『師匠』
極夜達の戦闘が終わる頃、取り残されていた時雨達はある人物にしごかれていた。
「水川、動きが疎かになっているぞ?」
「はい!」
「空音も鈍い。神経を研ぎ澄ませ」
「……はい」
「ハデスは骸骨達の連携が取れていない。そして自身も戦いに参加しろ。それでは襲われた時対処できないぞ」
「はい!」
「タナトスはもう少し視野を広げたまえ。事前に殺せるのが何体かいるぞ」
「はい!」
「フォーレは獣人のスペックに頼りすぎだ。もう少し考えて戦いたまえ」
「はい!」
「ブラウニーは攻撃手段が少ないな。いつもと違うことをして攻撃手段を増やすことを意識しろ」
「はっ!」
「神無は一撃で殺すことに意識しすぎだ。それよりも足や眼を狙うんだ。それだけで他の者は楽になり効率も上がる」
「はい!」
「……………君は弱すぎるな」
「私だけ酷くありません⁉︎」
アドバイスや注意を受けた者はそれを意識して死に物狂いで戦闘を続ける。
なぜなら、辺り一面見渡す限り『化け物』で埋め尽くされていた。
時雨達が今いる場所は『化け物の祭り』の正面。
次から次へと『化け物』を倒しては薙ぎ払っているのだ。
「時雨、後ろだ!」
「っ!」
時雨の死角から攻撃してくるのはロックベア。身体が石化しており生半可な攻撃が通らない『化け物』だ。
ロックベアは時雨を噛み砕かんとその大口を開けるが
「ふっ!」
ヒュンッと一本の矢が石の皮膚を貫通し脳を貫く。ピクピクッと痙攣した後ロックベアは倒れた。
「気を抜くな!死にたくなければな!」
「は、はい!」
時雨は青褪めた顔で返事を返す。
それからまた暫くの間、戦闘を続けていたが『化け物の祭り』は一向に終わる様子を見せず次第に疲れが溜まりミスも多くなっていた。
「ハァハァ……」
「キッツい……」
「……………」
「キリがない……な」
「やるしか、ないだろう……」
「ムリムリ、もうムリ……」
全員が疲れを隠すこともできず、全身に傷を負い既に満身創痍となっていた。
一方で時雨達にアドバイスなどをしていた人物はというと
「まだ終わっていないぞ!休むな!」
鬼だった。時雨達は『化け物』と戦闘を再開する。
その眼は「助けて」と叫んでいたがそれに答えるのは誰1人としていなかった。
『ゴフッゴフフッ』
野太く低い唸り声が響く。全員が視線を向けるとそこにいたのは10メートルはあるであろう額に日本の角を持つ巨人だった。
巨人は手に持つ棍棒を頭上に掲げると一気に振り下ろす。
棍棒の下にいるのは夢だった。
「“結界”!」
突然現れて呆然としていた夢は簡易的な防御しか取れず結界ごと潰される。
「夢!」
堪らず時雨が夢の元に走る。
しかしその心配は杞憂だったようだ。夢は結界ごと地面に埋め込まれているだけで死んでいなかったのだ。
それを確認すると安堵した時雨は巨人を睨みつける。
「その巨人はミノタウルスだ!全員でかかり給え!倒せば終了とする!」
「「「「⁈⁈」」」」
全員の眼が光る。それはこの地獄から抜け出せる希望が目の前にいるからだ。
ゆらゆらと幽鬼のように集まり、武器を構える。
「………これで終わる…」
「…………フフ……」
「ククク………」
「……………」
「ヤレば終わり、ヤレば、終わり……」
全員の視線がミノタウルスに向けられる。
時雨達の眼には『完全』であるミノタウルスが肉塊にしか見えていない。
『ゴファァッ!』
角を突き出し突進してくる。そのスピードはバカにできず、恐ろしく速い。
「【天魔】」
夢は【天魔】を使い空に飛ぶ。
「“天絶”」
ミノタウルスの前に白と黒が入り混じる結界が立ち塞がる。
しかしその先には獲物がいる。ミノタウルスはスピードを更にあげて結界にぶつかっていく。
『グファッ』
ーーーー衝突。
そしてミノタウルスの敗北だった。
夢の“天絶”はビクともせず弾き返したのだ。
この“天絶”は普通の結界と違い莫大な魔力を消費するがその代わりに絶大な力を発揮してくれる。
物理耐性・魔法耐性が高く【天魔】のスキルを混ぜて作り上げた結界。
【天魔】の力により結界は壊れたそばから修復されていき、直に触れたものには幻術がかかる。
近接と遠距離の両方に対応した結界なのだ。
『ゴファァァァァァ!!』
ミノタウルスは立ち上がり怒りの雄叫びを上げる。
流石に『完全』級の化け物。簡単に倒れたりはしない。夢もそれはわかっており、時雨達を見る。
時雨達は一撃で葬るため準備をしていた。
ミノタウルスは魔法耐性が高くタフネスだ。
生半可な攻撃は皮膚を通らず弾き、魔法耐性が備わっているため魔法が主体の冒険者などには嫌われている。
そんなミノタウルスを葬るにはスキルを使うしかない。
「私がやるわね」
それに最も適しているのが1人いた。
ハデスだ。
「ハデス様には【死の加護】があります。問題ないかと」
ハデスの提案を推すタナトスの言葉に時雨、グロス、モルグ、神無、そして白髪の少女はハデスの提案に賛成する。
「ならハデスがトドメをさせるようにサポートをしましょう」
「私も時雨と一緒にサポートする」
神無の言葉に頷き、次の提案を出す
「俺とグロスがあいつの足を止める」
モルグの意見にグロスは頷く。
「私は眼を潰します」
タナトスは『鷹』を構える。
「私は腕をへし折りましょう」
白髪の少女はポキポキを指を鳴らしながら意気込む。
各々の役目を決めると動き出す。
「行くぞグロス!」
「おう!」
「鎌鼬・竜巻!」
「『風爆獄』!」
斬撃と剣の嵐が合わさりミノタウルスを切り刻んでいく。
その膨大すぎる斬撃の嵐にミノタウルスは動けず、その隙にタナトスが『鷹』を連射し片目を潰す。
『ブルァァァッ⁉︎』
眼を撃ち抜かれたミノタウルスは動こうとするが斬撃の嵐により動けずただ叫ぶのみ。
「“獣神の牙”」
突如現れた金色の虎に左腕を噛み千切られるミノタウルス。そしてそれを行なった白髪の少女はドヤ顔で時雨達を見る。
「ハデス様、行きますよ!」
「ええ!」
時雨とハデスがミノタウルスに接近していく。ミノタウルスは瀕死の状態だがそれでも立ち上がり雄叫びを上げてハデス達に突進していく。
流石は『完全』級。そのタフネスは伊達ではない。
「でも、極夜の炎に比べればマシね。『八岐大蛇』!」
時雨の新しい魔法、『八岐大蛇』は8体の大蛇が相手を縛り上げで殺す魔法だ。拘束することもできるのでかなり汎用性があるが魔力消費はまだ慣れていない時雨にとって膨大で使えて1日2回。それが限度だった。
『八岐大蛇』はミノタウルスの身体に纏わり付き動きを完璧に封じた。まだ操作技術や魔力量の調整が完全にものにはできておらず、時雨は心の中で「まだまだ甘い」と評価していた。
それでも強力な魔法に変わりはなく、ミノタウルスは身動き1つ取れない。
「ちょっと黙っててくんない?」
ミノタウルスのもう片方の眼をクナイを投げつけ潰す神無。
再びミノタウルスは絶叫をあげる。
「………………」
ハデスは大鎌を出現させる。
その姿は漆黒の死神。鎌を頭上に掲げ、一気に振り下ろす。
大鎌はミノタウルスの首に傷をつけ、さらに深く刃が潜り込む。
『ゴフッ、ブルァァァッ』
あっさりと皮膚を突き破った大鎌に驚愕するミノタウルス。
踠いて足掻くが『八岐大蛇』のせいで何もできず、徐々に意識が薄れていく。
そして、そのまま意識は消え戻ることはなかったーー。
「倒せたようね……」
「お疲れ様です、ハデス様」
ハデスを労うタナトス。時雨達も集まってくる。
「ヤバイヤバイ!もう魔力がない!」
集まって早々、夢が焦りながらなけなしの魔力で結界を張り四方八方から攻撃してくる『化け物』の進行を防ぐ。
時雨達は元々近くにいたため夢の結界に入れていたが、1人だけ離れている人間がいた。
「ふむ、ミノタウルスを無傷で倒すとは。魔夜達も良い仲間を見つけたのだな」
「ちょ、何してるんですか『師匠』!」
1人、『化け物』に囲まれて微笑を浮かべる『師匠』に声をかける夢。
他の者達も『師匠』に声をかけるが、『化け物』達の叫び声で届かない。
「さて、約束は約束だ。あとは私に任せ給え」
『師匠』と呼ばれる人物が手を横に突き出すとそこに黒い穴ができ、中から一本の大剣が出現する。
それを掴むと夢の結界近くまで飛んでくる。
「5秒後、この辺り一帯が切断される。タイミング良く上に全力で飛び給え」
「「「「は?」」」」
突然の言葉に呆然とするハデス達だが、すでに飛ぶほどの力などない。
「飛べない人は入って!」
ハデスは『影空間』を最後の力を振り絞り全力で広げる。
そこにモルグ、グロス、タナトス、ハデスは入る。
時雨は夢に背負ってもらい空に避難。
神無は魔法で飛び、白髪の少女と一緒に避難する。
「上出来だ」
この間、僅か3秒。『師匠』は微笑すると大剣を構える。
そして、空間が軋む。
「我が名はアイリス!『剣神』の名を持つ、最強の剣士なり!」
『化け物』達が一斉に『師匠』ーーアイリスを狙う。本能的に危険だと察知したのだろう。しかし、それでは全く届かない。
「終流・奥義」
アイリスの周囲から音が消え、そしてーー
「“終焉の舞”」
千体近くいた『化け物』は一瞬にして絶命する。夢の結界もあっさりと斬られ、もし避けていなかったらあの世逝きだっただろう。
呆然とするハデス達。
「終わった終わった。では、帰るとしよう」
『師匠』ーーアイリス。魔夜、極夜、白夜の『師匠』は朗らかに笑いながらそう言うのだった。
投稿遅くなりすみませんでしたm(_ _)m
次回の投稿は来週の土曜日です。
やっと『師匠』が出せた……!




