行動方針
ひゃー、もう駄目書けない。難しすぎる!
世界を移り行くために溶け込み、混濁していた身体と意識が分離する。そして辿り着いた先の世界で、その二つは元通りの形容を作り出した。
真っ白い世界に色が着き始める。意識が元通りになったと思えば視界が開け、見慣れた光景が目に映りこむ。
床に散らかしたままの雑誌や、開けっ放しのクローゼットに、傍に投げ出していた学園の鞄と剣術部の道具。
毎日を過ごしている自分の部屋だ。その中心で俺は立っていた。
机の上に置いてあった立て鏡を覗くと、髪の色と瞳の色は普段の黒に戻っていて服装も現実世界にいた時のままで学園の制服を着ている。
「よし、帰って来たのか。そうだ、戦に電話しないと!」
魔法世界で魔獣にやられ魔力体が消失した戦が心配で俺は携帯電話で、すぐに連絡を入れる事にした。
制服のポケットから携帯電話を取り出して見ると、画面の右上の点灯に明かりが点滅している。
内容を確認して見ると戦からの着信履歴が残されていた。
「何だ、あいつ。現実世界に戻ったら俺に電話を掛けてきてたのか」
それを確認した俺は、すぐに折り返しの電話をした。
死なないと聞いているとは言え、初めて魔力体の消失を経験した事で不安が募る。
「もしもし、俺だ。お前、無事か?」
「もがもが、もぐもがもがもぐ」
電話の着信を取ったかと思えば戦は意味不明な言葉を発しながら応答していた。
「はっ? おい、大丈夫か、どうしたんだ!?」
魔法世界での影響で何か身体に異変が起きたのかと思い俺は焦った。
しかし、そんな心配も他所にすぐに呆れた返事が返ってくる事となった。
「ぷはー、いや大丈夫だ! 飯食ってたんだよ、お前も無事で何よりだぜ。心配したんだぜ?」
「俺の事はともかく、お前は何で飯食ってるんだ?」
「いやな、お前が心配ですぐに魔法世界に戻るために魔力を回復させようと飯を無理やり食ってたんだよ」
御互いが相手を心配をしていた事に思わず嬉しくなり、顔が綻んでしまった。
気恥ずかしさを吹き飛ばすように俺は笑いながら疑問を投げ掛けた。
「あはは、馬鹿だな。飯食って魔力が回復するのかよ、あははは」
「お前のが馬鹿だよ、バーカ。回復するんだよ、俺は検証済みだ!」
何とも子供らしいやり取りではあったが今の俺にとっては無性に安心感を覚える。
「それで悠、お前はあの後どうなったんだ。俺と同じく魔力体を失ったのか?」
「ああ、それなんだが何とか善戦してたかと思えば、思わぬ手助けがあってな――」
マオ・ウルティマニア。自身を魔王と名乗った彼女の出会いから別れるまでの一連の出来事を全て語った。
最初に空から魔法を放って現れては魔獣を倒したり、魔を従わせる特別な魔法を有していた事など。
それを俺が使用できる様になったことや、クリアルの村で問題となっていた魔獣件が綺麗に事が運び心配なくなった事までを。
「おいおい、マジかよ。それが本当なら万々歳じゃねーか。その女は何者なんだ?」
「魔法世界の住人で、確か自分で魔――冷ッ!?」
――魔王。そう言い掛けた時だった、御呪いとして悠の首筋に付けられた青い薔薇の刻印が光った。
悠は不意に首筋へ鋭い冷気を感じて言葉を詰まらせる。
「どうしたんだ?」
その出来事に電話越しで怪訝そうにする戦。
だが、俺は一瞬の出来事だったから気にも留めずに、そのまま話を続けることにした。
「……いや、気のせいか。何でもない、とりあえずこれで世界を救えるかもしれないぜ」
「なはは、そうだな。お前もすっかり乗り気だな! 俺は嬉しいぜ、お前と冒険できるようになって」
この時、俺は冒険という誰もが一度は憧れる物に陶酔していた。
最初はただ興味本位で友人である戦と戦いの場に身を置いてみたいだけだったが、今では世界を救う手立てが見つかり本気で世界を救うと言う目的の上で行動し始めている。
「んじゃ、これからの俺たちは現実世界代表の勇者ご一行ってな感じだな!」
「勇者じゃないだろ、せいぜい異世界の掃除屋さんが関の山だな」
「冷めてるなぁ、お前は。男ならドーンと後ろ指さされるぐらい大きく見せないとな」
景気の良い声を感じて、相変わらず戦は豪快な物の考え方をしていると俺は思った。
「まあ、今日はもう遅くなるし、また明日の学園でな! これからの魔法世界での方針を立てる事にしようぜ」
「学業はどうした、学業は」
学業になんて口に出しては見ても、本当は俺も魔法世界のこれからを話したいと思っていたところだった。
「はっはっは、細かいことは気にするな。それじゃあなー」
「ああ、また明日な」
別れの言葉も交わし終えて俺達は通話を切り、携帯電話をベッドへ放り出した。
「ふぅ、疲れたな。風呂でも入って寝るか」
背伸びをしては自室を出て制服をだらしなく半分ほど脱ぎながら脱衣所に向かった。
魔法世界への興奮も冷め切ったかと思えば今になって戦闘の余韻に俺は浸っていた。
生き物を斬り殺した感触、全力で行使する魔法、戦いに於ける命の駆け引き、全てが新鮮で刺激的な事であった。
そんな事を思い返しながら一階に降りて脱衣所に着くと、早々に扉を開け放ち中へと入った。
考えに耽っていて脱衣所の中を確認せずに入ったのが失敗だった。
中には、すでに先客がいた。
「あ」
「あ」
下着に手を掛けて、片足だけ履き掛けてる父親だった。下半身に大きな一物をぶら下げてなんとも逞しくて男らしい。
「おお、悠じゃないか。パパと一緒にお風呂に入りたかったのか、残念だな今出たところなんだよ」
成人近い息子に言う台詞じゃないと思い俺は親父の言う事は無視して、さっさと制服を脱ぎ捨て浴室へと入って行こうとした。しかし、親父は俊敏な動きで悠の背後を取り両脇下から腕を入れ絡め取った。
技を掛けられ、密着した拍子に腰臀部の辺りに親父の一物が当たる。とても気持ちが悪い。
反面、親父は偉く機嫌が良さそうに後ろから囁く様に言葉を掛けてきた。
「一家の大黒柱を無視とはいかんよ、反抗期なのか。ん? 悠、どうなんだ」
「違う、こっちは疲れてるんだ。っていうか、親父! 下半身が当たってるぞ気持ち悪りぃ! 離せ!」
身体を拘束されたが、どうにか抵抗を試みる。しかし、偉大なる父親の前では子は無力だった。
逆に暴れる事で腰臀部へ親父の下半身にある一物が擦られ、肉体的と共に精神的な気持ち悪さを増幅させる。
「あぁ、そういえばママから聞いたぞ。魔法世界に行ったんだってな」
親父は急に声の調子を変え、真剣な口調で会話を始めた。それに合わせて俺は抵抗をするのを止めた。
「……それがどうしたんだ」
「明日、お前の御祖父さまに会いなさい」
「爺ちゃんに?」
急に爺さんの話が出て困惑してる俺を傍目に親父は話を続けた。
「稼ぎに行くには準備が要るだろう、お爺様なら力になってくれるはずだ」
「……」
うちの両親は魔法世界の事を何だと思っているんだろうか、子供の就労先か何かなのか。
「冗談だ、たまには顔を出して置けってことだ。それじゃあ、しっかり湯に浸かるんだぞ。はっはっは」
言いたいだけ言うと、親父は俺の拘束を解いて着替えを再開した。
すぐに俺は親父から逃げるように浴室に入り扉を閉めた。
「ったく、親父ときたら。……爺ちゃんか、そういえば何ヶ月も会ってないな」
女神の日が訪れてから数ヶ月、日常に魔法という新しい技術的革命が起きてから毎日が忙しなくて顔を会わせる機会が無かった。
だけど今は落ち着いて良い機会となった。親父に言われた通りに明日、学園が終わったら会いに行くことにしよう。
「ん?」
シャワーの操作桿を握ろうと手を伸ばそうとした時だった。
浴室にある姿見に映された自分の姿を見て、ふと気がついた事があった。
首筋に付いている青い薔薇の刻印があることに。
「これって……。まさか、あのマオって女に貰った御呪いって奴か?」
最初は汚れかと思い手で擦って見たが、その刻印は落ちなかった。
魔法世界の魔力体で受けた物が現実世界の肉体に影響を及んでいることに俺は気味が悪くなった。
「何で現実世界の身体に……? しょうがない、あのマオって女に会った時に聞いてみるか」
今は何もわからない。そう自分に言い聞かせて気にしない事にした。
またいつ会えるかわからない相手ではあったが、目的を一緒とするなら会う時が来るだろうと気楽に考えた。
◇
翌日。
俺は学園での午前中の授業を惰性的に消化した後、昼休みにて屋上で戦と待ち合わせをすることになっていた。
先に学園の屋上で待っていた俺は転落防止用の鉄柵に背を預け、石の段差に座りながら夏の空を仰いでた。
真夏の陽射しを照り返した後の篭った地熱で周囲を蒸し暑くしている。
本来なら汗を滝の様に流して過ごさなければならない一日の暑苦しさも魔法の前では快適であった。
自身が得意とする冷気の魔法を活用して周囲の気温を下げていたのだ。
――魔法って便利だな……。
そんな事を考えながら快適な一時を過ごしていると、蒸し暑いを通り越して熱い人物が汗を流しながら現れた。
「あっちぃ、今日も暑いなぁ。よう、先に来てたのか――って、あ。悠、ずるいぞ! 俺も入れろ!」
手で顔を扇ぎながら屋上に現れたのは戦だ。魔法で涼んでる俺を見るや否や飛びつくように冷気が放出されている空間の中へと入ってきた。
俺のすぐ側の地べたに座ると、暑苦しがっていた戦の表情が穏やかになり身体を伸び伸びとさせ始めた。
「ふぅー、涼しい。生き返るぜ……」
「……ああ、快適だなぁ」
悠が魔法で作り上げた夏場に快適な空間を二人は最大限に満喫していた。
しばらくして落ち着いたかと思えば戦は魔法を唱えて魔法袋を出現させた。
「にひひ、さてと飯でも食いながら本題に入るとするか!」
戦が昨夜の酒場で購入した干し肉を袋から取り出して物質変換の魔法を掛けると、それを見せつけながら笑顔でこちらに向き直った。
それを見た俺も魔法を唱えて魔法袋を出現させる。そして干し肉を取り出して物質変換を掛けた。
俺たちは昼食として干し肉を頬張り始める。二度目とは言え、変わらず美味しい食べ物であった。
異世界で作られた食べ物という分類が、より一層味を引き立てているのだろうか。
「さてと、お待ちかね。魔法世界の行動指針をこれから決めるぞ!」
しばらくして干し肉を簡単に平らげたら戦は両手を広げて仰々しく語りだした。
「まず一度、森で本当に魔獣がいなくなったか確認する! 後、お前の魔物を従わせる魔法も試してみないとな」
戦の言う通り、あの女が言ってた言葉が本当かどうかは確認しなければならない。
あの騒動を俺自身が見てたとはいえ実際にクリアルの側にある森から魔獣が消え去ったのか、俺が魔物を従える魔法を本当に使えるかどうかなんて、まだわからない事であった。
「そうだな、森は俺達が出向かって確認すれば良い事だけど。魔法の件はどうやって試すんだ?」
「それはこれからの方針も含めて各地へ魔物退治を始めながら試していこうと思う!」
「各地に? お前は、あっちの世界の地理には明るいのか?」
「へっへ、甘く見てもらっちゃ困るぜ、伊達に数ヶ月間はあっちで仮生活してないぜ。クリアルでの情報収集は怠ってないさ。」
さすが俺より先駆けて魔法世界に行ってないなと感心した。
「なら、本格的にあっちの世界を旅することになるんだな。後一月で夏休みも入るし、丁度良いかもな」
「夏休みに入るまでは各地に点々してる村々を巡って魔物や魔獣に困ってないか聞き込み、夏休み入ったら魔法世界で一番大きな都市部を中心に活動して行こうと思う。それで、どうだ?」
「悪くないな。俺はあっちの地理は詳しくないから基本的な行動範囲は戦、お前に任せるよ」
「うっし、任せておけ!」
腕を振り上げガッツポーズをする戦を見て、頼もしい奴だと俺は心底思った。
「それじゃ、今日も放課後に部活で修行をしたら夕方から魔法世界で行動開始だな!」
「ああ、悪い。実は今日は放課後から予定があってな、部活はパスするよ」
爺ちゃんの所に顔を出す予定があるから部活動に出る暇は無い、戦には悪いが今日は一人で行ってもらおう。
「へぇ、珍しいな。まあ、そういう事ならわかった。なら、お前の用事が終わったら連絡入れてくれよ? クリアルの村役場で待ち合わせしようぜ」
わかったと了承すると学園のチャイムが鳴り響いた。昼休みの終わりを告げる音だ。
耳に聴き入れた俺達は立ち上がり自分達の学園内へと戻っていく事にした。
屋上から降りては廊下で戦と別れた。別れ際に俺の事を夏場の冷房と見てるのか、別れを惜しみ嘆く声が届いた。
そんな中で、俺は呆れた顔を露にして自室の教室へと入って行った。だが、気持ちはわからなくも無い。
この暑さの中で、身体が冷気に慣れてしまってからの夏の暑さによる気温の変化なんて味わいたくない。
「わあ、涼しい」
「えー、なんでなんで!」
――っとと、冷気の放出を抑えないと。
教室に入った途端に扉の近くの席にいた二人の同級生に冷気を浴びせてしまった。
自分だけの役得とばかりに魔法の力を弱め、冷気の範囲を自分だけに絞った。
それから自分の席に座り、教師が来るまでの間、俺は机に伏せることにした。
快適な空間に満腹の状態に思わず眠気が襲ってくる。だが、授業を寝て過ごすなどの失態を二度もすることはなかった。
◇
午後の授業も終わり生徒が疎らとなった放課後の教室。
俺は背伸びをして学徒としての一日の終わりを感じると、教材を鞄に片付け、帰路に立つ準備を始めた。
窓辺から蝉の鳴き声が聞こえる。放課後で太陽も傾いてるとは言え、夏の陽の長さでまだ外は明るかった。
帰り支度も終えて、席を立ち上がると廊下に出て足早と学園の外へと出た。
本来なら家路に就くはずだが、放課後の予定でもあった爺ちゃんの家に行くため別の道で帰りを始めた。
学園を出てから数十分ほど歩いた所で目的地である家が見え始める。
古めかしい――言い換えれば古風で趣のある木造立ての一軒家と隣に道場が一緒に建ててあった。門戸の脇には「御剣流抜刀兵術」と書かれた看板が建て掛けられている。
懐かしい記憶が蘇る。子供時代に心身を鍛え上げるとの名目で毎日、道場に通わされて爺さんから剣術を習っていた。
子供の時の俺は、刀剣に憧れていて苦も無く毎日通っては爺さんと刀の話で花を咲かせていた気がする。
「爺ちゃーん、いるかー?」
玄関口の戸を叩いて道場の主を呼び立てて見る。しばらくすると玄関から物音が聞こえて戸が開いた。
「おや、悠ちゃんじゃない。今日は御爺さんに会いに来たのかい?」
開かれた戸から出てきた人物は俺の祖母にあたる婆ちゃんだった。
「ああ、うん。今日は久し振りに顔を出そうと思ってね、元気にしてた?」
「ええ、私も御爺さんもまだまだ元気よ。最近はマホーって物が出てきてから体が昔みたいに元気になっちゃって、自分で間接痛も肩こりも治せちゃったのよ」
魔法が現れてから医療も含め全ての物事が技術革新した。医療の場合は個人で治せるレベルの病気や怪我が一段と向上したのも一つの大きな点だ。
想い描く力が心に浮かび上がり魔法の文字を浮き立たせる。それを集中して読み解けば想像した力が働く、だから誰にでも簡単に魔法は使える。
それらが要因となって個々の力が向上し相乗的に社会の技術が全体的に持ち上げられたとされる。
「それは良かった。まだまだ元気でいてね、婆ちゃん」
「ありがとね、悠ちゃん。そうだ、御爺さんだったわね。いつもの所にいると思うから道場を見てきて貰えるかしら」
「わかったよ。それじゃあ、また」
婆ちゃんに別れの挨拶を告げると、俺は家の縁側にある庭を通り隣接している道場へと向かった。
すぐに道場の前につくと、俺は戸を開き中へと入って行った。
そこには灰色の道着を身に纏い、道場の中央で正座をしている厳格そうな表情をした白髪の御爺さんがいた。
俺の爺ちゃんだ。
腰には真剣らしき物を帯刀しており、そして目の前には試し斬り用の巻藁が備え付けられていた。
場の空気は張り詰めており、今にも斬りかかる瞬間だった。
「いぇあッ!」
一声。
声を上げたと思えば目にも留まらぬ速さで鞘から刀身を抜き去り、巻藁へと白刃一閃。
凄まじい速度と刀の斬れ味、さらには優れた技量によって巻藁は斬られた事すら理解せずに斬り口はぴたりと接着しており微動だにしていなかった。
「凄い、斬った後なのか……?」
「おや?」
どうやらこちらに気が付いたみたいだ。俺の方へと向き直ったかと思えば厳格そうだった表情は和らぎ、愛嬌のある顔へと変わり道場の入り口まで歩み寄ってきてくれた。
「久しいのお、悠ではないか。元気にしておったか!」
「久し振り、爺ちゃん! 元気にしてたよ。そっちも元気そうだね」
「ああ、最近は身体の調子も快調でな。これもマホーっちゅーもんをくれた異界の嬢ちゃんのお陰じゃ」
恐らく魔法をくれた女神様の事を指しているのだろう。
神様相手なのに嬢ちゃんなんて凄い物言いだ。
「良かった。それで、昔の勘でも取り戻そうと試し斬りしてたの?」
「それなんじゃがな、あの嬢ちゃんに恩返しでもしようと異界巡りでも始めようと思うて色々な業を編み出しておったのだ」
爺ちゃんまで女神に恩返しなんて事を考えていたのか、これはちょうど良い。
俺たちの事情を話して刀剣の一本や二本を拝借できそうかもしれない。
「爺ちゃん! その役目だけど俺に任せてくれないか、爺ちゃんの弟子として」
「なんと、悠が異界の嬢ちゃんに助太刀するというのか」
「ああ、俺と俺の友人とで今ちょうど世界を救うって目標を立てていて、その手立ても見付かった所なんだ」
俺は少しだけ芝居掛かった言い回しで熱く語ってみた。
「ほうほう、そうか! まさか、悠が力添えしているとはな。師匠として鼻が高い、ならば任せても良さそうじゃ。しかし、儂が何も助力せんのは気が気じゃないの」
来た、思惑通りだ。思わず口角が上がる。爺ちゃん子を演じて、尚且つ想いに同調する事で協力を仰ぐ。
「実はー、魔物退治をする上で刀がなくて困ってるんだー」
俺は惚けた感じで必要な物を口にした。
「それは困っておろう。そうじゃ、儂の刀の収蔵品から使えるものを持ち出して構わぬぞ」
「本当!? ありがとう助かるよ、爺ちゃん!」
完璧だと言わんばかりのガッツポーズを心の中で決めた。
「蔵の場所はわかるな?」
「うん、いつも昔から眺め見てたからバッチリだよ。それじゃあ、借りるよ!」
足早に蔵に向けて駆け出そうとした時だった。不意に爺ちゃんに呼び止められた。
「あー、待て待て。その前に編み出した業を伝授しよう、マホーを使った剣術じゃ」
「魔法を使った剣術?」
初耳だ、剣術と魔法を融合させる技なんて考えもしなかった。
それが可能なのかすら想像もつかない。
だけども、爺ちゃんはこの何ヵ月の間に編み出したのだと言うのなら見物だ。
「ちょっと待っておれ」
そう言って、道場の隅に備え付けられていた竹刀を持ち出した。
「悠よ、この竹刀で巻藁を斬れると思うか?」
「はっ? そんなの無理に決まってる。真剣ですら斬るのに技量がいるのに、ましてや竹刀で傷一つつける事なんて適わないよ」
「ふぉっふぉっふぉ、そうじゃろうな。じゃがな――『剣身強化』!」
笑ったと思えば、急に真剣な表情を取り魔法を唱えた。
すると竹刀に「防御壁」に似た薄い可視化されている透明な何かが纏わりついた。
そして爺ちゃんが巻藁に近づくと片手で横から竹刀を振り払い巻藁を糸も容易く斬り裂いた。
ずざっと藁が千切れる音と共に最初に斬った部位とあわさって三つに分断されて崩れ落ちた。
「なっ――!?」
目を見張って驚愕した。
「どうじゃ、中々便利なマホーじゃろう」
遣り遂げたとばかりに楽しそうに皺を寄せ笑いながら笑顔でいる爺ちゃんを尻目に俺は分断された巻藁を見て思った。その魔法があれば、あの時の魔獣との戦いで鈍ら刀でも戦えてたのにと。
「それともう一つおまけじゃ、刀の間合いは限られておるからのどうにか補おうと研究してたのがあってな」
言いながら巻藁から離れて十数メートルの所で止まり、上段構えをした。
そして――
「秘技、飛翔剣旋風!」
――頭部より高い位置する所から竹刀を下に振り下ろした。同時に鈍い色をした白い剣閃が飛び出した。
それは風を切り裂きながら凄い速度で巻藁に目掛けて飛翔する、当たったと思うと巻藁は縦に真っ二つになり風と共に弾け飛んだ。
どうやら「剣身強化」で施した、纏わせてる鋭利な衣を、刀剣を振り払うことで前方に飛ばしたのだろう。
「っと、まあ、こんな感じじゃ役立ててくれい」
「あ、ありがとう、爺ちゃん。正直、こんなに凄い物だとは思わなかった」
爺ちゃんの剣技と魔法の織り成す想像が自由自在で驚きを隠せなかった。
思い掛けない技の収穫の後に、爺ちゃんとは別れの挨拶をして俺は刀蔵へと出向いた。自宅の内部にある部屋だ。
「ふぅ、ここに来るのも久しいな」
古びた建物であっても内装は常に綺麗にしてあって、木の香りが懐かしさを引き立てる。
刀蔵の部屋を捜索していると、昔ながらいつも眺めていた刀剣に目が行った。
「ははっ、子供の時から憧れだったなお前は」
目を細め遠い懐かしい記憶に浸る。子供には危険だからといって爺ちゃんは一切触れさせてはくれなかったが眺めてるだけでも俺には最高の毎日だった。
だが、今なら触れられる、そして振るう目的もある、そう考えると急に感慨深くなった。
「よし、お前なら俺の相棒として十分だ。よろしくな」
そう言って俺はその刀を手に取り、宙に掲げて鞘から抜いて見た。
刃紋が雨露に濡れた如く、波打っていて白く銀色に美しく輝いていた。
「そうだ、戦の奴の分も見繕ってやるか。あいつは大太刀を使ってたからな刀身が長い奴が良いだろう」
刀を納め、戦の分を適当に見繕うと俺はしばらく蔵の中を探した。
「あったあった、これならあいつにぴったりだろう。さてと、仕舞い込むか――『魔法袋』」
魔法で袋を取り出して中に刀を二本入れ込んだ。外から見る袋の大きさの質量では絶対に入らないのに、袋は見事に二本とも飲み込んだ。魔法は偉大だ。
「これでよしっと、後は爺ちゃん達に挨拶して帰るか」
刀蔵から出て爺ちゃん達の部屋に一度だけ顔を出し俺は帰路につく事にした。
ここから自宅まで、また歩いて数十分という所だが部活を休んだお陰で時間には大分余裕があった。
まだ夕方になるには早い時間だ。
しばらくして自宅に着くと玄関口で母さんが出迎えてくれた。
「あら、おかえり。今日は早いのね?」
「ああ、部活は休んで爺ちゃんの所に顔を出してたんだ」
「そうなの。元気だったでしょ、魔法のお陰で身体の痛いところとか治ったって喜んでたみたいだし」
「うん、爺ちゃんなんか道場に通ってるぐらい元気だったよ」
あらあら、と口に手を当てて上品そうに笑う母さんを横目に階段を上がり二階の自室へ向かった。
自室に入ると制服を着崩し、楽に着こなすとベッドへと飛び込んだ。
「夕方まで時間もあるし、眠るか。夕飯には起こしてくれるだろう……」
手足を思いっきり伸ばし大きく一呼吸して力を抜くと、だらけ切った姿勢にとなり段々と意識が失くしていった。
新しいのをどんどん書いていくか、必ず完結させるかどっちが練習になるのだろう。
どっちもやれば良いのかな?