弾かれた最上級魔法
暫定的ながら、緑龍を倒すためのパーティーを組むことになった二人。
もう昼も過ぎており、当然竜討伐は翌日以降になると思われたのだが、ミリアが
「今日の内に下見だけでもしておきたい」
と言いだした。
地図も、二人分の馬も街の役人が用意してくれたこともあり、まずは行ってみよう、ということになったのだが、街の助役のアグリは慌てた。
「そのようにお急ぎにならずとも、ゆっくりと時間をかけて綿密な作戦をお立てください。相手は凶暴なドラゴンなのですよっ!」
「大丈夫よ、緑龍は空を飛ぶの、苦手なはずだし。いざとなれば馬の方が足が速いから、十分逃げられるわ。あくまで下見だし」
と、ミリアは譲らない。
「彼女も俺も、『勇者』の称号を持っているんだ。そう簡単にやられたりしないよ」
二人が自信たっぷりに言い切ったものだから、アグリは渋々認めるしかなかった。
馬に乗り、街を出たシアンとミリア。
「……シアン、今日の内に倒しちゃうからね」
「……やはりな。そう言うと思ったよ……」
もし、自分が契約を結んでいたなら、さっさと片付けてしまうところだ。
彼女も同じような能力の持ち主。そういう行動に出ると言っても、驚くことではなかった。
彼女はニコリと微笑むと、馬に鞭を入れて速度を上げた。
シアンもその後に続く。
これまでのところ、完全にミリアが主導権を握っていた。
走ること、約二時間。
「……ここね……」
二人の目の前には、岩山にぽっかりと大きく口を開けた洞窟が存在していた。
「……なるほど、いかにもドラゴンが住み着きそうな場所だな」
「ええ。でも、何ヶ月か前までは入り口に大岩がいくつも重なり合っていて、こんな洞窟になっているという事は想像もつかなかったらしいわ」
「そういうことか。それをドラゴンが見つけて、わずかな風か音を感知して、奥が洞窟になっていることに気付いて、岩をどけた……」
「まあ、そんなところでしょうね……エラエルによれば、今、洞窟の中にドラゴンはいないみたいよ」
ミリアが右手の聖痕を見ながらそう話す。
シアンも、念のため悪魔ディアムに確認してみる。
『ああ、確かに……大して強い魔獣や妖魔の力は感じない。ただ、洞窟の奥に、わずかながら魔力が存在するようだがな』
「……冒険者の魔法の武器とかを緑龍が収集して、保存しているのかもしれないな……」
「……とりあえず、奥まで行ってみましょうか。魔法のアイテム、簡単に手に入るかもしれないしね」
途中で緑龍が帰って来るかもしれない、という心配は、全くしていないようだった。
「……あまり深入りはしない方がいいかもな。俺は今、せいぜい星三つぐらいのレベルの冒険者でしかないんだ」
「ええ、分かって居るわ。でも大丈夫、私が倒すから。シアンは周囲を警戒して、敵の襲撃を知らせてくれたらそれでいいから」
相変わらず、ミリアは自信たっぷりだ。
彼女が先頭で洞窟の中に入る。
手にしている小さな魔法の杖の先端からは、明かりが生み出されていた。
「……緑龍の足跡以外には、注目すべき点は何も無いわね……そのドラゴンも、そんなに大きく無いみたいだし……」
「ああ……とはいっても、今の俺一人じゃ勝てないがな」
「またそんな謙遜を……私より貴方の方が有名じゃない」
「……ろくな噂じゃないだろうがな……」
『闇堕の勇者』というありがたくない通り名を持つシアン。
もっと警戒されてもいいようなものだが、ミリアはその称号について、あまり気にしている様子ではなかった。
「……私は、この世界に転生させられるときの事、大体把握しているつもりだから……貴方も、その悪魔と契約しないと消滅していたところなんでしょう?」
彼女の的確な指摘に、シアンはただ頷くしかなかった。
曲がりくねってはいるが、特に大きな分岐もないまま二百メートルほど進んだところで、大人が立って何とか通り抜けられるぐらいの狭い空間となり、そこを抜けると、今度は急に洞窟が広くなった。
「うわあ……すごい、大広間みたい……」
ミリアが思わず歓声を上げる。
そこは縦横五十メートルほど、高さも二十メートルほどの巨大な空間だった。
「すごい……こんな贅沢な場所に、緑龍が住み着いているのか……」
『いや……ここに来る前に、一度狭くなっただろう? ということはここまでは緑龍、来られないまずだ』
ディアムが答え、それをシアンがミリアに伝える。
「……それもそうね……じゃあ、あれはどういうことなのかしら?」
ミリアが指差す先には……かなり大きな龍のものと思われる、白骨化した死体が転がっていた。
その側には、いくつか装備を纏った人骨も落ちていた。
「……冒険者、ここで何人も死んでるんだ……」
「ああ……でも、この空間の入り口、あんなに狭いのに……一体、何と戦って死んだんだ?」
とその時……急激な殺気を感じ、ミリアもシアンも戦闘態勢を取る。
ガコン、という大きな音と共に、自分達が入ってきたあの狭い空間が、どこからともなく出現した大岩の扉によって塞がれた。
閉じ込められた、という焦燥。
鳥肌が立つような、急激な悪寒。
「なっ……何……何かおかしいわっ!」
大広間に取り残された上、周囲の魔力量が急激に高まるのを二人は感じた。
『ククッ、こりゃすげえ……三つの触媒を駆使して、ごく小さな魔力を放っていた魔道具が、一千倍以上もの妖力を放出しやがった……とんでもなく高度な魔法技術、かつすばらしい罠だ』
「一千倍、だと?」
『ああ……いや、もっとだ……気をつけろ、様子が変だ』
と、目の前のドラゴンの骨が、まるで意思を持つかのように勝手に動き出し、集結し……気がつくと、そこには一匹の巨大なドラゴンの骸骨が出現していた。
ミリアの方を見ると、彼女は彼女で右手に宿る天使となにやら揉めていた。
『……クククッ、本当にすげえなあ……今までの妖魔の中でも、とびきりの存在だ……闇龍、ランクは六、伝説級の妖魔だ』
「ランク六……伝説級……」
と、すぐ隣で眩い光が放たれたかと思うと、全身を純白の鎧で包んだ、美しく、かつ神々しい勇者の姿がそこにはあった。
「祝福の勇者っ!」
彼女は闇龍に向かって、いきなり複雑な印を結び始める。
巨大な骸骨である妖魔だが、まだ完全には覚醒しきっていないのか、動きが緩慢だ。
「この魔力の高まりは……まさか……」
シアンに戦慄が走る。
うわさで聞いたことがあるだけの、最上級攻撃魔法……。
「焦熱爆撃!」
すさまじい轟音が、洞窟全体に響き渡る。
地面が揺れるかと思うほどの大爆発、シアンは反射的に伏せて爆風の直撃は防いだのだが、少しはダメージを受けてしまった。
しかし、それは直後に受けた精神的なショックよりは小さかった。
呆然と立ち尽くすミリア、目に青白い光を集めて不気味に動作を開始する闇の不死龍。
「爆撃が……完璧に弾かれた……」
彼女は力なくつぶやく。
『言い忘れたが……この龍は完全な対魔法・対物理攻撃防御壁を自動で発動させやがる……その上、出口は完璧にロック状態だ。おそらく、あの化け物を倒さないと開かない。おまけに、お前は今、鎧を召喚できない……ククッ、今度こそ、死ぬな……』
シアンの右手に潜む悪魔は、冷酷にそう言い放った――。