隣国のブロッサム国では、桜の木が生えるため、いつでも花見できる。ルート確認は手持ちの花or花びら。友好or進行度は王城の裏庭で確認できる。
・華戦~ローズナイト~
フラワーズガーデン~傍らのローズ~の第2作目で、数年後の世界を舞台としたRPG。前作主人公&攻略対象者と追加で女騎士団長を加えた8人で構成するパーティで、花を枯らしてしまう疫病を招く魔王相手に立ち向かうストーリー。前作の紫薔薇ルートを主軸として、女騎士と魔王の側近の恋模様をニヤニヤしながら観察するある意味えげつない感じで進んでいく。最期はマルチエンディングで終わるため、グット・バッド・ハートフルで選べる。
・黄薔薇こと、フリージア。公爵家令嬢で、オレンジ薔薇のジュードとは姉弟であり、ほか王子達の幼馴染。悪役令嬢かと思いきや、親友ぞっこんラブな百合百合しい令嬢。このルートだとヒロインは女王様になります。
・青薔薇こと、庶子王子のハインリヒ・ローズ。19歳の銀髪碧眼で、性格は本文通り難あり。10歳まで王族教育受けてないにも関わらず、今では長男とどっこいどっこいな天才さん。原作では捻くれてはいるが、根は真面目なツンデレ系。主人公のさりげない優しさが狂気を呼んだらしく、心酔の域。主人公さえよければそれで良しなため、時々暴走する。【神の祝福、奇跡、不可能を成し遂げる、一目ぼれ】の花言葉から、設定を組んだため、主人公がもし優しくしなかったら、ヤンデレルートに進んでいた。だって一目ぼれだもの。
・年齢:クリス18歳、ヒロイン17歳、赤薔薇17歳、ピンク薔薇13歳、オレンジ薔薇15歳、白薔薇19歳、紫薔薇23歳、青薔薇21歳、黄薔薇16歳
※青薔薇10歳のとき最年少ピンク薔薇は2歳で、ある意味ピンクよりも遅い時期に王城入りした。まともな王族教育やら、一般常識は皆無。辛うじて拙い文字が書ける程度。根気よく教えたのがヒロインであった。