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鶸色(ひわいろ)の声

作者: 飛鳥弥生
掲載日:2014/11/28

 掌編SF=サイエンス・フィクション。

 記憶にある限り、はじめて書いた短編で、文章がひたすらに硬かった頃の作品。

鶸色ひわいろの声』


 飛鳥弥生 著

 ※鶸色{ひわいろ=ひわ{スズメ目アトリ科の鳥}の羽のような黄緑色}


 零れるような星のまたたく晴れ上がった夜空は、どれほどの才能が挑もうとも、決してかなわない完璧な美しさを惜しみなくさらしている。地上のあらゆる出来事を余すことなく覆う、漆黒の微笑みの下には、なけなしの大地に申し訳程度に築かれた都市のいびつな明かりが、薬染された病巣のように紫色にぎらついている。

 そんな不自然な光の届かない遥か彼方で、二人は静かに言葉を交わしていた。


「――どお? 私の云った通り、なかなかに悲惨でしょ?」

「……悲惨、そうだね、確かに。でも君は、何だか面白がっているように見えるね」

「そうかしら? ……かもね。でも、貴方が思っているようなことではないわよ」

「つまり?」

「つまり、彼らの末路を想像して楽しむほど悪趣味じゃあない、ってこと」

「なら、君のほころんだ顔は、何故だろう?」

「……解っているくせに、……そうでしょ?」

「まあね。ただ、余りに大袈裟だと後始末が大変だよ」

「心得ているわ。なに、ほんの少しだけ、小指の先をちょっぴり動かす、その程度よ」

「だと良いけど……」


『宇宙船地球号』、そんな単語が昔あった。もはや引き返せない程に悪化した自然環境は、地上に染み付いたかび達が呼び方を変えたくらいで、どうこうなるものではない。無限の、無言の宇宙の片隅。恒星に捕らえられ、永遠に振り回されるその星が、たとえ宇宙船だとしても、乗務員同士が殺し合うような乗り物は、到底まともとは云い難い。

 命綱や隔壁を喜び勇んで駄目にし、なけなしの備蓄食料をむさぼり食う。そんな気違いじみた乗り物で出かけるくらいなら、旅行なぞ糞食らえだ。誰しもそう思っている筈だ。いや、そう思っていると、思いたい。


「首尾はどうだい?」

「あら、何のことかしら?」

「よせやい、隠したってお見通しだよ。接触したんだろ? 彼らと。行動記録に残っているよ」

「別に、隠してなんかいないわ。ただ、結果が出るまでは、そう思っただけよ。貴方をがっかりさせるのも酷だし」

「結果?」

「ええ。彼ら、まだまだ未成熟なのよ」

「……言葉が、通じなかったのかい?」

「半分正解。意志の疎通は辛うじて可能よ。でも云いまわしが複雑になると、彼らの能力では処理できないらしくて。彼らの情報伝達手段は余りに簡潔で、表現できない意味がとても多いの」

「それで?」

「取り敢えず、彼らの一部を持ち帰ったわ。今からそれを分析して、翻訳装置を大急ぎでこしらえるつもりよ」

「持ち帰った!? 翻訳!? ……勘弁してくれよ。とばっちりだけは嫌だからね」

「心配性なのは相変わらずね。大丈夫、全部同意を得た上での行動だから。ね、これなら問題無いでしょ?」

「そりゃあ、規則の上ではそうだけど。兎に角、無茶だけはしないでくれよ。ところで、結果というのは一体?」

「彼らにある提案をしたの。提案自体は単純だから通じたけれど、その返事を聞くにはそれなりの準備が必要なのよ。結果というのは、つまり、彼らの返事ね」


 山々を切り崩し得た場所にコンクリートと鉄の住処を築き、排ガスを撒き散らしながらせわしなく出入りする。石油と薬を練り混ぜた屑を食らい、数だけ多い干からびた子をす滑稽な生き物。同胞の死骸を刻み、自らの体に埋め込んでまで生き長らえようとする様は、微笑ましくもあり、また、不気味でもある。

 生態系、彼らは云った。自分達が既にその環から外されていることには気付かずに。彼らの住処とて、鳥の巣や兎の穴と全く同じである筈なのに、そうして築いた住処が、鳥や兎を追い立てたと自己嫌悪する傲慢な彼らには、既に滅びる権利すらなかった。彼らの両手両足で鈍く光る、叡智えいちの名を持つ鉄のかせがそれを無言で教えてくれる。


「か、彼らを全部か? 無茶だ!」

「怒鳴らないでよ」

「……怒鳴りたくもなる。幾らなんでも……」

「準備は万全よ。候補地だって、ほら、どお?」

「……系外にしては、……申し分ない、だが」

「だが? 他に何かあるの? 彼らの同意は得た。彼らはこれ以上ないくらいの恩恵を得ることになる。私達は規則を破ることなく彼らを救い、良い気分。他に何か必要かしら?」

「多種への影響は?」

「そりゃ全くない、とはいかないでしょうけど……」

「そこだよ、問題は」

「問題? 問題は、彼らが滅亡の危機に瀕していて、それを救えるのが私達だけだってことよ、解っているの?」

「……ああ、確かに。……仕方がない、協力するよ」

「作業は明後日からよ、よろしく」

「……」


 その神秘的な光景は三日三晩続き、始まった時と同じく唐突に終わった。国中、世界中、惑星中から彼らは一斉に大空へと飛び立ち、決して二度とは帰らなかった。後には土と瓦礫と彼らの痕跡だけが、大地に穿うがたれた墓穴の如く虚ろに口を開いていた。


「その後、彼らはどうだい?」

「問題無いわ。疲労も抜けたようだし、環境にも満足している。何より、彼らを脅かすものが一切ない」

「それは良かった。どうだろう、そろそろ我々も帰らないかい?」

「そうね、この辺りも無味乾燥として味気無くなったし」

「君のお陰で、ね」

「あら、貴方だって同罪でしょ?」

「そうだった、忘れてたよ」


 二人のはからいにより彼らが移住した星は、その美しさ故、いつしか『緑の星』と呼ばれるようになった。時を同じくして醜い『砂の星』が誕生したが、それが宇宙を旅するものの興味を引くことは二度となかった。


 宇宙の果ての荒涼とした大地の上、そこでうごめく哀れな存在達は、それまで当然の如く享受していたささやかな庇護を断たれると、あっけなく、誰に知られることなく死に絶えた。


 ――おわり

  発表はほぼ初で、いずれ短編集に収録予定。

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