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初めての遭遇

見切り発車の恐怖。それは言葉では形容し難い現実だった、続かない物語、想像できない日々。更新は遅れ、モチベと精神が削られていく中で果たして打ち切りでも良いから完結を目指せるのだろうか。

 夜空の姿は木々に覆われ月の光すら遮られる闇夜の森を、俺達は傍らに浮いて燃え上がっている火球の明かりだけを頼りにして森の中を進んでいた。

 最初の勢いとは裏腹に、段々と口数が少なくなっていき緊張や恐怖心といった感情に飲み込まれそうになる。


「結構奥まで来たんじゃないか? 魔獣って本当に出てくるのか」

「そろそろ嫌ってほど出てきて襲われるさ、覚悟しておけ」


 センは真剣な表情でいつでも戦闘できる体勢をとりながら歩みを進めている。手を剣の柄頭に置き、いつでも抜ける様にしていた。

 死なないとは言え現実離れした化け物を相手にする訳だ、注意するに越したことは無いという事だ。

 俺は得体の知れない物に襲われるという事に対してより一層、恐怖心が強まった。

 ――ふと暗闇の先から複数の赤く光る点が見え始める。

 そして、獣の唸り声までもが聞こえ始めた。

 闇夜の中で怪しく光っている多くの赤い点。恐らく魔獣達の双眸なのだろう。


「ほらな、お出ましだぜユウ。戦いの最中は死んでも『身体強化ストレングス』は切らすなよ!」


 センは待ち兼ねたとばかりに一言を告げると自身の体に身体強化の魔法を施した。

 柔い光が身体を包み込み内部へと吸収されて身体能力が著しく向上させる。そして剣を抜く。

 彼が抜いた刀剣は両刃に刃を備える少し長めのロングソードだった。

 

「いつでも準備良いぜ!」

 

 それに続いて俺も身体能力を魔法で強化してから構えることにした。

 暗闇の先で草木が揺れ動く音が聞こえる。魔獣が動いている音だ。それは狙いを定めるかのように慎重に動いている風に見えた。

 だが、一向に襲い掛かってくる気配は見られなかった。


「なあ、襲って来ないがどうしたんだ?」

「ああ、俺の火球に脅えてるんだろう。あの魔獣は火に弱いからな」


 火に怯える。それはセンが何度も森に来て魔獣と戦っていたから得られた知識なのだろうな。


「んじゃ、こっちから仕掛けてみるか?」

「仕掛けるってどうするんだ、暗闇の先なんかに突っ込んだら良い標的まとだぜ」

「突っ込まなくても魔法でもぶっ放せばいいだろう」


 俺はそう言い終えると闇の中で赤く光る魔獣の双眸を目印に自分の手をその先に向けた。

 精神を集中して魔法を想像する。そして心の中に浮かび上がる魔法の文字を読み解いて呪文を唱える。


「『飛翔する氷柱(アイス・ニードル)』!」


 掌から放たれる鋭利な刃物のように鋭い氷柱が物凄い速さで風を切りながら草木を通り越し、その先にいるであろう魔獣を目掛けて飛んでいった。

 次の瞬間、暗闇の先から獣の痛ましい叫び声が聞こえてくる。見事に命中したのだろう。


「ひゅー、お前は魔法の才能あるんじゃねーの」


 センは感心するようにユウの魔法に対して賞賛の言葉を送った。

 だが、その攻撃を切っ掛けに魔獣達の怒りを買った二人はすぐに襲われることになった。

 暗闇の先から草木を跳び越え、燃え上がっている火球を諸共せずに二人を目掛けて襲い飛び掛かってくる。

 火球から照らし出されたその姿は狼に近く、身骨が一回り大きい獣だった。 


「うわっ、恐っ!」


 魔獣が飛び付いてくると俺は思わず身体を萎縮させ、距離を取ろうと力強く後ろに跳躍した。

 その結果、センとは離れる形で距離を取ることになった。


「おい、あまり傍を離れるなよ! 暗がりじゃ相手できないだろ」


 その中でセンは自分に飛び掛ってきた魔獣を剣で斬り払い、魔獣の攻撃を軽く往なすとユウに注意を促した。


「ああ、気をつける。ちょいとばかし驚いただけだ、よし行くぞ!」


 俺は気合を入れ直すと、普段使い慣れている武器とは違うが抜刀の構えを取って自身の得意とする空間である間合いを作り上げる。

 目の前で威嚇の唸り声を上げて徘徊している狼の魔獣は全てで四匹、最初の魔法で一体を倒したはずだから元は五匹だったのだろう。

 相手の方が小回りの利き、その身の軽さからこちら側から仕掛けるのは不利である事は明白だった。

 俺はその場で待機して構えつつ後の先を狙う戦法にした。


「ほら、犬っころ。来るなら来いよ、今度の俺は逃げないぜ?」


 ユウは魔獣に向けて挑発する。知ってか知らずか、その挑発の後に二匹の魔獣がユウに向かって飛び掛ってきた。


「そこだッ!」


 一閃。

 鞘の内部で剣身を滑らせ走らせ加速させる。鞘から放たれる剣の一撃が、飛び掛ってきた一匹の魔獣を切り裂く。

 斬られた魔獣は血を飛沫あげながら横に反れて倒れていった。

 そして、もう一匹の魔獣を相手にする為にすぐに身を翻し剣を鞘に収めようとした時だった――


「やべっ――」


 ――金属の衝突音が響いた。剣尖を鞘口に打ち付け引っ掛からせたのだ。

 普段使い慣れていない刀剣だった故の失敗だった。刀剣を納める事ができず引っ掛からせ、次の構えを取れずに姿勢を崩す。

 魔獣はそんな事もお構い無しにユウに飛び掛かった。その拍子に後ろの木まで突き飛ばされ乗りかかられる。

 喉元に魔獣の歯牙が迫り来ると、咄嗟に腕を顔まで上げて防御をしたが代わりに腕を噛み付かれた。


「痛ッてええ――よくも噛み付いてくれたな、この犬っころが!」


 痛みは無い。だが、そう錯覚せざるを得ない現実が目の前にあった。

 魔獣は噛み付いた傷口を抉る様に頭を振らしている。

 傷口からは小さな光の粒子が宙へと浮いて消えていく、魔力体が損傷した事でその部位から魔力が漏れているのだ。


「大丈夫か、ユウ! 糞っ、邪魔だ。どけっ!」


 センは自分が相手をしていた他の魔獣を蹴散らしながら、こちらへとどうにか向かって来ようとしてくれていたが困難を極めていた。


「ふぅ……。」


 俺は一呼吸をした。噛み付かれている状態にも関わらず、焦りの色も不安も緊張すら取っ払ってただただ一度の呼吸をする。

 そして魔獣の額にもう片方の手を置き、魔法を想像して心に浮かぶ文字を読み解き口に出して唱えた。


「喰らいやがれ! 『掌底の氷柱(アイス・ニードル)』!」


 魔法を唱えると掌から生成された鋭利な氷柱が、腕に噛み付いていた魔獣の脳天から尾の部分までを貫いた。貫いた氷柱からは血が滴り落ち、死体となり体温を失う魔獣をさらに冷やした。


「っへ、どんなもんだ」

「おいおい、すげえ集中力だな。あの状態で魔法を撃つなんて」


 センが相手をしていた二体の魔獣を片付け終わったのか、倒れこんでいたユウに駆け寄ってきてくれていた。


「どうせ死なないからな、だったら冷静に魔法で対処するのもありかなって思ってな」

「初めての癖に随分と肝っ玉の据わったことで、っははは」


 呆れる様な物見でセンはユウに言葉を送ると手を差し伸べてくれた。

 ユウを起き上がらせた後にセンは魔獣の死体の傍によって剣で尾を切り出した。


「何してるんだ?」

「ああ、魔獣を倒した証で尾を切り取って村役場に持ってくと小銭になるんだよ。」

「へー、そうなのか。一匹辺りどのくらいになるんだ?」

「まあ、干し肉で言うと大体だが二匹で一人分だな」


 干し肉一人分の金額が魔獣二匹倒すだけで貰える。戦いに危険性を伴わない現実世界リアリストアの住人にとっては大分美味しい話だ。

 金銭の話を聞いた俺は、ふと先程の戦いで刀剣における自身との相性の悪さを思い出して新しい物を買い換える事を考えついた。


「なあ、もしも新しい刀剣を鍛冶屋で作って貰うとしたら何匹狩れば良いんだ?」

「マジかよ、鍛冶屋で刀剣の作る依頼は俺も考えたことあるけど。確か――」


 もしも、自分自身が使っている模造の居合刀である木刀が真剣で使えたら戦いやすいのにな。


「一匹二銅だから依頼料が十銀だろ?――えーっと、五百匹だ。」

「五百ッ!?」


 一瞬目の前がふらっとした。慣れてないとは言え、一匹一匹が真剣勝負である戦いを五百もの数を戦い抜けるかというとあまりに時間が掛かり過ぎて苦難であり現実的ではない事だ。


「つか、そんなにこの森に魔獣がいるのかよ! 五百も狩ったら絶滅させられるんじゃねーの」

「っなはは、そうだな。まぁ、全滅って事は無いだろうけど大半はいなくなるだろうな」


 村を救う為に必要な刀を得るのに、村を救う程の数の魔獣を退治しなければならない事に絶望した。


「そうだ、お前の爺さんって刀剣の収集家だろ? 一本くらい譲って貰えねーのか?」


 センの言うとおり確かに俺の爺さんは刀剣の収集家だが、収集している人から収集物を譲り受けれるなんて事は不可能に近いだろ。

 そういえば、俺が剣術や刀剣に興味を持ったのはあの爺さんの影響が大きかったな。

 幼い頃から爺さんの家に遊びに行って刀を一日中眺めては爺さんと雑談してたっけ、最近になってからは遊びに行ってないが元気にしてるだろうか。


「譲ってもらえねーのかって収集家の意味わかってるのか? コレクションしてるから収集家なんだろ」

「そりゃそうか。まぁ、刀を手に入れるのは地道にやるしかないだろう」

「つか、そうだ。現実世界の物ってこっちに持ち込めるのか?」

「それなら『物質変化(コンバート)』って魔法があるだろ。どっちの世界の物にでも使えるぜ」


 なるほど、あちらとこちらの物を行き来させる為の魔法なのか。


「さてと、『魔法袋ポケット』っと」


 センは魔法を唱えて袋を取り出すと全ての魔獣から切り取り終えた尾を仕舞い込んだ。

 そして二人は再び森の中へと火球の明かりを頼りに潜って行った。

 


 それからの事だ。ユウとセンは森の中を徘徊しては魔獣と戦い、勝利しては戦利品として尾を切り取るの作業を繰り返しをしていた。

 そして討伐した数も二十匹以上になった頃だった。


「ふぅ、戦いっぱなしで疲れてきたな。さすがに帰るか、セン?」

「ああ、そうだな。って言っても魔力が切れ始めの疲労だな、こりゃ」

「魔力の切れ始めって、俺達そんなに魔法使ったか?」

「ああ、いや、そうじゃない。怪我とか傷を負ったりするだろ? 俺達はそれを魔力で治すから勝手に消耗するんだよ」


 魔力体における命は、魔力その物である。戦闘で魔力体が怪我や傷を負えば、自然と魔力で損傷した部位が補われるという訳だ。つまり、魔力が無くなれば現実世界へと引き戻される。 

 ふと袖を捲り最初に噛まれた腕を見ると、そこには傷一つ無い綺麗な肌をしていた。これも魔力体が損傷した部位を魔力で自然に補われたということだろう。


「本当に便利な身体だな……。これならいくらでも戦えそうだ」

「おいおい、勘弁してくれ。こっちはずっと火球を明かり代わりに出して魔力を消費し続けてるんだ」

「そっか、悪いな。んじゃ、帰るか――」


 ――その時だった。ずしんと地鳴りと共に森を揺らす様な大きな揺れを二人は感じ取った。


「なんだ……?」


 俺は周囲を見渡したが何も見えない。だが一定の間隔で木々を揺らしながら何かが近づいてくる。

 その音は段々と大きく近づいてきてくる、そして狩りをしてる間に嗅ぎ慣れた獣臭が漂ってきた。


「おいおい、冗談だろ……」

「あはは、なあセン。こいつの尻尾は何十体分だ……」 


 二人の前に姿を現したのは今まで戦ってきた魔獣の比では無い位の大きな体躯を持った魔獣だった。

 通常の見てきた魔獣の十倍以上の大きさで、その狼爪は木々を薙ぎ倒すかほどの印象を持つほどの物である。

 ユウとセンはあまりの規格外の大きさに現実を直視できなかったが、魔獣はそれを許さなかった。

 咆哮が如く獣の叫びを上げた途端、二人は正気に戻った。


「逃げるぞ、セン! こいつの相手は無理だ!」

「ああ、急いで逃げ――」


 巨躯を持った魔獣はセンが言葉を言い切る前に飛び掛かり、その巨大な狼爪の一振りを振るいセンを背面にあった木まで薙ぎ飛ばした。

 

「セン!」

「がはッ……悪い。……やられちまった。……先に現実世界に戻ってるぜ」


 吹き飛ばされた先の木に打ち付けられたセンは存在が薄れていき魔力体が消えかかっている様に見えた。

 恐らく今の一撃で魔力体の限界を越えたのだろう。

 身体全体から魔力の源である光の粒子が漏れ出し宙で消え失せる、最後には段々と姿を消失させていった。

 同時に火球の明かりは消え去り、暗闇にユウは取り残された。巨大な魔獣と共に。


「不味いぞ、こりゃ。俺も魔力体消滅コース確定か……?」


 暗闇で一際大きく見える赤く光る二つの魔獣の双眸が、俺を捉えて逃さないようでいる。

 ――一先ず、ここで相手をするのは無理だ。逃げながら考えよう……。

 そう考えた矢先、闇の中で光る赤き双眸が動いた。


「動いた!? やばいっ――ふぅっ。『防御氷壁アイス・ウォール』!」


 素早く息を吐き冷静さを取り戻し、瞬時に心で思い描き想像する事で魔法を唱えた。

 するとユウ自身の周囲を取り囲むように球体状の強固な氷の壁が生成された。

 そして魔獣の狼爪の一振りを防ぐ。

 氷の壁に魔獣の一振りが打ち付けられると、激しい衝突と衝撃音が響きながら大きく後ろの彼方に吹き飛ばさる。そして、その先にあった大樹に打ち付けられた。

 だが、そのお陰で図らずも距離を取れる形となった。


「っぶねー! 何ていう化け物だ、ありゃ。逃げるが勝ちだな、勝ち目が無さ過ぎる」


 待てよ、俺が村の方に逃げたらこいつが追いかけてきて悪戯に村に近づいてしまう危険性があるかもしれない。

 そもそも、こいつがこの森一帯の魔獣の主なのだろうか? こいつを倒せば多少なり問題が解決するんじゃないか。


「駄目だ、逃げるわけには行かないな」


 俺はあの化け物を相手に戦う覚悟を決めた。

 集中力を研ぎ澄ませる。魔法は想像イメージだ、心で思い描く精神力の強さがそのままの威力と効果を発揮させる。

 集中力が高まれば高まる程、力が漲って来る。

 ――さあ、来るならきてみやがれ。

 魔獣がいる方角へ向き直り、居合いの構えである姿勢を取る。


「来たッ!」


 巨大な体躯を持ちながらも木々を軽々と避け、地を蹴り上げ森を荒らし揺らしながら迫り来る魔獣。

 目視できる距離までに入ると魔獣は軽い跳躍を見せた。一気に距離を縮めてきたと思えば、狼爪の一振りを俺に目掛けて振り下ろしてきた。

 月明かりも差し込まない闇夜の森の中とは言え、あの巨体が動けば暗闇の中でも目を凝らして目視ができる。

 魔獣の一振りを見切り透かさず空に向かって跳んで回避行動を行う、背後にある大樹の枝の上に着地した。

 そして――


「俺の一太刀を喰らいやがれ!」


 大樹の枝先から眼下にいる巨大な魔獣の背に目掛けて急降下しつつ、落下による速度と力任せによる抜刀術。

 鞘走りによる加速で摩擦が発生して火花が見える力強い抜刀の一撃が魔獣の背に向けて放たれた。

 斬り裂いた。「手応えはあった!」と言える会心の一撃と思われたが、結果は薄皮を斬る程度の傷しか負わせられなかった。

 ――剛毛。風雨に晒され身を守る為に成長していった魔獣の体毛は生半可の硬さではない。

 鈍らの刀剣では傷一つ付けるのも苦労をしたのだった。


「こんの、なまくらがァ!」


 怒り任せに剣を魔獣の背に突き立てた。

 剣が突き刺さったと思えば魔獣は暴れだし、背に乗っていたユウを剣を突き刺さったままの状態で振り落とした。


「あんな剣じゃ相手にならねぇ」


 ユウはすぐ受身を取り距離を取った。この魔獣相手にどう戦うかを考えている。

 が、魔獣は考える事も許さないとばかりに追撃の一手を仕掛けてきた。

 宙に振り上げた狼爪を振り下ろし、ユウを叩き潰そうとする。


「まずいっ――『防御氷壁アイス・ウォール』!」


 再び強固の球体状である氷の壁を生成して魔獣の攻撃を防いだ。

 だが、その氷を打ち砕こうとするのか何度も狼爪は振り下ろされる。

 激しい衝撃と共に辺りには土埃が舞い、ユウ自身が氷の壁と共に軽く地面へと埋もれかけるほどの勢いだった。


「くっ、防戦一方ってか。何か手立ては無いのか……」


 魔法を撃ち込めれば傷の一つや二つ与えられるはずだが今の状況じゃ撃ち込む余裕なんて無い。

 攻防一体を作り出す魔法を考えろ、想像するんだ。


「『氷壁と氷柱(アイス・ニードル)』!」


 考え付いた魔法を唱えると球体状の氷の壁に鋭い氷柱が生え出し、鋭い氷の棘が備え付けられた。まるでハリネズミかのように。

 それも知らずに勢いよく振り下ろされる狼爪は氷の壁に生えた氷の棘によって貫かれた。

 

「グルルルァァッ」

 

 貫かれた痛みによる魔獣の叫び、初めて一矢報いたのだった。

 魔獣の血が滴り、氷の壁を赤く染め上げて色をつける。

 怯んだと思えば魔獣は一度後ろに大きく跳躍して、自らの傷ついた掌の血を舐め取っていた。

 手立てが無いと見たのか、それからはこちらの様子を伺い何もせずに唸り声を上げている。


「よし上手い具合に魔法が発動したな。それじゃあ、こっから反撃させて貰うぜ――」

「――あれ、先客がいたんだ。……まあ、いいや、私の目的を果たさせて貰うよ」


 何処からともなく聞こえてくる女の声。同時に場の空気が冷えだし、呼吸する為の吐く息が白くなっていた。


「全てを凍てつかせ、叩き散らせ『氷塊の嵐(ダイヤモンド・ダスト)』!」


 誰かの魔法を唱える声と共に周りの視界が白に染まり吹雪が舞う。

 そして森の天蓋を突き破り、極大な氷の礫が流星が如く数多に降り注いだのだった。


「――うおおお、なんだこれ! あぶねぇえええ」


 ユウは自身の魔法で作り出していた氷の壁で、降り注ぐ全て氷塊を防いでいた。

 だが、魔獣は違った。咄嗟にこの場から逃れようと試みてはいたが吹雪く氷雪と氷の飛礫に行動を遮られ、その大きな体躯で数多くの巨大な氷の飛礫を鈍い音と共に打ち付けられ続けていた。

 降り止まない氷の飛礫に打ち付けられている魔獣は、四肢を蠢かせ踊り狂ってる様に見えた。

 そして魔獣はやがて動かなくなり――絶命した。


「ふぅ、こんな物かな――」


 氷塊で突き破った森の天蓋から女の人がゆっくりと降下して魔獣の死骸の上に降り立った。

 その女性は一仕事を終えたような素振りを見せ、頭を軽く振り長い髪を揺らす。

 空け開いた森の天井から月明かりが差し込んでくると、その姿が判然とし始めてきた。

 蒼穹の色をした腰まで届く長い髪に切れ長の双眸で氷のような冷たい眼をした俺と同じ蒼氷アイス・ブルーの瞳、そして彫像かと思わせるほど整った身体と顔つき、体のラインが出る動きやすそうな黒と青の衣装。

 その全てに俺は目を奪われた。


「君は誰だ……?」

「私? 私は魔王よ。よっと――」


 自らを魔王と名乗った彼女は魔獣の死骸から俺の剣を抜き取り、背からふわりと降りて俺へと近付いた。

 そして剣を俺の目の前の地に突き立てる否や、また魔獣の死骸に近づいていった。


「魔の魂よ、偽りの器に宿りたまえ、氷花の種子に」


 俺は剣を受け取り、彼女の一部始終を覗いていた。

 魔王と名乗った女は両手を広げ、呪文めいた言葉を口に紡ぐと両手の間に小さな氷の粒のような種子を顕現させた。

 そして、その種子を彼女が魔獣の死骸に植えつけると、見る見る内に美しい氷でできた薔薇の花が咲いたのだった。


「いつ見ても綺麗だな、食べちゃうのが勿体無いよ」


 ――食べる? この女は何を言ってるんだ。

 俺が頭の中で疑問を浮かびあげてると、さっさと彼女は氷の花を噛り付き、噛み砕き、そして食した。


「うんうん、美味しかったよ。君の魂は中々の物だったよ、わんこくん」


 食べ終わるや彼女は魔獣の死骸を一撫でした。


「さてと、それじゃあ始めますか……」


 何かしらの下準備が完了したかの様な物言いで独り言を話し終えると彼女は思いっきり息を吸い込み、次に獣の如く咆哮の叫びを上げた。


「わおーん!」


 何とも間抜けな叫びではあったが、それを合図に森全体が騒ぎ立った。夜にも関らず飛び立つ鳥たち、蠢き駆け巡る野生動物たち。

 森全体が蠢く感覚に襲われ、しばらくすると周囲を取り囲むように暗闇に光る赤い双眸が無数に現れた。

 二人の場の周囲に森に住まう魔獣達の全てが集まりだしたかのようだった。


「嘘だろ、なんて数だよ。囲まれてるのか!?」

「あー、そこの人、何もせずに動かないでね」


 思わず戦闘体勢に身体が切り替わろうとした時だった、彼女に制止させられた。


「何でだよ、戦わなきゃやられるぞ!」

「大丈夫だから任せて」


 そのまま彼女は大きな魔獣の死骸の上に立ち、月明かりに照らされながら周囲に集まった魔獣たちに向けて言葉を紡いだ。


「私が君達の主である、これから私の命令を聞くように! 人を襲うのを止めて、大陸の西にある森に向かいなさい! 以上、解散だよ」


 ただその事だけを言い放つと、周囲の魔獣達は一斉に動き出し西の方角へと走り去っていった。

 またも森が騒然とする中でユウは緊張の糸を切らしたのか腰を抜かしてその場に座り込んだ。


「な、なんだったんだ……」


 殆んど一瞬の出来事に呆気に取られてると、いつの間にか近くに寄っていた女が声を掛けてきた。


「君は現実世界リアリストアの人かな?」


 その女は腰を抜かして座り込んでる俺の顔を覗き込むように顔を傾けた。


「あ、あぁ、俺はそうだけど……。そう言うって事は、あんたはこっちの世界の住人か?」

「っそ、私はこっちの世界の住人だよ。」

「なあ、何がどうなったのか説明してくれないか?」


 あまりに多くの不可解な出来事に混乱した俺は答えが欲しくてただ純粋に彼女に説明を求めた。


「私の力でここら一帯の魔獣に命令を出したんだよ。人を襲わないようにと、後は大陸の西にお引越ししなさいってね」

「そんな事ができるのか……?」

「私は魔を統べる王、魔王だからね! 力ある魔の魂を頂戴して下位の魔に命令を下せるんだよ、えっへん」


 少し大きめな胸を前に突き出して揺らしたと思えば、胸を張って自慢気に説明する彼女だった。

 胸部に思わず目が行ってしまったが男の性だから致し方がない、それよりも自分が知っている魔王の概念の違いに疑問を持った。


「もしかして、あんたも女神から世界を救ってくれと頼まれた口か」

「女神? ああ、私の場合はちょっと事情が違うんだけど。似たような物かな?」

「そっか、何にせよ助かったよ。これで近くの村に魔獣が襲い掛かる様な事は無くなるんだろ?」


 すると彼女は微笑を作りながら少し間を置くも期待通りの言葉を返してくれた。


「うん」


 これで、あのクリアルの村の問題も解決される事となった訳だ。

 女神に勇者なんて呼ばれた俺だが、魔王と名乗ってる彼女の方がよっぽど人助けになってるじゃないか。

 それに彼女の力を借りるなり手助けしてやれば、早くこの世界の人々を助けれるかもしれない。


「なあ、その魔を従わせる魔法――なのか? 俺にも使えたりしないのか」

「君も使いたいの? これは私だけの特別性なんだけどな、ちなみに使用目的は何かな?」


 俺は落としていた腰を持ち上げ、立ち上がって相手の目を見据えて言い放った。


「俺の目的は女神へ恩返しのついでに友人とこの世界を救うつもりだ」


 力強く言い放つと次にその場に静寂が訪れた。彼女は俺の言葉に目を丸くして、そして――


「……ぷ。ぷぷ、あははは、世界を救うだなんて勇者みたい」


 ――笑った。


「ふふ、久しぶりに笑ったよ。君って面白いね! いいよ、君に出来るかどうか私が見てあげる。」

「本当か! ありがとう」

「……まぁ、元々は女神がこの魔法世界ファンタジアを救って欲しいとの願いで違う世界の人々を呼び寄せたんだっけ」


 小さく言葉を述べる彼女は何かを考えるような素振りを一瞬見せたがすぐに振り払った。


「そしたら失礼するよっと、ふむふむ」


 彼女は俺の手を取ると、目を瞑って何かを探りを入れてる様に見えた。

 最初に目を奪われた相手に手を取られてか、少しばかり緊張して顔が赤面しそうになる。


「へぇ、君の使う魔法も氷や冷気を得意とするんだ。それに珍しいほど高純度の魔力体だ……」

「わかるのか?」

「わかるよ、私を誰だと思ってるのさ。魔法を扱う王、魔王だよ!」


 さっきは魔を統べる王だとか言ってたのに一々変わる魔王様だな。


「うん、君なら大丈夫だ。適正はバッチリだよ! あとは使える様になる御呪い(おまじない)を私がしてあげる」


 彼女は透き通った白い手を俺の首筋へと持ってきて、そして触れた――


「冷たッ――」


 人肌の温かみに触れると思いきや魔力の冷気を浴びて思わず驚いてしまった。

 ――するとユウの首筋に青い薔薇の花のマークが刻み込まれた。


「はい。これで終了だよ、後は使いたい時に私がやった通りに魔法を想像すれば大丈夫だから」

「そっか、わかった。ありがとう、えーっと、名前――」


 忙しない一連の出来事に御互いの自己紹介すら忘れていた事を思い出した。


「自己紹介がまだだったな。俺の名前はユウ・シャーベットだ、よろしく。あんたの名前は?」

「私はマオ・ウルティマニアだよ。よろしくね」


 俺は手を差し出すと、御互いに自己紹介を含めて握手の手を交わす。


「それと、魔を従わせる時は必ずこの世界の大陸の西にある最果ての森に集めさせてね! あそこなら無闇に人が近寄る地域じゃないから魔物達を安全に住み分けさせられるよ」

「そういうことか、わかった。教えられた魔法を使う時はそう指示するよ」


 俺の返答を聞くと彼女は満足そうに笑顔を作り、微笑んでいた。


「って、そうだ。友人の事が気掛かりなんだ、俺は自分の世界に戻る事にするよ!」

「そっか、そしたらお別れだね! これからも一緒に世界をより良くして行こう勇者くん」

「俺は勇者じゃなんかないって。まぁ、世界は良くするのは賛成だけどな」


 魔を従わせる方法を教えて貰い、世界を救うという漠然とした目的に公明が見えて来た気がした。

 この事を親友のセンに伝えたくて俺は足早に現実世界への帰還する魔法を唱えた。


魔法体離脱ウィズ・ドロー


 魔法を唱えるといつもの様に光芒の光に包まれ、視界が白に染まり意識と身体が混濁する。

 現実へと引き戻される工程へと入った。

 そしてユウの魔力体は発光しながら魔力の粒子を宙へと迸らせ霧散さして現実世界へと戻っていった。


「勇者の卵見つけた。女神は勇者を使って世界を調整するつもりなのだろうけど、あの子は私の物にしちゃった。ふふふ」


 森の天蓋から差し込む月明かりに照らされ、一人佇む女性の姿がそこにはあった。

 誰に言う訳でもなく自分に確かめさせるように独り言を呟き笑っている。


「ふふ、あははは、気持ちが高ぶっちゃうな……。落ち着かなきゃ、あーダメダメこれ以上は」


 その女は自身を両手で抱き肩を震わせながら笑いを堪えていた。

 落ち着いたと思えば、次に彼女は月明かり照らされ作られた森の舞台上で妖艶に踊りを舞っていた。

 くるくると彼女は狂い回り続けていた。




小説の書き方を学ぼうかなって想う今日この頃。

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