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 後半も十分が経過した時点でテンプレ学園の足が急に止まり始めた。エンドが変わった後半、細工中学の攻撃は異様に機能し出しドリブルすら行い攻撃を仕掛けて来る。その防戦一方の展開に全員が後手、後手に回らざるを得なかった。その本当にロボットじゃないのか? と思うほどの正確なポジショニングに細工中学全員の薄気味悪さが更に増す。相変わらず細工の大島監督は指示を出さず、キャプテンの田代の声しかグラウンドに響かない。

(こいつ等、やはり狙ってこのグランドに水をまいたな。前半を攻めさせたのも作戦……こっちは体力を削られ、向こうはまだ元気か。今、点を決めないと負ける)

 桐生はディフェンスラインまで下がりディフェンスを統率し、カウンターのロングボールをほおり込んでも相手のように敵陣ではドリブルする事が出来ない。

「おい、タイヨウ。何で向こうでドリブル出来て俺達が前半守ってあまり使ってないこっちがドリブル出来ねーんだ? おかしくないか?」

「おかしい。けど攻めるしかない……ゲホッ」

 胸を抑えタイヨウは目をパチクリさせながら自分の手を見ている。一瞬タイヨウの身体が消えかかっていると思ったが、まさかなと考え陽介は走る。

 しかし、状況は好転せず右サイドの永倉の運動量が目に見えて落ちて来た。ボールがタッチラインを割った事でベンチの前田監督が動いた。淀んだ天を仰ぎ体力の限界に来ているテンプレ学園のメンツは給水をしながら監督の指示を聞く。

「交代です。キッド君を投入して右サイドからの攻撃に厚みを持たせます。そして、前半の敵の攻撃の意図が見えました。それは我々の体力を削る事と、自分達が攻めるグランドを意図的に踏み固めさせ整備させる事です」

 細工中学の作戦は沼地硬質化作戦だった。それは沼地のようになるグラウンド半面を前半の時間を使い相手に固めさせドリブルが出来るような状態までもっていき、エンドが変わった後半に自分達が攻めるグランド半面で怒涛の攻撃を仕掛ける。テンプレ側は体力も減りカウンターを受けてもビチャビチャのグラウンドのままでは攻撃もできずに終わる。これを繰り返していけば体力で勝る自分達が勝てないわけが無い。その卑劣な作戦が細工中学の作戦だった。

「酷い! これは抗議するべきだわ! 向こうの監督に言ってくる!」

「やめとけ、水城ちゃん」

 スッと水城はオッサンに腕をつかまれ動けない。微笑む前田監督は、放たれた陽介の言葉を制した。

「向こうの監督は最悪な監督だな」

「いや、おそらくはあのチーム全体の作戦でしょう。その証拠に向こうの監督は前半から動いていません。過去に問題があって一年間の試合出場停止をくらったチームです。向こうには複雑な事情があるようですね。ですが、それは勝負事ではどこも同じ」

 テンンプレ学園全員は考えを一つにし気持ちを引き締めた。

『勝つのはテンプレ!』

 と互いに掛け声をかけ試合に戻る。相手の作戦がわかり、心のモヤモヤが解消されたのと同時にキッドが入った事で右サイドからの攻撃に厚みがまして二本のシュートを放ったが防がれる。

「カウンター! 右サイドガラ空きだ!」

 右サイドのキッドが駆け上がる事によって空いてしまう広大なスペースを埋められずにテンプレ学園は失点をする。だが、キッドは守備に戻る事は少なく攻撃に重視を置いていて、とうとう陽介はキレた。

「おいキッド! オメー、ディフェンスをしろ! さっきからお前の後ろを狙われてるんだよ!」

「俺は攻撃で使われてんだ! 俺のセンタリングを二度も無駄にしやがって!」

「何だと! ダボが!」

「何だ!」

 その光景をチームメイトに止められ、審判に注意を促される。そして、細工のキャプテン田代に言われる。

「俺達の作戦に気付いてももう遅い。俺達は必ず監督を優勝させて勇退に導く。お前等らは冬に頑張れよ。俺達は勝つべきチームなんだ」

「お前……まさかキャプテンのお前がグランドに水を……」

 ポンッと肩を叩き下がっていたキャプテンマークを二の腕まで上げ走っていく。その後ろ姿を見る陽介は相手チームの違和感の謎がわかった。

(あいつが影の監督だ。だからこのチームは異様なんだ。個性が無く、各ポジションが機械的に動く理由もわかったぜ。でも、負けるわけにはいかねぇ)

 ふと、隣のタイヨウの肩を組み、何かをボソボソ話す。フッと笑うタイヨウはやってやるか……という顔で大きく頷いた。

 試合は相手チームのリスタートから始まり、ガムシャラに突っ込むキッドがボールをカットしタイヨウにボールが渡る。すると、タイヨウはそのボールをポンッ! と浮かせたまま駆け出す。よし! と笑いながら陽介は並走した。

「おい、タイヨウ。身体は燃えてんな」

「太陽並に、燃えてんぜ!」

「なら、さっき言った通りピクシーのアレ行くぞ。奴等の度肝を抜いてやる」

 タイヨウはリフティングをしながらドリブルをしていた。それはJリーグでピクシーことストイコビッチが水溜りのようなグラウンドをリフティングドリブルで駆け抜けた映像を見て真似たリフティングドリブルであった。

『――!?』

 その超絶なテクニックに細工イレブンは驚愕する。テンプレイレブンも驚くが、相手のキャプテンの田代がいち早く動き対応する。それに気付くタイヨウは、

「陽介っ!」

「あいよっ」

 ヘディングでパスを受けた陽介はもたつきながらリフティングドリブルをする。そしてゴール前に迫った時、足を滑らせでボールを失い相手にクリアされる。

(しっ、しま――)

「でやあっ!」

 野獣のようにボールに殺到したタイヨウはクリアされた球をゴールに叩き込んだ。マジかよ! という顔をする陽介はタイヨウに起こされながら笑う。

「決めきれなくてすまねー」

「2トップなんだからフォローして当たり前だぜ。二人のゴールだ」

 その二人はチームメイトに祝福され、田代は早くリスタートする為にボールをセンターサークルに急いで戻そうとする。その田代は相手チームの小さなツンツン頭の男のつぶやきを聞いてしまった。

「次は割り込んででも点を決めてやる」

 そして後半も残りわずかになり、点を互いに決め合って3―3の同点になっていた。体力は限界だが、2トップが水を得た魚のように勢いにのるテンプレ学園はこのまま一点とれば勝てる状況だった。対する細工は体力はあるがこの状況を予測はしていなかった為、精神的な焦りが小さなミスを連発しチーム全体が機能しなくなっていた。

「残り時間で決めるぞ! タイヨウと陰松はトップで張っとけ!」

「明石と木戸は2トップのサポート! 後はディフェンスを固めてロングボールを回す!」

 桐生は前半からのディフェンスラインの統率で顔も髪も泥まみれになって最後の指示を出していた。細工中学もチーム一丸となって攻めるが田代や相沢のシュートは弾かれ、それは桐生に渡り一気にすでに走り出している2トップに注がれる。それをサポートするように明石とキッドも駆ける。

 マイボールとした陽介はタイヨウとのワンツーで相手をかわして行きドリブルを仕掛ける。すでに地面は踏み固められ時間と共に乾燥してきている為、ボールが泥にとらわれず安定して転がる。そして、ツンとトゥキックでのディフェンスの股を抜いてシュート体勢に入るが、その背後から最後のデイフェンダーが迫りすかさずタイヨウに横パスを出す。

「タイヨウ君危ないっ!」

 その水城の叫び通りタイヨウの目の前にはゴールキーパーが飛び出して来ていた。キーパーはシュートを打たせまいとボールに飛びつくが、そのボールはアウトサイドで蹴られ陽介にリターンする。

「なっ!」

 ギリギリまで引きつけられたキーパーはもう無人の右サイドに飛ぶ事は不可能であり、陽介の背後のDFも間に合わない。

「終わりだブ細工ッ!」

 バシッ! とそのボールはインサイドキックで確実にゴールに流し込まれる。テンプレ学園の全員が試合の終わりを思った瞬間、タイヨウだけは叫んだ。

「詰めろ陽介っ! ボールが止まってる!」

「へ? なっ――」

 決まるはずだったゴールが決まらない。なんと、ボールは多少盛り上がった土の上に止まっていた。しかし陽介はそれをつめる為に走り出す。キーパーも必死にダイブし身体ごとボールに突っ込む。

(陽介の方が早い。勝った……)

 その最後のシュートはポストに嫌われ、細工のベンチ前に転がった。テンプレ学園の全員は時が止まる。キーパーともつれ倒れる陽介の上にキッドが覆いかぶさっている。溜息をついたオッサンはアクビをしながらベンチから去って行く。ガッツポーズをする田代は試合開始から微動だにしない大島監督を見て言う。

「……最後の罠が役にたった。PKなら勝てる。俺達はまだ体力だけはあるからな。皆、この試合はもらった! 俺は最後の仕上げをしに行く! 監督の事を頼む!」

(またかキャプテン……もうそれをするのはダメだ。もう実力だけで勝たないと……)

 大勢のメンバーが頷く中、相沢だけは歯がゆい顔をして田代を見る。

 そして試合終了のホイッスルが鳴り、勝負の行方はPK戦に持ち込まれた。

 すると、今まで一言も喋らなかった大島監督がゴホゴホッとセキをしながらメンバーを招集する。

「皆さん、話があります」





 PK戦の準備にかかるテンプレイレブンは給水をしながらストレッチをし、集中力を高めて行く。前田監督は桐生とキッカーの順番を話している。他のメンバーは普通ならキレる陽介がキッドに何も言わずベンチに戻り、スパイクを脱いで水場に向かった事を不気味に思う。テンプレ学園の面々はたそがれるキッドに声をかけるがキッドはベンチで下を向いたまま何も反応しない。桐生は水が入ったバケツを持つタイヨウに話しかける。

「タイヨウ。陰松は大丈夫なのか? 様子がおかしかったが」

「んー、わかりませんねー。あそこでキレなかったのはどう考えてもおかしいのは確かです。途中でキッドに守備をしない事にキレてたわけですし」

「そうだな。まぁキックに影響さえなければいい。二本目はお前に蹴らせる。準備しておけ」

 言うなり、泥まみれで色黒もなにもない桐生はぐったりとする面々を励ましキッカーの順番を決める。火照る足をバケツの水で冷やすタイヨウは水城からもらったゼリー飲料で体力を回復させる。

「バケツが無いと思ったらタイヨウが持ってたか。丁度いい」

 背後から突如現れた陽介は、タイヨウが足をつけていたバケツの水をキッドの頭にぶっかけた。

『――』

 一同はその行動に驚き、タイヨウはやれやれといった顔をする。

「この野朗っ! 俺が下手だってバカにしてんのか!? 俺がただの根性だけが取り得のポジションも定まらない奴だってバカに……!」

「お前はこのチームで一番うるさく、一番へただ」

「なにおっ!」

 びしょ濡れのまま詰め寄るキッドの額を押して言う。

「だけど一番のムードメーカーで一番ガッツがある。お前が消極的だとこのチームは勝てないんだよ。奴らの執念は試合中に感じただろ? あんな機能的で機械的なチームならPKは得意なはず。お前のガッツがこの試合を決めるんだ」

『……』

 周囲の人間は陽介が先日までとはありえない発言をしている事に固まりつく。キッドの良さと悪さを説明し本人を諭す。そしてある提案をした。

「キャプテン。キッドにキッカーを務めさせて下さい。仲間である以上、チャンスを与えるべきです」

『……』

 あいつには無理だろという声が上がり続け、キッドは再び黙り込む。

(無理に決まってんだろ……俺はPKは苦手だ。勢いとか流れに乗れない止まったボールを蹴るのは苦手んばんだよ。本当にさっきから言ってる事がおかしいし、最近の雨続きで頭がおかしなったんじゃねーか陽介の奴。早く帰りてぇ……)

 すかさず陽介は厳しい口調でツッコむ。

「こんな時にだんまりか? 今やらなきゃ、この試合勝ってもお前の出番は無くなるぞ。さっきのシーンも元は俺が決め切れてなかったのが悪い。それをお前がフォローしようとしたら、失敗しただけだ」

「俺は自分で得点したくて後ろから行っても声をかけなかった……だから俺は……このチームにはいら――」

「いつ勝たなきゃいけないんだこの試合は!」

 その陽介の叫びに全身を震わせ鼻水と涙を流すキッドは叫んだ。

「今でしょ!」

 そして、キッドの心に炎が灯り運命のPK戦が始まる。




「話を聞いて欲しい……」

 キックの準備を桐生がする中、細工のキャプテンの田代がテンプレ学園の面々にいきなり辛らつな顔で話し出した。それはこの試合で仕組んだ細工と過去の話だった。

 田代は定年で勇退する大島監督に何とか決勝まで行かせてやりたいと涙ながらに話す。審判への金銭授与などでマスコミに叩かれたこの学校のサッカー部の顧問を務め、大島監督は十年以上かかり周囲の信頼を回復させた。本当は他校の校長になるはずだったのに、自分の母校という理由で校長職を、教師人生を捨ててこのサッカー部にかけた。その大島監督の熱意に心打たれたチームは心を入れ替え、新しい正義を貫くという志は代々受け継がれて来た。しかし、少子化の煽りもあり細工中学は今年で廃校が決まっていた。この疲れきった肉体と精神状態では、この重い話は心身ともに堪える問題だった。

「……水をグラウンドに巻く。この程度ならバレないと思ったんだ……だから雨のグラウンドでの戦い方を学んでこの試合に勝とうとした。この大会が終われば俺達はサッカーを辞めて就職する」

 この田代の相手のスポーツマンシップを利用するような心理作戦を巧みに相手に合わせた話を切り出し細工中学は厳しい試合も勝ちあがって来た。スポーツマンシップを重んじるチームは美談に弱い事を知っているのである。これは田代とチームメイトの考えで大島監督の作戦ではない。大島監督自体が本当に体調を崩している為に田代が監督をするチームになっていた。寂しげな瞳で大島監督はテンプレ学園を説得する田代の背中を見つめる。テンプレイレブンは動揺を隠せず、互いの顔を見合わせる。

(ここで桐生キャプテンが話す前に陰松に判断させればいい。どちらに転んでも相手の精神状態は崩れる)

 涙を浮かべる顔とは間逆の内心の田代は陽介に問う。桐生は動くが、大きく頷いた陽介は桐生を遮り言う。

「わかった。負けてやる」

(陰松――!?)

「ありがとう」

 桐生を始めグラウンドの全ての仲間が驚く中、二人の握手は交わされようとする――。

 だが、寸前で陽介は手を引っ込めた。

「と、言えばお前等は本当に嬉しいのか? そんな小細工を使って勝って監督を勇退させられるとでも思うかよ? そんな卑屈な行動で勝って誰が優勝した時に感動するんだ? そんな事はただの偽善だ!」

「サッカーセンスに恵まれたお前等に何がわかる。体力だけが取り柄の地味な俺達の苦悩など……俺達の学校が無くなる事も過去の事件もお前達に理解できるのか!?」

「当事者じゃねーんだから理解なんかできねぇし、知らん。第一にセンスが無い? 体力だけが取り柄? それで十分だ。プロだってみんなメッシにはなれねーんだ。なら他の才能を磨くしかない」

 その陽介の顔に全員は驚く。唖然とする田代は目の前の男の姿にどういう感情を持っていいのかわからないままひざまずく。

「お前……何で泣いてんだ? 何で俺達をそんなに庇う……」

「お前等はちよっと前の俺そのものだ。いつもネガティブで他人を羨み、憎み、無い物ねだりでこすい事しか出来ない俺そのものさ。俺がそんな事に気付いて、お前等が気付けないわけがないだろう? おら、大島監督が皆と待ってやがるぜ」

 スタスタと歩き地面を踏みしめ、空を眺めながら虹を見つけ言う。

「グラウンドが予想以上に濡れてたのはスプリンクラーまいただけだろ? ほーら、あの七色を見上げて見ろよ。綺麗なもんは、魂と魂がぶつからなきゃ生まれない……うがっ!」

 ズルッ! とこけて顔面が泥だらけの陽介は忘れ去られ、田代はベンチにいる仲間達を見つめる。大島監督に説得されたベンチのメンバーは相沢を中心に田代の変化に気付き、涙を浮かべながら輪の中に受け入れる。

(……大島監督。皆っ!)

 自分の間違いを認めた田代はテンプレ学園の全員に謝罪し、細工のベンチに戻る。

「お、俺にも感謝して~」

 地面に倒れたまま田代の背中に手を振る陽介は半泣きになる。そしてチームメイトからめちゃくちゃにされ様々なイヤミのような事を言われて、要約すると今のはちょっとカッコよすぎるから泥まみれで挨拶を忘れられた事でチャラだな。というのがチームメイトの総意だった。ぐぬぬ……と即興にしては随分上手くいったのにと思う陽介は明石の手を借り立ち上がる。パチン! と尻を叩くタイヨウは、

「成長したな大将。今なら水城ちゃん落ちるかもな」

「互いの欠点を補う為にポジションがあり、それがチームだ。当たり前の事をしたまでよ……って水城さんは?」

 その水城は桐生のスパイクの裏の泥を取っていた。じっとスパイクを磨き続けている為、陽介は見てなかったと思い肩を落とす。その背中をチラッと水城は見つめた。

(あいつ……ちょっとカッコイイ所あるじゃない)

 そしてPKの順番が決まりキッドを励まし陽介もストレッチをする。ゼリー飲料を渡してきた明石は硬くなるキッドを見て言う。

「ああ見えてキッドはPKが上手い。フリーキックには向かないけど、近距離ならいける」

「キッドはおだてれば使える。小学校時代の付き合いから見てそうだろ明石」

「そうだね。流石は陽介」

「フン、俺を誰だと思ってやがる」

(君もそうだよ……フフフ)

 ハッ! と急に悪寒がする陽介はいつもの微笑を浮かべる明石に安堵した。





 一本目は細工中学からのキックだった。その選手は落ち着いて蹴り込みゴールを決める。特に動じる事も無い桐生はボールをセットする。敵のチームは全員が肩を組み合い念力を送るように外せ! と祈る。そして、桐生が動いた。

『――うそ?』

 キャプテンが外した――。

 テンプレ学園チーム全員に衝撃が走る。

(キャプテンは攻守に渡り、足の落ち着き場の無いグラウンドを十五キロ近く走ってる。足がもう持たなかったのよ)

 天を見上げる桐生を水城は熱い眼差しで見つめる。動揺するチームメイトは誰一人桐生をフォローしに行かず、攻守交代になりテンプレのGK結城は空手の型をしながらゴールマウスに入る。誰も桐生に声をかけない光景を見た田代はボールをセットし言う。

「自分達のキャプテンが全て完璧に何でも出来ると思うなよ? チームは周りをフォローし支え合う為にあるんだよ。そう、俺は陰松に言われたぜ?」

 テンプレ学園の全員はその田代の魂のこもるゴールに戦慄する。そして、次のキッカーは未だ自分のしでかしたミスから立ち直れぬキッドであった。

(陽介の奴、こんな場面でも俺に蹴らせるのかよ! これで外したら絶対にレギュラー外される……うへっ! 一蔵のオッサン……いや、前田監督めっちゃ見てるしヤベーよ。順番通りタイヨウに蹴らしておいた方が……)

 前田監督からの指示を受けた明石がキッドに耳打ちした。何をしてるんだ? と思う陽介はやっぱキッカー交代かなと思った。その直後、やけに張り切り出したキッドはテンションが高い時にのみ発揮される正確なキックでゴール左隅に叩き込んだ。監督に向かって指差すキッドはグラウンドを走り回る。

(やはり六蔵はおだてに弱いな。弟とそっくりだ。それに陰松君とも。久しぶりに弟の店で飲むかな)

 甥っ子の活躍に老獪な微笑みを見せ前田監督は笑う。

 そしてPK戦は第四戦まで終わり、2―3と負けている状態だった。

 次で失敗すれば敗戦は確定である。

「今迄の疲労のせいで皆ボールを蹴る感覚がズレてるんだわ。これじゃ、先が思いやられるわね」

 そう思う水城はどんよりするテンプレ学園のキッカー達を見る。そのイレブンを赤毛の男は胸のエンプレムを握り一喝する。

「こんな事でいちいちどんよりすんな! 相手を見ろ! 奴らは太陽よりも熱く燃えたぎってる! 燃える事でテンプレ学園は負けんのか!?」

 そのタイヨウの言葉に全員の心に火がついた。テンプレ学園の旗は心に輝く熱き炎・サンライトハート。その炎の心が世界で活躍している数多の卒業生の原動力になっている。卒業生達に笑わぬよう、自分が世界で戦える存在になるようチーム全員の心に炎が灯る。テンプレ学園の校旗の意味を理解したサッカー部は絆の力で乗り切る為に全員で肩を組んだ。

(タイヨウ……転校生のわりにこのテンプレ学園の旗の意味まで理解してるとはな。やはり来年はあいつにこれを託すべきか)

 肩の赤いテンプレ学園のハートに太陽が描かれたキャプテンマークをギュと握りしめ、桐生はPKを成功させチームメイトに祝福されるタイヨウを見た。そして、相手のキッカーが外し残るキッカーは陽介になる。これを決めれば四回戦進出である。

 熱い太陽を見上げる陽介は大きく息を吐いた。

(俺は太陽が憎い。おそらく一生許せないかもしれない。だけど、今日は許してやる。このピッチを乾かし、そしてチームメイトを一つにしたテンプレ学園の校旗だからな)

『決めろ陽介っ!』

「当然よ。俺様を誰だと思っていやがる!」

 その陽介の心にはもう何も無かった。欲望も葛藤も焦燥も無い。無心の太陽になる陽介の一振りで、テンプレ学園は勝利を収めた。

 アクビをしながらオッサンは消え、身体の力が抜けるように立ち尽くすタイヨウはゴールを決めてチームメイトにメチャクチャにされる陽介に見とれた。その瞳にはもう、太陽に対する憎しみの色は消え失せていた。澄み渡る大空に虹がかかり、陽介は暖かい気持ちで太陽を見上げた。



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