再会―END OF SORROW-
居酒屋キッド。その店は多摩川商店街の裏手にあるこじんまりとした古い建物だった。そこでテンプレ学園の面々は食事をしていた。貸し切りとなるその店内には泥試合だった今日を回想しながら雑談をしている。テーブルの上にはジュースや焼き鳥が並び、口元をタレまみれにしながらキッドは陽介にテンションダダ下がりだったPK前の事など忘れるようにうっとおしく絡んでいた。無礼講だ! 飲めよ食えよとキッドを大人にしたような親父・二蔵はどんどんつまみ類を提供する。座敷チームを背後にカウンター席で話す桐生とタイヨウはこれからの試合について話していた。
「水城さんから聞いた所、次からはユース代表が各校にいる完全に格上と当たる可能性があるようですね。うちの現状を考えるにラインの統率が出来るディフェンダーが必要。明石が上がったり、キャプテンが上がるとウチのディフェンダーはあまり上がる事も無い。これからはディフェンダーも期を見て上がらないと、点を取れなくなる」
「タイヨウに話そうとしてた事をお前から話されるとはな。お前はやはり他の一年とは何か違う。確かにうちのディフェンスラインは堅実で硬い方だ。だが、硬いだけじゃ強豪から1点を取りに行くにはディフェンスラインの押し上げが必要不可欠」
「今から探すのも厳しいですが、誰か目ぼしい人はいますか?」
「ディフェンダー、か。あいつがいればどうにかなるが……」
「あいつ?」
座敷ではキッドと前田監督がお腹に顔を書き腹芸をし宴会のようなドンチャン騒ぎになり、陽介と明石はネギマのネギと肉を互いに分け、肉を明石が食いネギを陽介がムシャムシャと覇を競うように食べている。そんな喧騒など全く気にしないように桐生はその頭に描く人物について話す。
その男は鬼瓦国風と言い、元はある世界グループ企業の息子だったが素行不良の為見捨てられたという話もある謎のある男であった。テンプレ学園の褐色の狼・桐生と対を成す白王子と呼ばれる男であり、サッカーのセンスはズバ抜けてあるが自意識過剰で、女癖が悪く自分の趣味を優先し金の儲かる事でしか動かず部活には殆どというより、二年になってからは全く姿を現さない幽霊部員である。頭を振る桐生はイチゴオレを飲み干し、
「いや、金に弱い奴で他の部活で賞金稼ぎのような事をしてる。餌を与えなければ動かない奴などサッカー部には必要無い。悪例になるからな」
その光景を横目で見ていた前田監督は自分の腹を太鼓のように叩きながら、
(やはり、鬼瓦君には戻ってきてもらうしかないですねぇ。そうとなればこの六蔵に動いてもらいますか。イチゴオレばかり飲んでいると糖尿病になりますよ桐生君)
そう桐生の身体を心配しながら、アイーンやコマネチをし笑いを取る木戸六蔵ことキッドを愛おしい目で見つめた。そしてキッドの父親で自分の弟であるキッドファザーに耳打ちをし、ドンチャン騒ぎは夜まで続いた。
※
川崎市ミヤビフットサルコート。
その調布の隣町のフットサルコートに足元の技術を磨く為、陽介と明石。そしてキッドは来ていた。タイヨウは前の試合で足を捻挫していたらしく、家で療養している。コートは三面まであり夜に近い時間帯の為社会人なども混じって全てのコートは賑わっていた。
「京乃、中!」
赤いキャップをかぶる京乃と呼ばれたデカイ男に見とれた陽介はまさか? という顔をし、第一コートを見た。しかし、ホッと息をつくと無精髭を生やしたロン毛のジャージ姿の松坂のオッサンが声をかけて来る。
「おー、陽介。それにキッド君に明石君。フットサルしに来たのか?」
三人はオッサンに挨拶をしどのコートが人数が足りてなさそうかを確認する。すると、オッサンは第三コートに面白い男がいると言う。
「いい所に来た。今日は来てるぜ。助っ人君が」
ニッと笑いオッサンはそう言うと連れの女と姿を消した。言われた先にいる男を見ようと第三コートを見ると、バシッ! と躍動感あるオーバーヘッドキックでゴールを決める細身で鋭い眼光をした白髪の男がいた。男は指で2、3と合図のようなサインを金網の外にいる中年の男に送っていた。衝撃が走る三人はリスタートからも一人だけ動きが違う男に見とれる。
「あいつかオッサンが言ってた助っ人て奴は。何で腰に変身ベルトしてんだ?」
「あれ、鬼瓦先輩だよ。二年の幻のDF」
「え?」
明石が言うにはオーバーヘッドを決めた白髪、長身の男が鬼瓦だという。前にテンプレ学園の試合の見学で見た事があり、あの先輩に会いたくて入学したら全く部活に来ないからどうしたんだろう? と思ってたらしい。その鬼瓦は中年の男からジュラルミンケースを受け取り、帰り支度をし始めた。そのただらなぬ雰囲気に陽介は一瞬たじろぐが――。
「おたくさん、テンプレ学園の鬼瓦さん? 俺はキッド居酒屋のせがれの木戸六蔵。親父から焼き鳥どーぞとさ。後、V3とかいうのの本物の変身ベルトを前田監督から」
「ほう? あのキッド居酒屋のせがれか。久しぶりにこの焼き鳥を食いたいと思ってた所だ。ほめてしんぜよう。V3の本物のベルト……これは前田に借りが出来たな」
上手くイニチアシブを取り食とおもちゃで釣ったキッドは居酒屋キッドのせがれというのもあってすぐに鬼瓦と親しくなり、そこにいつの間にか明石も加わる。
(タイヨウから聞いた話だと金にうるさい奴で性格も他人に厳しく難しい奴と言ってたから首尾は上々か? 問題はこの先だな)
「お、陽介じゃね。一年ぶりか?」
赤いキャップのサイドを刈り上げた長髪の男に呼び止められ陽介は立ち止まる。見上げるほどのデカイ男は何処かで見覚えがあり、数分前にこの男が第一コートで呼ばれていた名前を思い出した。
(まさか、主税――京乃主税)
その男は、陽介が小6の時にサッカーを辞める最大の原因になった京乃主税だった。そして天に浮かぶ太陽を蛇蝎のように忌み嫌い、太陽が消滅する特異点になるきっかけを与えた男だった。とうとう、人類の命運を左右する問題に陽介はブチ当たる。
「……主税、何でお前がサッカーを?」
「熱中症で倒れて意識不明になって一月ぐらいで回復して、引っ越した先でまたサッカー始めたらグングン成長してな。時間があったら足元の技術磨く為にフットサルで鍛えてんだ。背がこの一年で二十センチくらいのびたら、目線とボールが離れ過ぎて感覚が今迄と違うんだよなー。ま、何とかやってるがな。お前はテンプレ学園に入ったみたいだが、もちろんレギュラー取れたんだろ?」
「あ、あぁ……俺様を誰だと思っていやがる」
「流石は地区選抜の時に灼熱の暴君と呼ばれただけあるな。やっぱ強豪の一つであるテンプレ学園でもレギュラーとれたか。俺はそんなお前に憧れてここまで来たんだ。倒しがいがあるっもんだぜ」
(俺に……憧れていた? ただ周囲からちやほやされてたいした努力もせずに才能だけでやっていた俺に?)
久しぶりにも関わらず昨日まで一緒だったように色々と話す京乃に陽介は相づちを打つくらいしか対応が出来ない。去年の夏以降会う事の無かった親友の退院と急成長に焦るばかりである。
(俺もタイヨウと出会ってサッカーをもう一度ちゃんと始め、このチームで色々とありながら都大会を勝ち上がってきて成長してきたと思った……けど……)
けど、京乃の成長はまるで一年の空白が無く、その間に自分と同じ身長だった京乃は背が伸び、身体も大きくなり高校生にしか見えない風貌である。心も身体も全てを追い抜かれて時が止まる陽介はオッサンの話になり我に返る。
「松坂のオッサンから聞いたがこのままテンプレ学園が勝ち進めば決勝で当たるな」
「何だと? 主税、お前都大会に出てるのか?」
「今はお前達と同じ四回戦だ。次はウチのホームでテンプレの試合があるから、第一試合の俺達の敵情視察に来いよ。四試合目に勝ってもテンプレ学園の準決勝は辛いぜ。ただの中学生チームと違ってプロの集まりだからな」
「プロ? おい、待て!」
プルルッと主税の携帯に着信があり、慌てて出ると急いでカバンを持って走り出す。
「悪い、妹と親父が入口まで迎えに来てるんだ。決勝で会えたら会おうぜ。俺は月光学園にいる」
「……シエル! お前からもらったシエルは元気だ!」
「おう! 今度見せてくれ! じゃーな!」
その京乃を追う事は出来なかった。京乃の走る先には京乃の妹である樹音がいた。樹音は日本人形のような長い黒髪を揺らし、氷の女王のような怜悧さを秘めた視線で一瞥し、兄と共にフットサル場から消えた。すると、明石が陽介の背後に現れ、フットサルの試合が決まったと伝えられ第三コートへ向かう。久しぶりに会った親友の変化に戸惑い、それを振り払うかの如くピッチを駆け回った。
(主税の技術、才能、根性、閃き、必中、魂を超えなければ決勝じゃ勝てない。そして、決勝が終われば夏が終わる。タイヨウが言っていた太陽の消滅まではもう時間が無い。ここで勝ち続け俺が成長しなきゃ、何にも関係ない人達まで巻き添えを与えてしまう……それだけは絶対にダメだ。俺が太陽を恨むキッカケになった男は大きくなってグラウンドに帰って来た。その男は恥ずかしげもなく俺に憧れていたと言った。だから俺は……全ての壁を乗り越えなきゃならない……乗り越えなきゃ……!)
心のモヤモヤを切り裂くように陽介のゴールは量産される。
※
テンプレ学園四試合目当日。
テンプレ学園の面々は決勝で当たる敵情視察として一試合目を視察する為に月光学園の校舎まで早めに来ていた。どちらが勝ってもこのまま行けばベスト四まで上り詰める四校の内、三校もが一年選手のスタメンが三人もいる群雄割拠の春季・都大会にジュニアサッカー関係者や各校のOBは集結し、観客は大勢集まっていた。両チームのベンチがある場所とは反対サイドの金網前の石階段に座るテンプレ学園のメンバーは今迄にない観客の多さに興奮し、自分もこの試合でスカウト陣に注目されてるかもなと盛り上がっている。しかし、陽介だけは冷静にイエローのユニホームに袖を通す月光学園の京乃とその無精髭の監督を凝視していた。すると明石が月光学園の今迄の三試合の戦績データを見ながら声をかけてくる。
「それにしても一試合平均7点以上の得点というのは驚愕に値するな。まぁ、失点も多いが」
月光学園はこれまでの三試合で失点が13と守備がザルである。平均で一試合に4点の失点をしながらもここまで上り詰めてきたのは、その圧倒的攻撃力に他ならない。
月光学園のスタイルは常にガンガン行こうぜ! という攻めの姿勢であり、どれだけ点を失おうとも敵より多く点を取ればいいというものでどこも真似したがらない、どこも真似出来ない唯一無二の戦術を駆使していた。
「よく見ておけ明石。月光学園の監督はオッサンのようだぜ」
そのチームの監督はオッサン事、松坂旬であり唐突につきつけられたナイフを目の前にしたように驚きのあまり声が出ない陽介に前田監督は説明をした。
「松坂君はこのチームの監督ですが、週に数度しかコーチしに来ない。一度見た長所がどこまで伸びているかを確認するぐらいですからね。選手の個性、努力、自主性に任せ、その結果このチーム攻撃スタイルが出来上がった。ブラジルのストリートサッカーの即席チームで結果を出す唯一の方法がこのチームの指針」
「……」
たまに家でダラダラし、常に女と遊び歩いているようなニートだと思っていた叔父に陽介は別人を見ているような錯覚と動揺を受ける。今まで自分が接してきた男はこんな鷹のような眼差しでグラウンドを見渡す男ではない。
(俺は……主税とオッサンのいるこのチームと戦えるのか? 俺は……俺……?)
ポンッと隣にいるタイヨウが肩を叩き陽介に微笑みかける。その相棒の手に感謝し、圧倒的攻撃力を見せ付ける試合を見続けた。そして、9―4という結果で試合は終わりスタンドにいる陽介に向かって京乃はバン! と指で銃を撃つ振りをした。
「ダボが」
と呟く陽介はバババババッと二丁拳銃を撃つ真似をし、周囲を引かせていた。
そして、二試合目は自分達の為ロッカールームに向かい着替える。
春季・都大会四試合目・第二戦が行われ、新たにセンターバックとしてディフェンスラインを統率する事になった鬼瓦は大きなミスもなく左右の藤堂、芹沢と連携を取り四試合目は3対1で快勝した。最後に取られた一点で多少鬼瓦とGKの結城がもめたが、最後の挨拶をしクールダウンをする為にテンプレ学園一同はグラウンドを軽く走る。その最後尾を陽介と共に走る鬼瓦はぶつくさと文句を言っている。
「あのキーパー。無意味な空手プレーで失点しやがって。次はギャフンと言わせてやる」
「まぁ、そのへんはディフェンスラインで話し合うか、キャプテンに相談しろよ。お前ミドルからシュート決めてたけど、あのゴール後の2と3って何だ?」
「あれは2と3ではない。V3だ! 鬼面ライダーV3を知らんのか?」
その言葉で明石が言っていた言葉を思い出し陽介は黙る。
『彼は特撮オタだからほっておいて。顔はいいけどイタいから』
そして鬼瓦のよくわからない特撮ネタを言われたが適当に流し、そそくさと制服に着替え出す。全員が着替え終わり前田監督が最後のお疲れ様で締め、桐生が話し出す。
「次の破軍中学はJユース代表や地方から集められた強豪チームだ。各々心して次の試合まで過ごせよ。解散」
言うと、桐生は荷物をまとめスーツを着た中年の男の黒い車に乗って消えた。
それを見るタイヨウはすかさず震える水城の肩をつかみ、
「ねぇ水城ちゃん、あれはキャプテンの親父?」
「いや、違うわ。あれはきっと……いえ、早く帰りましょう。次の試合は私達にとって分岐点になると思うから」
「分岐点……」
思いつめた顔で歩いていく水城をタイヨウは見つめた。
空を見上げ落ちていく夕日を眺めるタイヨウは分岐点という言葉を強く噛み締めた。
そして自宅に帰宅し、夕食を食べて二階の部屋でゴロゴロしているといつもは甘えてすいよるシエルがやけにタイヨウの傍から離れる。それに気付く陽介はタイヨウの額に手を当てた。
「ちょっと体温が高いな。今日は早く寝たほうがいいぜ」
「じゃ、一緒に寝るか」
「寝ない。今日はお前が上で寝ていいぞ」
そう言っていつもはベッドで寝ていた陽介は床に敷かれる布団で寝る。早めに寝ようと携帯も触らず目をつぶると身体が重い。試合での疲れと精神的な疲れもある。準決勝の破軍中学はJユース代表を擁し財力でメンバーを集める強豪。そして決勝は松坂旬率いる陽介のライバルである京乃主税がいる月光学園――。
その重圧に耐えられないのか徐々に身体は重くなって行き重力の渦に呑まれたような感覚に陥る。そこは深淵の闇で光を求めようにも暗闇しかなく自分さえも自覚できない空間だった。ただひたすらにもがく事すら出来ず、何かを、誰かを探す為に動く。
(真っ暗だ。ここには何も無い。何か春前の……タイヨウと出会う前の俺の心の中みたいだ。無気力で無感動で全てを拒絶してたあの頃の俺そのものの空間。……ここは居心地がが良かった。苦しみも、痛みもないから楽でいい。人間やっぱ楽がいいしな。でも俺は太陽を消失させる特異点とかゆーのになっちまった。初めはメンドクセーとか思ってたけど、テンプレのサッカー部で一生懸命サッカーをするうちに俺は変わっていった。自分自身の居場所を見つけ、仲間に認められた。だからもう俺は暗闇には戻らない。こんな所で止まってられるかよ……でも正直、怖いさ。恐ろしいさ! でも、でも俺は戦わなくちゃならねぇ! 世界の為に、仲間の為に、そして赤毛の太陽神とか言っちゃってる中二病の相棒……タイヨウの為にな……! ――!?)
ふと、覚醒したかのように目を開けるとその原因がわかった。
「ぬお~! 重い……ってシエルも乗るな!」
床に寝る陽介にタイヨウは乗りかかり、さらにその上にシエルは乗りニャ~と鳴いた。




