結束
銀竜中学との試合が終わった翌週からは梅雨の到来なのかよく雨が降った。
朝の陰松家ではすでに父親は会社に出勤し、陽介とタイヨウは母と祖父を交え朝食を食べていた。TVでは今週の天気予報をやっていて陽介は雨が続くのか……と思いながら豆腐とワカメの味噌汁を飲む。その足元ではシエルがネコ缶から出されたキャットフードをモグモグと食べている。そして朝食が終わり、タイヨウは食器を洗うのを手伝い陽介は鏡を見ながら髪型を整える。
「梅雨になると髪形が決まらなくてやだな~。次の三試合目が雨の試合とかだったら更に最悪だぜ。ベッカムみたいにハーフタイムに髪型を直さないといけない……ほい」
「サンキュ……?」
ヘアワックスを渡す陽介はトイレに向かう。するとTVでは天気予報の話題から熱中症の話になっていた。赤い髪をセットする手が止まりTVに見入る。山口県の中学生が暑い日ざしが照りつける昼下がりのサッカーの試合中に熱中症で倒れ病院に搬送されたという。ニュースキャスターは屋外だけでなく、室内でのスポーツの場合もこれから少しずつ暑くなる為、水分だけでなく塩分も同時に取るように伝える。タイヨウは黙ったままTVに釘付けになる。その後ろでは陽介の祖父が茶を飲んでいた。
「熱中症……やはり夏は太陽は忌み嫌われるな。昔はけっこう好かれてたんだが」
「もう熱中症の時期かのぅ。そうえいえば陽介の友達も去年なって病院に運ばれたな。名前は何だったけか……」
「じいちゃん、その話を知ってる限りでいいから教えてくれ」
いい事を聞いたと思うタイヨウは祖父の話に聞き入る。これで陽介が太陽を消滅させる特異点になったキッカケがわかるかもしれない。
話は去年の夏――。
地区選抜の練習試合の終わりに熱中症で意識がなくなり倒れた友達がいた。その陽介の友達は病院で入院したまま転校してしまい、離れ離れになった。すぐに病院に向かったがその友達の妹にののしられた事で心が折れ病院へは行く事が出来なくなった。それから陽介はサッカーをしなくなったらしい。
(その事件で太陽を憎むようになって百年に一度の特異点になったか。自室の机にある写真は確実にその少年だな)
そして祖父の話は終わりを迎える。
「人生には太陽が一番必要。しかし時には雨も必要だ。太陽ばかりでは人間は駄目になる。曇りの日も雨の日もあり、地球が生き続けるには太陽も雨も必要。それは人生の縮図」
「……そうだな。ありがとうじいちゃん。行ってくるよ」
玄関で叫ぶ陽介に答え、カバンを持って赤い傘をさして後を追う。
六月初週の三回戦に向けてテンプレ学園サッカー部は地道に練習に励み、雨でグラウンドが使えない日は校舎内で階段ダッシュなどの基礎体力トレーニングに取り組んで、陽介は前回の試合から確実に何かが変わっていた。嫌がっていた筋力トレーニングや瞬間的な速さを求められるFWにとって必要不可欠なシャトルランなどのメニューも自宅の庭などでもするようになっていた。明石の代役になるであろうお調子者のキッドは足の速さを自慢するようにチーム全体の先頭を走り続ける。そして今日の練習は終了し、クールダウンをして帰り支度をし部室を出た。
「おい、陽介。今日ゲーセン寄ってかねぇ? 新しいカードゲームが面白いんだよ。実家の居酒屋の手伝いして金が入ったから少しは奢るぜ?」
「いいねぇ。気分転換に軽くゲームするか。決勝が近づけばもうゲームなんてやってらんないからな」
「何だよ陽介。お前何か最近やけにマジメだな。まさか俺様がレギュラーになろうとしてて焦ってんのか? まぁキッド様はゴールキーパー以外はどこでもこなせるユーティリティプレーヤーだからな!」
「ユーティリティねぇ。つまりはどこでも使えないって事だな」
ウガーッ! と暴れるキッドの攻撃を回避してると、ふと校舎の下駄箱を出た場所で立ち止まる。目の前の視界を遮る雨を見てからカバンをあさる陽介にキッドは微笑み、
「どーせ傘が無いんだろ? 傘ならある。折りたたみはカバンの中に常に入れてあるからな」
「悪ぃキッド。部室に明石に届けるプリント置いてきちまった。すぐに戻るからとりあえず先出ててくれ」
明石の自宅に届けるプリントを部室に忘れてしまった陽介は急いで戻る。キッドは折りたたみ傘を広げて歩いて行く。部室の前に着くと、まだ誰かが残っており声が聞こえた。ドアノブに手をかける力が急速に失われ固まった。
「陽介はまだレギュラーには早いと思います」
(この声はタイヨウ……相手はキャプテン……か?)
その重苦しい会話内容に心を打たれた陽介は部室のドアの前で立ち止まり中の会話内容に聞き入る。
「そうだな。だが、それは次の試合で陰松も結果を出して自分がレギュラーだとチーム全体に認めさせるだろう。前田監督も今年の一年は個性の強い選手が入ってきたからチャンスを与えてこのチームの抜本的改革をするようだからな。夏以降の大会に照準を合わせてチーム全体に競争心を植え付け、一年だけでなくサッカー部を全国優勝に導けるチームにすると言っていたからな。今はその準備段階だ。勝ってはいるし焦る必要は無い。転校してきてもう一月近く経つが、タイヨウから見てこのチームをどう思う?」
「どうとは?」
「都大会の準決勝、決勝を勝てるチームかどうかを聞いている」
「勝てないですね。今のままでは」
(なっ、あの野郎!)
ドアの前で立ち尽くす陽介の怒りは相棒であるタイヨウに向けられ、その怒りは増して行く。そしてタイヨウは続ける。
「まず、このチームは控えとレギュラーに差があり、複数のポジションをこなせても平均的に高い程度で一芸に秀でた人間がいなすぎる。それにセットプレイでも体格がいいのはゴールキーパーぐらいでポストとして当てる人間も存在しない。キッカーも明石がいない今、キャプテンしかいない所が勝ち進めない理由かと」
「冷静な判断だ」
そのタイヨウの意見に桐生は納得する。そして話はMF陣の連携や得手不得手の話になり、DFラインとGKの関係性について語る。
「思ってはいたんですが、GKの結城さんは空手の型ばかりやってあまり指示を出してる所を見た事がないんですが?」
「GKの結城は無口な方だからあまり大きく指示は出さないからな。基本的にうちの守備は3バックの全員一丸で守り、DFはDF。GKはGKとして守備をしているから連携は無い。だが、それも勝つにつれて問題点として浮かび上がるな。前回は早々に二失点して結城が軽くキレてDFがしまったが、DF側から結城に対して意見を言える人間が必要になる」
「ディフェンスリーダーって奴ですね?」
「そうだ。とりあえずこれからに向けてディフェンスリーダーは必要だ。それは俺からも監督に言っておく。あいつを使うには金がかかるしな……」
「あいつ?」
「……あっ、いや独り言だ。それで陰松の件なんだが、奴のプレイスタイルを変えさせる必要がある」
「それは感じてました。陽介のプレイはまだまだ自分しか生かせない自分勝手なプレイが多いい。もしプレイスタイルを変えない場合は……」
「テメー!」
瞬間、サッカー部のドアはバンッ! と開け放たれ激怒する陽介はタイヨウの胸ぐらをつかみ壁にたたき付ける。唖然とする桐生は二人を引き剥がそうと身体につかみかかる。
「やめろ陰松! 別にお前を外す為の話をしてたわけじゃない!」
「わかってますよキャプテン。俺は前と同じ試合の過ちは犯さない。試合に出れない明石の分も結果を出す。この悔しさは試合で晴らして皆の信頼を取り戻し、俺がFWのエースとして認められる存在になる!」
もの凄く強く掴んでいた胸ぐらをゆっくり力を抜いて離す。烈火のような瞳を輝かせこの相棒であるタイヨウにそう宣誓し、部室を後にした。熱くなる身体と心を冷ますように下駄箱まで疾走した。そして、ふと立ち止まる。
「あ、そういえば傘持ってねぇ……あー、キッドに連絡して戻ってきて……いや、あいつはそんな事すると奢らなねぇとか言い出すからな。カバンを傘にして走ればいいか」
そしてキッドを追いかける為に雨の中を走る。
(やっぱ傘が無いときついな。冷てぇ……ん?)
校門の入口に一人のウインドブレーカーをかぶって新聞配達をしている少年が歩いて来る。
それは、靭帯断裂で休学をしているはずの明石だった。さも当たり前のように普通に前から歩いて来るのに出くわし、これは現実か? と思い頬をつねる。やっぱ痛くて現実を悟った。
(あれ? 明石は靭帯断裂で学校を休んでるんじゃ……?)
やぁと爽やかな笑顔を見せ、ウインドブレーカーのフードをかぶり雨を弾きながら自宅で経営している新聞屋の新聞紙を防水ビニールをかぶせ、カバンに詰めて歩いていた。唖然としたまま陽介はびしょ濡れになっている事も忘れ校門で立ち尽くす。そして雨に濡れる陽介は笑顔で語る明石の話を聞いた。その話は陽介の今までの心配を吹き飛ばすものだった。
「あー、人体断裂で二ヶ月の安静は嘘。実際は靭帯に異常はないけどとりあえず安静にしなさいって事で、怪我ついでに学校休んで家の手伝いしてたんだ。親父が風邪で寝込んでてさ。働ける人がいなくて僕が働くしかなかったんだよ。新聞の夕刊を配る手伝いして新しいスパイクを買いたかったしね」
要するに明石がしたかった事はこれからの陽介の成長を願うのと、自分勝手に試合をしていた罰としてこういう嘘で行こうと明石が皆にメールや電話で連絡したらしい。ふと、明石は小学校の地区選抜で出会った時代から妙にダークな一面を持っている事を思い出した。
今はテンプレ学園の校長室に夕刊を配達しに来てたらしい。
校内の校長室の隣にある理事長室で外の雨を眺める前田監督は呟く。
「そろそろ夕刊が来る頃ですね。校長への口ぞえも済みましたし、後は選手達が頑張ってくれればいい。今のチームなら都大会で優勝できますからね」
そして突然目の前に現れた少年に動揺し、ズズッ……と鼻をすする陽介は下を向き、明石の両肩に手をかける。ごめんよ! と相変わらずのマイペースさで言う明石に対し今までの悲しい気持ちは吹き飛び、満面の笑みを見せる。
「まー怪我がなくて良かったよ。俺もお前のおかげで色々な事に気がついて成長出来たしな。前の俺はどうかしてたんだ。水城さんをキャプテンから奪うためだけにサッカーをしてた。そんなんじゃ、試合にまじめに出てる皆には示しがつかないよな。悪かった……俺が悪かったから今回の件は許す……なんて言うと思うかあーーーーっ! ダボが!」
今まで騙されていた陽介はウガー! と飛びかかり明石にヘッドロックをかます。
それを呆れた顔で校舎の入口の下駄箱で見つめていたタイヨウと桐生は、
「明石の登場早かったですねキャプテン。次の試合まで知らなくても良かったのに」
「そんなにイジめてやるなよ。これで陰松は人間として一皮むけるだろう」
「いーや、まだむけてないですけどね。カタツムリですよあいつは」
「カタツムリ?」
降り続く優しい雨が全ての嘘を流し陽介と明石が暴れる校門にタイヨウと桐生も混ざった。これにて、テンプレ学園サッカー部は一つのチームとして機能する事になった。




