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04話

「これから一年間このクラスを受け持つことになった、川岸廉太かわぎしれんただ。担当教科は英語、部活はテニス部の顧問。よろしくな!」

 にかっと笑った担任の先生は、いかにも体育会系なのに担当教科は英語らしい。

「じゃ、出席番号順で各自自己紹介。中等部からの持ち上がり組がほとんどだが、うちのクラスにはニューフェイスがふたりいるからな。ま、簡単なところで、名前、趣味、入りたい部活あたりを言うように」

 私のほかにも外部生がいるのね?

 あたりを見回してみるけど、みんながみんな真新しい制服に身を包んでいるため、誰が外部生かなんてわからない。

 それにしても――趣味、なんて答えよう。

 自分で言うのもなんだけど、私は趣味が多いほうだと思う。

 カメラ、読書、アイリッシュハープ、ピアノ、音楽鑑賞、料理、着付け、ガーデニング、編み物、洋裁――。

 最近始めたのは石鹸作り。

 栞さんが通ってくるようになってから、栞さん指導のもと石鹸を作るようになった。

 今はオイルの配合を考えたりするのがとても楽しい。それから、石鹸に香りをつけることの延長で、アロマセラピーにも興味がある。

 ほかはノンカフェインのお茶収集やオルゴール収集。

 ――要するに、趣味だけはとても豊富で「私の趣味は○○です」と簡潔に答えることができないのだ。

 どれを自分の趣味の代表にしたらいいのかに悩む。

 部活は入るつもりがなかったから、何部があるのかすら把握していない。

 たくさんのプリントの中から部活一覧表を見つけ広げてみたけれど、目を通すより先に前の席の人が立ち上がる。

 そう、自己紹介は前の席の人まで回ってきていたのだ。

 少人数編成クラスはこういうときとても不便だ。

「藤宮海斗です。趣味は身体を動かすこと。運動全般なんでも好きです! 幼稚部からテニスを続けているので、高等部でもテニス部に入ります。すでに春休みから川岸先生にしごかれてボロボロです」

 前半は元気に、後半は冗談交じりに肩を落として言うものだから、クラス中がどっと沸く。

「藤宮、お前のその一言で入部希望者減ったらしめんからなっ!」

 なんて、先生も笑いながら答えた。

「苦手科目は数学。誰か教えてください。……こんなもんかな?」

 そう言って席に着く。

 次は私。

 できるだけゆっくり椅子から立ち上がり、深く息を吸い込み視線を上げる。

「御園生翠葉です。趣味は…………」

 どうしよう、何を言おう……。

 せっかく上げた視線はあっという間に机の上へと落ちてしまう。

「趣味は?」

 妙に明るい声がかけられた。

 顔を上げると、答辞の人が肩越しに振り返り私を見ていた。

 ハーフっぽい顔立ちで二重の目が印象的。まるで人懐っこい犬みたい。

「好きなこと、何かひとつくらいあるでしょ?」

 コクリと頷く。

「ありすぎてどうしようかと……」

 口から出た言葉に自分が驚く。

 慌てて口元を手で押さえたら、「くっ」とおかしそうに笑われた。

「それ、全部言ってみたら?」

 あまりにも真っ直ぐな目で言われたから、私は彼の言うとおりにすることにした。

「写真を撮るのが好きです。それから音楽は演奏するのも聴くのも好き。あと、料理と着付けと読書とガーデニングと……」

 私の声はひとつ話すごとに小さくなっていった。

 話し始めたものの、さすがに全部言うのはいかがなものかと思い始めてしまったのだ。

「また、えらい多趣味なヤツが入ってきたなー?」

 ガハハ、と豪快に笑ったのは川岸先生で、その先生の言葉に教室中が反応する。

「もうひとりのニューフェイスだ!」

 その言葉にクラスが沸き立った。

「部活はどうするんだ?」

 先生に問いかけられる。

「あ、え……と、まだ決めてなくて」

 歯切れ悪く答えると、にかっと笑った先生に衝撃的なことを言われた。

「うちの学校は強制だから未所属、帰宅部はないぞ? まぁ、そんだけ趣味があれば何かひとつは合うものがあるだろ。はい、じゃぁ次の人っ!」

 先生が入りたい部活を言うように、と言ったときに薄々感じてはいたけれど――帰宅部、ないのね。強制、なのね……。

 これは真面目に何か考えなくてはいけないようだ。

 活動が盛んではない部活ってあるのかな? それとも、きちんと活動している部活に入るべき……?

 蒼兄、どうしよう――。


 気がついたら自己紹介は終わっていた。ついでに言うと、ホームルームも。

 ……あぁ、ほとんどの人の自己紹介を覚えてない。

 何を話すか悩んでいるうちに前の席の人まで自己紹介が終わってしまっていたし、私の後ろにはふたりしかいない。

「帰宅部はない」と言う先生の言葉にショックを受けた私は、ほんの数分間放心状態だった。その「数分」のうちに後ろふたりの自己紹介も終わってしまったのだ。

 前の席の人は「答辞の人」とインプットされてしまっていて、好きなことや部活は覚えているのに肝心の名前が思い出せない。

 私は人の名前を覚えるのが苦手だ。因みに、教科でいうなら古典や英語、暗記科目の文系が苦手。

 本を読むのは好きだから、現国はさほど問題ないのだけど……。

「はぁ……」

 思わずため息が出る。

「何ため息なんてついてんの?」

「っ……!?」

「そんな驚かなくても……。御園生さんって周りが見えてないこと多くない?」

 びっくりした。

 話かけてきたのは前の席の答辞の人。

 椅子に跨り、背もたれの部分を両腕で抱えている。

「今、この状況おわかり?」

「え……?」

 周りからもクスクスと笑うような声が聞こえ、そちらに目を向けるとたくさんの人に囲まれていた。

「え……?」

 何が起こっているのわからなくて、答えを求め答辞の人を見る。答辞の人はにっこり笑って教えてくれた。

「うちのクラス、好奇心多いのが揃ってるんだ。外部生の御園生さんと佐野に興味津々なんだよ」

 愛想よく笑いかけてくれるけど名前が思い出せない……。

 うーん……と悩んでいると、隣の席の女の子に声をかけられた。

「御園生さん、さっきから何難しい顔してるの?」

 ショートカットで目がくりっとした女の子は屈託なく笑う。

「あ、えと……答辞の人の名前はなんだったかなと思って」

 私はただ疑問を口にしただけのはずだったけど、あたりはどっと笑いだす。

 そのあと、少し雑談をするとみんな部活へと散っていった。

 だいたいの人が中等部で所属していた部活に入るみたい。中には掛け持ちで部活をしている人もいるらしい。

 さっき声をかけてくれた女の子は立花飛鳥たちばなあすかさん。

 彼女からは別れ際にありがたい情報をいただいた。

「四月中は席替えしないから、クラスメイトの名前を覚えるならその間に覚えちゃったほうがいいよ!」

 がんばらなくちゃ……。

 前の席、答辞の人は藤宮海斗くん。

「明日、名前覚えてるかテストすっからな?」

 彼はいたずらっ子っぽい笑みを浮かべて教室を出ていった。

 もうひとりの外部生はホームルームが終わるとすぐに教室を出てしまったそうで、私は彼の顔を見ることはできなかった。

 どうやら陸上の特待枠で入ってきたという人で、佐野明さのあきらくんというらしい。

 今は覚えているけど、明日までその名前を覚えていられたら奇跡かもしれない。

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