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聖女の婚約破棄とその事情

作者: 木村 真理

この小説には、一部過激な表現が含まれます。

生々しい表現は可能な限り避けたつもりですが、

苦手な方は全力で逃げてください。


またR-15作品ですので、中学生以下の方も避けてくださるようお願い申し上げます。


玉座の間には、国の有数の貴族たちが顔をそろえていた。

貴重なガラスで四方の壁をうめたこの広間は、建国以来スヴェルナ王国の重大な出来事を見守ってきた。

その広間はいま、重苦しい沈黙に満ちていた。


重い沈黙を破ったのは、玉座に座す王その人だった。


「ホーリーよ、面をあげよ」


その言葉に、玉座の前で礼をとっていた少女が、顔をあげた。

すきとおるような白い顔は、この一か月の少女の苦しみを現すかのように痩せこけていた。

大きな紫の瞳だけが、痩せ衰えた顔の中でこぼれんばかりに目立っている。

もともと華奢だった体躯は、いまや折れんばかりに細い。

清楚な美貌の持ち主だった少女は、その凄惨なさまさえ美しいと言えなくはなかったが、一月前まで陽だまりのような笑みをうかべていた少女を知る者にとって、彼女の今の様子はいたましいの一言だった。


王も、広間に集まった貴族たちも、彼女の変わりように目を伏せた。

……なぜ、こんなことになってしまったのか。


王はこのような事態を防ぎきれなかった自分と配下の者らへの怒りと嘆きで胸をつぶしながら、けれども言わねばならない言葉を口にする。


「そなたと、第一王子との婚約を解消する。これをもって、そなたと王族の縁は絶たれたと思いなさい」


集まった貴族たちの口から、重いため息が漏れた。

有力な貴族たちはこの決定を前もって知っていたし、そうでないものも察してはいた。

けれど、ほとんどのものは、こんな事態は望んでいなかった。

誰もが、ホーリーと王子の結婚を心待ちにしていたはずだったのだ。

けれど今の状況では、確かに王子との婚約破棄はいたしかたないかもしれなかった。

他ならぬホーリーのために。


嘆きであふれる玉座の間に、ただひとり悲しみの面の下で、ほくそ笑む女がいた。

宰相の娘サン・マリーだ。

彼女だけは、ホーリーのやつれた様に、内心では狂喜乱舞していた。

なぜなら、このホーリーの凋落を招いた惨事を呼び起こしたのは、他でもない彼女だったのだから。



ホーリーは、生まれた時からつい一か月ほど前まで、聖女として神殿の奥深くで暮らしていた。

赤子のころから成人である20歳まで神殿に勤めるのは、この国の貴族の女性たちの重要な役目である。

ホーリーも伯爵家の令嬢として、その慣習に習い、赤子のころに神殿へと送られた。

他の女性たちと異なるのは、彼女の持つ「祈り」の力が神にことほがれ、聖女と認められたことである。


神のご加護が厚いスヴェルナ王国では、時折、特に神に愛された聖女が現れる。

彼女たちの国を思っての祈りの力はとても強く、聖女の祈りによって、国はますます栄える。

ホーリーが聖女であったこの20年は、王国にとって、あまい花の香りに包まれた春のように麗しく、実り深い秋のように恵みに満ちた時代だった。


神々の聖女への加護は、聖女が成人するまでの間のことである。

神々は、自らのいとし子の子孫を望むため、聖女が成人を迎えると、彼女を幸せにするであろう相手との婚姻を促す。

聖女の相手にふさわしい人物は、神の手によって、聖女がまだ幼いころに選ばれるのが普通だった。

ホーリーにふさわしいと選ばれたのは、スヴェルナ王国の第一王子であるヒジリだった。


いつか父王の後を継ぎ、この国の王になる者として厳格に育てられたヒジリは、華やかな外見をよそに生真面目で努力家の青年だった。

ホーリーとヒジリが婚約者として見合わされたのは、7歳の時。

神殿の奥深くで民のために祈るホーリーと、王宮で民のための施政を学ぶヒジリは、控えめな性格ゆえ非常にゆっくりと、けれど深く固く信頼を結び、愛情を育ててきたようだった。


二人の清廉な若者の成長と愛情の萌芽は、それを見守る王宮の人々の心をも和らげた。

ホーリーの祈りと、王の堅実な姿勢によってスヴェルナ王国はますます豊かになり、ホーリーが聖女から退いた後の対策も万全を期していた。


ホーリーが成人を迎えると、人々はホーリーの成人と聖女のつとめが満了したことを祝い、口々に一か月後に予定されていたヒジリとの結婚をことほいだ。


けれど、その事件は起こってしまった。



それは、ホーリーが神殿を辞して5日の後、結婚式までの間居住する屋敷で起こった惨事だった。


王宮にほど近いその屋敷は、元聖女で次期王子妃のホーリーを主とするだけあって、堅牢な守りを誇る屋敷のはずだった。

なのにどうしたことか、その屋敷を、王都に潜んでいた悪辣な盗賊たちが徒党をなして襲ったのだ。

屋敷を守る騎士たちも、別個の盗賊団が徒党をなして襲ってくる事態を想定してはおらず、多勢に無勢で、あっという間に屋敷の守りは破られた。

惨事は、ほんの一瞬、一瞬だけのことだった。


盗賊団がいかに多勢であろうとも、王都を守る騎士の数はそれを上回る。

屋敷の守りが破られたとの報告が入るやいなや、屋敷には王都の四方八方から騎士たちが、聖女たるホーリーとその屋敷に勤める人々を守らんと集結した。

その中には、王宮でその知らせを聞いた婚約者ヒジリ王子も含まれていた。


けれど彼らがホーリーのもとに駆けつけるよりもはやく、盗賊のひとりがホーリーのもとへたどり着いていた。

まるで何かに操られたかのようにただ聖女のもとへと忍び込んだ盗賊は、部屋でくつろいでいたホーリーをベッドに押し倒し、その夜着を破り、彼女を汚そうとした。


結果的にいえば、ホーリーは男に汚されることはなかった。

盗賊の男がホーリーを汚そうとした時、ホーリーの必死の叫びを聞き駆けつけたヒジリが、盗賊の男を切ったのだ。

肩に大きなけがを負った盗賊の男は、仲間とともに取り押さえられた。


それはホーリーにとって、ひどい悪夢のような一夜だった。

けれど悪夢は、それで終わらなかった。


盗賊の男は、キキムという魔植物を植え付けられていた。

キキムは、植えつけられた人間の悪事を、被害者の知人に10日間夢として知らせ、被害者の無念を教える植物だ。

それは魔術師たちの集まる「塔」で、犯罪者に植え付けるために開発された魔植物だった。

多くの場合、それは一度犯罪に手を染めたものに植え付けられた。

死刑にはならなかった犯罪者たちは、牢を出る際、キキムを植え付けられ、牢から解放される。

もし彼らが再度人を危めたり、傷つけたりした場合、キキムが被害者の知人たちに夢で知らせる。

キキムで見た夢は、それ自体が証拠として取り上げられることはないが、それでも罪人をとらえるのに大きな助けとなっていた。

また容疑者が自らキキムを飲み、潔白を訴えることもあった。

容疑者がキキムを飲んで一両日、被害者の知人が被害者の無念の夢を見なければ、容疑者の容疑は薄まり、捜査は再開された。

キキムは、人にとって有益な魔植物だったのだ。


けれどこの人助けの魔植物が、ホーリーには悪夢を呼び起こした。


通常キキムは、人の生死にかかわるような出来事にしか反応しない。

誰かが殺された時や、命をなくすような怪我を負わされるような状況でしか発動しない植物なのだ。


なのに、ホーリーの場合だけは、違った。

それは、彼女が神々の守護が厚い元聖女だからだろうか。

だとすれば、それはなんと皮肉なことだろう。


ホーリーは、盗賊の男に襲われた。

その身を汚されそうになった。

けれど、結果的には彼女への助けは間に合い、彼女の身には傷一つついていなかった。

本来なら、キキムが発動するはずはなかった。


けれど、キキムは発動してしまった。


ホーリーは、元聖女だ。

この国に住む者の多くが彼女を知り、彼女の祈りを受け、そして彼女への敬意を捧げている。

つまり彼女の「知人」なのだ。

そのためこの国のほとんどの人々が、彼女の身に起こったことを知ってしまった。

彼らは10日間、ホーリーの夢を見た。

聖女として彼らがあがめてきた少女の上に男がのしかかり、彼女の夜着をやぶり、その豊かな胸や白い脚に汚らわしい手を這わせた場面を。


神殿の奥深くで、世俗とは交わらず、純粋培養で育ってきたホーリーにとって、あの日の悪夢を多くの人々に知られてしまったことは悪夢以上の悪夢であった。

彼女は与えられた屋敷にこもり、誰とも顔をあわせなかった。

ただ彼女の部屋から洩れる小さな泣き声だけが、屋敷を訪れる人々が確認できる彼女が生きているという証だった。


そして、一月が過ぎたのだ。



王子との婚約破棄を告げられたホーリーは、どこか安堵してその宣告を受け止めた。


ホーリーは、ヒジリを愛していた。

それは激しい感情ではなかったが、物心つく前から聖女として人々にかしずかれていたホーリーにとって、王子として周囲の人々にとりまかれているヒジリは、どこか自分に似た特別な男の子だった。


二人は互いの孤独に惹かれあうように寄り添い、お互いを慕わしく思うようになった。

聖女としてあまやかされがちなホーリーを叱るのは、いつもヒジリだった。

けれどホーリーが12歳の時、どうしようもない孤独に夜眠れなくなっていた彼女に大きなぬいぐるみを与え、それを自分だと思って一緒に寝ろと頬を赤くして言ってくれたのもヒジリだった。

大人になったら自分と一緒に寝るのだから、それまでは寂しくてもぬいぐるみで我慢しろと言うヒジリを見て、ホーリーは大人になる日を楽しみにしていたのだ。


そのヒジリと、もうすぐ結婚するはずだった。


けれど、その夢が破れたことよりも、今のホーリーにとってはこれで人前に出ずにすむということのほうが嬉しかったのだ。

王子であるヒジリと結婚することは、絶えず人目にさらされるということ。

事件の前までならホーリーは立派にその任を果たしただろう。

けれど今のホーリーには、それは耐え難いほど辛い責務だった。


今では、ホーリーは人の目が怖くて仕方なかった。

誰もが自分を見て、この服の下の肌を目にうかべている気がしてならなった。

裸の胸やむき出しの脚を、そしてその肌を見知らぬ男に触れられたことを、多くの人が知っている……、その事実がホーリーを追い詰めていた。

誰もが、ホーリーを王子妃としてふさわしくないと責めている気がした。

汚れた娘よと嘲笑われている気がした。

なによりホーリー自身が、自分を汚れた者としてしかとられられなくなっていた。


ホーリーは幼いころからずっと、この国と国に住む民のために祈ってきた。

すべての国民に平穏と豊穣がもたらせられるようにと。

それがホーリーの誇りであり、多くのものを持たない彼女が、王子であるヒジリの隣に立つために必須の自負だった。


けれど今のホーリーは、もう国民のために祈ることはできなかった。

彼らの幸福を祈ろうとしても、あの日、自分を害しようとした男の様子が思い出され、祈ることができなかった。

自分の尊厳を無理矢理へし折ろうとしていた男の手が、自分の体を這いずり回ったことを思い出してしまえば、憤りと悲しみで胸がふさがれ、誰かの幸福を祈る気持ちが失われてしまうのだ。

まして、彼女が慈しんできた「国民」の中にはあの男のような存在がいるのだと思うと、これまでの自分の祈りすら撤回し、神へ怨嗟を送りたくなってしまうのだ。


こんな自分は、いつも正しく国を思うヒジリにはふさわしくない。


ホーリーは、いまやすべてを手放してしまいたかった。

懸命に国民のために祈りをささげてきた過去も、聖女として愛された日々も、ヒジリと手をとりあった喜びも。

この世のすべてを否定して、屋敷にこもってしまいたかった。


「婚約破棄、謹んでお受けいたします」


ホーリーは、王の言葉を受けた証として一礼し、また面をさげた。

目の端に、王の隣に坐するヒジリの顔がうつった。

彼と会えるのも、今日が最後かもしれない。

そう思うと、今一度ヒジリの顔を見たくなったが、人々の視線の中で、いまいちど顔をあげる勇気がでなかった。


ホーリーは頭をさげたまま、王がこの場から去る時を待っていた。

王が座を外した時、ホーリーもこの場から去ることができる。

そうすれば屋敷にとじこもり、人の目をさけられる。

はやく、はやく家に帰りたい。

ホーリーは胸の重荷とともに、頭を下げ、この場をされる時がくるのを待ち望んでいた。


するとその時、ホーリーの目前へと足音が響き、彼女の細い肩に手が置かれた。


「ホーリー、顔をあげてくれ」


その低く穏やかな声にうながされて、ホーリーはゆるゆると顔をあげた。

目の前には、よく見知った恋しい人の顔があった。


「ヒジリ…王子様」


いつものように名を呼びそうになり、あわてて尊称を付け加える。

もはやヒジリの婚約者でなくなったホーリーには、王子を名前でよぶことはできなかった。

それがひどく切なく、ホーリーはあふれそうになった涙をごまかすために俯いた。


けれどヒジリはそんなホーリーの前に膝をつき、彼女の手をとって、言った。


「ヒジリでいいんだ、ホーリー。俺は臣下に下ることにした」


「え……」


ホーリーは、ヒジリの言葉の意味をつかみ損ねた。

ヒジリは立太子こそまだだが、実質上は王太子として幼少のころから扱われていた。

王のいちばん年かさの王子として、またヒジリの能力的にも、王たらんと努力する様も、次期王としてふさわりいと目されていたはずだ。

なによりヒジリ自身、次の王として国をよりよくするとの志を抱いていたはずだった。


助けを求めるように王を見つめるホーリーに、王はやわらかな笑みで答えた。


「ホーリー。君と”王子”の婚約は解消した。君はもう王族として人前に立つ義務はない。しかしヒジリもまたもう王族ではなく、王族としての義務を持たない。ヒジリには新たに公爵の地位を設け、臣籍に下らせる。これはヒジリの申し出を受け、余と大臣たちの了承を得た正式の決定である」


慈しむようにホーリーとヒジリを見る王の目から逃れるように、ホーリーは目の前のヒジリに視線を移す。

するとヒジリは今まで見たこともないほど緊張した面持ちで、ホーリーに告げた。


「だから、王子ではないただのヒジリとして、君に乞うよ。俺と結婚してくれないか、ホーリー」


「ヒジリ……、どうして」


ホーリーの目には、みるみるうちに涙がわきでる。

零れ落ちる涙をひとつひとつ手でぬぐいながら、ヒジリは当たり前のように言った。


「国のために働くことは、王でなくともできる。だが王であるために君を手放さなくてはならないのなら、俺はいつか国のために働くことを憎むようになるだろう」


「なにを…、馬鹿なことをおっしゃっているんですか。ヒジリなら、私なんていなくても立派な王となられます」


「なれないよ、君がいなければ。俺はそんなに強くない。今日この日まで俺が次期王として研鑽してこられたのは、ひとえに君という、俺の隣にたち、ともに悩み、考えてくれた存在があったからだ」


「で、ですが、私。私はもう汚れて…、この国のために祈ることすらままならないのです」


ホーリーは自分の頬をなでるヒジリの手を振り払い、顔を手で覆って、その場に崩れ落ちた。

ヒジリはそんなホーリーの肩を、まるでガラス細工を扱うかのようにそっと抱いた。


「君は汚れてなんていないよ、ホーリー。あんなことをした男を憎むのは、人として自然な感情だ。神々は人を愛してくださっている。そんな君のことを責めたりはしないよ。……それに」


ヒジリはホーリーを抱きしめたまま、視線で衛兵たちに合図を送った。

それを受けて、壁際に控えていた衛兵たちは、ひとりの女をとらえた。


「な、なにをなさいますの……っ!無礼者!わたくしを誰だと思っていますの?宰相であるブレイ公爵の長女サン・マリーですのよっ」


衛兵に腕をとられ、その場に膝をつかされた女は、悲鳴のような罵声をあげた。

燃えるような赤毛の美女の悲鳴に顔をあげたホーリーは、彼女の惨状の説明をうながすようにヒジリを見た。

ヒジリは衛兵たちに次の指示を与え、サン・マリーの腕をさらにきつくとらえさせ、胸が床につくほど押さえつけさせた。


「サン・マリー。ホーリーの襲撃事件、裏から操っていたのは君だね?」


ヒジリはホーリーの傍から、衛兵に押さえつけられる旧知の令嬢に言った。

それは問いかけの形をとっていたものの、答えなど求めていない断言であった。


「し、知りませんわっ。なんのことですの?」


衛兵たちに押さえつけられているせいで、顔を床にこすりつけながら、それでもなお眦強くサン・マリーは叫んだ。


「ホーリーの襲撃事件?それなら知っていますわよ。そこの娘が下賤の者に汚された夢、この国の者ならほとんどの者が夢に見て知っているはずですもの。でもそれが、わたくしになにか関係があるとおっしゃいますの?ばかばかしい。彼女を襲ったのは、盗賊なのでしょう?そんな下々の者と、このわたくしが関係などあるはずないでしょう!!」


「すでに証拠はあがっているんだ。君の配下の者たちが、あの屋敷の抜け穴を元の持ち主を脅して吐かせていたこと。当日、君の知人の名を借りて送られたワインに軽い毒が仕込まれていたため、騎士たちが不調をきたしていたこと。……それにあの襲撃事件に参加していた男がひとり、先日亡くなってね。男は盗賊団に所属していただけあって、キキムを植え付けられていたんだ。おかげで君が魔術師を雇って、盗賊たちの手助けをしている場面を夢で見た者が現れたんだよ」


サン・マリーは、ヒジリがあげる証拠の羅列に、顔を青くした。

けれど口だけはひるむところなく、自らの無罪を訴える。

けれどその訴えをヒジリが一顧だにしないと悟ると、涙ながらに訴えてきた。


「な、なにもかも、その女が悪いんですわ。わたくしのほうがその女よりも身分が高く、美しい。ヒジリ様の婚約者になるのはわたくしのはずでしたのに、その女が聖女に選ばれたせいで、なにもかも奪われてしまったのです!わたくしは悪くないですわ。すべてはその女が、先にわたくしからうばったのですもの!!」


「醜悪だな、サン・マリー。君はもとよりなにも手にしていない。神に愛され聖女に選ばれたのも、皆に望まれ俺の婚約者になったのも、すべてホーリーだ」


ヒジリは、吐き捨てるようにサン・マリーに告げた。

そして、涙に濡れた顔でぽかんと自分を見るホーリーに苦笑いをうかべた。


「汚れているのは、君じゃない。彼女であり、そんな彼女を決して許さず、旧知の令嬢に与えるとは思えない罰を下そうとしている俺だ。こんな俺で申し訳ないが、俺には君が必要だ。どうか俺に、君の傍にいることを許してくれないか?」


そう言ってホーリーの手をとったヒジリの顔を、ホーリーは生涯忘れることはないだろう。

彼は神の裁きを待つかのように、ホーリーの許しをひたすらに乞うていた。

その目は、ホーリーを求める熱で、熱いようだった。

その熱に、あの日から凍り付いていたホーリーの心がすこし溶かされた。


ヒジリとは、穏やかな愛情を紡いでいると思っていた。

やがて王になる子どもと、神に愛された子どもとして、互いに手をとり、国のために生きるのだと。

けれど二人の関係は、国のためにという前提があってのことだと思っていた。

国のために祈れなくなったホーリーは、もはやヒジリには必要でないと。

なのにヒジリはホーリーの手をとり、そんなホーリーの傍にいたいという。


「だって……、ヒジリは次の王様になるのはずだったのに」


「王太子には、第二王子スグルが付く。彼が俺に勝るとも劣らない優秀なヤツだというのは知っているだろう?」


「だって、ヒジリは!今までずっと王様になるためにがんばってきたのに」


「国のために働くことは、王にならなくてもできる。というか、国境にあるサカイの領主に就任することになった。あそこはつい先日まで敵国だったため、我が国の慣習が根付いていない。これまで搾取されることに慣れた領民と、賄賂が横行した役人たちを監視し、立て直すという役目をもらったんだ。……あの地では、聖女の存在はほとんど広まっていない。君の夢を見たものも少ないだろう。俺とともに来てくれないか?」


ホーリーの目を覗き込みながら、ヒジリはひとつひとつ訴えた。

その声を聴きながら、ホーリーはすべてを拒んでいたこの世を、もう一度受け入れたいと願ってしまった。

今はまだ、顔も知らない国民のために祈ることはできない。

けれどこの国をよりよくしようと懸命に働く彼のために祈ることなら、できる。


「私で、いいの……?」


かつての聖女はか細い声で、かつての王子に問うた。

王子は聖女の手をしっかりと握り、彼女へのありったけの愛をこめて告げた。


「君じゃなきゃ、ダメなんだ」

読んでくださり、ありがとうございました。

少しでもお楽しみいただければ嬉しいです。


悪役令嬢であるサン・マリー様はこの後めちゃくちゃ罰を受けます。

そこまで書いてこそ「ざまぁ」かなと思ったのですが、

R-18とR-18Gの世界に突入しそうだったので、そっとしています。

詳細を書くと王子は聖女に逃げられかねません。

秘するが花、なのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやいやいや最後まで書かないとざまぁじゃないでしょ
2021/04/27 19:50 退会済み
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[良い点] 中々面白い手法の醜聞のばら蒔き方だなぁと感心、もし開き直ったりしたら詰むなぁとか、暴行の事実がないし地球の王族にもあった初夜の見届けの制度であっさりと証明できんのになぁとか思ったりしました…
[一言] 一言のもとにサン・マリーを切り捨てたヒジリは、 これ紛らわしいです。一言でもなければ、その後サン・マリーに動きや発言がなく物理的に切り捨てたようにも見えます。後書き見て『あれ?生きてた』と…
2017/07/18 01:12 退会済み
管理
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