2:おつかれ豆大福
私と秀志さんはいつも外食というわけではない。秀志さんの仕事場兼住宅で鍋をつついたり、大量の餃子を作ったりする。
“かなちゃんへ:川田屋の豆大福を差し入れてもらったんだ。食べに来ない?”
“秀志さんへ:行きます”
川田屋の豆大福といえば、店の看板商品として有名で週末になると豆大福目当ての人たちが並んでいる。一度食べてみたいと思っていたんだけど、大福1個買うのに並ぶのもな~とちょっと躊躇していたのだ。
それが食べられるという絶好のチャンス!・・・・即答するあたり食い意地はってるなあ、私。
メールの返信をいれると、私はムートンブーツを履いて外に出た。今日の気温は12月中旬並み。歩いている人も冬の服装だ。
秀志さんは、私の住んでいる場所から2駅先に建つ茶色い新築マンションに住んでいる。やっと専業で食べていける程度と聞いていたので、住所を聞いたときは内心びっくりした。もしかして、彼の「やっと専業で食べていける程度」って実はすごいんじゃないだろうか。
周囲に美人編集者とか女優とかモデルとか同業者・・・女性の知り合いがたくさんいるだろうに、なんで秀志さんは平凡な会社員の私と食事をしたいと思ったんだろう・・・謎だ。
いつか「もう、かなちゃんとは食事に行く必要がないよ」って隣に美人を連れてくる日が来るんだろうなあ・・・ちょっと寂しいけど、仕方ないや。
エントランスで秀志さんの部屋番号を指定してインターホンを押すと、該当者の部屋に訪問者の画像が映るらしく、どうぞと声がして各部屋につながる入り口が開く。
はー、いつきてもけっこうなセキュリティだ。
玄関前で再度インターホンをならすと、「いらっしゃい」と若干疲れ気味の秀志さんが顔をだしてへらっと笑った。
「秀志さん、なんだか疲れてるみたい。ちゃんと寝てる?」
「書き終えた後に一眠りしたから大丈夫。さっき、原稿を渡したときに担当の人が持ってきてくれたんだ。いま、お茶を入れるからね。和菓子だから緑茶がいいよね」
そういうと、秀志さんは台所でお茶の用意を始めた。秀志さんは私が来るといつも白地にペパーミントグリーンとブルーのラインが入ったカップにお茶をいれてくれる。
やや柔らかめのお餅のなかに、ちょっと塩味の豆と程よい甘さのつぶあんがたっぷり。2人ともしばし無言で豆大福を味わい、渋く入れた緑茶を飲んでまったりする。
「この豆大福、美味しいね~。秀志さん、ありがとう。私、川田屋の豆大福食べてみたかったんだ」
「それはよかった。でも、かなちゃんが食べたことないって意外だな」
「ん~。並んで自分の番がきたときに大福1個って言うのが、ちょっと恥ずかしいというか。変な見栄だよね」
「まあ確かに変な見栄だね。だけど、分かる気がするよ」
ほんとうかなあ。秀志さんなら、さらっと買ってそうな気がする。本当のところを探ろうと、彼の顔をうかがってみる。
「僕の顔、なんかついてる?それとも徹夜明け感がでてるかな」
「うーん、そ、そうねえ~。もう30超えたら徹夜は顔に出るよっ。うん」
「そうだよねえ。あー、僕も規則正しい生活にしないとなあ。なるべく長生きしたいし。ねえ、かなちゃん?」
長生き・・・先のことは分からないけど、まあ平均寿命までまだ40年以上ある。だからって急に私にふられても。
「そ、そうだね~。でも秀志さんなら長生きしそうだよ」
「そう?よかった。かなちゃんにも長生きしてほしいな、僕」
「ま、まあ。それは病気とかに気をつけるよ。なんだか心配してくれてありがとう?」
お礼が疑問形になってもしょうがないと思う。なぜ豆大福をまえに長生きの話になったんだろう。
秀志さん、疲れてるのかねえ・・・。
読了ありがとうございました。
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初恋ショコラ登場まで、もう少しお待ちください。
豆大福をどう描写するか考えて
和菓子の本を借りてみました。
うう、どれも美味しそうで・・・
あんこたっぷりの最中やようかん、上品な季節の生菓子。
洋菓子もいいけど、和菓子のさりげない甘さも好きです。