一幕~東京都春季・都大会への挑戦~
一幕~東京都春季・都大会への挑戦~
GWも終わり休み明けの登校日。昨日と同じく太陽はサンサンとアスファルトを溶かすように照らし、地球温暖化は恐ろしいなと実感する陽介は校門をくぐり教室へ向かう。そしてクラスメイトとGWにあった話などの雑談をしているとHRの時間になる。アクビをする陽介は窓側の一番後ろの席でまぶしい太陽を一瞥し、担任を見た。
(あー、ダリィな。サッカー部も辞めるし、帰りはゲーセンでも寄って帰るか。昨日は変な赤頭のせいで嫌な記憶も思い出すし……ってあいつ!)
そこには昨日多摩川の土手で出会った赤髪のタイヨウがいた。
思えば今日から同じクラスに転校してくると言っていた事を今更ながらに思い出し、最悪だ……と口を抑えながら身をかがめノートで顔を隠し存在を気付かれないようにした。
(げっ、あの後レディボーデン奢らせてそのままバッくれた恨みでここまで来た? でも転校までして金の回収に来るか? いや、あんな髪の奴だからわからんな)
とりあえずタイヨウの暫定的な席は窓側の一番前になった為、顔はバレない。
陽介はせめて今日一日は出来るだけ関わらないよう、中休みは走ってトイレに行き、昼休みは走って食堂まで行き駆け足で食い、残り時間は図書室の奥で寝ていた。そして放課後の一日最後のHRが終わると野球部とサッカー部が二分する大きなグランドに高速で向かった。
「さーて、あの邪魔者とは明日関わるとして、今日はこいつをキャプテンに渡さなきゃならねー」
退部届を手に持ち、サッカー部の部室前で待機した。しかし、部員は一向に現れない。サッカー部だけでなく野球部もである。ポツンと広大なグランドを眺めて何かあったのかと思っていると、グランドまでの通りに人だかりが出来てるのを見た。その群れはこれから部活を始めるはずの野球部とサッカー部だった。一体何をしているんだ? とその人だかりに割って入ると、そこには赤毛の転校生タイヨウがいた。そのタイヨウの鮮やかで曲芸師のようなリフティングに皆が魅了されていた。合計回数はすでに3千を超えているという。
(リフティングが3千? まぁ今はとりあえずあいつはいいとして、キャプテンは……やっぱ水城マネージャーと一緒か。て、水城さんがあの赤毛を凝視してやがる!)
サッカー部のキャプテンである桐生と水城マネージャーがいるのを確認した。同時に茶髪にセミロングの水城マネージャーが赤毛の少年に好意があるのに気付く。それは陽介が水城に恋をしているからわかるのである。その思いを押し殺し、桐生の前へと向かう。それを横目でタイヨウは追った。
(……来たかタコ)
陽介が桐生の前に立つ瞬間、バシッ! とリフティングされていたボールは空高く上がって行く。そのボールにその場の全員が目を奪われる。だが、桐生の目は退部届に行く。
素早くタイヨウは動き、退部届けを奪って落下してくるボールを頭で止めた。
『おおーーーっ!』
という歓声が上がり、タイヨウは運動系の部活の面々に囲まれ自分の部に入れと熱烈なスカウトを受ける。水城は自分もスカウトしようと群集に割り込んでいく。その喧騒とは別に桐生と陽介は無言のまま見つめあっている。
「キャプテン……俺……」
「俺っちはサッカー部に入ります! 陽介と共に都大会の優勝を目指します!」
「は?」
いつの間にか群集を抜け出していたタイヨウは退部を言い出そうとする陽介の手を取り高々と掲げ、宣言した。
※
「で、お前は何で俺の家に当たり前のようにいるんだ?」
「俺っちは掃除、洗濯、家事、親父! 全ての家庭の仕事をこなすスーパーマンさ! この家の手伝いをするのを条件に雇われた。ついでに陽介の非行監視」
「ダボが。俺はこれからサッカーに打ち込んで水城マネージャーと付き合うんだよ。んな暇あるか」
あの後、帰る家が無いというタイヨウは陽介の家に乗り込み、家族の手伝いをてきぱきとこなしすでに家族の一員のようになっていた。タイヨウが自分が空の太陽神であり、百年に一度現れる特異点である陽介の心を安定させ、太陽を消滅させない為に地球人になりすまし現れたという。相変わらずその中二病のような話については半信半疑だが、こいつのテクがあれば自分も試合で輝いて水城マネージャーのハートをゲット出来る利点を見つけ傍にいさせてやる事にした。夕食が終わり、後片付けをしたタイヨウは二階の陽介の部屋でレディーボーデンのカップアイスを食べながらくつろいでいた。
「サッカーを続けてくれて助かったぜ。このままお前が精神的に安定し大きく成長して太陽を好きになってくれればこのまま人類は夏を過ごせる。タイムリミットは夏休みが始まるまでだからな。忘れるなよ」
「そりゃ最高な事だ。俺は夏は大嫌いでな。月だけありゃいいんじゃね?」
「タコが! だから月だけじゃ世界は回らなんだよ。何度も説明しただろ? マネージャーゲット作戦辞めるぞ?」
「お前の太陽正常化作戦に協力しよう。マネージャーゲットに失敗したら確実に太陽に恨みがいくようにするがな」
フッと笑いながら陽介はタイヨウを見据えた。
「ちなみにいきなり告白とかすんなよ。まだ早いから」
「わ、わかっとるわ! ダボが!」
(振られて精神が乱れたら予定してる時期より早まるからな。台風なんて来られたらたまったもんじゃない)
とりあえず無茶な事をするのは制したと思いながらベッドの上に座りサッカースーパープレイ集の映像を見る。アイスを机の上に置く陽介はやけに熱心に過去の選手のスーパープレイに見入り、フォームを練習する赤毛の少年に軽い嫉妬を覚えた。
「まさか実戦で試すつもりか? もし出来てもテンプレ学園サッカー部にファンタジスタはいないから周りがついてこれないぞ?」
「あのマネージャーはサッカーが上手い男が好きなんだ。だからキャプテンとも付き合ってるようだぜ。俺っちもあの女に色目を使われながら入部を勧められたしな。次の試合に出て活躍して勝てばあのマネージャーもイチコロよ。顔は似てるわけだし」
「サッカーが上手い男か……お前が好かれて俺が好かれない道理はないからな」
「そうだ。お膳立てはしてやる。夏まで頑張ってあの女をゲットだ!」
「おうよ! それと俺っちって何だ? 太陽神言葉?」
「俺っちは地球の若者言葉かと思ったんだが?」
「ハハハッ! ダボがいる! そんなのマンガのキャラでもいわねーよ!」
「そうなの? まぁもう慣れたからいいや。んで、もうこれはいらないな」
ビリビリッと退部届を破り捨てゴミ箱に捨てた。そして、腕を組む陽介はニヤニヤと顔をニヤケさせながら妄想をする。その中二病満載の誇大妄想の中でマンガやアニメの主人公になったような気がして思いつく質問をぶつける。
「……じゃあ俺には変身できたり凄い能力あるの? やっぱヒーローは変身や合体だよな。太陽に影響を及ぼすなら宇宙にも行かないとならないし、ロボットのパイロットってのもカッコイイよなー。で、俺には何の力があんの?」
「いや、ない。決してない。お前には何も無い。あるのは太陽を消す力のみ。お前は誰よりも光を求める癖に、誰よりも光を憎んでいる」
「……そんなん知るかよ」
いきなり不機嫌な顔になる陽介は自分の机にある小学校時代のサッカー部の友人と写ってる写真を見る。そして机のイスに座りニャ~と鳴きスリスリとタイヨウに擦り寄る身体の虹の模様が美しい雄猫のシエルを見て驚く。
「シエルは知らない人にはなつかない猫なのに大丈夫みたいだな。主税からもらったときは俺ですら中々なつかなかったのに」
「主税? そんな奴、テンプレ学園にいたか?」
「小学校時代の友達……だ」
「もしかしてその机に立てかけてある写真の男か?」
「……さあな」
その少年、京乃主税と一緒に写る写真をパタリと倒す。すると、そのまま陽介は何かを考えるように動かなくなる。鼻を舐めてくるシエルにかまいながらその思いつめたかのような姿を見るタイヨウはあえてその話をせず、
「じゃあ、とりあえず腹筋、背筋百回ずつな。それ、ゴー!」
「チッ、今やんのかよ。明日でいいよ明日で」
「明日も太陽ギンギンで暑いぞ」
「いつ天気予報見たんだよ……うわマジか」
携帯で明日の天気を確認すると、晴れマークで気温二十度の運動に適した天気であった。それはしばらく続きそうな予報である。ふと振り返ると愛猫のシエルはレディーボーデンを全て食べてしまっていた。その気配の無さに驚きながら二人は顔を見合わせ、
「いつやるの?」
「いまでしょ……」
ニャ~と腹の上で眠るシエルが鳴き、腹筋十回を超えた所で陽介がウギャー! と泣いた。
※
翌日の放課後になり、グランドにいる陽介はふてくされていた。
レギュラーチームはミニゲームをし、サブ組は主審や線審を任され、一年達は筋トレをしながら交代の出番を待っている。色黒短髪の桐生キャプテンが活躍するミニゲームに見入る水城を気にしながら、
「つか、部活中も腹筋、背筋やるしやらなきゃ良かった!」
「そう言うな。体幹は運動の基本。やればあぁいう風に動けるようになる。そして、あれ以上にならなければマネージャーはゲット出来んぞい。つか、ミニゲームなんだから活躍してる人間を見るだろ」
「フン、どーだかな」
レギュラーチームのパス、トラップ、シュートまでの流れはコンパクトで早い。オフェンスでは常に回りをサポート出来るようにトライアングルを形成し確実にパスコースを作り互いをフォローし、ディフェンスではガチガチのマンマークを徹底し、相手にプレッシャーをかけ続ける。70分これを維持するには相当の体力を消費する。この東京の調布市で強豪の一角に数えられるだけはある。
総勢五十人いるテンプレ学園サッカー部の一年生はすでにレギュラーの明石がいて、他にレギュラーに食い込めそうなのは木戸六蔵ことキッドとタイヨウ。それに陽介くらいである。特に中心となるのはキャプテンの桐生隼人で桐生はJユース代表の選手でもある。後の選手は全体的にスキルやプレーは中学生の平均を上回るが特別に能力が突出したものはいない。それでも入学した四月になんとなく身体を動かしたくなった為、仮入部し練習風景を見て小学生時代に地区選抜の経験があるはずの陽介はビビり、こんなの出来ねー! と心で叫びやる気が吹き飛び心が折れてしまったが、もうそうはいかない。
「やったろーじゃねーか。俺はこー見えても小学校時代は地区選抜の常連だったんだぜ」
「やはり昔サッカーをしてたのか?」
「昔な。それよりやるぜ! 水城マネージャーゲット!」
「男なら世界選抜を目指せ。俺達なら出来る」
「俺達? 俺にしか出来ねーよ!」
(単純な奴よ。それだけに呑み込みが早い。思春期の少年は一夜にして男に化ける可能性を秘めているな)
ペットボトルのスポーツドリンクを飲み、ポイポイッと周囲の人間に塩飴を配りミニゲーム前にちゃんと水分補給をして熱中症にならないように言った。センキュー! とチームメイト達は塩飴を舐めてスポーツドリンクや水を飲む。すると、茶髪の細身の少年がスッと陽介の肩に触れ、
「キッドの奴、また水だけで済ませようとしているよ。汗をかくと塩分も失われるってもう忘れてるみたいだ」
チッと舌打ちすると、ミニゲームを見ながら雑談をしている二人に、
「おいタイヨウにキッド塩飴舐めてから水分しっかりとれよ」
タイヨウの近くにいる木戸という小柄なツンツン頭に塩飴を舐める事で塩分補給する事を勧めた。キッドは塩分が苦手みたいで拒否する。
「熱中症になるから舐めるんだ。小学校時代、お前倒れただろ」
「俺だけじゃなくて京乃もだろ! よし、出番が来た!」
「待てよキッド! ったく。行くぜタイヨウ」
そして陽介は震える身体に活を入れミニゲームに参加した。
四日が経ち、週末の金曜日になるとタイヨウは持ち前のセンスでレギュラーチームに定着していた。初日以降、サッカー部だけでなく他のクラブからも誘いがありスター扱いのタイヨウはすでに校内で多くの友人が出来、男子だけでなく女子からの誘いも多く日々を楽しそうに過ごしていた。それに苛立つ陽介は筋トレやボールコントロールなどの基礎とレギュラーチームの試合相手などと頑張ってはいるがタイヨウがレギュラーチームに定着し、マネージャーの水城と仲良くしてるのを見て闘争心むき出しのプレイをするようになっていた。部活終了後も一人で居残り練習をし、居候が好きな女と仲良くしている嫉妬心から解放されるようにしゃにむににゴールネットにシュートを叩きこんでいた。すると、赤毛を夕日に照らされオレンジに見える男がゴールポストに背を預けた。
「いいシュートだな。無回転で尚且つ威力もある。フリーキックに必要な技術を磨けばキッカーにもなれるぞ」
「キッカーはキャプテンか明石の左右がある。俺みたいな威力だけのコースも定まらないシュートじゃしょうがない」
「焦るな。オーバートレーニングで日曜日の一回戦を迎えられなくなるぞ」
けわしい顔をし、またボールをセットする
「日が暮れてたほうが動き易いし気分もいい。お前のツラを見ても眩しさを感じねーし」
「俺っち、顔テカってる? 水城ちゃんからはすべすべフェイスと褒められたんだがのー」
「! 野郎っ!」
カッ! とした陽介はタイヨウの顔面めがけてシュートを放とうとする――が、その足は空振りし、恥ずかしさを隠し足下のボールを持ってタイヨウの後ろに現れた人物に一礼してグラウンドを後にする。水城が現れ、タイヨウにレディーボーデンのカップアイスを渡していた。
(あいつ、まさか水城さんを横取りするつもりか? レギュラーだからって調子に乗りやがって! あいつのおやつはもうガリガリ君しか食わせないぞ! ダボが!)
様々な思いが頭の中で渦を巻くように錯綜し、陽介の中で溜まる憎しみの全てをもって沈みゆく太陽を睨み据えた。そして、春季・都大会一回戦の日を迎えた。




