現実世界と魔法世界
溶け込んだ意識と身体は分離され、元の状態に近い形で形成されていく。
そんな理解し難い不思議な感覚が悠を襲った。真っ白い光を抜けて、段々と視界が開けてくる。
まだ何も見えずとも肌では風を感じ、身体は宙に彷徨っている感覚に見まわれる。
「なんだ……。ここは、何処なんだ?」
最初に見えてきたのは自分の目の前に果てしなく、そして限りない広がりを見せる青空と雲々があった。
地面を見ても水面上に映し出されているかの様に空と雲が広がっていた。
自分がまるで空の上で立っている風な感覚を覚え、そして錯覚する。
「ここは私の世界の門前。そうですね、現世の方々には「女神の門」と伝えております。」
何処からか声が聞こえた。周囲を見回しても誰もいない――が、突然に目の前の地面である水面から浮き上がるかの様に姿を現し始めた人物がいた。
その人物の姿は最初の日と変わらず、美しい彫刻像の様な顔立ちであり、地面まで伸びている長く金色に輝く髪を靡かせている女性であった。
あの日、現実世界に現れて「魔法」という物を現世に与えた張本人である「女神様」だ。
「あなたの様な魔力体を持つ者を探し見つけ出し、出会える事をずっと心よりお待ちしておりました。この魔法世界を導き救う者、勇者よ」
「はあ? 俺が勇者だって?」
「はい、あなたにはその資質と素質があります」
何を言ってるんだ、この女神さまは唐突に。俺が勇者なんて甚だしいにも程がある。
それとも何か、豚もおだてりゃ木に登るっていう、誰にでも言ってる謳い文句の類なんだろうか?
「まあ、いいや、それで俺はどうしたら良いんだ?」
「今から私が、あなた様に魔法世界での真名と心の姿を与えます。どうか、その場を動かずにじっとしていてください」
言い終えると女神は悠に向けて両手を翳し、呟く様に何かを唱え始めた。
「我らが子らよ、我が命により在るべき真の真名とその雄姿を見せたまえ。神の祝福を今ここに」
「――っ!」
咄嗟に声にならない声を上げる。突然、悠の身体は水に包まれ球体状の中に閉じ込められる。
水の中から覗く外の世界は光の屈折により歪んで見えた。
――息ができないっ、苦しい。
このまま溺れてしまうのではないかと恐怖感を覚えたが、歪んで見える外に女神の笑顔が見えた。すると何故か気持ちが落ち着き安らいだ。
「――ふぅ。ってあれ、呼吸ができるぞ」
気が付いたら自然と身体が呼吸をしていた。――そして、落ち着いて外を覗こうとすると水泡は鏡となりて悠の自身の真の姿を映し出していた。
「な、なんだ、これ!」
水泡の鏡に映し出されていた人物は、髪色は銀色に染まっており、瞳は氷のように透き通った蒼氷の色をしていた。
そして自身を映し出している鏡の下部には文字が記されていた。見知らぬ形をした文字、だが何故か読めてしまう。
そこに書かれていたのは「ユウ・シャーベット」という見知らぬ言葉だった。
「ユウ・シャーベット。それはあなたの真名であり魔法世界での名前です。覚えておいてください」
随分と美味しそうな名前が後ろにくっ付いたな。てか、勇者とユウ・シャーベットって掛けてるのか?
もしかして、女神流のギャグだったりするのか。
「冗談なんかではありません、それは貴方の心を現した真名なのです」
心を読まれた。そんなありえない現象を目の前にして一瞬だけ心臓が痛いほど跳ね上がった。
「そ、そうですか、すみません。」
「いえ、初めは誰しもが困惑するものです。致し方が無い事ですので、どうぞお気になさらないで」
思わずユウは謝罪をしてしまった。
「それではまずあなたには魔法世界でクリアルという小さな村に行って貰います。そこでは魔獣によって現在数多くの問題で悩まされています。その原因を調べ、解き放ってください。」
最初は小さな村で起きてる問題を解決してくださいか、女神さまも随分と細かい指示を出すんだな。
って、やばい。心を読まれるんだった。
「大事は小事によって引き起こされるものです。一度に全てを解決できるなどと言うことはありません、少しずつの積み重ねが世界をより良くしていく物なのです」
心を読まれ女神に諭されると、ユウは納得したという面持ちで事を理解した。
「わかったよ、それじゃあ最初はその村を救って見せるよ。あんたには便利な魔法ってのを貰ったからな恩返しだ」
ユウが女神に対して恩返しという言葉を使う、すると女神は微笑み返してくれた。
「ありがとうございます、それでは私が送りますのでどうかお気をつけて」
「ああ、いってくるよ」
空一面しか映し出していなかった地面は光芒が差し込んで、魔方陣を浮かび上がらせた。
女神は笑顔を崩さず、そのまま手を振りながら魔方陣により瞬間的に移動させられたユウの事を見送った。
「誰もが、あなたのような心の持ち主であればどれほど良かった事か……」
彼が消え去った後、一人呟く女神。
空と雲しかない女神の門前に佇むは一人の女性。彼女はどこか何処か悲しげな雰囲気を纏っていた。
◇
魔法世界にある村、クリアルの村役場前の広場。
微かな光と共に突如として現れた一人の男、魔法世界に降り立ったユウだ。
「っとと、ここが魔法世界か……。」
早速、周囲を見渡すと木造建ての民家や建物が数多くあり、放牧されている動物達が見て取れてる穏やかな感じの村がそこにはあった。
遠目には風車が建っており、風を流れを感じさせる趣のある景観だ。
時間の流れは現実世界と同じで、すでに夕暮れ時だった。
「へぇ、雰囲気のある良い村だな。現実世界にもありそうな田舎っぽさがあるな」
「おい、あんた。」
不意に背後から男の人に声を掛けられた。
振り返って見ると、そこには無表情で体躯の良い中年ぐらいの男性が立っていた。
「――っ?」
「いきなり現れたが、現実世界の住人だろ?」
「り、リアリストア?」
「あんたらの住んでいる世界さ、こちらとは別のあっちの世界の事を指してる」
なるほど、こっちでは現実世界の事をリアリストアと呼んでるのか。
「えっと、そうですけどどうかしたんですか?」
「問題だけは起こさないでくれよ」
たった一言、その言葉だけを呟くと男性はその場から去っていった。
何だったんだろうか? 世界を救うはずの俺らに対して問題を起こすなって? よくわからないが今は気にしないでおく事にするか、センと合流しないと。
「しまった、今の人に村の噴水のある場所を聞けばよかった」
ただでさえ土地勘すら無い状態なのに、夕暮れ時だ。暗くなる前にセンと合流しなければ。
ユウは急いで近くにいた村人に村の噴水のある場所を聞いて、目的の場所へと歩き出した。
その時に服が擦れて初めて気が付いたが、着ている服が学園の制服ではなくフード付きのローブを羽織っており中には布で拵えた服を着ていた。
こちらの世界に合わせた衣服なのだろう。
「えっと、センは何処だ……?」
然程、大きくない村だったのですぐに目的の噴水がある場所へと着くことができた。
センは確か髪が逆立っていて赤毛とか、言っていたはずだ。周囲を見渡して見る。
そんなわかりやすい人物なんて噴水の前に――――いたっ!
その人物は赤毛で髪を逆立たせており紅い瞳をしていた。そして革調の服飾を着ていて金属のような胸当てをしつつ剣の様な物を腰に携えている。
「おい、お前ってセンだよな!」
「おん? 何だ、お前。なんで俺の名前を知って――って、もしかして悠か!」
自身の名前を呼ばれた事を切っ掛けに、センはユウの事に気が付いたようだった。
「お前の魔力体ってのは随分と派手な姿形してるんだな。へぇ、銀髪に蒼い眼って珍しいな」
センはユウの姿を見ては目を丸くして感心するように感想を述べた。
「そういえば、お前の真名は何ていうんだ?」
「女神様曰く、ユウ・シャーベットだとよ」
「ユウ・シャーベットか、ぷっ。くふふふ、あはは、美味しそうな名前じゃんかよ」
名前を聞くや否や、笑い出す腹を抱えて笑い出すセン。
同じように自分も可笑しいと思う名前だとは思っている。
「それにしても、随分と時間掛かったな! 女神様でも口説いてたのかよ」
「バーカ、んな訳あるかよ。村の雰囲気を楽しんでたんだよ!」
実はちょっと心細くなって迷子になりそうだったのは恥ずかしくて言えなかった。
そしてユウとセンは挨拶代わりに御互いの拳と拳をぶつけ合った。
「それでどうだ、初めて魔法世界に来た感想は!」
「ああ、正直な話だが良い場所だなって思った。本当にこの世界が魔物やら魔獣に脅かされてるのか?」
「残念ながら、それは本当の事だ。この村の人達だってかなりの被害にあってたりするんだぜ。」
この世界は本当に人々の存在が魔物や魔獣達に脅かされている。
最初に見た穏やかな景色のせいで俄かには信じ難かった。
「そうだ、ユウ。こっちの世界で初顔合わせだけってのも面白くねぇから、良い場所に連れてってやるよ!」
「いい場所って何だよ」
「まあまあ、細かい事は気にせず付いて来いって」
そう言って歩き出したセンの隣を付いて行くユウ。
目的地に向かって歩いている最中に村の問題と被害について聞いてみた所、この村では近隣の森から魔獣が定期的に迷い込んで来るとの事だ。
その魔獣が人や家畜を襲ったりしているみたいで問題となっているらしい。
――つまり、女神はこの問題を俺達に最初に片付けさせようとしてる訳か。
「よーし、着いたぜ、ユウ! ここが俺の行き付けのお店の酒場だ!」
「さ、酒場かよ! お前、未成年の癖に酒飲んでるのか!」
センに連れられた着いた場所は、バッカーノという質実剛健の言葉がぴったりの無骨ながら賑わいを見せる酒場だったのだ。
すでに時間帯も頃合で中から騒然としていて賑わっている声が響いて聞こえてくる。
「違う違う、つか年齢の1年や2年の差なんて些細な問題だろ。まあ、俺は酒が目的じゃなくな。俺の目的はお前に食わせた干し肉だ!」
「なるほど」と納得した。あの美味しい干し肉の出所、だから良い場所と言う訳だったのか。
ユウは少しだけ喉を鳴らして考えた。――あの干し肉をまた食べたいな……。
そのユウの様子を傍目から見たセンは察してか、にやりと笑みを浮かべてユウの肩に腕を掛けた。
「わかってるって、お土産に持って帰ろうぜ? 俺の奢りだ!」
「まじで! それじゃあ、ありがたく御馳走になろうかな」
「はっはっは、お前も干し肉の魅力に抗えないか! 気に入ってくれて何よりだぜ」
会話もほどほどに酒場の中に入ってみると外からでも聞こえてきた賑わいの声が一層大きく聞こえ始める。
中を見渡すと意外にも小奇麗な感じで、木彫で作られた椅子やテーブルが酒場の雰囲気を良く味出していた。
店内は飲食している人達で活気に満ち溢れており、筋骨逞しい男達の姿が多く目立って見える。
「そういえばお前は、こっちの世界ってお金はどうやって手に入れてるんだ?」
「基本的に人の手伝いとかで稼いでるな。手っ取り早いのだと村役場で依頼されてる魔獣の討伐が良いお金になるぜ。まあ、魔獣相手に戦えるなんて中々できる事じゃないけどな。」
人の手伝いで稼ぐとは堅実の一言に尽きるお金の手に入れ方であった。自分の中で改めてセンの評価が上がった気がした。
魔獣の討伐か、この村が抱えている問題を解決するにはやっぱり魔獣を倒しつくすのが手っ取り早いのだろうか。
とは言う物の、魔獣がどういった物で数がどれほどいるのかわからないから今考えて仕方が無い事だった。
「おや、センちゃんじゃないかい! 今日も干し肉がお目当てで来たのかい? ちゃんとあるよ!」
――セ、センちゃん?
カウンター越しまで来ると突然大きな声でセンの名前を愛称を込みで呼ぶ声がした。
向かい側見るとに如何にも腕っ節の強そうな壮年の女性が立っていた。
「あはは、そうなんですよ、おばさん。それと今日は俺の友人も連れて来たんですよ」
「あら嫌だ、良い男じゃない。いらっしゃい、センちゃんの友達なら私の家族も同然よ、ゆっくりしていってね!」
「ど、どうも! 御剣――っじゃなかった、ユウ・シャーベットです。」
「あらあら、ユウちゃんね! よろしくね、あたしの事はおばさんって呼んでくれれば良いから!」
その女性は凄く元気が溌剌としていて親近感の湧く人物であった。見ているだけでこちらまで元気になるような気がした。
「それじゃあ、おばさん。干し肉を二人分お願いします。」
「あいよ、ちょいと待っててね」
おばさんはカウンターの奥の隅に引っ込み、何やら物を取り出しに行ったようだ。
「『魔法袋』――えーっと、お金お金っと」
センとはいうと袋を出す魔法を唱えて、お金を出す準備をしていた。
「なあ、お前ってば随分とこっちの世界で上手くやってるんだな」
「んー、そんな事は無いぜ、俺なんかおばさんの世話になりっぱなしだぜ」
「何を言ってるんだい、あんたは命の恩人なんだから気にする事無いよ!」
カウンターの奥からおばさんが帰ってくると、ユウとセンの会話に割り込みながら紐で止めてある小さな布でできた袋を二つカウンターの上に置いた。
「命の恩人?」
「二ヶ月前だったかな、あたしが森へ野草を採りに行ってた時なんだけど魔獣に襲われそうになってね」
「っわわ、その話は良いって、おばさん!」
何を慌てたのかセンは咄嗟に話を中断させようとしたが、おばさんは気にも留めずに思い出話を語るかのように笑顔で説明を続けた。
「そしたら通りすがったセンちゃんが魔法で追い返してくれたのよ、自分も怖かったろうに震えながらね」
「わーわー!」
センは頬を染めて両手を振りながら照れている。
話の腰を折ろうとした理由は、震えていた事実を隠したかったのか、それとも照れ隠しだったのだろうか?
どっちかわからないが本当にお前は人情味に溢れた熱い奴だよ。
「なんだよ、セン。良い話じゃないか照れんなよ」
「て、照れてねぇーよ。あとおばさん、震えてないっすよ俺! もー、この話はお終い。はい、お金!」
「もー可愛いんだから、センちゃんは。あいよ、確かにお代は頂戴したよ」
「んじゃ、また来るよ。おばさん」
そう言ってカウンターの上に置いてあった干し肉入りの小さい袋を手に取って踵を返し一緒に酒場を出た。
「それじゃあ行くぞ、ユウ。もう暗くなってきたから一度、現実世界に戻って家に帰らないとやばいぜ」
そうだった、思い返してみれば現実世界ではまだ学園内に残っている状態のままだ。
こちらとあちらの世界は同じ時間の中で動いているから俺達は一度家に帰らなければ宛ら行方不明者扱いにでもなってしまうのではないだろうか。
「そりゃ、まずいな! んじゃ、さっさと戻って一度家に帰るとするか」
「そうだ、ほらお前の分の干し肉だ。魔法袋にでも入れとけ」
「おう、サンキュ」
言われたとおりに魔法で袋を出した後に、干し肉が入ってる小袋を袋の中にしまい込んだ。
「それじゃあ、一度現実世界に帰るぞ。帰る魔法はわかるな、まあわからなかったら俺に続け」
そう言ってセンは自分の胸に手を当て魔法を唱えた。
「『魔法体離脱』」
魔法を唱えるとセンの身体は光芒に包まれて光の粒子の如く霧散して消えた。
それに続いてユウは同じ魔法を唱えた。
彼もまた光芒に包まれ消えていく、こちらの世界に最初に来た時に感じた同じ不可思議な感覚を味わいながら。
それも終わると段々と意識がはっきりとしてくる。そして目を見開くと見覚えのある場所へと辿り着く。
そこは学園の自分の教室だった。
「よう、おかえり。っだな、悠。」
「ああ、無事に帰ってこれたな。」
「ったりめーだ、帰って来れなくなった奴なんて聞いた事無いわ」
教室の窓の外を覗くと夕陽は少ししか顔を出しておらず、空は夕空と夜空の半々に別れていた。
「とりあえず、家に帰るか、悠」
「そうだな、さすがに遅くなりすぎるのも問題だしな」
自身の机の横に掛けてあった鞄と部活で使っていた荷物を手に取ると学園を出て、二人は帰路に就いた。
「なあ、悠。お前はこの家に帰った後も魔法世界に行ったりするのか?」
「そうだな、家で飯食い終わったらまた行ってみたいと思う。」
正直、あの村に起きてる問題を解決したい。
女神と約束をしたからな恩返しするって、少しでも協力しないと。
「おー、そうかそうか、そりゃ嬉しいぜ。ならよ、一緒に村の抱えてる問題を解決しに行こうぜ!」
「村の抱えてる問題っていうと、魔獣の話か?」
「ああ、村の人が困ってるからな。俺は今では定期的に森に行って魔獣を倒して数を減らしてるんだ」
相変わらず正義感の強い奴だ。まあ、そこが気に入ってる所でもある。
「なあ、世界中の人が今では魔法世界に行ってるんだよな。他の奴らは何をしているんだ?」
疑問を口にする。数ヶ月前とは言え今では世界中の現世の人々が行き来してる中で何故、未だに村の問題一つすら解決していないのだろうと。
「それがよぉ。他のほとんどの奴らは自分勝手でさ、違う土地に行ったり旅行やゲーム感覚で何一つあっちの世界の問題に着手してないんだよ。」
戦は、その疑問に対して表情に陰りを見せた。そして目に見えて落ち込んだ素振りを見せながら話を続けた。
「酷い奴なんかになると死なない事を良い事に魔法世界で好き勝手に暴れたり、略奪を始めたりして大変なんだぜ」
問題だけは起こさないでくれよ。
最初に村に着いたときに体躯が良い中年ぐらい男に声を掛けられた後に言われた言葉だ。
今になってこの言葉の意味が理解できた。
――確かにそうだ、現実世界の人にとって魔法世界は不死身に近い形である以上は何でも好き勝手にできるはずだ。
だけど、そんな事は許されることじゃない。
悠は沸々と怒りを込み上げる。それを感じ取ったのか戦は急いで言葉を続けた。
「落ち着けって大丈夫だ。そういう奴は二度と魔法世界に行けなくなるからよ」
「行けなくなるって……? 誰もが自由に行き来できるんじゃないのか」
「考えても見ろ、世界を繋げたのは女神様だろ? 問題がある奴なんかを魔法世界に送らないっつーの」
確かにそうだ、魔法世界を救うはずの現実世界の人が何かの問題を起こせば本末転倒だ。
それを女神は許すはずも無い、だから何かの罪を犯したり問題性があると認められた奴は二度と魔法世界に繋がる門を潜れないのか。
「だからよ、現実世界の良い奴代表って感じでさ。俺とお前であの村もとい世界を救おうぜ!」
戦は立ち止まると、こちらに振り向き力強く拳を握り込んで悠に向けて突き出す――
「ったく、お前は熱い奴だよ。まあ、いいぜ付き合ってやるよ!」
――その突き出された拳を悠は自身の開いた掌で包み込み握った。
「んじゃ、飯食ったら魔獣退治に出かけるぞ!」
「おう、望むところだよ」
夕闇の中で交わした約束を胸に、ちょっとした冒険に期待を膨らませた。
そして二人は他愛の無い話をしながら各々の自宅へと帰っていった。
◇
自宅の二階にある自室。
夕飯を食べ終えた悠は、制服のまま自室にあるベッドの上に寝転び一休みを入れていた。
「ふはー、食った食った。んじゃ、戦に連絡でも取るか」
満腹感のある状態でベッドに横になっているためか少しだけ眠気が襲う。
だけど、それを振り払うと本来の目的を思い出し行動した。
悠は横になりながら制服を弄り、ポケットから携帯電話を取り出す。
戦に電話を入れようとしたが、不意に手を止めた。
――んっ? 待てよ、その前に魔法世界に行く事を伝えないと俺が家出でもした事になっちまうな。
あちらの世界にいる間は自身の存在が消えてなくなる事を念頭に入れていた悠は、ベッドから起き上がり家族の誰かに一報を入れることにした。
一階に降りてリビングを見渡すと母と妹がソファに座りながらテレビを見ていた。
「なあ、母さん」
「あら、悠。どうしたの?」
「いや、俺ちょっと戦と魔法世界に行ってくるからさ一言入れとこうと思って」
「戦くんと? そうなの、それにしても悠もついに魔法世界に興味を持ったのねぇ」
母が肘を支えて頬杖をすると感慨深い様子で何かを考えていた。
その瞳は息子の旅立ちを見るような暖かい目をしていた。実際、旅に出るような物ではある。
「稼いで来てね」
母が考えていたのは金銭的な欲望だけだった。
――いやいや、稼ぎに行く場所じゃないから母さん。
「何々、お兄ちゃん。やっと魔法世界に行く気になったの!?」
ソファから跳び出し悠の周りを小動物のように駆け回る妹の奏がそこにはいた。
「私も一緒に行ってあげるよ! 良い稼ぎ方教えてあげるから!」
「あー、はいはい。俺は稼ぎに行くわけじゃなくて戦と冒険――って」
そうだ、今朝見せ付けられた腕輪は奏が人様から盗った物なのか確認しなければ。
「そうだ、お前! 今朝見せた宝石の付いたブレスレットってあっちの世界の人から盗った物じゃないだろうな!」
「うにゃあああ、失礼な! 私は報酬としてお礼に貰ったのよ! 泥棒なんてする訳無いでしょ、馬鹿兄ぃ!」
あまりの怒りに殴る蹴るの暴行を加えられたが兄として妹が犯罪を犯してなくて良かったと心から思った。
というか、問題を起こせば魔法世界に行けなくなる事を失念していた。
「まあ、いいや。よしよし、どーどー落ち着け。とりあえず、俺は戦と約束したからお前とはまた今度だ」
「ふん、知らない勝手にすれば!」
どうやら酷く高い怒りを買ってしまったようだ。
今は触らぬ神に祟りなしだ。家族には伝えたから、さっさと自室に戻って戦と連絡を取ろう。
一階のリビングから逃げ出すと悠は再び二階の自室に戻った。そして戦に電話を掛けた。
「よう、飯食ったか戦。俺だ、悠だ。」
「おう、食ったぜ。それじゃあ、時間も惜しいし早速今から行くか!」
「待ち合わせはどうするよ、噴水か?」
「ああ、それなら大丈夫だ。最後にいた地点が次の着地点だからあっちに行ったら動かないでその場にいてくれ」
「わかった、それじゃあ魔法世界でな」
「あいよ」
通話を終え電話を切るや否や、早速魔法を唱えた魔法世界に行くことにした。
「『門開放』……よし、開いたな。そしたら、次は『魔力体転移』!」
魔法を唱え終えると門に吸い込まれるように意識と肉体が取り込まれる。
全てが解け出し、混合する。そして解け出した物はまた分離して形を作り出す。
「っよし、着いたな」
無事に魔法世界に降り立つことができた。
辺りを見回すと戦の言うとおり魔法世界で最後にいた場所、酒場の目の前で立っていた。
すでに陽は沈んでおり、暗がりから見るクリアルの村は明かりが心許無く恐怖や不安といった違った印象を植え付けられる。
しかし目の前に酒場があるためか人々の騒ぎ立つ声の活気でそれらは吹き飛ばされた。
「っあはは、賑やかだな。さすが酒場ってところだ」
外から酒場を眺めながら手持ち無沙汰にしていると、眼前に光の粒子が集まってくるのが見えた。
それらは集まり出すと人の形を作り出し、何も無かった目の前の空間に一人の人間を生み出した。
センが現れた。
「よう、お前の方が先だったか、待たせたな! よーし、お前となら森の魔獣全部倒せる気がするぜ!」
ユウの目の前に現れたセンは手を振り上げ笑顔で挨拶すると、紅い瞳を燃え上がらせて気合の入った言葉を呟いた。
「何が全部倒せるだ。一人が二人になった所でそんな大差ないだろ」
「いーや、気合が違うぜ! 俺はお前がいるだけでパワーアップした気分になれるぜ!」
恥ずかしい事を平気で口に出すなよ。まあ、気持ちがわからない訳でもない。
「それで森に行くのか? どっちにあるんだ」
「ああ、いや待て、その前にお前の武器を手に入れないと素手じゃ心許無いだろ?」
確かにそうだ、素手で化け物と呼んでいた相手と戦いたくない。
「まあ、魔法があるけどよ、戦いの最中に集中してイメージするのはたぶん難しいからな。」
センの言うとおり魔法という物は想像の産物であり集中力が物を言う代物だ。
人を平気で襲う化け物と戦いながら、魔法を想像して集中して唱えて発動しての一連の動作を行うのは恐らく適わない話だろう。
「鍛冶屋で手に入れるかって言いたいが。そんな金は無いから村役場の使い古して使わなくなった武器を拝借するぞ」
本来、命を預ける武器を使い古した物で代用するなど命の危険が無い魔力体ならではの利点だ。
それらを考慮して村役場で現実世界の人用に再利用再配布されてるのだろうか。
そんな考えを巡らせてユウは村役場に向かうセンの後ろを付いて行った。
「なあ、この世界の刀剣って現実世界の本物と変わりないのか?」
「ああ、ほぼ遜色無いぜ。つか、初めて本物を触ったときは胸が躍ったくらいだぜ。」
それはそうだ、現実世界では剣術部に所属しているんだ。少なからず本物の刀剣に興味を抱いているのが当たり前だ。
「着いたぜ、それじゃ話を付けに行きますか!」
村役場に着くや、すぐに中に入りセンは役人に話を取り付けてくれ使い古した武器を貯蔵している部屋へと案内して貰った。
その部屋は無造作に箱に詰められ古びた感じの刀剣達が埋もれていた。
「さあ、悠。お前の好きな剣を選ぶと良いぜ、熱中して怪我するなよ、まあ俺たちは怪我じゃなくて魔力体を削られるだけだけどな」
ユウはさっそく部屋の箱に詰められ埋もれている中を漁り出した。普段使い慣れている鞘付き木刀に似た感触の刀剣を探した。
目ぼしい物見つけては手にとっては一閃、一振りをしては見るが頭を傾げ思い悩む。
「重いな、本物はさすがに違う。」
「ああ、言い忘れてたが『身体強化』を使って試せよ。」
――「身体強化」の魔法を使って試す?
ユウはセンの言われたとおりに魔法を唱えてから、剣を一振りして見せた。
「おわっ、軽いな! これくらいならいつも練習で使ってる感覚で剣を振れるぜ」
「だろう? どうせ化け物と戦う最中は『身体強化』を使わないと戦えないんだからさ、ちょうどいいだろう。」
ユウはアドバイスを受けて再び刀剣を探し始めた。
「なあ、セン。どれもぱっとしないってか居合術に向いてない気がするんだよな……」
「あー、お前の型って珍しいからな。武器を選ぶのに苦労するか、うーん」
センは何かを考えている様子だったが唸るばかりで特に案は出なかった。
「とりあえず、この剣でいい。無いよりはマシだろう、後は魔法で戦うってのも試し見てみるさ」
「そうか、まあそうだな。そんな気後れする必要も無いし気楽に行こうぜ!」
ユウが選んだ刀剣は刀身が真っ直ぐの片刃で、刃先に曲りを見せるシミターに近い感じの剣だった。
「さてと、それじゃあ森に向かいますか」
「ああ、そうだな大分選ぶのに時間が掛かっちまったしな」
村役場を後にすると二人は村の外れから外に出て近場の森へと向かった。
村から離れていくと段々、明かりが乏しくなり歩く先すら見えない程の暗闇が訪れ始めた。
「おい、セン。村から大分離れたが明かりが無いと不味いんじゃないか?」
ユウは暗闇で不安になりセンに忠告をすると、センは指先を振って得意げな顔しながら反論した。
「ユウ、お前は忘れてるぜ? 俺の得意な魔法はなーんだ!」
「まさか火で辺りを照らせるのか」
「正解だぜー! 『火球』!」
「おぉ、すげぇ便利だな。明るい!」
センが魔法を唱えると右肩よりさらに右上に拳大ほどの大きさの火球が現れ周囲を照らす灯りとなった。
思わず、その利便性にユウは賞賛の声を上げた。
「さてと、そろそろ森に着くぜ覚悟はできてるのか?」
「ああ、魔物でも魔獣だろうが全部叩き斬ってやるぜ」
そして二人は火の明かりを傍らに夜の森へと入り消えていった。
その先で何が待ち受けているのだろうか、この時の二人にはわからなかった。
書き方がわかってきたと思ったら、書き方が意識しすぎて混乱して何がどうなってるのだろう?
一人称視点とか三人称視点とかなんだろう、わからない!